もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら…   作:エノキノコ

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ガルパ4周年記念投稿です!


もしりんりんと付き合っていたら…

今日の気候は雲ひとつない晴天(せいてん)、春先なだけあって温度はぽかぽか暖かく、穏やかな風が花の香りを運んできてくれる。しかし、春の風どころか陽光(ようこう)でさえ、こちらには届かない。

理由はいたって単純、黒に近い茶色の岩肌が、半円型(はんえんがた)で通路に(おお)い被さっている場所—つまり、洞窟の中にいるからだ。

眠気を誘ってくる()の光の代わりを務めるのは、壁にこびり付く(こけ)が発する(おぼろ)げな光で、洞窟全体の明度は(くも)りの日より少し暗い。だが、この手の場所では明るい方で、前行った場所は3メートル先も見えない暗闇を歩かされたのだから、それに比べれば随分(ずいぶん)マシだ。

その代わり、地面は人の手が全く加えられていない証に凹凸(おうとつ)が不規則に発生していて、歩きやすいとはとてもじゃないが言えない。

今日のように天候が良好な日くらい、じめじめした洞窟に潜るのではなく街でのんびりしたかったと、未練がましい思考を頭の中に漂わせていると、まるでそれを見抜いたかのように、隣を歩く黒髪の少女が口元に苦笑を滲ませた。

「そんな、わかりやすく…拗ねないで、ください…。今度…一緒に、ピクニック…行って、あげますから…」

旅のパートナーであり、人生の伴侶でもある少女、RinRin(りんりん)の発言に、少しだけ元気を取り戻す。それに、元はといえばここに来たのは自分のためなのだから、彼女に(なぐさ)められているようではいけない。

ここの最深部には市場(しじょう)にはまず出回らない、出回ったとしても一等地に城が建つレベルでお高い鉱石が存在するらしい。

言ってしまえばただの石っころにそんな値段が付いているのは、単純に希少性が高いことがひとつ。ある場所でその鉱石が取れると、そこでは2度と入手できなくなり、一定の時間を置いたあと世界のどこかに音もなく現れる。

そして2つ目の理由に、鉱石とこちらを挟む形で、必ず守護者(しゅごしゃ)というべき巨大な怪物が出てくるゆえの入手難度の高さにある。

その怪物は龍だったり巨人だったり獣だったりと様々な見た目をしているのだが、唯一の共通点として鬼のように強いという特徴を持っている。どれくらい強いかというと、50人の強者(つわもの)の集団が3分経たずに全滅させられるほど。

そんな相手にたった2人で挑むのは自殺行為に等しいのだが、決して勝算が無いわけではない。隣の女性が持つ1本の杖がなによりの証拠だ。

(つや)のある木で出来た杖の先端は、緩く弧を描いていて、その円の中には紫の緻密(ちみつ)に加工された宝石が支えもなく浮かんでいる。自ら発光し、壁際(かべぎわ)から提供される光をわずかに上書きする宝石こそ、今現在取りに行こうとしている鉱石で、数ヶ月前に2人で取ったものである。

もちろん守護者とも出くわしたのだが、あの時は本当に幸運だった。

相手が単純な物理攻撃しかしてこなかったこと。それを自分1人で(さば)けたこと。そして相手の魔法耐性がそこまで高くなかったこと。ひとつでも欠ければ間違いなく手に入らなかった鉱石を最初、彼女はこちらにくれるつもりだった。彼女は、より戦闘に貢献(こうけん)した方がもらうべきだと主張し、それは遠くからただ魔法を打っていた自分ではなく、攻撃を捌き続けたこちらだと言い張った。

それが、旅の経験と実力を上回る方、りんりんの方が持つべきだというこちらの意見と反発して、最終的にこちらが折れたふりをして武器屋に鉱石を持ち込み、魔法使いである彼女の主武器(しゅぶき)となる杖を作って決着となった。

杖を見せた時彼女はすごく怒り、丸1日口を聞いてくれなかったが、なんとか謝り倒して怒りの炎を(しず)めると、ようやく受け取ってくれた杖を胸に収め、大輪(たいりん)のような笑顔を見せてくれた。

それだけで守護者相手に奮闘(ふんとう)した甲斐(かい)があったとしみじみ思い、これで鉱石の話はいい感じに幕を下ろした…と思っていたのだが。

どうやら彼女は、こちらに内緒で鉱石が次現れる場所を探していたらしい。冒険に行こうと言われるまま彼女に付いて行き、ここの入り口で鉱石の話をされた時にはまさかと思ったが、ここを見つけるまでの道のりを聞かされたら納得せざるを得なかった。

・・・まあ、もらえるなら両手を上げて受け取りたい。あの鉱石で作った武器はその希少さに見合った性能をしているので、欲しくない奴などいるはずがない。

しかし、欲しいと思ったら手に入るほど、あれの価値は軽くない。いくら場所を突き止めたところで、守護者の形状によっては軽く蹴散(けち)らされて終わりだということを彼女は気付いているのだろうか。

それをりんりんに(たず)ねようとした直前に、道が(ひら)け、最深部であろう部屋にたどり着く。円状である部屋の中央には、鈍色(にびいろ)の身体で光を反射しているゴーレムの姿があった。

型はオーソドックスな人型だが、大きさが(すさ)まじい。大木のような太さの足は、膝まででもうこちらの背丈ほど高さがあり、全長は10メートル以上は余裕である。部屋の天井の高さは通路より余分に用意されているのだが、それでもジャンプするだけで頭突きをかまして洞窟を崩壊(ほうかい)させかねない。しかし、あの姿なら流石に火を吐いたりはしないだろう。

さっきの危惧(きぐ)が薄れていくのを感じていると、りんりんはそれを完全に取り除くことを口にした。

「あのゴーレムの…攻撃、パターンは…両手の、パンチ…と、足による…スタンプ…あとは、正面に、留まり続けると…足で払ってくる…ので…気を付けて…ください…」

お礼を言いつつ、もらった情報を頭の中で反復する。確かにこれなら、自分が引き付け続ければ遠距離の魔法で滅多打(めったう)ちにできるだろうが、なぜ彼女はこんなことを知っているのだろうか。

それを訊ねる前に彼女は部屋へ踏み込んで行ってしまうので、戦闘が終わったあと訊こうと疑問を頭の(すみ)に押しやって彼女を追う。

まるでこちらが部屋に入るのを待っていたかのように、ゴーレムが眼を赤く輝かせて大きな雄叫(おたけ)びを上げた。耳をつんざく叫び声に、洞窟全体が激しく揺れる。

それに(おく)することなくりんりんは呪文の詠唱(えいしょう)を開始するので、こちらも自分の役目を果たすべく、ゴーレム目掛けて突進する。

ゴーレムは口を閉じ、五指(ごし)を揃えた拳を打ち出してきた。拳の速度はそこまでじゃないが、その分威力は天井知らずなことは容易に想像できる。

左に飛んで回避すると、文字通りの鉄拳が地面を穿(うが)ち、その振動そのものが鋭利(えいり)な刃のように地面を()う。しかし、宙にまでは切っ先は届かない。

揺れがある程度収まったと同時に着地し、転ばないようしっかりと地面を踏みしめながら、挨拶代わりの軽い攻撃を左ふくらはぎの側面に繰り出す。

鉄筋コンクリートを素手で殴ったような手応えの無さに思わず短く舌を鳴らした直後、後方から赤い熱の塊が複数飛んでくる。それらは全てゴーレムの顔にぶつかり、ゴーレムは数歩後退(あとずさ)りしながら右手で顔を(おお)った。

魔法はある程度効いているのを感じつつ、敵の隙に半ば勝手に身体が動いて、自身が使える中でかなり高等な技を放つ。

さっきよりかはかなりマシな手応えと共に、赤い眼が憎らしげにこちらを見下ろした瞬間、氷の(やり)が火球が着弾(ちゃくだん)したのと同じ場所を(つらぬ)く。

今度は手を顔に持っていくことも、下がることもなかった鉄の巨人は、視線を遠くで呪文を唱える女性へ向けた。

基本的に相手の攻撃対象の決定方法は、<攻撃の種類>と<ダメージの量>によって決まる。

普通は魔法より物理の方が相手の意識を奪えるのだが、魔法ダメージの割合が高く、物理のダメージが低いと今回のように均衡(きんこう)が崩れてしまうことがある。

慌てて小技を数度連続して左足に打ち込むと、敵の意識がこちらに戻る。ほっと一息つく()もなく、こちらを踏みつけようと持ち上げられた足が降下した瞬間に退避。執拗(しつよう)に左足を攻撃していると、今度は風の(やいば)飛来(ひらい)した。

先の魔法と同じく基本的な魔法なのだが、杖のおかげでそこらの魔法使いが使える最大魔法と同等以上の威力が出ている。しかしこの場合、倒す時間は大幅に短縮される代わりに、敵の意識がこちらから離れることが増えることを意味している。

普段より攻撃の回転を上げる必要があることを感じながら、後方の魔法使いに向かって右足を踏み出す巨人へと、攻撃を繰り出した。

 

それからは何回か敵の意識がりんりんに向いてしまうことがあったが、遠距離技を持たないゴーレムが彼女を攻撃圏内(こうげきけんない)(とら)える前にこちらに意識を引き戻せたので、特に問題という問題も無く戦闘は進んでいった。

そして、あと少しで倒せる、ゴーレムの焦るような動きからそう感じ取りつつも、油断せず武器を握り直した時、リンリンから鋭い指示が飛んできた。

「下がってください…!!」

珍しい彼女の大声に内心驚きながら、指示通りに後ろへ下がる。

急に距離を開けたこちらに鉄の巨人が怒号を上げながら踏み出した右足に、左足が続くことはなかった。

奴の足元に巨大な魔法陣が(えが)かれ、そこから炎と氷の旋風(せんぷう)が巻き起こったからだ。たちまち巨体を飲み込んだ竜巻は、鈍色の巨人を燃え(さか)る炎で焦がし、青みがかるほど白い氷で()て付かせ、鋭い風で切り裂いた。

おそらくりんりんは、大技を当てれば倒し切れると踏んだのだろう。実際、さっきまでの怒りの咆哮(ほうこう)はか細い悲鳴へとすり替わっていて、このまま倒せると確信させるには充分だった。

しかし、こちらが理想的な想像をし過ぎたのか、それとも守護者たる者の意地なのか、竜巻を()き分けたゴーレムはかつてない声量(せいりょう)で叫び、(ひとみ)真紅(しんく)の光を輝かせた。大きく踏み出された一歩目が、激しい振動を生む。

強者が死に(ぎわ)に放つ強烈(きょうれつ)覇気(はき)に飲まれかけた自分を我に返してくれたのは、綺麗(きれい)な声が(つむ)ぐ呪文だった。ほとんど回転を止めていた思考が、彼女の意図を察すると同時に再び動き始める。

りんりんは接近してくる前に魔法の追撃でとどめを刺すつもりなのだ。なら、前衛の自分は少しでも相手の進行を遅らせ、詠唱の時間を稼ぐ。

瞬時にそう判断し、思い切り地面を蹴り飛ばそうとした直前、とてつもない違和感が足を(しば)った。

こちらが思考に費やした数秒のあいだに、ゴーレムは次の一歩を踏み出すどころか身動きひとつしていない。そもそも、りんりんに襲いかかろうとした時は奴は必ず右足から入ったはずだ。しかし、踏み出されたのは左足、そして両眼から放たれている血のような赤色が洞窟を包み込んでいく…。

鉄の巨人がなにをしようとしているのかわかってしまい、すぐさま進路を前方から背後に変えた。彼女も敵の異変に気付いたのか、詠唱の速度が急減速していくが、声を張り上げて詠唱を続けるよう伝える。

彼女との距離が5メートルを切ったところでゴーレムと相対すると、それを待っていたかのようにひときわ激しい光が瞬き、こちらへと凄まじい速度で迫ってくる。やはり、危惧した通りの熱線攻撃だった。回避するなら、今すぐ左右どちらかに跳ばなくては間に合わない。

しかし、そんな選択肢は頭の中に存在すらしなかった。

彼女を守る、それが自身がすべき唯一のことだから。

盾代わりにした武器に高熱の弾丸が触れた瞬間、爆発が身を焼き、身体が天井まで吹き飛ばされる。上昇は音のように早かったのに、落下はやけに遅く感じた。色素(しきそ)を失った視界に、雷に打たれ地に伏せる巨人が映る。徐々に機能を失っていく耳に届くのは、名前を呼ぶりんりんの声。

なによりも安らぎを与えてくれるその声を、最後の瞬間まで魂に刻みつける。長い長い降下が終わり、地面に叩き落とされるのを最後に、意識がブラックアウトした。

 

ぎしりと音を鳴らして背もたれに寄りかかると、完全なる漆黒に塗り潰されたPCの画面、そこに赤いフォントででかでかと表記された[You are dead]の英文にちらりと視線をやってから、細々(ほそぼそ)と息を吐いた。

MMORPGである<ネオ・ファンタジー・オンライン>、通称<NFO>の死亡画面を見るのは結構久しぶりだ。操作に慣れ、装備も上質なものを揃えた頃からめっきりと見る機会は減っていた。

序盤(じょばん)は嫌になる程見ていた画面に一種の懐かしさを感じつつ、死んだ時の罰則(ばっそく)、<デス・ペナルティー>を取り戻すのが大変だなぁ…と思いつつも、鉱石を手に入れる代価なら安いものかと納得しようとした時、今日最も大きな声がヘッドホン越しに鼓膜を揺らす。

『ご、ごめんなさい…!!わたし、のせいで…』

今にも泣き出しそうな彼女に慌てて大丈夫だと伝え、鉱石は手に入ったか訊ねる。

『ちょっと、待ってください…』

そう呟いたあと、少し間を置いてヘッドホンから歓喜の声が漏れ出てくる。

ちゃんと入手できたと喜ぶりんりんと武器屋の前で合流するのを約束して、街中(まちなか)蘇生(そせい)していた自身のアバターをキーボードを使って動かし始めた。

街を移動するこちらとは違い、りんりんはフィールドから戻ってくるので少し待つと思っていたのだが、なぜか彼女の方が先に着いていた。

どうやって戻ってきたのか訊ねると、最近転移魔法なるものを取得したのだと、少し自慢げに教えてくれた。

それならこちらより早かったのは納得だが、同時に、なんで行きにその魔法を使わなかったのだろうと新たな疑問が浮かんでくる。

消費MPが多いのかなと、勝手に想像しているうちに彼女は武器屋に入り、杖を手がけてくれたプレイヤーに例の鉱石を渡す。その人はチャットで、この鉱石を2度も仕事で使えるとは思わなかったと驚いていた。

それに対してりんりんが、[彼が一緒だったおかげです( ´ ▽ ` )]と答えるものだから、思わず口元が緩んでしまう。

幸い、ビデオ通話をしているわけではないので顔を見られる心配はないが、そうやって油断していると文章に(にじ)み出そうなので気を付けつつ、完成品の受け取りを明日の同じ時間に取り付けると、2人揃って店を出る。

自室の時計は午後8時を過ぎたことを示していて、いつもならレベリングやスキルの熟練度上げにフィールドへ繰り出す時間帯なのだが、今日はボス戦で少し疲れているし、自主的に言い出す気にはならなかったのでリンリンに合わせようと、これからどうするかマイクを通して訊ねた。

すると、彼女は少し黙り込んでから、やや緊迫(きんぱく)した声で予想もしていないことを口にした。

『あ、あの…!今から…会えません、か…?』

いきなりの誘いに驚いたが、特に予定もないので承諾する。

安心したように息をつく音が聞こえたのち、『じゃあ…いつもの、場所で…待ってます…!』という言葉を最後に、画面の女性が姿を消した。

こちらも彼女と同じように自身の分身を異世界から一時的に消滅させると、適当に上着を羽織って待ち合わせ場所まで走る。

彼女と夜に会うこと自体は初めてなわけではない。人混みを好まない彼女は、静かに過ごしたい時に夜の公園で話そうと誘ってくれる。

その時間は2人の空間を邪魔されない自分も好きな時間なのだが、いつもは3日前くらいに、遅くても前日には予定を訊ねてくるので、当日の、しかも直前にお願いされたのは初めてだった。

わりと距離のある公園までの道のりをバテるぎりぎりの速度で駆け抜けて、たどり着いた小さな公園のベンチには、画面の中にいた少女が魔法使いのロープではなく、白いワンピースを着て座っていた。

目立った柄はなにひとつないが、白いフリルが膝下まで丈のあるスカートなどを効果的に飾り付けていて、ドレスのような印象を感じさせる。星夜のわずかな光に照らされた横顔は、画面の中にいた彼女の分身の何倍も美しいが、どこか悲しそうな色が浮かんでいた。

少し乱れた呼吸を整え、彼女の名前を呼ぶ。弾かれたようにこちらを向いて立ち上がったりんりんは足早に近づいてくると、限界まで腰を折り曲げた。

「ご、ごめんなさい…!!わたしの、わがままに…付き合わせてしまって…」

いきなり過ぎてついていけないこちらに、彼女はよくわからない謝罪を口にする。

混乱した頭でなんとか考えてみるものの、わがままなんて言われた覚えはない。強いて言うのならこの呼び出しが該当するのだろうが、こちらはそんなふうに捉えていないし、そうじゃないとしてもちょっと大袈裟すぎる気がする。

それを伝えても、彼女は顔を上げてはくれなかった。代わりに、()れた声で覚束(おぼつか)なく言葉を紡ぐ。

「今日の、戦いも…わたしが…無理やり、連れ出した…のに…わたしが…決着を、急いだせいで…あなたが…死ん、じゃって…迷惑、だって…わかっても…直接…謝り、たかった、んです…あなたに…嫌われたら…わたし、わたし…!」

それ以上は言葉にならないと嗚咽(おえつ)をこぼし続けるリンリンを、どうすれば泣き止ませられるのか、自分にはわからなかった。

だから代わりに、彼女の肩に触れて上体を起こさせると、濡れた紫の瞳を見据(みす)えてたったひとつ、決して変わることのないことを告げた。

—どんなことがあっても、自分は燐子のことを嫌いになんてならない—と。

彼女は止まりかけていた大粒の涙をぽろぽろと溢しながら、胸に飛び込んでくる。

子供のように泣きじゃくる少女の背を、ゆっくりと撫でた。胸を濡らす涙が枯れるまで、夜に響く嗚咽が止むまで、ずっと。

 

泣き止んだりんりんの手を引き、さっき彼女が座っていたベンチに並んで座ってから、彼女との間には会話どころか言葉のひとつすら行き交わなかった。

理由は、さっきの言動が今更恥ずかしくなってきたからだ。

もちろん、彼女に伝えた言葉は掛け値無しの本心だが、よく考えたら…いや、そんなに考えなくてもかなりクサい台詞だったのは明白で、さらには今までりんりん呼びだったのを勢いで下の名前で呼んでしまった。

そして、1番怖いのは彼女もさっきからひと言も喋らないことである。もしかして気付かぬうちに逆鱗(げきりん)に触れてしまったのか心配になってしまう。

謝った方がいいのか頭を悩ませていると、しばらく続いていた沈黙が、隣の少女によって破られた。

「・・・あの、ひとつだけ…お願い、してもいいですか…?」

なにを要求されるかまるでわからないままなし崩し的に頷くと、彼女は少し(ほお)を赤くして呟いた。

「もう、一回だけ…下の名前で、呼んで…くれませんか…?」

予想だにもしていなかった願いに変な声が出てしまう。それを拒否と受け取ったか、彼女は顔を真っ赤にして座ったまま頭を下げた。

「すみません…!やっぱり、嫌…ですよね…」

みるみる(しお)れていく表情をそのままにしておくなんてことはできず、少しの気恥ずかしさを蹴り飛ばして、ゲームの中のではなく、こちらの世界での彼女の名前を呼ぶ。

ぎこちなく発された名前が耳に入った途端(とたん)、彼女はぱあっと顔を(ほころ)ばせた。ここまで喜んでもらえると羞恥(しゅうち)より嬉しさの方が(まさ)り、これからはできる限り燐子と呼んであげようと考える。

そんな密かな企みを知らない彼女は余韻(よいん)を噛みしめるかのようににこにこしていたが、突如(とつじょ)吹いてきた風に身体を震わせた。

いくら春とはいえ、夜はまだ冷える。大して防寒機能(ぼうかんきのう)(そな)わっていないワンピース1枚で外にいるのは少し厳しいだろう。

彼女に着せるために上着を脱ごうとすると、燐子はそれを察して大きく首を振った。

「だ、大丈夫です…これくらいなら、我慢でき…へくちっ!」

可愛らしいくしゃみをする彼女に言わんこっちゃないと思ってしまう。

脱いだ上着を彼女に渡そうとしたが、再び吹いた風に今度はこちらが盛大なくしゃみをしてしまった。彼女は「だから…大丈夫…って、言ったのに…」と呟いたのち、少し考え込んでから赤くなりつつも真剣な眼差しをこちらに向けた。

「ふ、2人で…温まる、方法が…あるんですけど…手伝って、くれますか…?」

そんな方法があるのかと、深く考えずに頷く。すると彼女は、なぜか足を少し開いてくれとお願いしてくるので、疑問に思いながらも注文通りに足を開く。

彼女はお礼を言ったものの、迷ったように視線を左右させたが、やがてガタリと立ち上がり、再び座った。隣ではなく、スペースの空いたこちらの前に。

胸を彼女の長い黒髪がくすぐってきたが、そんな些細(ささい)なことは意識の外だった。

こちらを向いた燐子が、頰に朱色を宿しながら期待するかのような瞳を向けてきたからだ。彼女がなにを期待しているのかは、なんとなくわかる。わかるのだが…下の名前も呼ぶのにひと苦労している自分が、それを実行できるかどうかはまた別の問題だった。

どうしようか悩んでいると、彼女が2回目のくしゃみをするので、ええいままよと両手を持ち上げ、華奢(きゃしゃ)な身体を軽く引き寄せる。

彼女は一回大きく身体を震わせたが、幸い嫌がる様子もなく目を細めた。彼女の髪から香るフローラルの香りや、女子特有の体の柔らかさから意識を遠ざけるべく、NFOのスキル構成やイベントの走る予定などを全力で考えていると、思考の海に潜る自分を燐子のひと言が引きずり出す。

「温かいですね…」

むしろ暑いくらいだということは口にせず、こくこく頷くと、彼女は赤い頰を(ゆる)ませ、こちらに身体を預けてきた。

少しだけこの状況に慣れてきたので、回した腕の力を強めてみる。短い吐息が間近で響き、心拍数を限りなく上昇させる。

もう随分な夜更(よふ)けだというのも忘れ、月の光に照らされるまま、1人の少女と寄り添い続けた。




こんにちは、エノキノコです。まずは通常の倍近くの量になってしまったこの小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
そして前半、いえ、物語の8割がラブコメ皆無の戦闘描写ですみません!作者的にNFOを舞台にして書きたい欲求があったんですが、現実世界でキャラがPCをかちかちするだけだと迫力に欠けますし、だからといってゲーム内のアバター視点のみで進めるのもどうかと思ったので、前半NFO、後半は現実でのラブコメを書こうと思ったのですが…書いているうちにこんな惨状になってしまい、ガルパ4周年に間に合わせたかったため書き直すこともできず(実際半分ぐらいは作者の貧乏性のせいです…)、こんな偏ったものになってしまいました…。次はラブコメを目一杯詰め込むので大目に見てもらえると幸いです。
次回は3月20日に投稿予定ですが…これも間に合うかは微妙です。ただ間に合うよう全力を尽くしますので、待っていてもらえると嬉しいです。
最後に、星9という充分過ぎるほどの高評価を付けてもらった通りすがりの(くぐい)さん(励みになります!)付けれる数に限りがある星10を付けてくださったエイタイさん(思わず二度見してしまうほど驚きました!)、お気に入り登録をしてくれた皆さん(またもや多くの人にしてもらったので、名前の表記は割愛させていただきます。すみません…)、感想を送ってくれたでっひーーさん(初めての感想が好意的なもので嬉しかったです!)、そして、本編同様過去最長になってしまった後書きに最後まで付き合ってくださったあなたに、この場を借りてお礼の言葉を送らせてもらいます。ありがとうございました!
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