もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら…   作:エノキノコ

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もし紗夜さんと付き合っていたら…

8月も終わるという日の夜、暦上(こよみじょう)夏はそろそろ退場するはずなのに関わらず、じっとりとした暑さが容赦なく全身から汗を噴き出させる。

これが9月の半ばまで続くとニュースキャスターが朝のテレビで言っていた時は、冷房が充分に行き渡ったリビングにいたのでなんとなく聞き流していたのだが、実際に外に出て被害を受けると暑さが去る9月に…いっそのこと過ごしやすい10月くらいが早く訪れるのを願わずにはいられない。

そんなことを熱でダウンしかけた頭で考えながら、さっき自販機で買ったばかりなのにもう温くなった飲料水を(あお)ってまで暑さに対抗して外に(とど)まっているのは、近くの商店街で絶賛開催中の夏祭りを回るためである。

去年までの自分なら、そんなことは意に介さずにバイトを入れたり、部屋で惰性(だせい)の限りを尽くしたり、期限間近の宿題をひーひー言いながら片付けていたに違いない。というか、今現在の自分でも1人ならそうしていた。そう、1人なら。

「こんばんは」

かたんかたん、という足音とともに、待ちに待った声が聞こえてくる。

遠くからでも見える祭りの光から視線を切り離して声のした方を向くと、そこにはちょうど1年前に付き合い始めた彼女、氷川(ひかわ) 紗夜(さよ)が微笑を口元に浮かべていた。

「もしかして待たせてしまいましたか?」

気が早まりすぎて約束の30分前には来ていたが、漫画の主人公のように今来たところと言うことを、この場に着いてすぐに決めていた。

そんな用意していた台詞を口にするに絶好のチャンスである問いかけは、右から左に流れてしまった。なぜなら、彼女の服装が見慣れた私服や彼女の通う高校の制服ではなく、夏の風物詩とも言える浴衣だったからだ。

淡い水色に黄色や青で縁取(ふちど)った白い花を咲かせた浴衣を着る彼女は、普段は下ろしているエメラルドグリーンの長髪(ちょうはつ)を三つ編みにして右肩に流している。

どんなモデルや女優が同じ浴衣を着ても、絶対に彼女よりは着こなせない。そう確信できるほどに調和された美しさにただ見惚れていると、彼女は少し心配そうな表情でこちらを覗き込んだ。

「・・・汗も酷いですし、顔も赤いです…もしかして熱中症!?今救急車を呼びますから座って安静に—」

持っていた巾着からスマホを取り出す彼女を慌てて制し、羞恥心を押しやって着物姿に見惚れてたと素直に伝える。

焦りでいっぱいだった彼女の顔が一瞬きょとんとしてから、みるみる赤に染まっていく。

「そ、その…ありがとう、ございます…」

翡翠色(ひすいいろ)の瞳を伏せて消えそうな声でお礼を呟くその動作は、夏の暑さに(あぶ)られた思考能力を奪うには充分だった。

結果、彼女を見つめる形で動きを停止してしまい、耳まで朱色に染めている彼女はこちらの視線に困ったように瞳を左右させる。

「じ、時間もありませんし、屋台を回りに行きましょう!」

我に返ってこくこく頷くこちらに、紗夜さんは華奢(きゃしゃ)な手を差し出すので指を絡めてぎゅっと握ると、彼女は未だに赤い頰を緩めた。

実はこのように手を繋ぎ始めたのはわりと最近で、その時は例外なく表情が固くなってしまっていた彼女が慣れつつあることに内心ホッとしてから、楽しげな声と太鼓の音が混じって聞こえてくる商店街中央へ、どこか浮き足立っている彼女と並んで歩き始めた。

 

道中(どうちゅう)隙間なく並ぶ屋台は射的や金魚すくいなどのアトラクション系が多く、気になったところを見つけては寄り道を繰り返して大量の戦果が両手を塞いだ頃には、2つの腹の音が重なってしまい、顔を合わせて苦笑してしまった。

祭りのために設置されていたテーブルが使えればよかったのだが、どこも満席で空く気配もなかったため、喧騒(けんそう)からある程度遠ざかった場所にあるベンチで紗夜さんに荷物を預けて足早に屋台へと向かう。

ここまでの散策(さんさく)でなんとなくわかったのだが、紗夜さんを狙う(やから)がそこそこいた。まあ気持ちはわかる、話してみたい、お近づきになりたい、そう考える奴が何人か出てくるのは仕方ないくらい、彼女は美人だ。さらに今夜限定で浴衣姿なことが、その事象に拍車(はくしゃ)をかけている。紗夜さんが1人でいるとナンパされかねない。

そのため、比較的空いていた焼きそばとたこ焼き、わたあめにラムネをふたつずつ買って可能な限り迅速に戻ると、射的で手に入れていた大きな犬のぬいぐるみを抱きしめていた彼女は、少し大きく開いた瞳でこちらを映した。

「そこまで急がなくても…そんなにお腹が空いていたんですか?」

ここで君が心配だったから、と言ったらさっきのように顔を赤めてお礼を言ってくれそうだと気付いてかなり葛藤したが、そこまで恩着せがましくはなりたくないので代わりにひとつの頷きを返すと、彼女は呆れを混ぜた苦笑を優しい微笑に変えた。

「それでは早速食べましょうか。貰ってもいいですか?」

紙袋に入れてもらった長方形のプラスチックパックと、プラスチックの蓋がされた(ふね)に似た形の容器を渡す。右手に持ったビニールのカバーがかかったわたあめは、彼女が食べ終えたあとに渡そうと左手に持ったまま、右手のみで焼きそばのパックを開ける。

「ちょっと失礼しますね」

どうやって割り箸を割ろうか四苦八苦していた時、紗夜さんがこちらの膝に乗っていた焼きそばを左手に持ち、さっきまで自分のを食べるのに使っていたであろう割り箸で茶色い中華麺を掴んでこちらへと向けてきた。

普段の彼女からは想像できないほど大胆な行動に、周囲の人々から容赦なく視線が降り注いでくる。嫉妬と憎悪が大多数を占めるその視線に気付いていないと思われる紗夜さんは、不思議そうにしながらも体制を崩さずこちらが食べるのを待っていた。

この行為がいかに大胆なことかを伝えるべきか否かを、コンマ数秒の中で考えた。多分無意識のうちにしている行動なのだから、少し触れればすぐに頬を赤くして手を引っ込めることは想像に(かた)くない。

しかし、その場合は彼女が食べ終わるまで左手が空かない関係上、こちらが焼きそばやたこ焼きにありつけない。彼女のためならば1時間も満たない時間くらい空腹など耐えれないわけないが、空っぽの胃袋が行儀良く待っていられるかは確証がないし、盛大に鳴ってしまえば彼女は多少なりとも罪悪感を感じてしまう。別にそんなことで心を痛めなくてもいいと思うのだが、小さなことでも負い目に感じてしまうほど、彼女が真面目で優しい性格なことを知っている。

そんな思考を重ねた結果、羞恥心を蹴り飛ばして彼女の差し出す焼きそばを頬張(ほおば)り、一層増した黒い視線に耐えながら咀嚼(そしゃく)する。

濃いめのソースが絡まった細麺とキャベツや豚肉はTHE()・屋台の焼きそばだったが、 彼女が食べさせてくれたからか、今まで食べたどの焼きそばより美味しかった。

「美味しいですか?」

彼女の問いかけにこちらが深く頷くと、嬉しそうな笑みを溢してから再び焼きそばを差し出してくる。

周囲の天井無しに登っていく怨嗟(えんさ)の意は、自分がなんらかの罰を受けない限り収まらないという確信を抱きながら、せめて紗夜さんに被害が及ばないことを祈って口を開いた。

 

それから、焼きそばがたこ焼きに変わり、再び焼きそばになったところで彼女の手は止まった。

正確にはこちらが、これ以上食べたら紗夜さんの分がなくなるからと必死に制止したからなのだが、少し不満げな彼女の表情を見ると、止めなかったら全部自分が食べさせられていたのではと思わずにはいられなかった。

肌から黒い感情が外れていくのにほっとしつつ目の当たりにした紗夜さんの音を立てない上品な食べ方は、とてもじゃないが屋台の焼きそばを食べる作法ではなく、高級レストランにいるお金持ちを連想させる。彼女の貴族のような綺麗な風貌ならなおさら—

そんなことを考えながら彼女の横顔を見ていると、突然紗夜さんの動きが止まった。じっと見られるのが嫌だったのかと思って視線を外そうとしたが、彼女の視界がこちらを映すことなく箸を見つめ続けていることで全てを察し、使われないと思っていた右手の割り箸をそっと差し出す。

彼女は小さな、とても小さなお礼を呟いてからそれを受け取り、代わりにさっきまで使っていた箸をこちらに渡す。

彼女の手に握られた箸は、こちらの手にある綺麗に割れた箸とは違い、頭の部分が(いびつ)な形になっていた。

 

紗夜さんは黙々と箸を動かし、デザートとして取って置いたわたあめを受け取ったあとも、ひと言も話すことはなかった。

それが不機嫌だからではなく、十数センチの間に流れる濃密な気まずい空気の所為なのを、同じ理由で白い綿菓子を頬張ることしかできないこちらも理解しているが、せっかくのデートがこのまま終わるのも嫌なのでなんとかできないかラムネを飲みながら考えていると、遠い喧騒(けんそう)と太鼓の音にかき消されてしまいそうな声が、ひさしぶりに空気を揺らした。

「あの…これはどうやって開けるのでしょうか」

紗夜さんは青い半透明の瓶を両手で控えめに持ち上げて訊ねてくる。

瓶を受け取り、小学生の頃よく飲んでいただけあって覚えている開け方を披露して再び紗夜さんの手元に戻すと、お礼を述べた彼女は一拍(ひとはく)置いてから意を決したように口を開いた。

「あ、あの…!さっきはすみませんでした!こういうお祭りに来るのは初めてで舞い上がってしまって…」

今日彼女のテンションが高い理由に得心しつつ、子供の頃に行かなかったのかと訊ねてみる。すると彼女は、少し(うつむ)き気味に答えてくれた。

「私が小学1年生の時、運動会や遠足が雨で延期になったり、振替日にも雨が降って中止になったりしたんです。でも、2年生の遠足は私は熱で行けなくて…その日は雲ひとつ無い晴天で…その時から、私がなにか行動を起こしたら雨が降ってしまう、そう思うようになったんです」

黒い過去を告白した紗夜さんは、自身の手を膝の上に下ろす。その手を、気付かぬうちに握っていた。

驚く紗夜さんの顔をしっかりと見据えながら、瓶を握っているせいで少し冷えている手のひらを温めつつ、言う。

──じゃあ、今日は雨降らなくて良かったね──と。

この言葉のあとに流れた静寂と、きょとんとした紗夜さんの顔を見て、自身が盛大に滑ったことを自覚させられた。

顔が人生最大級に熱くなるのを意識しながら、彼女から目を逸らす。肝心なところで上手くやれない自分に心底嫌気が差していると、短い笑い声が隣から聞こえてきた。

「ふふっ、そうですね。本当に晴れてよかったです」

悲しそうな顔をしていた彼女を、笑わせられただけでも上出来か。そう納得しかけた時、大きな炸裂音が響く。

雲ひとつ無い星空を見上げると、そこには赤と黄の花弁を持った大輪が咲いていた。

その残滓(ざんし)が消え去る前に、左右に3色の青の花が開く。

それからも次々と夜空を彩る花たちに見入っていたが、ふとした時に、隣の彼女が気になり視線を揺らす。

今日、彼女はよく笑っていたが、花火を瞳に映す彼女は大人びた笑みではなく、子供のようなあどけなさを含んだ笑顔を咲かせていた。

そこから音が止むまで、エメラルドグリーンの髪の少女の横顔にただ見惚れていた。

 

花火が打ち上げ終わると、祭りの活気は急速に収束していった。片付けを始める屋台の(あいだ)を、多大な人の流れに身を任せながら進んでいく。

今までずっと聞こえていた太鼓の音が止んでいることに一抹(いちまつ)の寂しさを感じながら、射的の景品入れの袋に詰め込まれた今日の戦利品の重さが左腕にのしかかってくるのを耐えていると、はぐれない様しっかりと手を繋いだ紗夜さんがこちらを向いて微笑んだ。

「来年も来ましょうね、その時は貴方も浴衣を着て欲しいです」

そんな要望を聞き、思わず苦笑いしてしまう。ひとつ目の願いはこちらこそと即答できるが、残念ながらふたつ目は、家の押し入れに小学生の頃に着ていたものしかない以上難しい。

そんな事実を包み隠さず伝えると、彼女は笑みを深めて言った。

「じゃあ私が選んであげます。今週にでも買いにいきましょう」

それに対しても、こちらは苦笑を浮かべるほかなかった。今年はもうこの手の祭りは近くで開かれないし、来年の浴衣を今買うのは気が早過ぎる。

でも案外今の時期は安売りしているかもしれないとあっさり納得して、今日割と使ったせいで心配な財布の中身を思い出しながら互いの予定を確認しているうちに、あっという間に彼女の家の前に着いた。

真反対にある自宅に帰るべく(きびす)を返した時、急に呼び止められ、なにかあったかと振り返る。

紗夜さんは少し迷ったように瞳を揺らしたが、意を決したように頷くと、少し離れていた距離を普段より近い場所まで詰めた。彼女の瞳に映る自身の顔さえ確認できる近さにドギマギしていると、少し早口で彼女が(まく)し立てる。

「きょ、今日は本当にありがとうございました。雨が降るのが怖かったですけど、貴方のおかげで一歩踏み出すことができたんです」

ここでイケてる奴なら謙遜(けんそん)の言葉を口にするのだろうが、そんな余裕が1ミリも無いこちらはぎこちなくお礼を言うと、彼女は頬に宿していた朱色を深める。

「ですから…これは、お礼です…!」

お礼?サヨさんはなにも持っていない—

そんな思考は背伸びした彼女との触れ合いに、(またた)()に溶かされた。

唇に触れた一瞬の柔らかさに硬直したこちらには目もくれず、「さ、さよなら!」という言葉と共に彼女は家に逃げ込んでいった。ばたんとドアを閉める音が耳に届いても、しばらく思考能力は戻らなかった。

そんな状態で帰路に着いたのにも関わらず事故に遭わなかったのは、幸運以外のなにものでもなかっただろう。

しかし、その代償か、今日の戦利品を全て持って帰ってきたことに寝る直前に気付き、次の日彼女の家に届けに行って死ぬほど気まずかったのはまた別の話。

 




初めまして、エノキノコです。まずは、この小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
人生初めての小説なので色々欠点はあるでしょうが、少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
次の投稿予定は未定ですが、Roseliaのメンバーは全員やりたいので最後まで付き合ってもらえると嬉しいです。
では、2話目で会いましょう。
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