もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら…   作:エノキノコ

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もし沙綾と付き合っていたら…

(こころよ)い春風は徐々に重量を増していき、肌に張り付く不快感を(はら)み始めた季節。空も灰色の雲が(おお)う日が多くなり、雨水(あまみず)が地面に張られることも日常になりつつあった。

実際、休日なのにも関わらず、()が上り切る前の時間から鳴り響くアラームを止め、睡魔(すいま)がこちらの思考を(しば)る前に起き上がって開いたカーテンの先に映る景色も、例外なく季節の特徴を(あら)わにしている。

外からにじり寄ってくる湿気が(うち)のものと混ざり合って、寝起きのローテンションに拍車を掛けようとするが、すっかりこの時間帯に起床することが習慣付いた身体が半自動的に寝間着(ねまき)外着(そとぎ)へ包む衣服を変えた頃には、頭のエンジンはほぼ完全に準備を終えていた。両手を思い切り伸ばして体をほぐしたあと、()えて冷蔵庫は開かずにそのまま玄関へと向かう。

(かさ)の持ち手に伸ばした方とは逆の手で(にぎ)ったドアノブは、この季節にしては珍しい温度を、じんわりと手のひらに伝えてきた。

 

色形(いろかたち)が異なる住宅に挟まれた道を、水たまりを踏まぬよう慎重になりながら歩んでいく。

晴れていればジョギングや犬の散歩をしている人たちが数回横切るのだが、雨雲が空を支配している日は決まって、雨粒(あまつぶ)が弾ける音のみが周囲に響いていた。

人の温かさが遮断(しゃだん)され、しずくが落ちる音のみに包み込まれたある種の沈黙(ちんもく)に満ちた道のりを、自分でも気づかぬうちにゆっくりになっていった足取りでたどっていく。

決して嫌いではない静寂(せいじゃく)が破られたのは、届かぬ太陽の光の代わりを(つと)める街灯(がいとう)がおぼろげに揺れる商店街に足を踏み入れてからだった。雨水の香りををふんだんに含んだ空気が(ただ)ようなかでも自身が構える店を開くのを(おこた)らない人々の声が、(わず)かな明度(めいど)をこの場に宿す。

取って代わられたものに(まさ)っても劣ることない雰囲気を肌身に感じながら、もうほとんど目と鼻の先となった目的地へと足を速めると、小麦の焼ける匂いが重量感のある空気の隙間を()って鼻腔(びこう)をくすぐった。

腹の虫を鳴かせる原因の発生源であり、空の機嫌が悪いなか歩いてきた理由でもあるパン屋の、青みが深い緑色の屋根が作った水を知らないレンガ造りの地面にくっきりとした足跡をつけると、(たた)んだ傘に(したた)る雨粒を振り払う。

「おはよう。こんな天気の中お疲れ様」

まだら模様をレンガの上に(えが)いていると、()んだ鈴の()を響かせてすぐ近くのドアを開いた人物が挨拶を投げかけてくるので、細くまとめた傘から視線を横移動させて返しの言葉を口にすると、雨風を(しの)いでもらっているパン屋、山吹ベーカリーの看板娘にして、恋仲と呼べるようになってからそれなりの月日が過ぎた少女、山吹(やまぶき) 沙綾(さあや)は、微量(びりょう)の呆れを含んだ笑みを(ほころ)ばせた。

「前から言っているけど、少しでも都合が合わなかったら手伝わなくても大丈夫だからね」

もう何度聞いたかわからない彼女の気遣(きづか)いを受け取るのはやぶさかではないのだが、彼女は一人で(かか)()みがちなところがあり、実際、彼女の母親が体調不良で倒れた時、彼女は誰にも共有しようとせず背負い込んでいたため、今度はできる限り(そば)にいて、些細(ささい)な変化を見逃さないようにしたかった。

しかし、それを伝えて今以上に心の底を(かく)そうとされると本末転倒(ほんまつてんとう)なので、給料代わりのパンを朝食にしてるから、自分で作る手間が(はぶ)けてむしろ助かっていると、いつもと変わらぬ返答を口にしたところ、彼女は子供を見る母親のような視線を注いできたのち、口元に微笑(びしょう)を浮かべる。年不相当(としふそうとう)の雰囲気によって、少しだけ早くなった心拍数を見抜かれないよう無愛想(ぶあいそう)な表情を貼り付けたこちらの(ほお)に、一陣(いちじん)の風と共に冷たい(つゆ)がぶつかってきた。

見栄(みえ)()る自分に対して、冷やかすような態度(たいど)を取る天を見上げてから、親指で流れる粒を(ぬぐ)っていると、沙綾は(かたむ)き始めた雨粒たちを一瞥(いちべつ)したのち、出てきたばかりのドアを指差す。

「ここじゃ()れちゃうし、とりあえず中入ろっか」

特に考えることもなく首を上下させて了承(りょうしょう)()を示したあと、ふとした疑問が()き上がったが、それを口に出す前に彼女はドアの向こうに消えてしまうので、とりあえず疑問を(のど)の途中に待機させてあとを追う。

雨の侵入(しんにゅう)(こば)むため、ドアをしっかり閉めてから、(くつ)の底に張り付いた水滴を出入り口前に()かれたマットレスを何回か踏むことで振り落としていると、沙綾が店奥にしまってあるモップをこちらに差し出してくるので、デザインも大きさもそれぞれ異なる4本が()()った傘立てに自身の傘を突き立ててから、使い慣れたモップの()(にぎ)った。どうせなら受け取ったついでに(たず)ねておこうと、寝かせておいた疑問、なんでさっき外に出てきたのかという問いを投げかける。

外に用があるなら自分と一緒に中に入ってくるわけがないし、それなら外に出てくる理由なんてないのでは、そんな問いかけに彼女は、何故か少し朱色(しゅいろ)()めた頬をかいて青色の(ひとみ)を泳がせた。

返答を(しぶ)られた理由を(さっ)せず、自然と首が傾いてしまったこちらを見て、(あわ)いブラウンの長髪(ちょうはつ)を後ろに(たば)ねた少女は、(はん)(あきら)めた笑みを(こぼ)した口をぎこちなく動かす。

「好きな人を出迎えたかったから…かな」

認識するのに多少のラグがあったその発言が思考に溶けた瞬間(しゅんかん)、視界の中央に収まっていた彼女の顔が徐々(じょじょ)にフェードアウトしていく。頬に熱が()びさせながら連呼(れんこ)される当たり障《さわ》りのない肯定(こうてい)の言葉の()をくぐり抜け、外から響いてくる雨音を(つらぬ)いて耳に収まった(かわ)いた笑みは、じんわり(はだ)に広がる汗を一際(ひときわ)強く意識させた。

 

普段なら軽い会話を挟みつつこなす開店前の清掃(せいそう)は、(おどろ)くほどの静寂に包まれながらおこなわれた。

モップを握る両手を動かすと並列に、自らの質疑(しつぎ)で形成された気不味(きまず)い空気を打破(だは)する方法を考えていたが、木造(きづく)りの床が綺麗(きれい)になる一方、頭の中はあーでもないこうでもないとごちゃつくばかりで、解決策はなにひとつ思いつかない。

結局、有効な思想など手にすることすらできずに床を()き終え、下に向いていた視線を持ち上げると、空白の陳列棚(ちんれつだな)を拭いている沙綾にぶつかった。彼女は自身の仕事を真面目に取り組んできたが、やがて固定されていたこちらの視線に気付いたのか、視線をこちらのものと合わせてくる。

見つめ合う状況に羞恥心(しゅうちしん)がくすぐられる(ひま)もなく、静まったあと初めて訪れたチャンスを(ぼう)に振らないよう話題の詮索(せんさく)(つと)めたが、まるで成果を挙げられず、冷たいものが背を(つた)っていったこちらを見つめ返していた沙綾は、一切の色を(うかが)わせなかった表情を(またた)()に黄色へと染め上げた。

目の前の少女見せた予想外のリアクションに置いてけぼりにされたこちらに向かって、沙綾はさっきまで横一文字(よこいちもんじ)だった(くちびる)を面白おかしそうに釣り上げる。

「君、さっきのこと気にしすぎだよ。そんなに好きな人って言われたのが恥ずかしかったの?」

軽く口にされただけで少しテンポが上がる胸の鼓動(こどう)が、彼女の指摘が実に(まと)を得ていることを物語っているものの、それをただ鵜呑(うの)みにして(はずかし)めを受けるだけなのは(いや)なので、沙綾も赤くなってたことをへの指摘でせめてもの反撃を(こころ)みると、彼女は言葉を()まらせたのち、一旦(いったん)下げた口角(こうかく)を今度はたどたどしく湾曲(わんきょく)させた。

「まあ、否定しないけど…。そもそもあれは、出来れば自分で気づいて欲しかったなぁ…」

こちらの言葉への返答ついでに投げられた彼女の願望(がんぼう)は、胸の痛い場所に吸い込まれるように深々と突き刺さった。

・・・確かに、あんな少し考えればわかるようなことを気付けないなんて、彼氏彼女の関係上なら致命的(ちめいてき)なのかもしれない。彼女の心境の変化を見過ごさないよう時間を作っているのなら、なおさら。

途端(とたん)にこの場に居座ることがとてつもなくおかしく感じてしまい、ドアに向かって走り出したくなる衝動に()られるが、左の手首を逆の手で思い切り握りしめて発散し、寸前(すんぜん)のところで両の足へ流れ込むことを阻止(そし)する。

この開店前の作業を手伝うと名乗り出たのが自分であれば、持続を望んだのも自分だ。そのくせしてこっちの都合で放り出すことなど許されないと、自らの心の奥から絶えず湧き上がってくる感情を(しず)めるべくして人知れず吸い込んだ重い空気を、細く()き出そうとした、直前だった。

前から差し伸べられた手が、(うつむ)き気味だったこちらの顔を包み込むように触れた。(のど)の途中で行き場を無くして詰まった吐息を意識してしばらく経ったあとに、頬に()えられた温もりはゆっくりと上昇し、前を向くよう(うなが)してくる。

なされるがままになり、完全に正面を見た途端、純粋に誰かを心配する真っ直ぐな優しさを(たずさ)えた青い瞳と視線が交錯(こうさく)した。()き彫《ぼ》りになってきた息苦しさが(うそ)のように遠ざかり、静まり返った小さな世界の中に響く、雨粒が弾ける音、身体に(せわ)しなく血液を(めぐ)らせる心拍音、目の前の少女の息遣(いきづか)いまでもが取り零しひとつなく耳が拾い、色とりどりに鼓膜(こまく)()らす。

「・・・ごめんね。そんな顔させるつもりで言ったわけじゃないんだ」

ゆっくりと言葉を(つむ)いだ少女に、(あやま)る必要はないことを伝えたかった。しかし、喉は閉じたまま一向(いっこう)に言葉を作ろうとしない。

「・・・もし辛いことがあったなら、言って欲しいな。解決することはできなくても、寄りかかってもらえるくらいなら、私にも出来るから」

そんな不甲斐(ふがい)ない自分に彼女が投げかけたのは、自分が彼女に伝えたいことだった。今の今まで、ずっと遠回りしてもなお、(こと)の葉に乗せることが叶わなかった気持ち。

喉に詰まっていたものが、口をほどいた風船のように(しぼ)んでいき、内容物が腹の底へ(かえ)っていく。しかし、今までなかった鈍痛が胸に走り始める。

(さえぎ)るものはなくなったのにも関わらず、ぼやきひとつ押し出せない(みずか)らに嫌気(いやけ)が差し、再び視線を落とそうとしたこちらが、茶髪の少女を視界から()()がす前に、沙綾はさっきまでの真剣みを帯びさせながらも柔らかな声を(はず)ませ、予想だにもしていなかった提案を持ちかけた。

「ねえ、今日は上で一緒に食べない?」

上、2階建てとなるこのお店で、彼女とその家族が暮らす居住(きょじゅう)スペースとなっている空間に、これまでを通しても初めて招待されていることを理解した瞬間、胸の(うち)に存在する暗い感情が押し流され、その勢いのまま思い切り首を左右に振る。

家族の人たちとは、(すで)幾分(いくぶん)か交流する機会はあったし、それなりの関係は(きず)けていると思うが、向こうがこちらに悪い感情を持っていないとは限らない。

それに、行き着く先は赤の他人である自分が、家族の時間に割り込むことに対して言い難いほどの忌避感(きひかん)があった。

「遠慮しなくて大丈夫だよ。さっ、こっちに階段あるから」

しかし、こちらがなんらかの抗弁(こうべん)を口走る前に、彼女はいつのまにか背後に回り込み、階段の方へと歩かされる。先の閉塞感(へいそくかん)が嘘のように口を重ねて逃れようとするこちらに対して、彼女は大丈夫のひと言で片付け、木製の階段を有無を言わさず上らせ、知らぬうちに最後の一段まで上り切ってしまう。

真っ直ぐ伸びる廊下(ろうか)、その1番手前のドアを開いた先にあった居間に腰を下ろさせられた自分をここまで連れてきた張本人である少女は、先の服装の上からエプロンを着けながら口を開いた。

「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ作っちゃうから」

こちらの言い分を聞かずして、沙綾は台所の方へ向かってしまう。台所と居間は壁で(へだ)たれてはいないので、知らない場所に1人取り残されたわけではないのだが、初めて来る場所、しかもそれが彼女の実家で、さらには朝食を頂こうとしているという状況を頭が(いま)だに飲み込めず、気分がどうしても落ち着かない。

当てもなく周囲を見渡(みわた)して数分。ようやく、なにもせずただご飯だけもらうのは流石(さすが)にマズイだろうという、(いた)って当たり前のことに気づき、1本に()った淡いブラウンの髪を背に流す少女になにか手伝うことはないかと、立ち上がり(ざま)に訊ねる。劇的(げきてき)に料理の腕が立つというわけではないが、壊滅的(かいめつてき)に出来ないということもないので、なんらかの手助けは出来るだろうという漠然(ばくぜん)とした思考は、予想を大きく裏切る彼女の頼みによって(つゆ)となった。

「じゃあ鍋見ててくれる?私、(じゅん)紗南(さな)起こしてくるから」

弟と妹の名前を出す彼女の頼みを、一瞬戸惑(とまど)ってしまったものの、首を(たて)に振り了承すると、彼女はお礼を言ってからドアの向こうへと消えていく。

ドアの開閉音が(ひか)えめに空気を揺らす余韻(よいん)が去ってから、改めて台所を一瞥すると、そこにはほとんど下準備を終えた食材たちが綺麗に整頓されており、自分が手を付ける隙などまるでなかった。

彼女の手際(てぎわ)の良さに感嘆(かんたん)しつつ、皿洗いは絶対に自分が引き受けようと決心してから、漆黒(しっこく)に一滴の緑を落とした色の海藻(かいそう)が浮かぶ味噌汁の入った鍋を、それに半身を沈めていたお玉でゆっくりとかき混ぜた。

 

2人の少年少女が母親と(たわむ)れている黄色い声と、その様子を横目で見守りながら長女が掃除機で床に蔓延(はびこ)(ほこり)を吸い取る音が、背後の居間で盛大に(から)まり合って聴覚の大半を支配する。生活感溢れる空間を背中に感じてほっこりしつつ、自分は希望していた皿洗いを淡々(たんたん)とこなしていた。

あれから沙綾は、起こすと言っていた弟と妹はもちろん、それに加えて彼女の母親を連れて戻ってきた。

慌てて機械的に味噌汁をかき混ぜていた手を止め、わかりやすいくらい体を強張(こわば)らせながら挨拶すると、お母さんは沙綾から事情を聞いていたらしく、沙綾とよく似た優しい微笑(ほほえ)みを見せてから歓迎してくれた。

流石に純と紗南は驚いていたが、完成した朝食が食卓に並んだ頃には、すっかりいつもの調子でじゃれてきて逆に戸惑っていたこちらに、少し遅れてやってきたお父さんに毎日食べに来ていいと言われた時には、頭が取れるんじゃないかと思うくらい強くかぶりを振ってしまい、大人の2人には笑われ、未成年組はわりと真剣に残念がっていた。

食事中にもう一度同じことを言われた際には、とりあえず保留にさせてもらったが、果たしてどう答えるのが正解なのだろうか。

「手伝おうか?」

先延(さきの)ばしの返答をしてからずっと頭を悩ませている難題を、最後の一枚を洗い終え、白い布巾で濡れた食器を拭き始めてなお考え続けていると、さっきまで掃除機をかけていた少女が、自分と同じ布巾(ふきん)を持って(となり)で訊ねてくる。

あとは拭くだけだから大丈夫と断るこちらに、彼女は(じつ)に楽しそうな笑みを浮かべた。

「でも、拭いたあとどこに食器しまうか分からないでしょ?」

的の中心を正確に貫いた指摘に言葉を詰まらせ、力なく頷いたこちらを見て短い笑みを零す彼女に、なら自分が拭くからそれをしまっていってと伝えたのだが、なぜか彼女は隣に居座って食器を拭き始める。

「2人でやった方が効率いいよ」

効率云々(うんぬん)の話をするのなら、それぞれ役割分担する方が作業は早く終わると思うのだが、さっきと同じ地雷を踏むような気がしたので、特になにも言うことはせずに黙々(もくもく)と手を動かしていると、隣からやたら飛んでくる視線が頬をなぞってくる。

一旦手を止め、段々とくすぐったくなってくるそれを注ぐ少女にどうしたか訊ねると、彼女は飾り気のない笑顔を(ほころ)ばせ、言った。

「いや、さっきよりは元気そうで良かったな〜って」

特に(とどこお)ることもなく発された、短くも長くもない言葉は、なぜ彼女がやや強引にこの場へ招待し、朝食の場を一緒にしようと(さそ)った理由、気付かぬうちに思想の外で放置していたその核心に触れさせたように思えた。

彼女はひどく情けない顔をしていたであろうこちらの心情を察し、案じてくれたのだろう。胸のうちに広がっていた暗雲(あんうん)を払おうと、気を遣ってくれたのだろう。

そんな強引な行動の裏を読み解けたあと、真っ先に口から零れたのは、彼女の優しさに対する感謝でも、申し訳なさからくる謝罪の念でもなかった。

—沙綾は強いな—

彼女は強い。1人で自分が背負いたいものを背負えるくらいに。悪意など微塵(みじん)も存在しない言葉で勝手に(つまず)く自分が、支えようとする必要すらなかった。

「・・・強くないよ」

そう強く思い込んでいたからか、彼女がすぐに否定のかぶりを振ったことには率直(そっちょく)に驚いた。

「私は1人だと弱いまま。それでも強くいられるのは、みんなが、家族が、そして君が隣にいてくれるからだよ」

彼女の言葉に思わず、自分も入っているのかと()き直してしまうと、沙綾は珍しく不機嫌そうに当然と断言するが、それでもあまり実感が湧かず、首を傾げてしまうこちらを見て、彼女は怒りを通り越した呆れを吐息に込める。

「まあ、分からなくてもいいよ。ただ、知っててね。私の隣には君が必要なこと」

そう言って微笑む彼女に頷き返してから、躊躇(ためら)いがちに(ちぢ)まろうとする喉を無理やり開き、自分の隣にも沙綾が必要だと告げる。こちらの顔がはっきりと映る青色の瞳を大きく見開いた少女に、だからずっと一緒にいてほしいという、自身の望みを()えて。

ちゃんと気持ちを伝えることができたことには少量の安堵(あんど)を得られたが、すぐにそれを吹き飛ばすレベルの羞恥(しゅうち)が胸の内で()()れ、思わず視線を()らして作業を再開したが、次の瞬間、ただでさえ混沌(こんとん)なこちらの心情を、さらに()(みだ)す指摘が飛んできた。

「・・・なんかさっきの、プロポーズみたいだったね…」

吹けば飛んでいくくらいの小さな声の呟きによって危うく食器を落としかけたこちらに、普段なら投げかけられるであろう零れ落ちた微笑は、いつまで経っても空気を揺らさない。

静まり返ったこの状況をどうにかして打破したい気持ちがあるものの、さっきの働きが幻だったかのように、喉は言葉を発する機能を停止させていた。

施錠(せじょう)された機能をこじ開けるのに奮闘(ふんとう)しつつ、なにを言うべきか加速させた思考が、あるひと言を浮かび上がらせた。普段なら絶対に口にできない言葉だったが、もうこれ以上恥ずかしい思いをしても大して変わらないと、いずれかはそういうのを目指してると半ば自棄気味(やけぎみ)に言葉を押し出した。

「そ、そっか、うん…。・・・私も、同じ」

隣同士でどう頑張っても視界に収まってしまう、耳の先から首元まで一部の隙もなく赤くなった彼女と、同等以上に赤面してるであろう自分とのあいだを()()った言葉を最後に、2人して黙々と家事をこなし始める。

未だ去らない雨の足音や、居間で響く黄色い声をやたら遠くに位置付け、自らの心臓が忙しなく飛び跳ねるリズムだけが強い印象を刻んで再来した無音の時は、一度立ち去る前に持っていた息苦しさを捨て、代わりに倒れそうになるほどの熱を持ち帰ってきた。




こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
そして、更新が大幅に遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした…!!普段の超遅行執筆もひとつの理由としてはあるのですが、1番の戦犯は、データが吹っ飛んだというわけではなく、納得いかないゆえにこの話を一度丸々書き直したからです。
・・・はい、なに馬鹿なことしてるんだと言われることはわかっています。しかし、山吹 沙綾ちゃん、本当に書くのが難しかったんです…。具体的に言うと、恋人同士というより夫婦感が出てしまい、この2人結婚してない?みたいな感想しか湧かず、流石にそれはタイトル詐欺もいいところなので、やむなく書き直したわけですが、筆を動かしているうちに話がどんどん長引き、いつのまにか作者の想像を遥かに超える8700文字オーバーまで膨らんでしまい、それと比例して執筆日数も増えていってしまいました…。作者の勝手でみなさんを待たせてしまい、本当にすみません…!
そしてもうひとつ謝罪を…。前回の後書きでリクエスト終了の理由をふたつと書いたのにも関わらず、ひとつしか書いていませんでした…!完全に書き忘れです!ふたつ目の理由は新連載を書きたいというもので、ジャンルどころか原作をなににするかも定まっていませんが、もしよければ楽しみにしていてもらえると幸いです。
そして次の投稿なのですが、間違いなく来月になってしまうと思われます…。せめて上旬までには出せるよう頑張りますので、気長に待っていてもらえると助かります…!ヒロインはこころちゃんになる予定です。
そして最後に、お気に入りに登録してくださったみなさん(たくさんの人たちにしていただき、本当に嬉しいです!)、星9を付けてくださった希望光さん、天下不滅の無一文さん(付けてもらった評価に恥じぬものを書き続けられるよう頑張ります!)、感想を書いてくださったポッポテェ… さん(久々の感想にテンションが上がってしまい、返信が長文になってしまいました…。申し訳ありません…!)、沙綾ちゃんのリクエストをくださった春採 慎吾さん(待たせてしまった分、少しでも楽しんでもらえていたら幸いです!)そして、後書きまで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました!!
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