もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら…   作:エノキノコ

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もしパレオちゃんと付き合っていたら…

立春(りっしゅん)してからそう遠くない休日。春が訪れたというにはまだまだ寒い日が続く中、ふと空を見上げれば、細い枝の焦げ茶とは対照的な薄い桃色が、確かに芽吹いて景色に彩りを与えていた。

肌を()でる(かわ)いた風も、近いうちに眠気を(さそ)う温かい春風(しゅんぷう)へと変化するのを期待しながら、上着の(えり)を引き寄せたくなる道を、その先に待っている人物に会うために辿(たど)っていくと、しばらくしてここ周辺で最大規模のショッピングモールが見えてきた。駅から近く、さらには休日の昼過ぎなことも相まって大勢の人が出入りする目的地は人で溢れかえっていたが、この場に誘った人物を見つけるのには、さして時間はかからなかった。

行き交う人々の進行を邪魔しないよう配慮(はいりょ)しているのか、大きめの自動ドアから大きく離れた場所で、辺りをきょろきょろしている少女へと近づき、純粋なピンクと水色の2色の長髪(ちょうはつ)をツインテールに(こしら)え、いつもは被っていない白いキャップのつばに隠れていたルビーの(ひとみ)と視線が交わると、少女の顔に(あわ)い笑みが浮かんだ。

彼女の笑顔に釣られて口元が(わず)かに(ゆる)んだまま、軽く手を持ち上げて挨拶を投げかけると、最近話題のバンドのキーボードを担当であり、自分と恋仲である少女、鳩原(にゅうばら) 令王那(れおな)は、にこやかにこちらの名前を呼びつつ、言葉を返してくれる。

しかし、令王那はそこから次なる会話に(つな)げることはせず、期待した眼差しを下から浴びせながら、普段からよく着ている白いパーカーに、ピンクの()末端(まったん)が空色のフリルで(かざ)り付けられたスカートの組み合わせではなく、黒ベースの(そで)が白いスカジャン、(ひざ)に届かない程度の白黒チェックが入ったスカートの上に、倍の(たけ)はある薄ピンクのレーススカートという、初めて見る服装を見せびらかしてきた。

最初のデートから毎回されるこの行動に、初めての時はどう対応すればいいか分からずフリーズしてしまったが、流石に何回か経験を重ねてきた今なら、何を要求されているかわかっているので、ひとつ()き込み()き上がってくる羞恥(しゅうち)(しず)めると、今日も可愛いよという、歯浮き立つことこの上ないセリフを口にした。

「ふふっ、ありがとうございます♪」

いくら言っても()れるものではない言葉に、彼女は実に満足そうな笑顔を見せてから、今一度自身の身なりをこちらに見せるべく、その場でくるりと一回転する。

玲於奈が(うれ)しそうならいいだろうと、いつもと変わらぬ納得の仕方で無意識に僅かな熱を()びていた頬の色を平常に戻してから、今日はなにをするのか(たず)ねると、令王那は満点の笑顔で答えてくれた。

「今日はゲームセンターに行きたいんです!バンドメンバーが話していたゲームをやりたいんですけど、2人で出来るものだから、キミとやりたいと思って」

いいですかね?そう確認してくる少女に()を開けずに(うなず)きを返すと、彼女はお礼と共に手を差し伸べてくるので、少しの緊張を胸の鼓動(こどう)に変換しつつ、自身の指を彼女の指と(から)めさせる。

これも、彼女と出かけている時には毎回していることなのだが、自分が初心(しょしん)なままだからか、それとも繋いだ手から送られてくる体温がそうさせるのか、どうしても(ほお)の色が赤みを増してしまう。目の前の少女が、(いと)おしそうに目を細めながら微笑(ほほえ)むのならなおさら。

「じゃあ、いきましょうか」

いつになったら慣れることかわからぬ自分に苦い笑みが(こぼ)しつつ、別に急ぐ必要はないという漠然(はくぜん)な考えの存在を頭の片隅(かたすみ)に確かに意識しながら、人混みの中を1人の少女と肩を並べて歩き始めた。割と頻繁(ひんぱん)に顔を合わせたり、連絡を取り合っているのにも関わらず、会話を途切れさせない彼女のトークスキルに内心脱帽(だつぼう)しているうちに、様々な音がごった返すゲームセンターに足を踏み入れる。

入り口付近に設置された両替機で、2人して一枚の札を10枚の金貨に変えたのち、律儀(りちぎ)に手を繋ぎ直してから周囲に視線を飛ばしつつ、彼女がどんなものをプレイしたがっているのか、周りのゲーム機を物色(ぶっしょく)しながら予想していると、令王那がひとつの筐体(きょうたい)を指差した。

「あっ!ありました!」

バンドやってるし音ゲーとかなのかな、などと、安直な予想しかできない自分の隣の少女がどこか(きら)めいている瞳に映したのは、迫り来るゾンビを撃ち抜くシューティングゲームだった。それなりの規模があるゲームセンターには、必ずあるんじゃないかと思うくらいメジャーなタイプのゲームだが、画面に向かって黒い無骨(ぶこつ)拳銃(けんじゅう)の引き金を(しぼ)る姿は、あまりにも彼女のイメージとはかけ離れていたので、思わずあれかと確認を取ると、可愛らしい色で全身をコーディネートしている少女は、躊躇(ためら)いなく首を縦に振る。

「はい、そうですよ。・・・もしかして、ゾンビとか苦手でしたか?」

彼女の問いにすぐさまかぶりを振ってから、なんか意外だったからと、胸の中になった感想を率直に()べると、令王那は(かわ)いた笑みを口元に宿した。

「ははは…、まあ、確かに私のイメージとは合わないですよね…。でも、私も意外とこういうのに興味があるんですよ」

たどたどしく湾曲(わんきょく)していた口端(くちはし)を、(またた)く間に自然な微笑(びしょう)へとすり替えて言葉を(つむ)ぐ少女が興味を()かれているのは、ゾンビか銃火器どちらなのか、そんな自分の疑問を令王那にぶつける前に、彼女は無人の筐体へと歩み寄り、迷うことなくお金を入れる。

盛大な電子音と共に切り替わった画面を見たのち、振り返った少女の瞳は、強めの光が飛び交うこの施設の中でも、確かに煌めいて見えた。

言葉にせずとも、早くプレイしたいと物語っているその視線に()てられた自分も、彼女に遅れて硬貨を投入すると、遊び方の選択画面でグレーアウトしていた2人プレイが、鮮やかな色素を取り戻してその存在を主張する。

ざっと見てみたが、十字キーや決定ボタンの類は存在せずに銃型のコントローラーが2つあるのみだったので、この手のゲームをやったことのない身としてはどうするべきがわからずに令王那へ視線を送ると、彼女は銃をホルスターから引っこ抜いて画面に向け、赤色のターゲットを銃口の先に出現させた。そのまま2人プレイのアイコンへターゲットを合わせて引き金を引くと、銃声と共に画面に操作説明が表示される。

令王那が進行方法を知っていたことにほっと胸を撫で下ろしつつ、操作説明を食い入るように凝視すると、特に複雑な操作が必要になるわけではなく、敵に弾丸に当てればダメージが与えられ、頭に当てればさらに大きくHPを削れる、残弾の6発を打ち切るとリロードされるまで攻撃不可というものだけで、全部で5つあるステージの奥に存在するボスを全て倒せばゲームクリアの、初見の人にもやりやすい設定となっていた。

「もう進めてもいいですか?」

ルールが飲み込めたところで、頷いて令王那に了承(りょうしょう)の意を伝えると、彼女は手早く引き金を引いてゲームを進行させる。あまりの手際の良さに、本当に初見なのか()いてみると、彼女は自慢げな笑顔を浮かべながら言った。

「ふふーん♪下調べはしっかりしてきましたから!全部のステージをクリアするつもりで行きますよ!」

自分の想像よりずっとやる気だった令王那が、 銃を握っていない左拳(ひだりこぶし)を天井へと(かが)げるので、自分も釣られて空いた手を控えめに持ち上げると、[GAME START]の英列と共に画面が切り替わり、荒廃(こうはい)した世界が現れる。

途端(とたん)に目に真剣な光が宿る彼女の足を引っ張らないよう、改めてひと呼吸を置いて気合を入れ直すと、()ちたビルの(かげ)から顔を出したゾンビにターゲットを合わせた。

・・・しかし、実力とは気合ではなく、経験や知識と直結するもので、どちらも持ち得ていない自分は彼女より先にHPが尽きてしまい、大部分を令王那1人で戦わせる事態となっている。

それはチャレンジ回数5回目となり、初めて3rd(サード)ステージを突破できた今現在もそれは例外ではなく、4つ目のステージ冒頭で容易(たやす)(ひね)られた自分の援護無くして、たった1人奮闘する令王那の図が今回も展開されてしまっていた。

しかし、元々2人プレイのゲームとして敵の数が設定されているため、1人で全てのゾンビを(さば)き切るのは困難なのも5回のプレイで(すで)にわかりきっていて、物量に押されて令王那のHPが削り切られ決着が着くということを繰り返している。

「あー…。負けちゃいました…」

画面に向けていた銃を下げる彼女が、回数を重ねるほどにしょんぼりしていくのを目の当たりにしていくと、罪悪感が無尽蔵(むじんぞう)に積み重なっていき、かいを増すごとに沈んでいくこちらの謝罪に対し、令王那はぶんぶんと首を振った。

「いえいえ!むしろ知らないゲームにここまで順応(じゅんおう)できるのはすごいです!私、何度も助けられてますし!」

助けた10倍は救われているのにも関わらず、優し過ぎるフォローをかけてくれる少女が直視できずにいる(あいだ)に、彼女は手に持っていた銃をホルスターにしまうと、両手を重ねて笑顔を作る。

「一旦休憩にしませんか?私、少しお腹すいちゃいました」

その提案を聞いた瞬間、こちらがお金を出して少量でも負債を返済しようと考え、久方(ひさかた)に平常時以上の早さで回る口でなにを食べるか訊ねた。しかし、令王那は少々前傾気味(ぜんけいぎみ)だったこちらの肩を(なだ)めるような優しい手つきで押さえ、口元には笑みを浮かべたまま話を進める。

「いえいえ、今日付き合ってもらってるのは私ですし、勘定(かんじょう)は私が持ちますよ」

自分が訊ねたのは食べたいものなのに、出費を(おぎな)う方はどちらかへ会話の(かじ)を切っている時点で、完全にこちらの考えを読まれて気を(つか)われているが、ここで彼女の優しさに甘んじるとそれこそメンツが立たないどころの話じゃないので、なんとかこちらが持つと必死に説得すると、彼女は少し不満そうな顔をしつつも首を(たて)に振ってくれた。

「・・・わかりました。なら、食べるものは君が決めてくださいね」

2度目の質問で今度こそ食べたいものはなにか訊き出そうとしていたこちらに、令王那は予想外の条件を突きつけてくる。正直、そんなことを言われても自分は今特段食べたいものがあるわけではないので、出来れば彼女に決めてもらったほうがこちらとしても助かるのだが、ここで彼女から無理に意見をもらおうとして勘定云々(うんぬん)の話に逆行するとマズいので、とりあえずこの条件を飲む方向に決め、ゲームセンターを出てすぐ近くにあるフードコートへと足を運ぶ。

ジャンクフード特有の空腹の自覚を誘う強烈(きょうれつ)嗅覚(きゅうかく)への攻撃に、盛大な腹の(おと)を人混みの喧騒(けんそう)に溶かしながら、今一度なにを食べようか考えてみるが、自分がともかく令王那がどこまでおなかが減ってるのかや、どんなものが食べたいかなどが一切の光明(こうみょう)がない。

こちらが選んだものでいいと言ってくれたのだから、その通りの采配を振るのが正解なのかもしれないが、どうせ食べてもらうなら、玲於奈がより喜んでくれるものを選びたいと思ってしまうので、自分の(いだ)いている彼女へのイメージで選ぼうと視線を巡らせる。

そんな自分勝手な疑いのある思考に(したが)って、出店している店舗(てんぽ)を見定めていると、ひとつのクレープショップに目が止まった。ショーケースに飾られた、女子受けがよさそうな可憐(かれん)な見た目のデザートは、今どきの女子である令王那が喜んでくれる姿を容易に想像できた。

しかし、休日の小腹が空いてくる時間帯だからか、短くない列がレジ前から伸びていて、さらにそれを形成するのは自分とは異性の人のみという、なかなかに違うお店を選ぶ理由を考えたくなる状況だが、あの場所以上に令王那を喜ばせられるような出店は見つけられないので、刹那(せつな)思慮(しりょ)の果てに、肌に張り付くであろう視線を()えることを決め、少し重くなっていた足を前へと動かした。

 

結論から言えば、周囲の反応は予想していたものよりずっと軽度なもので、自分の思慮が無駄に(はば)を取ったものだということを思い知った。

もしかしたら、令王那への配慮(はいりょ)もそうなのではないかと考えさせられつつ、完成を伝えてくれるアラームを2人分の代金と引き換えに会計の女性から受け取ると、長い間待たせている少女のもとへ早足で向かう。今日だけで結構やり込んだシューティングゲームの筐体付近で、変わらず自分を待ち続けてくれた令王那にかけようとした声は、彼女と会話を弾ませる2人の女性の姿を見て(のど)の奥底に引っかかった。

とりあえず足を止めて様子を(うかが)い、両者険悪(けんあく)とは無縁な雰囲気で話していることが確認できると、見知らぬ人に絡まれているわけではなさそうだと胸を撫で下ろすが、自分がずけずけ割り込んでいいのかわからず、思わず近くのクレーンゲーム機の影に身を隠してしまう。

(はた)から見たら完全に不審者(ふしんしゃ)なことを自覚しつつも、結局最後まで出ていけないうちに見知らぬ女性たちと令王那の会話が終わり、自分とは遠ざかる形で女性たちの背中が人混みに消えたその時、ずっと視界に収めていた少女の表情が僅かに(くも)った。

少し前まで顔に目いっぱい浮かべていた感情とは反転するその顔色に、床に張り付いていた靴底(くつぞこ)が持ち上がる。だが、いろいろな情報でごった返す空間にぽつんと(たたず)む少女へ駆け寄る寸前に、ズボンのポケットに入れていたアラームが、人声(ひとごえ)や電子音を押しのけて高々に鳴り響いた。

周りの視線が集まってくるのを肌身で感じながら、追い打ちをかけるように煌めく赤色の瞳と目が合ってしまい、じっとりとした汗が背に(つた)う。

確かに大きな音を響かせたのはマズかったかもしれないが、別に故意でした行為なわけではないしと、誰に言うものでもない言い訳を胸の内で零してから、口元を意識的に湾曲させて右手を振ったが、雑多(ざった)の中でも視界にはっきり映る少女は、帽子を目深くかぶり直すと、瞬く間に合間を詰めてこちらの手を問答無用に引っ張った。やっぱりなにかマズいことをしたらしいと、紛らわしていた直感が顔を出す。

自分の直感が針を刺す場所を探している(あいだ)も、ひと言も発することなく走り続けた令王那が、人波がある程度落ち付いた場所で足を止めると、こちらに向け続けていた背中を久方ぶりに隠した。同時に紅玉色の瞳がこちらを映すので、反射的に謝罪の言葉が喉から飛び出す。

「すみませんいきなり…ってええっ!?」

いまだ選定途中の謝る理由のうち、どれに対して彼女が苦い思いをしているのかがわからないまま頭を下げていると、困惑と焦り混ざり合い、どこか呆れがほんのり帯びた声が落ちてきた。

「・・・え、えっと、とりあえず顔を上げてください」

その通りに元の高さに戻した視線の先にいる少女は、声質と同じ感情が顔に示されており、続く言葉は隠し味程度だった色が幅を利かせている。

「なんであなたが謝ってるのかは割と予想がつきますけど…。私、別に怒っていませんよ」

完全に(きょ)を突かれてぽかんとしたこちらの表情に、小さくため息を吐いた令王那は、両手をこちらの頬に伸ばすと呆れた表情をこちらの視界に収めさせた。

いきなり距離を縮められて顔に熱を籠らせるこちらの瞳に対し、少女は一ミリたりとも目を逸らすことなく口を開く。

「私に気を遣ってくれるのは嬉しいです。でも、私のことを気にしすぎて自分の声を飲み込むのはだめですからね」

わかりましたか?そうひと(きわ)近づいて念押しをしてくる彼女に、首をこくこく上下に振ると、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。彼女は己の温度をこちらの頬から離すと、いまだに体温が上振れ気味なこちらに固定されていた視線を左右に動かしたのち、なにかを誤魔化(ごまか)すかのようにはにかむ。

「あの、すぐに連れ出してしまった私が言うのは変かもしれないですけど、・・・さっき鳴っていたアラームは確認しなくて大丈夫ですか?」

ほとんど意識の外に追いやられていたことを指摘され、硬直、焦りの思考の緩急(かんきゅう)を刹那におこない、慌ててクレープの呼び出しを無視しっぱなしになっているのを伝えると、彼女はまたもやこちらの手を引き、走ってきた道を駆け抜けるための一歩を踏み出した。

「なら、早く受け取りに、他にも楽しいことをいっぱいしに行きましょう!」

ついさっき同じように連れられたのにもかかわらず、重心が前のめりになるこちらへ、ちらりと見せた少女の表情は、目を細めるほどまぶしい笑顔だった。

 

「はぁ~、今日は楽しかったですね~…」

すっかり紺色に染まった空の下で、一人の少女は月に背を向けて器用に歩きながらぼそりと呟く。

文末に若干の哀愁(あいしゅう)を漂わせているのは、少し生地が固くなったクレープを胃袋に収めたのちに、さんざん苦汁(くじゅう)を飲まされたシューティングゲームで初の4th(フォース)ステージまで進めたものの、あっさりと二人して瞬殺されたからだと思われるが、それにしては言葉に悔しさの面影を見せていないのは、手こずった壁を乗り越えられた達成感なのか、それとも、リベンジの機会を近日中に設けたからなのか。

ゲームオーバー画面の前で令王那と約束を交わした時を、霧雨状(きりさめじょう)の疲労が広がる脳内でぼんやり思い出していると、思考の隅っこのほうで引っかかってるなにかに気づき、まどろっこしい欠片を拾うべく手を伸ばすが、形のあやふやな記憶は中々捕まらない。そんな欠片を引っかからない指先に近づけてくれたのは、歩幅を縮めた令王那が投げかけた言葉だった。

「今日は私に付き合ってくれて、ありがとうございました。すごく連れまわしてしまったので、迷惑だったかもしれないですけど…」

乾いた笑みを響かせる令王那に、大きくかぶりを振る。連れ回されたと言えば二重の意味でそうかもしれないが、それで迷惑なんてことは絶対になく、むしろ今日一日楽しめたので、むしろこっちが感謝したいくらいなのだから。それに元はといえば、バタバタした理由を作ったのは自分で…。

そんな思考を流動的(りゅうどうてき)に口から出していると、届きそうで届かなかった破片が手のうちに転がり込んできた。一片の記憶は、喧騒に包まれた場所で自分の知らない人と話し、そのあと1人悲しそうな表情を浮かべる少女の横顔を呼び覚ます。

鋭利(えいり)な感情が胸を突っつき、さっきまでの饒舌(じょうぜつ)さが嘘のように黙り込んでしまった。そんなこちらを見て令王那は心配してくれたのだろう、俯き気味になっていた顔を(のぞ)いてくるが、痛みと共に心の奥から湧き上がってきたこの疑問をどうするべきかわからず、彼女の視線を避けようとするものの、視線を逃がす前に両の頬が捕まってしまう。

「またなにか我慢しようとしていますね!」

若干の痛みを与えながら左右への伸び縮みを繰り返させて令王那は自白を強要させてくるが、こればかりは本当に言っていいのか断言できない以上、我慢比(がまんくら)べを持ち掛けるほかない。

「・・・まあ、そこまで言いたくないならいいです」

そう腹を決めかけた矢先、眼前の少女はやけにあっさり手を降ろした。同時に口から飛び出た字面(じずら)は不機嫌さを(かも)し出していて、テンポの上がった心臓が、冷たい汗を肌に伝わせる。

閉ざしていた口をすぐさま開き、思いっきり頭を下げながら謝罪をするが、少女はあくまで変わらぬトーンの声を頭に投げかけた。

「・・・あなたがここまで気を遣うってことは、何か理由があるってことですから。別にそこまで気に病む必要はないですよ」

だから頭を上げてくださいという、少し柔らかくなった声のままにしたのち、どこかで話せたら話したいというセリフの代わりに、謝罪の言葉を重ねるこちらへ、令王那は呆れと諦めがブレンドされた吐息で返答する。

本当は一度飲み込んだ言葉を伝えたい。しかし、彼女の優しさに甘えた結果、彼女を傷つけることだけは、絶対にしたくないのだ。

—本当に、ごめん…—

それでも、本質は令王那を想っての意思決定だとしても、彼女からしてみれば交わしたばかりの約束を破られたわけなのだから、こちらが責められてもなんの不条理もない。

そんな思考だけが頭の中にぽつんと残っている状態で零れた声は、泣きじゃくる子供のように情けなかった。それでも、それでも、ただ謝罪の言葉を重ねるしか、彼女に誠意の伝える方法を、今の自分は思いつかない。

「・・・ごめんなさい。ちょっと意地悪でしたね」

突如ぐいっと顔を持ち上げられ、もう一度同じように震わせようとした喉にあった空気が、胸の奥へ還っていく。視界の全てを独占する少女の表情は、胸に詰まる感情が涙になってしまいそうなくらい優しいものだった。

「私がキミに意見を伝えて欲しいのは、キミに苦しくなってほしくないからです。口に出すのが嫌なら、無理やり言葉にしないでも大丈夫。私は、キミに笑ってて欲しいだけですから」

そう言う少女の微笑みに連れられるまま、自分も口元に笑みを宿す。それは酷く不恰好なものだったが、令王那は満足気に大輪の笑みを見せると、こちらの腕に自らの手を絡めて身体を預けてくる。

寒さ引き立つ夜でさえ、強い熱を分けてくれる、少し駆け足気味で、とても愛おしいリズムが、ずっと隣にあるよう願いを込めて、少女と手を強く繋いだ。いずれ大輪へと成る未熟な(つぼみ)が、夜風に吹かれて大きく揺れた。




こんにちは、エノキノコです。まずは、この小説を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
そして、本当にお久しぶりです…!前回の更新が7月11日ですから、実に40日も待たせてしまい、誠に申し訳ございませんでした…!!お気に入り登録も減ってるだろうと覚悟しておりましたが、むしろ増えていてびっくりしました…。こんな筆の進みが遅い作者を見捨てないでくれた読者の方々には、本当に感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございます!
そして、次の投稿なのですが、おそらく来週中には上げます。色々と初の試みをしてみているので、皆さんのニーズに合うかは分かりませんが、良ければ楽しみにしていてくれると幸いです。
最後に、お気に入り登録をしてくださっている皆さん(これからもよろしくお願いします!)、星8を付けてくださったテレフォン31さん、春はるさん(高い評価を付けていただき、光栄です!)、星10評価を付けてくださった碧翠さん、でっひーーさん、おたか丸さん(投票できる数に限りのある星10が知らないあいだにここまで増えていることに驚いてます…!)、感想をくださった春はるさん、ポッポテェ…さん(作者の励みになっています!)、そして、久々の後書きを最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!!

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