もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら…   作:エノキノコ

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もし美竹さんと付き合っていたら…

一年(いちねん)最初の日の、()(とお)った青空にある太陽が、(いま)だ浅い位置に収まっている時間帯。

普段なら間違いなく布団の中にいる身体が引き起こした軽い身震(みぶる)いをどうにかしようと四苦八苦しながら、こんな時間に呼び出した人物の家を一瞥(いちべつ)する。

ここだけ違う時代を切り抜いてきたかのような、周囲の家とは一回(ひとまわ)り大きさが違う和風のお屋敷(やしき)に取り付けられているのが多少の違和感があるインターホンを鳴らすと、少ししてからガラガラと引き戸が開く音が耳に届いた。

ゆっくりと戸を閉める女性が(まと)っている振袖(ふりそで)、その下地は赤と紺色(こんいろ)を組み合わせたもので、昔の絵によくある横伸びの雲の下に、金色の縁取(ふちど)りがされた赤と白の花が咲いている。

彼女の和服姿自体は今までも何回か見たことがあるのに、未だ最初と同じく圧倒的な美麗(びれい)さの前で視線を動かせなくなってしまうこちらに近づいてきた少女、美竹(みたけ) (らん)は黒いボブの左側、赤いメッシュを入れた一房(ひとふさ)をさらりと撫でて位置を整えると、短い第一声(だいいっせい)を発した。

「・・・あけましておめでとう」

無愛想に投げかけられた挨拶にこちらが苦笑しつつ返事をしたあと、なぜか彼女は黙り込んでじっと見つめてくる。

赤が強い紫色をこちらも覗き込んで10秒、見つめ合うのが恥ずかしくなったのか、(ほお)に熱を宿らせた彼女はそっぽを向いた。

「・・・なんかないの」

その催促(さいそく)振袖(ふりそで)に対する感想だというのを解釈するのに数秒(つい)やした頭で、具体的な感想を構築しようと(こころ)みる。しかし、女性のファッションに対する知識など皆無の自分がどれだけ頑張っても、ろくな文脈が作れない。

それでもどうにかできないものか、(うな)りながら奮闘(ふんとう)しているこちらに、蘭は大きなため息をついて身体ごと違う方向を向いた。

「もういい、さっさと行くよ」

早足で進んでいってしまう彼女の右手を慌てて掴むと、不機嫌さを全面的に出した表情が一瞬(いっしゅん)強張(こわば)った気がするが、それをほとんど意識しないまま、振袖が似合っていることをなんの加工もしないで声にした。

「次からそんな短いこと言うのに時間かけないで」

彼女は急激に顔色を赤く変化させ、こちらに顔が見られないよう首を(よじ)ると、すたすたと歩いて行ってしまう。その際、彼女の手から自身の右手が離れてしまうと、足は止めずも(さび)しそうな視線をこちらに送ってくるので、少量の罪悪感と後悔が混じって心の表面に(にじ)む。

そんな感情を頭を左右に振って落とすと、距離が空いてしまった彼女の隣へと()を早めた。

 

近くにあるそれなりの規模の神社は、元旦のわりには人の密度がなかった。

初日が出てから時間が()っているし、それらしいイベントごともやっていないのが関係しているのだろう。

だとすれば、人付き合いが不器用な彼女がこんな時間を指定してきたことも納得なのだが、それでも少なくない人数はいて、テンションが多少下がってしまうのは避けられない。これが1人で来ているのであれば、人混みに巻き込まれてまで参拝(さんぱい)する気など起きずに家にUターンするだろう。

自分が考えを行動に移さず、(かろ)うじてこの場に足を(とど)める要因(よういん)になっている少女は、本殿(ほんでん)に続く列へ視線を飛ばし、少々げんなりしつつも口を開いた。

「・・・これ以上長くなる前に並んどこう」

反対する理由はないので(うなず)いたが、今並ぶのが一番効率的だとしてもあれの最後尾(さいこうび)に付くのは(いささ)か抵抗感がある。

そんなことを考えていると、長蛇(ちょうだ)がその身をまた長くしたので、並ぶしかないかとこちらが腹を(くく)った頃には、既に蘭は列の後ろへと歩き始めていた。

重い足を慌てた歩調(ほちょう)で動かして彼女の隣に着いた直後、後ろに男女の2人組が陣取る。それだけなら特になにもないのだが、腕を組んで互いに甘い言葉を掛け合う姿は、思わず一歩引いた態度を取らざるを得ない。

別にリア充()ぜるべきなどと言う過激派に同調するわけではないが、なぜわざわざ人目のつく場所で過剰(かじょう)に触れ合うのかは、同じ立場になった今でもいまいち理解できない。

・・・でもまあ、もし自分があんな目に毒な行為をしたいと思っても、あの人たちのようにはならないだろう。

隣で後方にちらちら視線をやっている蘭を見ながらそんなことを考えていると、忙しなく動く(ひとみ)と視線と交錯(こうさく)した。

「ち、違うから!!」

頬をメッシュと同じ色の染めた彼女はそう叫んでから、ぷいっと顔を背けてしまう。

なにが違うかはまるでわからなかったが、彼女の大声に驚き、後ろのカップルが黙り込んだので、待ち時間ずっと後ろでアツいやりとりをされると覚悟していた分少し楽になった。時間が経てばまた同じようにいちゃつき始めるかもしれないが、ぶっ通しでやられるよりかは随分(ずいぶん)マシだろう。

だが、その引き換えとして隣の少女が一気に不機嫌になってしまった問題に気づいたのは本殿が見えてきた頃で、そこからはどう彼女の機嫌をどう取るかに思考の全てを費やしていたせいからか、正面の人たちが()けたことがほとんど意識に留まらなかった。

「・・・もう順番来たけど」

服の袖を引っ張り、熟考(じゅっこう)していたこちらの意識を引き上げてくれた彼女の声音(こわね)には、負の感情(ただよ)う低音は含まれていない。

なんで機嫌が悪かったのかはわからないが、とりあえず普段の彼女に戻っているならその疑問は棚上(たなあ)げしておいて、赤と白が混じり合った(つな)を揺らして鈴を鳴らす。

特に考えず財布から取り出した10円玉を賽銭箱(さいせんばこ)に投げると、蘭は少し遅れて10円3枚と5円1枚を軽く放り、そのまま手を2回拍手してから(まぶた)を下ろした。

その綺麗(きれい)な横顔に数秒意識を奪われたが、すぐにせっかく賽銭投げたのだからなにか願わなくてはと、慌てて頭の中を探し始める。

しかし、びっくりするぐらいなにもない。昔はやれこれが欲しいや、お金が足りないなど(なげ)いていたくせに、それらはほぼゼロに等しいくらいまで減少していて、いつのまにか悟りでも開いたのか疑ってしまう。

そんな無欲無心の精神が宿った理由には心当たりがある。多分、隣の少女と付き合い始めてから、出会ってからの日々が充実しているおかげで、余計な物欲がぼろぼろと(こぼ)()ちていたのかもしれない。

—だとしたら、彼女が隣にいるこの日々が、永遠に続きますように—

ようやく見つけた願いを強く念じてから隣に視線を振ると、下ろしている最中(さいちゅう)の両手を中途半端な位置で停止させた少女が、口元をもごもごさせていた。

なにか言いたげな彼女が言い出すのを待ってあげたいのはやまやまだが、背後にはすっかり静かになったバカップルを含めてたくさんの人が順番を待っているので、この場に長居するのは周囲の迷惑になってしまう。

未だ同じ状態で思考の整理が出来ていない蘭の手を引いて、邪魔にならないような場所まで誘導してからどうしたか(たず)ねてみると、彼女は散々熟考したのち、ぼそりと(つぶや)いた。

「・・・なんでもない」

それが嘘なのはさすがにわかるが、ここで無理やり口を開かせようとしてもへそを曲げられるだけなのも知っている(ゆえ)に、そっかのひと言で流す。

(さいわ)いにもその対応を不服には思わなかったのであろう彼女は、続く言葉でこれからの予定を口にした。

「・・・お守り買うのとおみくじ引くの付き合って」

こちらが了承すると、彼女はすぐさま人混みの(あいだ)をすり抜けていくので、慌てて遠ざかる背を追いかける。

しかし、いつもの倍とも言える歩行速度で簡単に見失ってしまい、迷走しつつもなんとか彼女を見つけた時には、蘭は販売所でなにを買うか検討していた。

長い黒髪を持つ巫女さんに相談しながら真剣な眼差しでお守りを見比べる彼女に話しかけるのは(はばか)られるので、少し距離をとった場所で唸る彼女を見守って10分ほど、6つのお守りを巫女さんに渡した少女の瞳が、まるで初めから位置を知っていたかのように最短のコースでこちらを映す。

赤い瞳を普段より少し大きく開いた彼女は、まず頬を朱色(しゅいろ)に染めたのち、(まゆ)を釣り上げた。

来いと問答無用で(うった)えかける眼力に従うまま足を動かすと、目の前まで来たこちらに彼女はキレ気味で問いを口にした。

「・・・なんで隠れてこっち見てたの」

正確には隠れていたわけではなく、ただ距離を置いていただけなのだが、周囲の人の邪魔にならないように道の(すみ)にいたせいでそう思われてしまったのかもしれないと思考を自己完結させ、邪魔したら悪いと思ったからと、離れて見ていた理由のみを口にした。

「変な気遣(きづか)()らないから。次からはやめてよ」

下から(にら)んでくる彼女が怖いと感じつつも、場違いなことに可愛いと思ってしまったこちらが遅れてこくこく頷く。

そんな心情を知らない彼女が怒りの切先を収めると同時に、巫女さんがふたつの紙包(かみづつ)みを少女に差し出した。代金を払ってから受け取った蘭に、巫女さんは小声でなにかを伝える。

「なっ!?なに言ってるんですか!?」

蘭の赤くなりながらの反論を(かす)かに呆れが感じられる微笑みでスルーした巫女さんは、多少混じっていた感情を完全に排除し(はいじょ)した綺麗な笑顔をこちらに近づけてきた。端正(たんせい)な顔が、鼻先同士触れ合う寸前の距離まで詰められ、顔に少し熱が()びる。

しかし、思わず()らした視線の先には、頬に(とも)った色を反転させるには充分過ぎるプレッシャーを放っている少女の姿があった。

もしかしたら今までの彼女の中で一番鋭い目つきで睨んでくる蘭が、いきなりこちらの(うで)を掴んで巫女さんとかなりの距離を取らせる。

「なに赤くなってるの」

鋭い視線を深々と身体に刺しながらの指摘に、いきなりあんなことされて緊張しない人なんていないと反論すると、彼女はこちらの顔を両手で確保して自身の方へと引き寄せた。

普段なら絶対にしないであろう彼女の行動に、さっきより感情が色濃く顔に現れたことを意識させたが、目の前の少女は間違いなくこちらより羞恥をあらわにしている。

「・・・まあ、これならいいよ」

なにがいいのか、そんな言及は残念ながら叶わなかった。自分と彼女が、周囲が妙にざわざわし始めたのに気づいてしまったからだ。

しかし、周囲が反応するのも当然だろう。こんな群衆(ぐんしゅう)の目に(さら)されたところで男女が、(くちびる)が触れ合いそうなレベルで顔を近づけていたら、そりゃ目立つに決まってる。

そのことをこちらに遅れて気付いた蘭は耳の先まで朱色で固め、こちらの手を問答無用で引っ張ってこの場から離脱(りだつ)した。

引きずられるように走らされる直前、ちらりと後方にやった視界では、巫女さんが微笑(びしょう)を浮かべ、生温かい光を宿した瞳でこちらを見送っていた。

 

神社を出てすぐの場所にあった公園のベンチに腰掛ける彼女の隣に座り、近くの自販機で売っていた微糖の缶コーヒーを差し出す。

小さくお礼を言ってから控えめに口をつける彼女に、なにかあったのか訊ねた。参拝したあとからというものの、明らかに様子がおかしいので、それが自分のせいなのなら、解決はできなくても謝罪くらいはしておきたい。

「・・・あんたが変なこと言うからでしょ」

そんな真意がある問いに対する返答は、半分は予想した通りのものだったが、彼女の言っている変なことというのにはまるで心当たりがなかった。

首を(かし)げて彼女を乱してしまった言葉を捜索(そうさく)するこちらに、彼女は未だ大部分が朱色だった顔に呆れを押し出す。

「・・・あれ、無意識だったの」

あれとはいったいなんなのか、そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間に訊ねると、彼女は視線を逸らして呟いた。

「ずっと、私と一緒にいたい…みたいなこと」

彼女のその言葉にしばらく放心したのち、ひとつの答えが湧き上がってきた。

つまり、あまりに強い思念が(のど)を震わせ、聞かれるのがかなり恥ずかしい願い事が、1番聞かれたくない相手の耳に入ってしまったのか。

それを認識した途端(とたん)、今までの人生で感じた分をまとめても追いつかない量の羞恥(しゅうち)が一気に押し寄せ、腰を丸め、頭を抱えて悶絶(もんぜつ)する。

「変なこと願わないでよ」

そんなこちらに投げられた辛辣(しんらつ)な言葉は、続く言葉によってこちらの解釈を180度ひっくり返した。

「・・・神様なんかに頼らなくても、ずっと一緒にきまってるじゃん」

思わず振り向いた先には、蘭がこちらに負けず劣らずの熱を顔に帯びさせ、ぎこちなく手を差し伸べている。

彼女が要求していることを感じ取り、白く細い指に自身の指を絡めると、彼女はびくりと体を振るわせたが、合っていたことを示すように確かに握り返した。

そういえば、こんなふうに改まって手を(つな)ぐのは初めてかもしれない。口にした気付きと同じようなことを彼女も思い浮かべたらしく、短く頷く。

「あんたがなにもしてくれなかったからね。・・・まあ、あたしが恥ずかしがってたこともあるけど…」

こちらがなにもしなかったのも、彼女が拒絶するかもしれないからという憶測(おくそく)故だったのだが、それを言ってもいい方向に進む未来は見えないし、それがなかったとしても、羞恥心が邪魔しなかったとは断言できないので、代わりにふと思い出したおみくじを引いてないことを伝える。

彼女は最初、完全に忘れていたような反応をしたが、すぐになんの未練もない笑顔を浮かべた。

「まあいいや、来年また一緒に来ればいいから」

そう言うと彼女は、声は無くとも視線だけで、そうでしょと問いかけてくる。手に伝わってくる熱が強まるのを感じながら、肯定(こうてい)の意を示すべく、こちらも彼女の手を強く握り返した。




こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
危惧していた通り、4月10日に上げるという掲げた目標を達成できませんでしたが、まさか+3日もかかるとは思いもしてませんでした…。ちょっとだけ言い訳をさせて貰えると、4月に入ってからリアルがそこそこ忙しくなり、徹夜という手段が使えなくなってしまったのが原因だと思います。多分これからは今までより更新ペースが下がりますが、週に1話は上げられるよう頑張りますので、ご理解の方よろしくお願いします。
次回の詳しい日時は未定ですが、ヒロインはリクエストをもらったひまりちゃんの予定です。
最後に、お気に入り登録してくださったみなさん(たくさんの方々にしてもらい、嬉しい限りです!)、星1をつけてくださったナコトさん(精進します…!)、星7を付けてくださったチルッティドラグーンさん(誤字報告や、感想でのご指摘、助かりました!)、星10を付けてくださったtamukazuさん(数少ない最高評価をこの作品に使ってもらい、ありがとうございます!!)、そして、待たせてしまった読者のみなさんに、最大限の謝罪と感謝を!!!

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