口下手なオタクがヒソカの兄に   作:黒田らい

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グリードアイランドを手に入れるまで、ジールがどのように過ごしていたのかという話です。
まったりパートは今回までになります。

よろしくお願いします。


前日には睡眠薬

 ――5、

 

 ――4、

 

 ――3、

 

(……2、いち。……んっ!)

 

 画面の右上に貼り付けた秒針が真上を指すと同時に決定のボタンをクリックしたジールは、申し込みの完了を知らせる画を見る暇も無く次のタブを開いた。

 

(はやくはやくはやく。あぁ、手が震えるぞ。)

 

 それから二個分の申し込みを済ませたジールは、再び上に帰ってきた秒針を眺めながら背もたれにしていたベッドに首を預ける。

 

(とりあえず、エラーは出なかったか。)

 

 伸ばした腕の先にあるマウスを転がし、完了の文字が出る画面へとページを戻したジールはその先に書かれている文章を目で追った。

 

 真夜中の暗い部屋に浮かぶ電子の光には“グリードアイランド”の文字とソフトの予約が完了した旨が表示されている。

 

 青白い光を正面から浴びているジールはたった今、無事にグリードアイランドの予約を済ませることが出来たのだ。

 サイトにかかるであろう負荷や、アクセスの速さを考慮してわざわざ購入したスパコンをフルに使い予約開始と同時に一件目の申し込みを完了させた。

 

 そのお客様情報のところに載っているのはNo.62の文字。申し込みの時に振られた通し番号だと思われるそれは、二件目にNo.220、三件目にはNo.1298と出ている。

 

(一応先着順だったとしても買えるはずだが、んー保険の数はもう少し増やしたかったな。)

 

 抽選などの完全なランダムで選ばれる場合を考えて、複数の予約を済ませたジールは不満そうに画面を見ていた。

 支払い方法が現金一括払いでなければ、もう少し予約出来たかもしれないが支払いが可能な個数は三つが限界なのだ。

 

 200億ジェニーを越えると販売日である12月24日までに揃えるのが難しくなってしまう。

 

 

(ひとまず、予約した途端に爆発したりタイムアタックが始まらなくて良かった。)

 

 隣のベッドで横になっているヒソカを叩き起す状況を回避でき、安堵の息を漏らしたジールは脇に置いていた鞄をベッド横へ戻し靴を脱ぐ。

 ぶっちゃけ何が起こっても可笑しくないと思っているため、ジールはビクビクしながら予約画面を見ていたのだ。

 

 予約は発売の一ヶ月前――つまり、約二ヶ月の間は受け付けられているため、予約して直ぐに何か起こる可能性は低いとわかっている。

 しかし、そうやって油断したせいでゲームが手に入らなくなるなんて事は避けたい。

 

 臆病なまでに準備を重ねたジールは、ひとまずの結果に頷き画面をスリープさせる。

 

(いやな?多分だけどグリードアイランドを買うのはそこまで難しくないと思うのよ?)

 

 サングラスを外し、ベッドへ潜り込んだジールは薄いブランケットを適当に掛けて仰向きになった。

 

(買う人が居なくなったら困るだろうし、ゲーム中のスタンスに念の特訓があることからもメインのターゲット層は上級ハンターじゃないと思う。多分。)

 

 直前まで光を浴びていたせいか閉じる気配の無い瞼に従い天井を眺めながら考えるのは、今後の動きについてだった。

 

 58億という金額も制作費が莫大な事を考慮すれば納得のいくものだ。それをもっと高額に設定したとしてもプロハンターならば購入できる人はたくさんいるだろう。

 それでもこの金額になったのは、将来活躍する原石達に経験のひとつとして資金調達をさせたかったのでは無いかとジールは考えていた。

 ベレーくんから聞いた情報的に情報収集能力も問われているはずだ。それらをクリアする為に必要な人脈の構築などのサブミッションを考えれば、グリードアイランドの購入はもう一段階レベルアップしたいという人達にうってつけだろう。

 

(協専に転がり込んできた新人ハンター達のミッションにでもしてやろうか……倍率上がるからしないけど。)

 

 暗闇に段々と意識を溶かされていったジールは、最近サボり気味だった所属先の事を思い出しながら眠りについた。

 

 

 

※※※※※※※※

 

「……ということで、俺は金稼ぎに出る。」

「待って♥ボクが寝てる間に何があったの♠」

 

 朝起きたヒソカを待っていたのか、ベッドの横に立っていたジールは鞄を持ち出かける準備を整えていた。

 昨日の夜にあの黒い箱――スパコンと呼ばれていた――に向かい合い何かをしていた自身の兄は、何やらやる気に満ちた様子である。

 

「ちょっと100億ジェニー程が必要でな。」

 

 ジールがヨークシンで稼いだ金額と合わせ手元にある85億ジェニーでは、一本分のゲームしか買えない。

 本当は一本あれば十分なので、残りはキャンセルしてしまっても良いのだがそれはダサいのではないかとジールは謎の美学を発揮していた。

 

「……どうやって稼ぐんだい?」

「割のいい仕事を回してもらったからな。」

 

 つまり普通に働いて稼ぐつもりらしい。ヒソカは偶に見える兄の謎な人脈に興味を抱きながらも、兄が働いている間の事を考えてみる。

 街で見かける勤労者は皆忙しそうで、朝から夜まで働いていた。

 

 兄がそんな状況になれば確実に遊んでもらえる時間は減るし、仕事が恋人などという人種になってしまうかもしれない。

 ヒソカの偏った労働のイメージはコーヒーを片手にシワシワになるまで働く兄の姿を想像させた。

 

 協専に缶ずめになっている時と大差無いのが世知辛いところではあるが、今回は違う。

 

「……違うからな。アルバイトのようなものだ。」

 

 ヒソカの心配を汲み取ったのか、鞄の中から書類を取り出してみせたジールは今後の活動について説明を始めた。

 アルバイトというものが何かは分からなかったが、そこまでハードなものでは無いようだ。

 

「へー♥これボクもついて行っていいんだろう?」

「……。」

 

『賞金首リスト パート:ヨルビアン』

 

 ヒソカの参戦について、ジールとしては賞金の分け前が減ってしまう心配さえ無ければ手段にこだわりはなかった。

 正直ヒソカはこういった人物について詳しいのかと思っていたが、初めて見るようにリストを眺めている様子から意外と知らないのかもしれないと思い直した。

 

(まあ、ヒソカが戦う相手のバックグラウンドを気にするとは思えないし納得はできるか。)

 

 既に何人か気になる相手がいるらしく、トランプの角で顔写真を突いている。

 ジールは賞金の取り分についてヒソカの分が少なくなってもいい事を確認し、同行の許可を出した後改めて部屋から出ていこうとした。

 

「でも珍しいね♣︎兄さんってこういうこともするんだ♥」

「……まあ。」

 

 ほぼ全裸で寝ていたヒソカはここでやっと服を着て、ジールの隣に立つ。

 カードキーで部屋にロックがかかったことを確認したジールは訪ねてきたヒソカの疑問に答えた。

 

「……倉庫で捕まえた奴、いくらだったと思う。」

「あれってお金になるんだ♠分からないなぁ♦」

 

 スタスタと歩くジールの横で、トランプを混ぜているヒソカはさして興味が無いようだった。

 元々支払い関係をジールが担っているせいもあるだろう。ヒソカは世の中の物価について少し疎いのもあり、倒した相手が幾らになるのかはさっぱり分からない。

 

「まとめて10億ジェニーだ。」

「へー♦」

 

 実際にはジール達が送った人数より多い金額が振り込まれていた為、裏ボスだったロティー辺りが手を回したのではないかと考えてついたジールだが貰えるものは貰っておく主義だ。

 

 ヒソカも兄の行動理由を聞いて納得しているようだったが、あれで1/10が集まってしまうならそんなに戦えないかもしれないなと少し落ち込んでもいた。

 

 一階のカウンターで鍵を返したジールは、僅かに口を尖らせているヒソカを見てその頭に手を乗せる。

 

「……掃除は要らない。一週間後のチェックインでも問題ないか?」

「は、はい。大丈夫です。」

 

 チラリと見上げた兄はこちらを向くこと無く目の前の女性と話している。

 何かを書き込んでいる女性は、表情を取り繕いながら受け答えをしているがその視線はヒソカの頭の上にチラチラと向けられていた。

 

「……ならそれで。」

「かしこまりました。」

 

 喋り終わったジールは何事も無かったかのように手を下ろし、出入口の方へ歩いていく。

 久しぶりに頭を撫でられた(?)触られた(?)ヒソカは一瞬のあと、ジールの後を追い始めた。

 

「直ぐには終わらないからな。」

「嬉しいよ♥」

 

(ここらでひー君も満足に動ければ暫くは大人しくなるだろう。……なるよな?)

 

 ヒソカに付き合って賞金首を狙っている風に考えているが、たとえヒソカがいなくともジールは目標以上に相手を探しただろう。

 

 ゲームの発売まであと三ヶ月。その時までじっと待つことなどジールには出来ない。

 投資や不動産など部屋から出なくとも稼げる方法などいくらでもあるが、ゲームを前にしたワクワクが抑えられないジールはその興奮を発散しようと協専に電話をした。

 

 ご褒美を前に我慢出来ないことを戦闘で発散しようとするなんて、ヒソカに似てきたかもしれない。

 送られてきたリストを見ながらそんな事を考えたジールは一瞬でその思考に蓋をした。

 

 

 

 ホテルを出て目の前の大通りを歩く二人は、すれ違う人々に若干の距離を取られながらも順調に目的地へ向かっていた。

 

 リストを手に入れたからと言っても、奴らの場所がわかる訳では無い。ヨルビアン大陸にいるであろう人物をピックアップしてもらったがその詳細は自力で探る事になるだろう。

 

 相手の場所が分からないなとは考えても、不安など微塵も感じていないヒソカは隣を歩く兄について行く。

 兄が動いているのだからその辺は既に解決されているだろうと、ある意味丸投げな思考をしているヒソカは、何度か角を曲がり騒がしい路地に出た。

 

「誰から行くんだい?」

「……先ずは調べるだろう。」

 

 ここにターゲットが居るのかと兄に聞いたヒソカだったが、ジールにはバッサリと切り捨てられた。

 なんなら調べない内に分かるわけが無いだろうと弟の頭が心配になったジールである。

 

「……まあ、すぐに済む。」

 

 派手な髪色やダボついた服装を纏った輩が店の前に座り込んでいる。

 カラフルな電飾に中から爆音が聞こえてくる店はあまり近寄らない場所であった。

 

 ナチュラルにオーラで耳栓を作ったジールは、半開きになっているドアーを押して店内に入っていく。

 その後に続いたヒソカは流石の音量に眉を寄せたが、しばらくすればケロリとした表情で店内を観察していた。

 

 足元に転がっている空き缶を避けながら歩くジールはこちらを見てくる客を気にも止めずに、店の奥にある階段を目指している。

 どうやらジールの用があるのは二階らしい。

 

 知り合いでもいるのだろうかと、客の事をじっくり観察していたヒソカは足早にジールの後を追った。

 まあ、ジールに知り合いなどそうそう出来ることは無いとだけ言っておこう。

 

 階下のスピーカーから押されるような感覚は残るものの、先程よりは大分マシになった店内に並んでいるのはパソコンである。

 

「……5分で済ます。」

 

 その間は自由にしていいということだろう。ヒソカは下で見つけた面白そうな店員に声を掛けて来ようかと悩んでいた。

 

(久しぶりに開けるな……。)

 

 パソコンの横に小銭を入れたジールは、電源を入れ手馴れた様子で検索を開く。

 “よっちゃんねる”と出てきたサイトのページにジールしか知らないコードを入れれば数秒で管理人用のページへ書き変わった。

 

 ヒソカを捜索する際に作ったサイトのひとつだ。

 

(ぶっちゃけひー君の時は殆ど役に立たなかったが有名な犯罪者くらいなら見つかるだろう。)

 

 システムの構築も終わり、ほぼジールの手から離れて動いているサイトではあるがその盛況ぶりをみればそこに集まる情報の多さが分かる。

 ついでにおたずねサイトの方も開き近場のターゲットや高額賞金首の居場所を探っていく。

 

 ツバメの会にも多く属していたB級賞金首ならここでも十分に情報が集まってくる。

 ただ高額の者はハンター専用サイトの方が質が良かった。現在、期間限定で金にがめつくなっているジールは渋々といった様子で支払いを済ませ、宣言通りに一週間で回る場所のリストを作る。

 

(先ずは目撃情報が新鮮な者と移動が多い奴を狙って、後半はアジトの襲撃でいいだろう。)

 

「……ひー君。」

「はーい♦」

 

 元気よく返ってきた返事に、一階まで降りたジールは半壊したカウンターに札束を出した。

 金にがめつくなっているジールが大金を出す理由はそう多くない。

 

 全員の記憶が飛んでいるうちに退散しようと首をやり外に出るように指示を出したジールは、ニコニコしながらついてくるヒソカの後頭部をひっぱたき店を後にする。

 

 数ヶ月後には、以前よりも綺麗になった店が建ったと聞いた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 初めて殺った時は案外あっさりとしたものだった。

 今までの苦労はなんだったのかと聞きたくくらい煩わしかったそれが静かになったのだ。

 

 ぼけっと突っ立っていればもう一人が帰ってきたが、既に力むことすらなくっていた俺はあっさりと消すことが出来た。

 

 それから俺の運は上がった。それまで避けられてきたものが帰ってきたかのようだった。

 

 弱い奴らは群れなきゃやっていけないようだが俺は違う。

 押し込められてきた才能が開花したのだ。

 

 押さえつけてきた奴らを殺して、俺を哀れんできた奴らも殺した。

 俺よりバカなやつらを救ってやったこともある。

 暫くは目が合った奴と話してみたこともあるが、やはり俺の才能に他人は要らない。数日後にはふさわしい場所へ送ってやった。

 

 周りが俺の才能に気づき始め、騒がしくなったこともあった。

 有名になるのは当然のことだ。

 そして俺を追い始める奴らが出てきたが、俺の才能にかなう者など居ない。目覚めた俺を止める者など誰も居ないのだ。

 

 大層な肩書きを持った奴がいくら来ようとも負けることなど無いと思っていた。

 あの時から俺は才能で全てをねじ伏せてきたのに。

 

 ――なのに。

 

「ほら立ちなよ♠早く♦」

 

 俺が逃げ込んだ廃ビルの入り口に立つのは、今まで会ったことの無い相手だった。

 

「そのオーラ……まだいけるんだろう?もったいぶらずに早く見せてよ♠」

 

 逆光で見えにくい位置から投げつけられるトランプはいくら避けても避けきれない。

 おかしいくらいに切れ味の上がったそれは何度も俺の身体を切りつけてきた。

 

 この俺が為す術なくやられているなんて悪い夢でも見ているのか。

 膝に刺さったトランプが足の動きを鈍くする。

 それを見た赤髪の男はニヤリと笑うとゆっくりこちらへ歩いてきた。

 

 そう、俺がやられるなんて夢くらいなものさ。

 痛みに耐えるように噛み締めた口は段々とつり上がっていく。

 

「おやおや♥何か見せてくれるのかい?」

「チッ。」

 

 数mと空けて立ち止まった男は勘のいいことに、その場で再びトランプを混ぜ始める。

 そのまま呑気に近づいて来れば楽だったが、この距離でも十分だ。

 

 効果範囲に入っている事を確認し能力を発動させようとした瞬間。

 

「なっ……!!!」

 

 いつものように相手を串刺しにするはずの地面はピクリとも動かない。状況を確認しようと首を動かそうとしても身動ぎひとつ出来ないのだ。

 

 能力が発動しなかったことに動揺していた俺は気づかなかった。

 

「……三歩下がれ。」

 

 背後から聞こえる声は、目の前の赤髪に掛けられたようで先程までニコニコしてい男は素直に下がった。

 俺は何が起きているのか分からず唖然とするしかない。

 

 後ろの窓から入ってきたのだろうか、ガラスを踏み砕く音を聞き、俺が振り返った所には出会った時に見かけた黒い男がいた。

 

「もう来ちゃったの?もっと遊ばせてくれてもいいのに♥」

「……。」

 

 明るいトーンで話す男とは対称的に、じっとこちらを見下ろしてくる男は出会った時からこちらを観察する様に見てきた。

 赤髪から逃げるのに必死で途中から存在を忘れていたが、先程の言葉からもこいつが厄介なのは十分に理解している。

 

「くそったれ、んで分かるんだよ!」

 

 挟み込まれ、既に逃げ場は無くなっている。普段ならこの状況では俺が有利に立てている筈なのに、運に見放された気分だった。

 

「それでどうするんだい♥」

「……。」

「愚問だったね♦」

 

 不気味なまでに上機嫌な男と、最後まで無口だった男のやり取りは鮮明に脳裏へと刻まれた。

 その先で何を話していたのか俺に知る術は無い。

 

 

 

 

 

 気絶した男をロープで縛り上げるジールを眺めながらトランプを混ぜるヒソカは、不思議そうにしていた。

 

「どうして相手の能力が分かったの?」

 

 あの口ぶりから兄がターゲットの能力を看破していた事は明白だ。しかし資料には念能力者としか書かれておらずどういったものなのかは分からない。

 

 男を適当に簀巻きにしたジールはそれを転がしながらヒソカの方を向いた。

 

「……最初に自慢話をしてきただろう。」

「そういえば何か言ってたね♦まさか、そんな最初からなのかい♣︎」

「追われてる時はその必要も無いだろうが、殺す前に相手との距離を縮めていたようだからな。」

 

 範囲を絞る制約でもあるのではないかと疑っていたらしい。

 久しぶりの念能力者を相手にノリノリだったヒソカがそのまま突っ込んでいったため様子を見ていたようだ。

 

「確信に変わったのは……」

「発動の様子だろう♠オーラが変わってから発までが遅いからすぐ分かったよ♦」

 

 答え合わせに頷いたジールは、男の横にメモ用紙を貼りながらどこかへ連絡を取っていた。

 

「それで、どんな発なんだい?」

「……地面を操作して針山を作るものに近い。」

 

 先回りして相手の発を防いだ時に、地中の相手のオーラが強制キャンセルされた感覚があった。ジールはその事を説明する。

 ひと通りの好奇心が満たされたヒソカは満足そうにトランプを仕舞った。ジールも連絡は済んだようで簀巻きにしたまま男を放置し、出口の方へ歩いている。

 

「やっぱり念を覚えた相手の方が頑丈でやりごたえあるね♥」

「……そうか。」

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにホテルへと戻ってきたジールは、受け付けのお姉さんに見られながらカードキーを受け取り部屋に戻ってきていた。

 

(戦って戦って、捕まえて捕まえて、脅して捕まえて、戦って戦って戦って戦って送り付ける。……そろそろ疲れたんですけどー!?)

 

 内心の悲鳴は一切出さずにソファーへ腰掛けたジールはここ数週間を振り返り駄々を捏ねていた。

 

(確かに自分の決めたことですし?ひー君との組手よりも断然楽だけど?連勤はまた別よ。あとちょっとしくって削れた肩も痛いから、労災下ろして有給とろうか。……そんなものプロハンには無いがな。幻さ。)

 

 想像以上の稼ぎは出たし、ヒソカの機嫌も悪く無いしで賞金首狩りは中々に美味しい仕事であった。

 

 しかし、その間はずっとターゲットの足取りを確認し、暴走しかけるヒソカを止めなくてはいけないのだ。あと、強敵に出会えば普通に疲弊していた。

 

 そして、読書も出来ず、そろそろ活字欠乏症で飢え死ぬかと思ったジールは一旦休みを取る事にした。

 今は好きな時に休めるのは自由業の特権だと言いながら平積みされていた小説を取り出している。

 

 萌えを寄越せと言わんばかりに読書期間を設けたジールはヒソカにもその事を伝えてホテルへ引きこもった。

 

(やべぇ、今が一番に幸せかもしれないな。)

 

 好きな仕事が出来ようとも、勤労後のこの時間に勝るものは無い。気になっていた小説を全巻並べたジールは空調の整った空間で、オーラをフル活用し数日に掛けて徹夜で読書をしていた。

 

 本を読み始めた兄と会話が不可能なのを身をもって知っているヒソカは言われた期間中、また一人でどこかへ出かけたようだ。

 

 念を習得し前世とは比べものにならない程頑丈な肉体を手に入れたジールはそれをフルに活用し撲殺出来そうな分厚さの小説を徹夜で読み進めていく。

 

 誰も居ないホテルの一室で、たまに抑えきれなかった笑いが漏れ出ることも気にしない。

 息抜きに別のタイトルを手に取ったり、最近完結したらしい漫画を一気読みしてみたりとジールは最高の休日を過ごしていた。

 

 強いて不満な点をあげるならば、この地域でアニメの放送がされていないことだろう。

 さらに言うなれば、ある特定の地域以外ではアニメーションの文化はあまり無いようだった。俗に言う円盤なども取り寄せてはいるが、その種類の少なさは発狂ものである。

 

 ジールはその事を知った時から貴重な会社への資金援助を定期的に申し込んでいた。それくらい重要な問題なのだ。

 

 

 どうやら感動的なシーンを読んだらしいジールは鼻をすすりながらページを捲っていく。

 そろそろ合計の精神年齢的にも涙腺は脆くなっているのだろう。

 度重なる主人公の不幸にトドメの愛猫の死。

 死に際を主人公に見せまいとひっそり家を出ていったペットの猫にジールは心を打たれているようだった。

 

 先程まで表情ひとつと変えずに犯罪者を捕らえていた人物とは思えないが、ジールに言わせれば全くの別物である。

 上巻、中巻と感情移入してきた主人公や猫とほぼ初対面の知らない相手であれば、空想の人物だろうと前者を全力で推す。

 

 そもそも、そう言った感性を持っていなければオタクになどなっていないだろう。

 

 例え世界が変わっても変わらない部分がある。テレビの前で何度号泣したか分からない男、ジールはこうして憧れの地でもオタ活が辞められないのであった。

 

(いや、感動のシーンに初期のオープニング入れられたら誰でも泣くだろう。)

 

 久しぶりの二次元に情緒が不安定になっているようだ。

 過去の名作たちを思い浮かべながらちり紙で鼻をかんだジールはそろそろ仕事に戻ろうかと姿勢を正した。

 ちなみにこの天国のような状況から仕事に戻ろうとして早三回は失敗している。

 

(いや今度こそはいける!!ペティ※小説中の猫もあんなに頑張っていたじゃないか!俺も頑張らなければ。)

 

 やる気の出し方が完全にオタクのそれである。

 ジールは壁になっている本の山を丁寧に鞄へ仕舞い、賞金首の載ったリストを引っ張り出す。

 

 延期を何度か伝えていたヒソカにも連絡を入れてホテルへ戻ってくるように言った。

 

 そうして少し長めの休暇を終えたジールは揚々と仕事を再開する。

 ひとつ懸念事項をあげるならば、次のターゲットが保護動物の部位を売りさばく密猟者であることくらいだ。

 

 

 

 




発売日まで入り切りませんでした。
次回は12/24(発売日)からのスタートです。ガッツリ進みます。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
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