もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら…   作:エノキノコ

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もし花音ちゃんと付き合っていたら…

春の象徴といえる桃色はどこかに吹き去り、若々しい緑がようやく日常に定着し始めた頃。

休みの日にしては相当早い時間に()(ひび)くアラーム音を止め、二度寝の誘惑(ゆうわく)を振り払って起き上がって窓を(さえぎ)る布を左右に(わか)つ。

連続して空模様が不機嫌(ふきげん)になる時期が迫っていることを気にも止めず、燦爛(さんらん)と空に居座る太陽に今日は感謝しつつ、陽光を全身に浴びていると、睡眠時間を(けず)った代償か、自分しかいない部屋に大きなあくびがこだまし、それが引き金となって絡みついてくる眠気を脳から追い出そうと、頭を左右にぶんぶん振るが、残念ながらあまり効果はない。

この調子だと強い引力を放つベットに倒れ込んでしまいそうなので、昨日に(あらかじ)見繕(みつくろ)っていた服に手早く着替えると、長居しても二度寝のリスクがあるだけの寝室を(あと)にした。眠気を少しでも軽減しようと顔を洗ったが、朝食を済ませたあとも、欲求は一向に(おとろ)えようとしない。

壁に掛けられた時計をちらりと一瞥(いちべつ)する。今から出ると予定している時間を少々前のめりで到着してしまうが、気付かぬうちに意識を飛ばすよりかはマシかと判断し、頭の中に()(きり)(ただよ)わせたまま家を出た。

道中見つけた自販機で買ったコーヒーをぐびぐび飲んで、睡魔を強い苦みで追い払っているあいだに着いた一軒家のインターホンを押したあと、指を伸ばしたまま硬直させる。

予定していた時間より早めの来訪は、今日出かける少女にとって迷惑かもしれないと遅まきながら気付き、軽いパニック状態の思考が落ち着きを取り戻す前に、ドアの開閉音(かいへいおん)が耳に届いた。

鳴らしたインターホンに反応して出てきてくれた水色の長髪(ちょうはつ)を持つ少女は、こちらに視線をフォーカスさせると、(やわ)らかな笑みを向けてくれる。

先の杞憂(きゆう)そっちのけで跳ね上がる鼓動(こどう)を悟られる前に落ち着ける努力をしつつ、精一杯自然に挨拶(あいさつ)を口にすると、変わらぬ笑みで返してくれた少女、松原(まつはら) 花音(かのん)はこてんと首を(かし)げた。

「約束の時間よりちょっと早いね。なにかあったの?」

彼女の問いを聞いた途端(とたん)、思考の(すみ)に追いやられていた自らの失敗がその存在を大々と主張し、慌てて腰を折ったこちらに、花音は左に()ったサイドテールをぶんぶん揺らした。

「あ、謝って欲しかったんじゃないんだ。私、今日早く起きちゃって、手持(ても)無沙汰(ぶさた)になっちゃってたから」

結果的に迷惑になっていなかったことにホッと胸を()()ろしかけたが、次も同じような幸運が続くとは限らないと、しっかり自身の行動を(いまし)めておく。

しかし、そんなこちらの決意を、続く彼女の言葉は粉々に打ち砕いた。

「それに、私は君と一緒にいられる時間が長くなるならむしろ嬉しいな」

純白(じゅんぱく)微笑(ほほえ)みで告げられた言葉によって、口の(はし)が自分の意思とは関係なく湾曲(わんきょく)してしまう。咄嗟(とっさ)に右手で(おお)(かく)したあとも(ゆる)みっぱなしの口元を、どうにか戻そうと四苦八苦しているこちらを見つめる彼女は、実に不思議そうな顔をしていて、自身がどれだけ破壊力のある発言をしたかの認識がまるでなかった。

しかし、ずっとこちらが照れていれば流石(さすが)に彼女も勘付(かんづ)くだろうし、自覚さえあれば普通に照れる。

そして照れた花音はさっきの発言など些細(ささい)なことに感じてしまうくらい可愛らしく、相対してしまえば収拾が着くのに余裕のある時間がかなり圧迫されてしまうので、なんとか口を()()め、湧き上がってくる感情を押し殺すと、これ以上心を乱される前に早く行こうと彼女を()かす。

「うん。せっかくのお出かけだし、楽しもうね」

そこそこ無理のある舵切(かじき)りをしているのにも関わらず、僅かにすら表情を(くも)らせない彼女は、なんの躊躇(ためら)いもなくこちらの手を取った。彼女と付き合ってから何度されたかわからない不意打ちに、未だ慣れずに(ほお)が熱を()びる。

他者と比べて圧倒的に道に迷いやすい花音は、こちらと(はぐ)れないよう手を(つな)いでいるだけだと、自身に必死に言い聞かせているあいだにも、右手の(うち)にある柔らかな感触が流してくる温度は身体にみるみる循環(じゅんかん)し、花音に悟られないよう努めるのを強要(きょうよう)させられた。

 

それから休日ゆえに混雑していた電車に詰め込まれ、人の流れのまま吐き出されて改札を通り抜けた頃には、体力を最大値の半分程度ごっそり持っていかれていた。そんな状態でも決して解けなかった手を少し(ほこ)らしく思いながらたどり着いたのは、花音が熱烈(ねつれつ)に行きたいと言っていた大規模な水族館だった。

「わあ…!すごい人だね!」

高めのテンションが滲み出ている彼女を見て微笑ましく思いつつ、入場券を買って長い列に並ぶ。

ある程度待つであろうあいだに、なぜここに来たかったのか花音に(たず)ねると、彼女は握っているこちらの手に温もりを強く感じさせた。

「ここの水族館はね、くらげの飼育数が日本で一番多いんだよ。他の場所じゃ見れないような子もいるから、絶対1度は来てみたかったんだ」

(むらさき)(ひとみ)をキラキラ輝かせる彼女がそこまで熱中するものに少し興味が湧いたので、例えばどんなクラゲがいるのか()いてみると、花音は照明を数倍強くした瞳でこちらを見上げる。

「もしかして君もクラゲに興味を持ってくれたの?嬉しい!ここには本当にいろんな子がいるんだけど、その中でも代表的なのは…」

矢継(やつ)(ばや)に繰り出されるクラゲの知識に圧倒させられているこちらを置き去りにして、彼女はどんどんクラゲの魅力(みりょく)を重ねていった。

あっという間に置き去りにされた解説に終止符を打ったのは、列の終着点である水族館の入り口にいたスタッフさんだった。

入場券の確認を求めるスタッフさんにまとめて買った2枚を差し出すと、代わりに(ととの)()ぎた笑顔とパンフレットをくれる。

一度途切れた流れを再び(つな)がれることになれば、クラゲ講座だけでいつの間に日が沈んでいるなんて冗談めいた未来が恐ろしいほど現実味を帯びるので、せめて彼女の目当てであるものだけでも見納(みおさ)められるよう、パンフレットを(ひら)いてクラゲの水槽(すいそう)の場所を探し、彼女を案内しようとしたのだが、その前に花音は予想だにしてなかった提案を口にした。

「行きたい場所あったかな?もしあるなら、先にそっちに行ってもいいよ」

特に行きたい場所があるわけではないが、あんなに楽しみにしている彼女よりこちらの意見を優先していいものかと、思わず訊き直してしまったこちらに、彼女は躊躇(ためら)うことなく首を縦に振る。

「私1人じゃ絶対ここまで来れてないし、私の都合(つごう)で連れてきちゃったから。こんなことじゃ、お()びになるかわからないけど…」

その言葉を聞いた時に湧き上がった極小の感情の名前を、自分は知らなかった。怒りや悲しみでもない、確かな熱を帯びる感情のまま、力なく笑う少女の手をほとんど無意識で握り直す。無理して一緒に来たわけじゃないからお詫びなんていらないと、少し強めな声が(のど)()らした。

「・・・そうだよね。変なこと言ってごめんね。…ありがとう」

こちらの発言を受け止めた彼女との(あいだ)刹那(せつな)沈黙(ちんもく)が流れ、やがて小さい謝罪が耳に(すべ)()む。それに続いた確かなありがとうの言葉に対してこちらが反応を返す前に、低く間延(まの)びした音が鳴り響いた。・・・こちらの腹部(ふくぶ)から。

雰囲気(ふんいき)にそぐわな過ぎる音にきょとんとしてしまった彼女が、短い笑い声を口から(こぼ)す。

抑えることのできない生理現象のタイミングの悪さを心底恨んでいると、花音は小さな子供に向けるような優しい笑顔を浮かべた。

「見て回るより先にご飯にしよっか」

その提案に顔を赤くしながら黙って頷くこちらにもう一度微笑みかけた彼女は、しっかりと繋がれた手を引いて歩き始める。しかし、彼女が絶大なる方向音痴だったことを思い出したのは、さまざまな魚が行き交う水槽に囲まれた道をしばらく彷徨(さまよ)ったあとで、2人揃って広大な施設の中を迷ったなか、パンフレットだけを頼りになんとかたどり着いた水族館内にあるレストランは、お昼のピークに乗り遅れたおかげと言っていいのか、2人席が奇跡的にひとつだけ空いていた。

案内してくれたスタッフさんが置いていったお冷を口につけるものの、満足する(きざ)しすら見えない空の胃袋を早急に満たすべく、2つあるメニュー表の片方を対面で座る花音に渡し、もう片方を手元で開く。

水族館らしく、魚の形を型どったものが多い料理の写真を見つめ、片面の大部分を占領(せんりょう)する、クラゲをモチーフにしたホワイトソースが卵の黄色を丸々隠したオムライスを食べようと決めて視線を上げた先には、水髪(みずかみ)の少女が優しい表情でこちらを眺めていた。

紫の瞳とぶつかった視線を咄嗟にずらしつつ、さっきからこちらに同じような温かい視線を送ってくる彼女に、自分を見てて楽しいか訊ねると、彼女は簡単に首を(たて)に振る。

「うん、好きな人ならずっと見てても飽きないよ」

ドストレートな理由に頬を朱色(しゅいろ)に染まった顔を(そむ)けたこちらに、微笑を向け続ける彼女との(せめ)()いを強制的に終わらせるべく、ボタン式のベルで店員さんを呼び出し、注文の片手間(かたてま)、雰囲気をリセットしようと目論(もくろ)んだものの、入口での時のようにはいかず、彼女は料理が運ばれてきたあともこちらに視線を注ぎ続けた。

空腹のスパイスが効いたはずのオムライスも、舌への味覚の伝達は(うす)く済ませ、早々に腹に蓄積(ちくせき)されていくのみだった。

 

こちらに少し遅れて食事を終えた花音と、次どこに行くかで話し合ってからレストランを出る。行き先がこの水族館に来る第一の理由となった場所なのに関わらず、彼女が浮かない顔をしている原因を、またもやこちらに対しての罪悪感のせいだと勘繰(かんぐ)り、同じような言葉を口にした自分に、彼女はかぶりを振ったのちに真っ直ぐこちらを見つめてきた。

「無理して付いて来てないのは、さっき言ってもらったからわかってるよ。でもだからこそ、私は君にも楽しんで欲しいんだ。・・・だから、私に遠慮(えんりょ)してるなら、そんなことしないで素直に言って」

かつてないほど真剣味を増した表情で問いただしている彼女に、こちらも躊躇いなく首を振った。

別にこちらは、水族館にいる生き物で特段好きな生き物がいるわけではない。それに、見て回る分にはレストランまでの長い道のりで充分満足できている。

・・・そんな理性的な言い分は、正直そこまで大きな割合を占めているわけではない。本当の理由は、それとは真逆の直情的なものだ。

口にするか散々葛藤したが、前者の理由を述べても彼女の思慮を払うには足りない気がしたので、腹を決めて口を開いた。

—・・・花音と一緒ならどこでだって楽しい—

思ったよりずっと小さくなった声量を拾った彼女がなんらかの反応を示す前に、華奢(きゃしゃ)な手を引いて目的地の水槽へと向かっていく。

飛び交う雑多な声に紛れていた微笑の声音(こわね)は聞こえなかったことにして、ただひたすらに歩き続けた先にあった光景に、2つの息を呑む音が重なった。鮮やかな青藍色を、千単位くらいはいるかもしれない海月(くらげ)が群れを成し、優雅に泳ぐ様はこの世界とは断絶されているかのような印象を持たせる。

しばらく囚われたままだった思考を手繰り寄せてなんとか取り返したあと、隣の少女に同意を求めるべく口を開こうとした。しかし、未だ幻想の世界に(とど)まったままの横顔を見た瞬間、喉から出ていく寸前だった言葉を踏み止ませ、ずっと待ち続けて訪れた時間を邪魔するのは野暮(やぼ)だと、再びガラス越しの海を視界の全面に映す。

周囲の存在や流れていく時間も忘れて、目の前の光景へと沈み込んでいるあいだも、手のひらから伝わってくる温もりだけは鮮明に感じ取れた。

 

「ご、ごめんね…。こんな時間まで居残っちゃって…」

夜の帳が下り切った街を背景に、電車は微々たる揺れをベースに大きな揺れを織り交ぜながら走る。

振動の二重奏(にじゅうそう)に足を取られないよう、白い輪っかに手を伸ばした彼女が口にした謝罪に、こちらは苦い笑いを(こぼ)すしかなかった。

あれからどんどん人がいなくなっても、集中力の切れたこちらと違い、彼女は旅立った世界から帰ってくる兆しすら見えなかった。

閉館時間が迫っているのを知らせるアナウンスが館内に流れてもそれは変わらず、やむなく声をかけ、(から)くも戻って来てくれた彼女と共に出口に急いだのだが、その際花音は頬を真っ赤に染めていた。

今日初めて見る彼女の羞恥(しゅうち)の表情に、思考を止めずに動けたのは自分でも褒めてやりたい。しかし、彼女に対するフォローがまるで出来なかったため、今の彼女の表情には、こちらへの申し訳なさが全面的に押し出されていて、どうしたものか頭を悩ませているうちに、電車が次の駅に止まる。

2人並びには座れないものの、吊り革に掴まっている人は自分たち以外いない現状が大きく変化しないといいなという理想は、扉のガラス部分から(うかが)える、ホームの人口密度であっさり霧散(むさん)した。

「ひゃっ!」

雪崩(なだ)()んでくる人波に()まれかけた花音を、ぎりぎりのところでこちらに引き寄せる。彼女の肩に腕を回した状態で続く勢いをやり過ごしたのち、密着した彼女の身体を意識してしまう前に離れようとしたが、指一本動かせば周囲の誰かに触れてしまう状態では、彼女と距離を取ることなどできるはずがなかった。

正面から押し付けられる柔らかな感触と(わず)かな柑橘系(かんきつけい)の匂いが、心拍数を否応(いやおう)なく上昇させる。押し寄せてくる血流に対処し切れず、脳がショート寸前なこちらにさらなる追い討ちをかけるように、彼女の情報が急に強く押し寄せて来た。

彼女からもこちらを抱きしめているという事実が頭を(よぎ)る前に、ただでさえ瀬戸際(せとぎわ)だった思考の限界容量が一線を悠々(ゆうゆう)と飛び越し、こちらの胸に身を任せる少女の顔を、見下ろすだけで口をぎこちなく開閉させる自分に、彼女は容赦なくトドメを刺した。

「あ、あのね…。吊り革、空いてないし…、しばらくこのまま掴まってても、いい、かな…?」

赤一色に頬を染め、少し(うる)んだ瞳を上目にしながらされた懇願(こんがん)に僅かな余力すら(うば)()くされたこちらには、返事のセリフを頭の中に浮かべることすらできずにただ頷く。

ぼそりとお礼を言ってから胸に顔を埋めてきた花音とその()というもの、彼女の自宅に送り届けるまでのあいだ、ろくに目を合わせることもできなかった。




こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
そして、この小説史上最も間隔の空いた投稿になってしまって本当に申し訳ありません…!!当初の予定ではゴールデンウィークに花音ちゃんとマスキさんのお話を書いて連投しようと淡い希望を抱いていたのですが、まさか誕生日から6日経って投稿することになるなんて思いもしてませんでした…。連休全てをリサ姉に取られたなんて事実、GW前の自分に言っても絶対に信じないと思います。
次のヒロインは美咲ちゃんの予定で、投稿日は来週までには出せるように頑張る所存です。執筆速度撃遅の作者ではありますが、愛想尽かさず待っていてもらえると幸いです。
最後に、お気に入り登録をしてくださったみなさん(たくさんの方にしていただき、嬉しい限りです!)、星9を付けてくださったDottperuさん(高評価に恥じない作品を書けるよう頑張ります!)、花音ちゃんのリクエストをくださったShun1114さん(リクエスト告知のアドバイス、本当に助かりました!)、そして後書きに最後まで付き合ってくださったみなさん、本当にありがとうございました!!
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