口下手なオタクがヒソカの兄に   作:黒田らい

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前回の続きからです。
よろしくお願いします。


薬には希望

 

 ヒソカの悪戯によって危うく首が飛びかけたジールは、ノアを宥めながらそれに至った経緯を聞き出そうとする。

 ジールからリスキーダイスについて聞いたダッカルも事の重要度に青ざめ、ノアに諦めるように説得を試みた――となったらどれだけ楽だっただろうか。

 

 既に二本目の酒瓶に突入したダッカルは顔色ひとつ変えずに笑っている。

 

「いいねぇ、それでクジでも買いに行くか?坊主は豪運だしそうそう大凶なんざ出ねぇだろ。」

 

 ノアの目線に合わせるようにしゃがみながら酒を流し込む様子を見たジールは、明らかな人選ミスにこめかみを抑えた。

 

(おいおい護衛で来てるんじゃねえのかよ!ご両親は心配しないの?俺が可笑しいのか??)

 

 相変わらず軽い様子でダイスを勧めるヒソカと容認するダッカルに挟まれたジールは空に浮かぶ球体を目で追いながら現実逃避に走った。

 

「ギャンブルに使うんじゃないの!欲しいカードの出る確率が凄く低いから、その為に欲しいんだよ。」

「わかったわかった。マサドラで調べてたヤツだろ?」

「そう!」

 

 まぁ、排出率の低いガチャの為にダイスが欲しくなるのは分かるな、と一瞬納得しそうになったジールだが鋼の意思(メッキ)によって正気に戻るとノアのもとまで歩み寄り膝をついた。

 

「少し良いだろうか。」

「ん?いいぞ。」

「…そのカードについて聞かせて欲しいんだ。」

「なに!?まさかお前達も狙ってるのか!」

 

 表情豊かな様子でジールと会話をするノアはサッと指輪のはまっている手を後ろに隠しながらジリジリと後退している。

 それを見ていたダッカルもジールの思惑は分かっているのだろうニヤニヤしながらも口を出すことはせずに顛末を見守っていた。

 

 少し時間をかけてジールがカードを入手する手助けがしたいことを伝えると、納得してくれたらしいノアが近づいてくる。

 

「それならカードのことを教えてあげるぞ!」

「ありがとう。」

 

 他者からの手助けには慣れているらしい。

 ジールの目的が分かったあとは、あっさりとカードの入手方法を話してくれた。

 

「“薬の詰め合わせ”という指定ポケットBランクの薬シリーズが纏めてゲットできるアイテムがあるんだ。けど、それが中々貰えなくて困ってる。」

「……貰う?」

「そうだぞ。マサドラの奥に住んでる魔女から貰えると聞いて行ってみたけど、忙しいから無理だと断られた。」

 

 やれやれといった風に首を振るノアは実際に行ってきた時のことを説明する。

 

「その魔女に仕事が忙しくて趣味もままならないって言われたから、ゲームのイベントかと思ったけど仕事を手伝おうとしても断られるし、方法が分からないんだ。」

「……ならダイスでは意味が無いだろう。」

「うん、運良く魔女が暇な時に行きたいとは思ったけど、無理だよなぁ。」

 

 どうやらノアはそこまでダイスに固執している訳では無いようだった。

 入手方法を聞いても何かしらの条件が満たされていないだけだろう。その点はノアも理解しているようで、ジールの言葉にも素直に頷いていた。

 

 まあ、リスキーダイスを振ればたまたま条件が満たせる位のラッキーはありそうだが、せっかく説得に成功したのだ黙っているとしよう。

 

 さらにジールはノアの話を聞いてある可能性をたどり着いていた。

 

(薬シリーズということは、俺の欲しいものも入ってるかもしれないな。)

 

 ランクなどの詳細は覚えていないが、確か指定ポケットのひとつにあったはずだとジールは引っ張っり出てきた記憶を確かめる。

 

 手伝いたいとは言ったが、狙ってないとは言っていない。

 屁理屈を捏ねながら、内心でやる気を上げたジールはノアに魔女の家まで案内する様に頼んだ。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「なんだね、アタシは見ての通り忙しいんだ。趣味の時間も取れないのに、アンタ達にやる薬なんて作れる訳が無いだろう。帰んな。」

 

 マサドラの奥、森の中にある魔女の家を訪ねたジール達は大釜を混ぜながらこちらをひとつも見ない魔女にあしらわれていた。

 

 何度も同じ様に断られているノアはそれでも諦めまいと魔女に色々話しかけている。その横で部屋の中を観察していたジールとヒソカはある既視感に襲われていた。

 

(吊るされている薬草に、謎のホルマリン漬け。極めつけに大釜とはベレーくんの知り合いの家を思い出すな。)

 

 ヒソカを探している時に出会った美女のイケメンの家がこんな感じだったなと、魔女っぽさを感じでいるジールの隣でヒソカもまたユーリンの顔を思い出していた。

 

「それなら仕事を手伝うぞ!」

「アタシは仕事ばっかりで疲れてるんだ。帰んな。」

「分かるぜ婆さん。仕事ってのは大変なもんよ。」

「だから、それを手伝うと言ってるんだ!お前はどさくさに紛れて文句を言うなよ!後で聞くから今は待ってろ。」

 

 ノアの手伝いではないのか、顎髭を撫でながら頷くダッカルの言葉はどちらかと言うとノアに向けられている。

 それにも律儀に返事を返しながら魔女の説得を試みるノアだが、成果は芳しくないようだ。

 

「趣味の時間も無いとありゃ、仕事のやる気も出ないわ。」

 

 ゴポリと沸騰する液体を混ぜながら溜め息を吐いた魔女はまた、無言で大釜を混ぜ始めた。

 その様子を見てやはりダメかと肩を落としたノアだが、部屋の中を見ていたジールはその一角に異様に浮いている物を見つけていた。

 

 薄暗い、どちらかといえば陰湿な雰囲気にある魔女の家でキラキラと異彩を放つのは、作りかけのドールハウスだ。

 ピンクに塗られた壁やチョコレート色の屋根に、こちらも未完成の人形が添えられている。

 あまりにもミスマッチなそれに視線を奪われたのはヒソカも同じなようで、ジールが呼びかける前にドールハウスを見て固まっていた。

 

(あの婆さん、あんな顔をして人形遊びが趣味なのか。)

 

 人形は人形でも、呪いの人形の方が似合うだろう。白髪に魔女鼻と絵に書いたような魔女の趣味は可愛い人形遊びらしい。

 近寄って見ればドールハウス近くに作り方が書かれたメモ用紙も置かれている。

 

 そして、それよりもさらに多い枚数を使って書かれているのは人形達の設定らしかった。

 

(つまり、作るよりもこれでごっこ遊びがしたいってことか?)

 

 まあ、人の趣味に何か言うわけにもいくまいと、口を噤んだジールは目線でヒソカにノア達を呼ぶように頼んだ。

 魔女に薬を作ってもらう条件はどうやらこちらで満たせそうだった。

 

 

「……つまり、この人形セットを完成させればいいのか?」

「おそらく。」

「ほぉ、人形も五体あるしそれっぽいな。」

 

 近寄ってきたノア達も、ワントーン明るい小物達に気づいたらしく説明はあっさりと終わった。

 

「それぞれの作り方はコレに書いてあったよ♦」

 

 ヒソカが持ってきた用紙には“父親”“母親”“娘”“彼氏”“犬”“屋敷”とイラスト付きで説明されていた。

 ノアの手元には娘の図解が、ダッカルには犬とヒソカの好みで役割が振られている。

 

 ジールには父親の作り方が渡され、ヒソカ本人は彼氏と書かれた紙をキープしていた。

 

「とりあえずコレの通りに作ってみよう!」

「うんうん♠アレンジもしていいみたいだし楽しそうだね♥」

 

 近くの道具を取りながら乗り気な二人は既に作り始めた。

 薄暗い中で近くのランプを持ってきてまで人形の肌を磨く二人は真剣な顔つきである。

 

 意外にもヒソカが乗り気であったことに感心したジールだが自身は嫌な予感がして仕方がなかった。

 それでも手を付けないわけにもいかないだろうと針と布を取ったジールはそれを縫い始める。

 

 ここで最後まで動けなかったダッカルは、最後まで躊躇っていたジールまでもが製作作業に取り掛かったところで裏切られた気持ちになった。

 

 しかもジールは先に始めた二人よりも更に手際が良く何を躊躇っていたのかと問い詰めたくなるほどだ。

 

 皆が作業を始めてしまい、取り残されたダッカルの疎外感は如何程なものか。渋々と犬の目を取り、既に原型の出来ていた犬のそれに嵌めようとしたところでダッカルはデカいため息を吐いた。

 

「あぁー、クソ!」

 

 狙いを定めながら窪みに近づいたビーズだが、力み過ぎた指先のせいでそのビーズはピンセットの先から飛んでいってしまう。

 摘むまでにも一苦労あったダッカルは何処かに消えたビーズを苦々しく思っていた。

 

 そう、人に苦手分野があるように、豪快な性格をしているダッカルにも苦手な事がある。

 

 意外性など欠けらも無い。むしろ、酔っ払った状態で良くピンセットを使えたものだと感心してしまいそうだ。

 

 ダッカルは細かいちまちました作業が苦手だった。

 

 荒々しく置かれたピンセットに気づいたジールは、面倒くさそうに酒をかっ食らうダッカルを見て事情を察した。

 元から分かっているであろうノアはそれを気にもかけず娘の髪を植え付けている。

 

 座っている順番的にも声をかけるのはジールのようだ。

 あとは四肢を嵌め込んで服を着せる迄に作業が進んでいたジールは一度それを置き、ダッカルの方へと向き直った。

 

「……苦手なら無理にしなくてもいい。」

「おっ、話のわかる兄ちゃんだな。」

 

 酒を飲み、ジールに理解を示されたダッカルの機嫌はある程度回復しているようだ。

 

「しかし、何もしないのは良くないだろう。」

「いやいや適材適所ってやつ、な?」

「ああ。わかっている。」

 

 なら何をさせるつもりなのだと、首を傾げたダッカルはジールが指した先を見た。

 

 そこにはドールハウスの建材であろう木材が並べられている。

 切って塗るくらいはできるだろうと、ノコギリとペンキを渡されたダッカルは外でやってこいとジールに背中を押された。

 

「まあ、切るくらいなら出来るか……。」

 

 ちゃんと自分が出来るレベルの仕事が割り振られ、よく見ているなと感心したダッカルはしかし設計図に書かれている寸法を見て、直ぐにジールの元へ駆け込んだ。

 

「……あんたは定規も持てないのか。」

 

 流石に線くらいは自力で書いてくれと文句を言いながらも、律儀に下書きをしていったジールは既に犬の仕上げに入っていた。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ダッカルの分と魔女の分も作ったジールは隣で組み上がっていくドールハウスを見ながら、家具などの小物を作っていた。

 

 ノアとヒソカは自身の人形を仕上げてから、ダッカルが作ってきたパーツを使いながら屋敷の完成に向けて協力体制に入っている。

 それも作り終え、中々のドールハウスセットが完成したところで四人の背後からヌッと影が現れた。

 

「おやぁ?素敵な人形が出来上がってるのぅ。」

 

 ジールとヒソカの間から顔を覗かせた魔女は完成したドールハウスに目を輝かせている。

 喜んでいる姿を見て、作った甲斐があったものだとジールが満足気に頷いた時のことだ。

 

「ほれ、人形を持ちな。彼氏が来るところから始めるよ。」

 

 嬉々として並んだ人形に手を伸ばした魔女はそれぞれに作った人形を渡し始めた。

 

(ですよねー!やっぱり作った後は皆で遊ぶもんな!クソッ。)

 

 出来ればごっこ遊びはしたくなかったジールにとって最悪の展開であった。

 見事に作る前の予感が当たり悪態を付いたジールだが、その手にはしっかり父親の人形が握られている。

 ダッカルは一度触った犬の役が充てられたらしい。

 

 幼少期の経験から自身に向いていないことはしっかりと把握している。喋る機会の多い父親よりもまだ犬の方がマシだろうとジールはダッカルの手元をガン見した。

 

 今こそ適材適所!と謳いたかったが、言い出せないのがジールである。

 そうこうしているうちに、一階のリビングに座らされた父親は向かいに立つ魔女の母親人形と会話を始めていた。

 

「お父さん、今日は娘の彼氏が来るそうですよ。」

「……ああ。」

「全く、子供の成長は早いものね。」

「……ああ。」

 

 しわがれた声だが、趣味にしているだけはある。違和感がない程度には母親が動いていた。

 そして、演技にもある程度寛容なのか棒読みの父親にリテイクが入ることも無く話は進んでいく。

 

「わん!わんわんわん。」

「あら、来たみたいね。娘ー!彼が来たわよ。」

「はーい。」

 

 娘の呼び方はそれでいいのかとも思ったが、見逃されている身分のジールが言えることではなかった。

 準備の時よりもノリノリのダッカルは犬を跳ねさせながら玄関の前を回っている。

 

「やぁ、待たせたね♥」

 

 どうやら彼氏にも謎の語尾は付くらしい。話し方だけ見ればヒソカではないかと、そちらを向いたジールは机の下からひょっこり出てきた彼氏の人形を見て吹きかけた。

 

「いらっしゃい、娘も直ぐ来るわ。」

「そう♦」

 

 中々に精巧な顔つきをしている彼氏だが、青い髪の下にある表情はヒソカそっくりであった。

 特に目の下に描かれているトランプのマークは言い逃れも出来ないだろう。しかし多少のアレンジは良いと書いてあった通り、魔女がそれを指摘する事はなかった。

 

「わぁー!来てくれたのね!」

 

 裏声で頑張っているノアの娘人形は、ヒソカの分身にしか見えない彼氏人形に寄っていく。

 

「ああ、会いたかったよハニー♥」

「えっ?」

「あら、」

「わんわんわん!」

 

 しかし素敵なカップルの会話かと思いきや、彼氏が挨拶をしたのは母親にだった。

 意味が分からない。

 

「そんな!娘の前よ、秘密にしましょうって言ったのに。」

「そんなの無理に決まってるだろう♣︎」

「えっ、どういうことだ?」

「ああ、落ち込まないで。キミのことも大切なんだよ♥」

「わんわん!」

 

 吹っ飛んだヒソカのセリフにも難なく合わせる魔女に、素で混乱しているノアを見てジールは状況が混沌としていくのを察した。

 

「えっ、娘の彼氏じゃないのか?」

「ねぇまだ私を愛してくれるの?」

「駄目だよ、落ち着いて♦ボクが愛してるのは…」

「うー、わん!」

 

 フランス人形のような可愛らしい世界観でやっているのは昼ドラ。

 巻き込まれなかったダッカルの犬は冷やかしに走っている。

 

「ボクが愛してるのは、父親だよ♥母親も、娘も彼に近づくために利用したのさ♠ボクは父親の彼氏だ♥」

「な、なんですってー!!あなた本当なの!?」

「わんわん!」

 

 そんな訳ないだろう!と反射で出てきた言葉を飲み込んだジールはヤケクソになりながら様子を見守っていた。

 そう、ジールが一言も喋らずとも場面は進んでいくのだ。

 

「私のことは遊びだったのね!」

「キミはボクの金が欲しかったんだろう?ボクは愛に生きる男さ♥」

 

 リビングに座る父親が微動だにしない間も昼ドラは進んでいった。このドロドロ具合ではそのうち火曜サスペンスが始まっても驚かない。

 

 もうどうにでもなれと二人を見守るジールの目は死んでいた。

 

(……とりあえずひー君に昼ドラを教えた奴は校舎裏だな。)

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

『久しぶりに可愛い人形で遊べて気力も湧いてきたわ。ちと待っとれ。』

 

 そう言って大釜の前に戻っていった魔女は箱を持って戻ってきた。

 

(あんなのでやる気がでるのか?制作陣はもう少し判定を見直した方がいいと思うぞ。)

 

 あの後犬が人型になり、娘が養子だと発覚し母親は爆発した。

 その間、父親はリビングから一歩も動かず相槌を打つだけのbotとなっていた。

 

 人形を作るところから始まり、徹夜で人形劇に付き合ったのだ。ノリノリのヒソカや徹夜に慣れているジールはものともしないようであったが、未だ幼いノアは途中で欠伸をしながら耐えていた。

 

 そうして魔女から一人一箱渡されたジール達は森を出てきたところでそれぞれ解散となる。

 

 人形作りの間、家の前で放し飼いされていたパチネッコもジールの肩へ戻ってきていた。

 

 正直、欲しいカードでなければ早々に投げ出していただろう。

 貰った時は眠気も吹き飛んだノアが箱を掲げながら喜んでいた。ウキウキで中の薬をバインダーに仕舞う姿を見てジールもほっこりしたものだ。

 

 そして、名誉の為にヒソカと別行動を取ったジールは適当な建物の陰に隠れ、例の箱を開けようとしていた。

 

(ぐへへ、苦手な人形劇に付き合ってでも手に入れたかったんだ。この時を待っていたぞ!!)

 

 何処ぞの悪役のような事を考えながら、そっと中身を取り出す。

 クッションの中に埋もれるように入っていたのは『【064-B】魔女の媚薬』と『【066-B】魔女の痩せ薬』だった。

 

(……あれ?無い、だと!?)

「パチ?」

 

 ジールは瓶に貼られているラベルを何度も見たが、やはり目的の物ではなかった。

 

(あー?『背伸び薬』はBランク以上だったか?いや、薬シリーズが他にもある可能性も……。)

 

 ジールは自身の覚えの悪さに頭を抱えたが、ここで唸っていても仕方が無いと気持ちを切り替えることにした。

 

(大丈夫大丈夫、ひー君まだ成長期来てないみたいだし?それ迄にゲット出来れば良いじゃないか。)

 

 成長期が早く来たジールに対して、ヒソカの身長は未だに低かった。ヒソカがまだ14歳であることを考えればこれから伸びることは明白だ。

 

 残念なことに成長期が終わってしまったジールは187cmで止まっている。

 普通ならかなりの高身長であり、ジールもこの数字に不満は無かったが、ヒソカが何センチまで伸びるのかが分からない状態で安心は出来なかった。

 

 前世でヒソカの身長など気にしたことが無かったため、ジールは将来どれ位まで伸びるのかが分からないのだ。

 

(多分、ひー君は俺の身長が低くても馬鹿にしないだろうが、何となく嫌なんだよ。数ミリで良いから勝っておきたい。そして身長を気にしていることも知られたくない。スマートに自然に勝っておきたいのだ。)

 

 希望的観測で190cmは無かった筈だと判断したジールはこのグリードアイランドであと3cm伸ばそうと計画していたらしい。

 今回はその機会では無かったようで、こっそり身長を伸ばす事には失敗したが、ジールは諦めていなかった。

 パチネッコも事情が分からないなりにジールを励ましてくれている。

 

(とりあえず情報収集をしながら、実力を磨いておこう。)

 

 『背伸び薬』を手に入れる為ならどんな試練でも乗り越えてやると、気合いを入れ直したジールはバインダーに仕舞え無くなった薬を持て余しながら、建物の裏から出てきた。

 

 大切そうにポーチへ仕舞われた薬達をこの時破棄しておけば良かったとジールは後悔する事になるが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 ダッカル達と別れる際に次の予定を聞かれたジールは修行とだけ答えていた。

 わざわざゲームの中に来てまでそんなことをするのかと驚かれたジールだが、基準が原作知識に寄っている本人的には絶好の修行スポットである。

 

 ヒソカからもストイックに強くなる兄のイメージを抱かれつつ、別行動になったジールは岩石地帯に戻ってきていた。

 ちなみにパチネッコは危険が無いようにマサドラの宿でお留守番だ。

 

(主人公達もここで強くなった。まさに聖地!俺も今後に向けて更に強くならなければ!!)

 

 気分は体験コーナーで遊ぶ大人だ。

 邪な思いで近くのモンスターに取り掛かっていくジールだったが、これでも念に目覚めてから七年以上経っている。

 

 基本のオーラ操作や切り替えは朝飯前、寧ろ十八番であった。

 

 原作のビスケが言っていたバブルホースまで難なく捕まえたジールは、自身の想像する苦しい修行とは少し違うことに首を傾げている。

 

 モンスターを探し出す手間を考えても1週間と経っていない。

 

(もっとこう、ボロボロになって能力がグレードアップするとか修行っぽい事がしたい。)

 

 考えていることだけ見ればただのドMだ。

 

 一先ず走り込みと並行してオーラを堅で消費していく。岩石地帯の周りをなぞるように走るジールは代わり映えしない視界に飽きを感じながらも、スピードを上げていった。

 

 やはり、発の使い勝手を上げるのが良いだろうかと新しく修行のメニューを考えているジールは見えてきたマサドラをスルーして折り返しに入る。

 

(オーラ操作は慣れてきているし、やはり感知能力を磨く方向がいいかな?停止も理論的には個別で出来るし、そのスピードを上げるために速いモンスターを探して乱獲でもしようか……でも数は多い方が良いよな。)

 

 眼前に広がる岩肌に飽きたジールが、思い出したと言わんばかりに指先で数字を作り始めた。

 深い意味は無い、ゴン達がやってたなぁと軽い気持ちでやってみたのだ。

 しかし、ゼロから作り始めて桁数をどんどん増やしてみるが、障害物の少ない場所でやっても効果は少ないようだった。

 

 傍から見ればバリバリの変化系修行である。

 諸事情によりオーラの形を変えるのが得意なジールは系統詐欺にでも見えそうな遊びをしながら岩石地帯を駆けていく。

 

 そして不憫にもその系統詐欺に掛かるものが居たらしい。

 

(ん?結構後ろに誰かいるな?……もしや俺のファンだったりして☆……。)

 

 自分でふざけて鳥肌を立てていては世話もない。

 100m程離れている人の気配はしかし一定の速度でジールの後ろを走っていた。

 

 本当にファンなのだろうかと気にしながらも、この前ダッカルに煽られて悔しい思いをしたジールはそのまま二周目のランニングに入る。

 ちらりと後ろに気をやってみるが近づいてくる気配は無い。寧ろジールをペースメーカーにするように同じテンポで走っているらしい人物に害意は感じられなかった。

 

 

 

 

 更に四時間ほど走ったところで、ジールは後ろの人物のペースが落ちてきていることに気がついた。

 

(おっと、我が修行仲間は疲れてしまったか。)

 

 八桁を越えた数字の更新を辞めながら、ジールは徐々にペースを落として後ろの様子を伺っている。

 自身の後ろを健気に(?)着いてきてくれる無害の人物を勝手に修行仲間へと認定していたジールは、その仲間の様子が気になるようだ。

 

 肺に負担がかからないよう呼吸を整えながら失速したジールはピタリと立ち止まった。

 

 

 ぐりん。

 

 突然前を走っていた男がこちらを向いたのだ、息を切らしていた人物は驚いたように肩を跳ねさせた後、隠れるように岩の後ろへと逃げる。

 しかしサングラスの下から見ていたジールは見逃さなかった。

 

 身体の動きからワンテンポ遅れたように靡いた髪が銀の長髪だったのだ。

 自身より少し低い身長と細身の体型、枯渇気味のオーラはジールの真似をしていたからだろうか。

 

(あれは……Mr.カイト?)

 

 咄嗟の動きに置いていかれ、ポスリと落ちた帽子に視線が注がれる中、そっと横から伸びた腕がその帽子を回収する。

 若干自信は無いが、見えた人物はジールの記憶にある姿と酷似していた。そしてジールはとても混乱していた。

 

 想定外の人物に動きを止めたジールは、自身を落ち着けようと深呼吸をしながらどう対応するべきか悩んでいる。

 

(人違いだったら恥ずかしなぁ、それにしても何で俺の後を付けてるのか全く分からない……が、とりあえずカイトをファン呼ばわりとか身の程知らずにも程があるな??どうするよ、声掛ける?“俺の後付けてきましたよね”って?自意識過剰すぎてビックリだわ、よくそんな図々しいこと聞けるな羞恥心の設計ミスってんぞ。あぁ、不敬を重ねに重ねている身の程知らずの俺が呼び捨てなんぞ。さん付けしろ、さん付け。ここは無難に声を……掛けるのか?俺が?どうやって??よし!先ずは当たり障りなく、な?せっかくのチャンスだしな!)

 

 溜めに溜めた微妙な空気の中、無造作に後頭部を掻きながら口を開く。

 

 

 

「……あー、どうかしたか?」

 

 ジール精一杯の当たり障りの無い対応だった。

 

 

 

 

 




次回は本格的に修行をします。

ここまで読んで下さりありがとうございました。
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