Qのその後の妄想から、予告編の「さよなら、すべてのエヴァンゲリオン」という言葉をもとに妄想を書き連ねたものです。

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シン・エヴァンゲリオンの公開前日。
妄想が止まらなくなってしまい、気が付いたら私はPCに向かって妄想を書き出していた…。

ガフの扉に関する記述など、序破Qの記述と矛盾するような点があります。
あと、シンジの性格が…ちょっとアレです。
なお、BLシーンがあります。
でも、TV24話でも、漫画でもあったし。多少はね?


【シンエヴァ公開前】エヴァQのその後妄想

「ここじゃL結界密度が強すぎて助けに来れないわ」

「リリンが近づける所まで移動するわよ」

 

アスカに引きずられるようにしてシンジは歩かされる。

アヤナミレイ(仮称)はシンジの落としたカセットテーププレイヤーを拾って2人の後に続く。

 

半日は歩いただろうか。アスカが計器を見て言う。

「ここなら平気そうね。待ちましょう」

座り込むシンジ。虚無の表情で俯いている。それを見てアスカはイライラした表情を浮かべた。

アヤナミレイ(仮称)は何も言わず、立ったままそこに佇んでいる。

 

「~~~~っ」

自分の大嫌いな「無気力な」人間。人間のカタチをしただけのアダムスの容れ物。

会話のない時間がアスカには苦痛だった。

シンジに問いかける。

「あんた、なんで槍を抜こうとしたの」

「…。」

シンジは答えない。カヲルのことを思い出し、顔を苦痛に歪める。

シンジのアスカへの無視に、アスカは大仰にため息を吐いた。もうこいつはダメだ。

かと言って、アダムスの器なんかと話すことはない。敵側の人間に話す情報など何もない。

 

アスカもその場に座り込み、通信機器に向かって座標報告をし、ただ、助けを待った。

やがて、ヴィレの戦艦<AAAヴンダー>が到着する。

「アスカと…シンジ君。それにレイも」

ミサトはシンジとレイがいることに驚いていた。が、そのままヴィレ内部に収容する。

ただ、シンジとレイには拘束器具が付けられた。

手枷。解錠の電子キーはミサトが持っている。

「ミサト、それ、アダムスの器には意味ないわよ。自己変容したら終わりだもの」

「…。」

ミサトは目をすがめて、分かっている、といった様子で頷いた。

レイは呟く。

「わたしは、アヤナミレイ。」

「…なーるほど。」

アスカが嗤う。

「自己のアイデンティティは『それ』なんだ。ま、『それ』しかないもんね。お人形さん」

「…。」

レイは答えない。無表情のまま、歩かされるシンジの後についていく。

 

シンジは拘束されたまま、銃を構えた仮面の男たちに連れられて、個室へと通された。

ほぼ崩壊したネルフにいた時と同じような部屋だ。

 

シンジは、虚無の表情を浮かべたまま、ベッドに体を横たえた。

「もう何もしたくない…。」

思わず、呟いた言葉。誰のための言葉でもない。

ただ、信頼していたカヲルを亡くして。自分の犯した罪を贖える術を失って。

「なにも…したくない…」

シンジは目を閉じた。

 

 

 

そして、目覚める。

 

「…。」

天井が違う。

かつて見た、崩壊前のネルフの病室の天井だ。

エヴァに乗って怪我をする度に見た、見慣れた天井。

違和感。

でも、ぼんやりした頭では、何も考えられない。

 

パタン、と本の閉じる音がした。

見やると、そこに綾波レイがいた。

目覚めたシンジを見て、薄く薄く微笑む。

「…よかった」

「気が付いたんだね、シンジ君」

その声に、今度こそ飛び起きた。

 

見れば…カヲルがいた。壁に寄りかかり、微笑みを浮かべるカヲルが。

首の爆弾で死んだはずの彼が。

 

「か…か…」

驚きすぎて、声が出ない。

「どうして…」

カヲル君は、いつもの優しい笑みを浮かべる。

「ニアサードインパクトを止めるためには、Mark.6で初号機ごとカシウスの槍を刺すしか手段がなかったんだ。だから君は今まで、気を失っていたんだよ」

「綾波レイは、君が第10使徒から綾波の魂を救い出した後、用意しておいた綾波タイプのロットに魂を移動させたんだ。僕がネルフ組織から奪って、月に僕のクローンと混ぜて隠して保管していたのさ。

だから『それ』は、君の知る綾波レイだよ。」

「…え?」

カヲルが話した内容に、頭がついていかない。

理解が追いつかない。

ただ、そこにいる綾波が、さっきまで一緒にいた「アヤナミレイ」ではないことだけは、綾波の表情で分かった。

わずかに、怪訝そうな、心配するような、表情。

あの「アヤナミレイ」は一切しなかった、表情。

そして、本を読んでいた。

好きだと言っていた読書を。

 

「綾波…」

「なに」

「…カヲル君」

「なんだい?」

 

シンジは、嗚咽を漏らし始めた。声を上げ、泣く。ただ、号泣する。

わからない、わからない。泣いている理由なんてわからない。

ただ。込み上げるものを、抑えられない。

 

綾波も、カヲルも。ただシンジを見守っている。

 

しばらく号泣した後、シンジは押し黙った。そして。

「これは、夢?そうだよね。こんなこと、あるはずないもの」

目を閉じ、ベッドに体を横たえた。

視界から、綾波とカヲルが消える。

 

受け入れられない。

何も。

 

あんなことがあって。

綾波を助けたつもりだったのに、そこにいたのは偽物で。

あんな風にカヲル君が死んで。

 

「何も考えたくない…」

どうしてカヲル君が生きている?

綾波は助かったのは本当なのか?

 

「どうして…僕は生きているんだ…」

 

「シンジ君は、生きていたくないのかい?」

「うん…もう…疲れた。」

疲れた。

 

状況に揺さぶられることに、疲れた。

生きていることに、疲れた。

 

 

足音がする。

自分の首に、そっと指が添えられる。

冷たい、指。

この指の主を、僕は知っている。

 

綾波ではない。

…カヲル君の指。

何度も連弾した指。

 

その指が、そっと、シンジの首にかかる。

ゆっくりと、ゆっくりと、両手で、首に食い込む指。

 

「前は、僕がこうして、握りつぶされて死んだんだ。あの時は嬉しかったよ。自由意志の証明ができた。

この前は、リリンの罪の贖罪を受けた。でもいいんだ。あれは、もともとは僕のための処刑具だったんだから。

こうして君を救えた」

 

「でも、君は、生きることを否定するんだね」

 

徐々に強くなる力。思わず目を開けると。

哀しい瞳のカヲルがいた。

「僕は。君の幸せだけを、望んでいる」

 

そして、綾波が、カヲルの肩に手を置く。

「だめ。」

 

カヲルはするりとシンジの首から手を離した。

シンジは少しだけ咳き込む。

 

「シンジ君は混乱しているようだから、僕はしばらく席を外すよ。

『綾波レイ』さん。

シンジ君を…よろしくね。」

病室の扉を開いて。

「また、会いに来るよ」

シュッと音を立てて扉が閉まる。

 

 

上体を半分起こしたシンジは、綾波に問いかける。

「綾波…なの?」

「えぇ。体はクローン体だけど。魂は、あなたが知っている『綾波』よ。

一緒に魚を見に行った。お味噌汁をくれた。

…私は、シンジ君を助けたかった。でも、使徒に取り込まれてしまった。

それを助けてくれたのはシンジ君、あなたよ」

…ああ、この綾波は、あの「アヤナミレイ」ではないのだ。

冷たく、「命令だから」としか言わない「アヤナミ」とは。

 

この綾波は、自分が知ってい綾波だ。

料理を作ってくれて、食事会を開こうとしてくれた。

 

…さっきあれだけ流した涙が、また流れた。

 

「綾波ィ…」

「なに」

「綾波いいい…っ!」

「…あ、あの」

嗚咽が止まったタイミングで。

「ありがとう」

 

「ああ…!」

 

病室に、ノックの音が鳴る。

シンジは目をごしごしと手で洗い、涙の跡を消そうとした。

 

「…入るぞ」

入ってきたのは。

「…父さん」

碇ゲンドウだった。

「どうして…」

 

ゲンドウはシンジを見向きもせず。

綾波を抱きしめた。

「ユイ…」

 

その瞬間、綾波が、“嗤った”。

 

「会いたかったわ、あなた。でも。」

綾波は「怒り」の表情を作る。シンジが一度も見たことがない綾波の表情。

「シンジをよろしくね、って言ったじゃない」

「いや、その…」

「何を話せばいいかわからなかった?距離が離れていた期間に成長した息子にびっくりして臆病になってた?そんなの、全部あなたの責任でしょ。シンジに愛情を示さなかった理由には何一つならないわよ」

 

綾波は、パン、とゲンドウの頬を強く強くはたいた。ゲンドウの右頬は赤く腫れあがった。

「…反省した?」

「はい…」

「今すぐシンジにごめんなさいと言って」

「シンジ…すまなかった」

「…ごめんなさいは?」

「ごめん、シンジ」

「…まあいいわ。『今日のところは』赦してあげる」

 

ふっと、綾波は倒れた。とっさにゲンドウ支える。

目を開けた綾波は。

「わたしは…わたしは…半分ずつなのね」

「そうだ、レイ。シンジが零号機からレイの魂を引き出したとき、同時に初号機側からも魂が引き出されてしまった。そして、『奴』が用意したクローン体に、レイとユイの「両方」が入ってしまった。

…そもそもクローン体はユイの遺伝子から作っているからな。肉体に魂が引き寄せられてしまったのだろう。」

 

シンジは。

シンジにとっては、キャパ―オーバーだった。

 

最後の記憶は。カヲル君が死んで。綾波が偽物で。

槍を引き抜いて、インパクトが始まってしまって。

 

エントリープラグから射出させられて。インパクトが止まって。

 

それが最後の記憶。

だから。

綾波が生きていること。

ゲンドウが綾波を抱きしめて「ユイだ」と言ったこと。

カヲル君が生きていること。

カヲル君が自分を殺そうとしたこと。

 

 

ぐちゃぐちゃだ。

「綾波…」

「なに」

「…少し1人にしてほしいんだ」

「分かったわ。」

扉を開けて。少しだけシンジを振り向いて。

「……また、明日」

 

シンジは目を閉じた。

何も考えたくなかった。

事態に追いつけなかった。

綾波も生きている。カヲル君も生きている。

それでいいじゃないか。

でも。

綾波の半分はユイだという。ユイ…僕の母だ。顔も覚えていない母。写真のない母。

冷たい指のカヲル君。

また会ったら殺そうとしてくるだろうか?

でも、あの絞め方は…本気じゃなかった。

僕が、死にたい、と言ったから?

それをかなえるために?

 

 

わからない。

わからない。

 

わからない。

 

何も考えたくない。

シンジは目を閉じて…いつの間にか眠っていた。

 

 

シンジは目覚めた。

 

手錠がついている。暗い部屋だ。

 

今度こそ、夢だと、知った。

 

都合のいい夢だ。

…ずっとあの夢の世界にいられたらいいのに。

 

少なくとも、綾波と、カヲル君が生きていた世界。

 

コンコン、とノックされる。

「失礼します」

聞いたことのある声だ。

この声は…トウジの妹さん。

「碇さん、ご気分はどうですか?」

「…さいあく」

「なるほど。ではこれを。」

トレイに乗せられた、水と、いくつかの錠剤。

 

「…これは?」

「抗うつ剤トラゾドン25㎎と、精神安定剤ロラゼパム1㎎と、統合失調症の可能性もあるのでクエチアピン25㎎です。」

「…うつ病って、ことですか」

「その可能性を考慮しています。断定はできませんが。」

「僕は…病んでなんか、ない」

「碇さん。」

トウジの妹の…サクラさん、は。真剣な目をして言う。

「風邪をひいたら風邪薬を飲みます。頭痛がしたらロキソニン…頭痛薬を飲みます。

血が足りないのであれば輸血をします。

そして。心に活力がないのなら。外的要因をできれば排除したうえで、心の活力をあげる薬を飲むのがよいのです」

 

「私は正式には『医者』ではないので、「診断」はできません。

でも。この組織にいる以上、必要な仕事をします。

私は、シンジさんには、気力を快復させるために、薬が必要だと判断しました。」

 

ことん、とトレーを机に置く。

「シンジさんがヴィレに対して憎しみを感じているであろうことは分かります。

この薬が、私が言った3つであることが、信じられないかもしれないということも。

でも。この組織は信じてくれなくてもいいんです。

…お兄ちゃんと仲良くしてくれた、シンジさんを助けたい。そう思っているサクラを、信じてほしいです。」

 

サクラはそう言って、背を向けて扉から出ようとする。

 

「あの!」

シンジはサクラを呼び止める。

 

「あの…トウジは…」

「お兄ちゃんは。」

一拍空けて。

 

「死にましたよ。」

サクラはそのまま扉から出ていった。

 

「トウジが…死んだ…?」

なんで?いつ?どうして?

疑問がぐるぐると渦巻く。

 

シンジは…サクラが置いていったトレーを見た。

薬。心を落ち着ける薬…。

もしかしたら、毒薬かもしれないけど。

サクラさんは…信じてあげようと思った。

 

もし、毒薬だったとしても。

…それほどまでに恨まれているなら、死んでいい、と思った。

 

シンジは薬を飲み、することもないのでまたベッドに横になった。

もしかしたらこれが最後の眠りかもしれないと思いながら。

 

 

そして、シンジは目覚めた。

 

綾波が本を閉じた。

カヲル君がにこやかに笑っていた。

 

ああ…夢の世界だ。

僕が望んだ世界。

 

「シンジ君。」

「カヲル君…」

「首、いたい?」

首をさする。跡はかすかに残っているようだ。だが、ほとんど痛みはない。

「大丈夫だよ」

僕はカヲル君に笑った。

「カヲル君が…生きててくれて、良かった」

少なくとも、僕の夢の世界では。

「いい夢だ…」

「夢?」

「うん。本当の世界では、カヲル君が死んでて、綾波は本当の綾波じゃなくなっていて。

ミサトさんたちはネルフに敵対してて。カヲル君と2人で乗った機体で…」

シンジはしどろもどろに脈絡もなく話す。

「うん…つらかったね」

カヲル君が、自分の首をさする。

「痛かったよ」

「…?」

「なんでもないさ。それより、これからの話をしよう。

すべての使徒は倒された。もう誰も何も戦う必要もない。

シンジ君はどうしたい?」

「…ちなみに、エヴァはどうなったの?」

「初号機エヴァは、もう動かないよ。中にいた『碇ユイ』さんが、『綾波さん』の中に入ってしまったからね。

もう初号機は抜け殻さ。

他の機体?

2号機はもうボロボロ。中にいたアスカとマリの母親も中で泣いてるよ。

でもまあ、もう少ししたらアスカは目覚めるんじゃないかな。

零号機は自爆してる。

Mark.6は。今はネルフが保管してるけど、いつでも動かせるよ。僕は、ね。」

「アスカとマリの母親…?」

「アスカの母親のクローン体がマリだからね。碇ユイと綾波レイの関係と同じさ」

にこにこと、カヲル君は続ける。

「僕はね、君の幸せだけを考えてきたんだ。

君の幸せ以外には興味ない。

だから、君がどうしたいか、それに従うよ。」

カヲル君は、聞いていて恥ずかしくなることを、さらりと言う。

気になって綾波を盗み見ると、無表情に佇んでいる。

 

「ねえ。カヲル君はさ。父さんが何をしたいのか知ってる?」

「それはちょっと謎なんだよねえ。僕の『知ってる歴史』では、ユイさんだけ取り戻せればあとは何でもいいみたいな感じだったけど。それが達成できたなら、何をしだすかは分からないね」

「え…?そうだったの?」

父さんは、母さんさえ取り戻せればそれでよかった???

どういうことなんだろう。

 

「『人類補完計画』って聞いたことある?」

綾波…いや、これは、…母さん。

「ま、それはゼーレの計画であってあの人の計画ではないのよね。じゃあ説明は省くわ。

とりあえず、あの人は、どんな手段を使っても私に会いたかったのよ。」

 

「私のおすすめは、すべてのエヴァを破壊してしまうことよ。

使徒を倒し切って、エヴァにはもう用がなくなった。後はただの暴力装置としてしか存在しない。

日本がそれを所持していることは、戦争にしかならない」

 

「すべてのエヴァには自爆装置が付いている。それを起動させてしまうのが早いんじゃないのかい?」

 

「そうね。それが一番早いわ。

まあ、シンジがどうしたいか。それ次第ね」

 

僕が…どうしたいか…?

「この世界を維持したい…この世界で生きていきたい…この『幸せな世界で』。

でも…ダメなんだ。この世界は、偽物なんだ。僕の夢でしかないんだ。

本当の僕は、反ネルフ組織に捕まって、フォースインパクトを起こした犯人として、きっと処刑されちゃうんだ。」

 

「君は、幸せになりたいんだよね。シンジ君」

「……。うん。なりたい…幸せに…なりたい…」

泣きながら、シンジはつぶやいた。

 

「…戦うしかない…」

カヲル君がつぶやいた。

「え?」

「シンジ君のいう『本物』の世界と戦うしかない。

でも、君のいるその世界は、この時点から14年後の別の世界だ。

だが、ただ14年この世界で過ごしても、「いまそこにいる」シンジ君の世界には決してたどり着かない。

世界は2つに分かたれてしまったからね。」

 

「あとは、そうね」

綾波…いや、母さんが言った。

「そっちの世界のエヴァをすべて破壊してしまうのが、とりあえず無難な方法ね」

「え…?」

「だって、エヴァがいるからインパクトが起きるんですもの。

シンジが言うには『カヲルは死んだ』のよね。なら、最後の使徒、カヲルは死んだ。

もう使徒がやってくることはない。

なら、すべてのエヴァを破壊してしまうのがいいわ。

 

私は、ゲンドウ君に会えなくてもいいもの。

私に会いたいのは、ゲンドウ君の意志。

そりゃ、結果として、会えたのなら、うれしいけど。

そのために、何をしてもいいとは思っていないわ。

私はね、エヴァの中にいてシンジを見守れればそれで良かったの。」

 

「母さん…」

 

「まあ、もう1つの方法として、インパクトを完全に起こしてしまうってのがあるわね。

すべての人間をLCLにしてしまって、1つの完全な生態系となる。

さっき言いかけた『人類補完計画』ってのはこれのことね。ネルフの上位組織のゼーレの目的。

1つの完全な生態系になれば、死者とも会えるし、人類は1つになるから、諍いはない。

これも、まあそれなりに幸せな世界だと思うけど。」

 

「いや、それはダメだ」

カヲル君が言う。

 

「シンジ君は、先のインパクトで、全人類のLCL化を否定したんだ。

僕しかこの記憶は残ってないけど。

シンジ君はきっと、すべての生命がLCLの海に飲まれたとして、またきっとそれを否定すると思う。

そして、LCLの海の中では、人が人でなくなるから、それぞれのカタチがなくなる。心も、身体も。

だから、秘密にしたいこととか、すべて共有されてしまう。

シンジ君は、悩んで、人が人として生きる世界を選んだんだ。

…そうして、この世界が生まれた。

みんな、その記憶はない。

『アダムの魂』だった僕だから、世界の記憶が保管されたのかな?」

 

「つまり、僕はどうしたらいいの?」

 

「…君が、君の望みを見つけることだ。」

「僕は、『この世界』で生きていたい。カヲル君もいる。綾波もいる。母さん…も、いる。この世界がいい。

…この世界しか、いらない。『向こうの世界』の僕は、いらない。」

 

「…Mark6なら移動できるかもしれない」

カヲル君が言った。

 

 

「Mark6は真のリリスの素体で作られている。リリスは、人の願いを叶える力があるという。

この世界のMark6はカシウスの槍を投げただけだから、損傷も何もない。

…もしかしたら、君のいる世界に飛べるかもしれない。

あくまでも、可能性の話だ。」

 

「僕の…世界に行って、どうするの?」

 

「シンジ君の世界を壊す。シンジ君もろとも。インパクトを起こしたり、…シンジ君を殺したり。

そして、この世界にいる『シンジ君』を世界に確定させる。

2つに分かれたシンジ君を確定させるには、どちらかを消滅させるしかない。」

 

レイ…母さんは、哀しげに言う。

「…私は、どのシンジも愛しているから。

『シンジを失いたくない』と、初号機は暴走するでしょうね。

だったら、それこそ、インパクトを起こし切ってしまえば?」

 

「インパクトを起こしただけでは、世界は『消滅』しない。それじゃあ、ダメだ」

 

「…そうね。分かったわ。シンジの願いは、『この世界で生きる』こと。

仕方ないわ。そちらの世界の私には死んでもらいましょう。

すべてのエヴァを破壊して。すべての搭乗者を殺して。

そして、この世界に戻ってきて。」

 

「僕は…」

シンジは唾を飲んでから言った。

「僕の世界の人たちをまとめて殺すしか、この世界にいる方法はないの?」

 

カヲル君と、綾波の、頷き。

 

「そっか…」

「じゃあ、そうしよう。」

 

死にたいと思った自分が、見つけた希望。

『この世界で生きること』。

 

僕はそのために…すべてのエヴァンゲリオンと、僕自身を殺そう。

 

その途端、急激な睡魔に襲われて、ベッドに上体が落ちる。

「いやだ…戻りたくない…いやだ…」

「シンジ君。待ってるね。」

「シンジ。待ってるわ」

カヲル君とレイ…母さんの声を聞いて、意識は途切れた。

 

 

 

そして、シンジは目覚めた。

 

「ああ…」

拘束されている。

コンコン、とノックの音がして、扉が開いた。

「艦長がお呼びです。行きましょう、碇さん」

サクラさんが言う。

「…ちなみに、拒否権はありませんよ。

その拘束具、一時的に苦痛を与えることもできるんです。

…一定以上の権限を持つ方なら、スイッチひとつであなたに激痛を与えられます。

私も持っていますが…使いたくありません。

使わせないで、くださいね?」

サクラさんは、本当に困ったように言った。

 

薬も毒薬だったわけではないわけだし。

とりあえず、サクラさんの後ろについていくことにした。

 

歩きながら、夢の中の会話を思い出す。

「夢の世界」…カヲル君が言うには「別の世界」の僕を確定させるには、

この世界のエヴァをすべて倒し、僕自身を殺すしかないらしい。

 

 

「碇シンジ衛生少尉、鈴原サクラです。入ります」

シュッと音が響き、艦長室の扉が開かれる。

一段高いところに…サンバイザーをつけたミサトさんが立っていた。

隣にはリツコさんもいる。

リツコさんの後ろに、アスカと…どこかで見たことがあるような気がする、ピンクのプラグスーツを着用した子が立っている。

 

「碇シンジ君。君の身柄は、ヴィレで保護します。生命は保証します。

ただ、ヴィレの目的であるネルフ殲滅には決して邪魔をしないように。

もし邪魔をしたなら…」

ピリリリリリと、身体に電流が走った。

電気風呂のお風呂に入った時の3倍くらいの痛みだ。

シンジが苦痛に体を折り曲げる。

「今の10倍の苦痛が身体に流れて、気を失わせさせるわ。

…面会終了。彼を隔離室へ」

 

「…碇さん、歩けますか?行きましょう」

僕は何も言わず、背を向けた。

「この世界」には興味がない。

僕に冷たい世界には。

僕に冷たい人達には。

心から、興味がない。

 

僕を必要としない世界なら。

…滅んでしまえ。

 

 

隔離室に着いて、「あの」とサクラさんに声をかける。

「なんですか?碇さん」

「…眠れるようになる薬って、ありますか?」

「ありますよ。眠れないんですか?」

「…もっと眠りたいんです。」

「?…分かりました。えっと、即効性があるタイプと、長時間作用するタイプとありますが、どちらがいいですか?」

「…それって、両方は…?」

「両方の服用も可能ですよ。」

「じゃあ、両方、お願いします。」

早く、長く、あの世界にいたい。

 

僕はもらった2錠の薬と、先にもらった3錠の薬と、合わせて飲んだ。

「…疑わないんですね。うれしいです」

サクラさんは、嬉しそうに笑った。

トウジに似た笑みだった。

「…」

トウジがどうして死んだのか聞きたかったが、あの時の雰囲気を思い返すに、再度聞く勇気はなかった。

「それじゃあ、この部屋で待機していてください。何かあったら内線で呼んでくださいね。

起床中でしたら私が、それ以外でしたら別の者が伺いますので」

 

サクラは去っていった。

僕はベッドに横たえた。

薬の効果は絶大で、またすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

そして、シンジは目覚めた。

 

 

「おはよう、シンジ君」

起きたら、カヲル君が僕を後ろから抱きかかえていた。

 

「か、カヲル君!?!?!?!?!?」

「ごめんね。この機体はタンデム仕様じゃないから、こうするしか君を固定できなくて。

目覚めるまでこうしてようかと思って。」

振り返ってカヲル君を確認しようとして、周りの様子に気が付く。

「エヴァの中…」

「うん、Mark6の機体の中さ。これから再度ガフの扉を開いて、『シンジ君の世界』に行こう。

…Mark6起動!」

ピカ!とMark6の眼が光り、拘束がガチャガチャと外された。

「誰!?シンジ君…なの!?」

ミサトさんから通信が入った。

「答える必要はないね」

「その声は…Mark6の操縦者…」

「さよなら、この世界のリリンたち。僕らは旅をして、また戻ってくるよ。

…戻ってきたら、シンジ君や『綾波さん』に、みんな優しくしてあげてね」

 

ネルフ本部の奥底。いくつものセキュリティの向こう。

カヲルは目線だけでセキュリティを解錠していく。

カシウスの槍が刺さったままの、疑似シン化形態となっているEVA初号機がそこにあった。

EVA初号機を連れて、外に出る。EVA初号機は動かない。レイ…母さんの言った通り、初号機に母さんが入っていないと動くことはないようだ。

「ガフの扉を一時的に開いて…再度EVAに封印を施す。封印してから、ガフの扉が閉じるまでにタイムラグがある。その間に僕らはガフの扉をくぐって、望みの世界…『シンジ君がいる世界』に行こう」

「分かったよ…」

カヲル君は僕の耳元で囁くように言う。わざとではないんだろうけど、声が色っぽくて、後ろから抱えられているのも相まって本当に恥ずかしくなる。

 

「よし、じゃあ封印を解除するよ」

「やめなさい、いるんでしょう!シンジ君!またサードインパクトを起こすつもりなの!?」

「違いますよ、ミサトさん。少しだけ、見ていてもらえませんか。」

「何を…いったい、何をするつもりなの」

「…戻ってきたら、また、いろいろ話しましょう」

 

そうだ。僕は、「この」ミサトさんを好ましく思っている。あの、14年後の世界の、冷たいミサトさんではない。

世界は2つもいらない。

 

「操作は僕に任せて」

カシウスの槍をカヲル君は引き抜く。

エヴァに輪っかが生まれ、天空に穴が開けられる。

「少し扉に近づこう」

カヲル君はエヴァを抱えたまま、扉に近づいた。

なんだか吸い込まれそうだ。

「よし、ここでいいか」

カヲル君は、引き抜いたカシウスの槍を、再度EVAに突き刺した。

「回収は頼むよ。ネルフ諸君。シンジ君が乗っていた機体だからね。じゃあ、またね」

カヲル君は、一方的にミサトさんに伝えた。

すっと…扉に吸い込まれていく。

 

暗闇の中を、カヲル君は全速力で操縦して、光の方向へと向かう。

「この扉って、結局何なの?」

シンジは聞いた。全力で速度を出して航行しながら、カヲルは答える。

「本来は、すべての生命体の魂が生まれ出づるガフの部屋に続く扉さ。

ガフの扉が開けば、すべての生命体はガフの扉からガフの部屋に魂が取り出されてしまう。

でも、今回は…僕、『アダムスの魂』の操作だからね。ガフの部屋の仕様には影響を受けないんだ。

僕が探す光へ向かう、ただの通路さ。

『シンジ君』の魂は、僕にとってはいつも光り輝いて見える。

どの世界でも、君を見つけられる。

…でも、今回の君の光は、特に弱いね。急がないと」

 

それでアクセル全開で向かっているのか。

そうして、光の向こうに到着して…

 

「ああ…ひどいね、ここは」

フォースインパクト後の世界。

僕がカヲル君に連れられて、見せられた世界。

それが、さらに酷くなっている。

いたるところにカヲル君が「インフィニティ」と呼んでいた物が増えている。

 

「こんな世界はいらないね…君が絶望したくなる気持ちもよく分かるよ」

「カヲル君…」

目の前で失ったカヲル君が、今、いる。

それだけで、僕はもういいような気がした。

 

「もうひとりの僕」を殺さないと、この「僕」は確定しないらしい。

そして、エヴァの消滅。

 

「カヲル君、エヴァの消滅って、なんで?」

「またインパクトを起こされて、僕らがすることを逆にこの世界の住人たちが起こしたらたまったもんじゃないからね」

なるほど。

 

「シンジ君、この世界のエヴァはどこにいるんだい?」

「えっと、ヴィレって呼ばれてる反ネルフ組織がいて、そこに初号機が…『シュキ』として使われてるみたい。

あと、2号機と、8号機…って呼ばれてる機体がいたかな」

「他には?」

「えっと。僕と…カヲル君で乗った第13号機…。あと「本物じゃない綾波」が乗ってた機体…Mark9だったかな…?と。

リリスに刺さってた2本の槍を抜いた時に、Mark6がいたよ。でも、使徒だったんだ」

「じゃあ、倒すべきは、『ヴィレ』にいる初号機、2号機、8号機。そして『ネルフ』にいる13号機、Mark9、もし倒しきれてなければMark6もだね」

「数えてみると、結構多いね」

シンジが心配そうな顔をすると、カヲルが励ますような声を出した。

「この世界を見るに、おそらく僕とシンジ君で乗った第13号機がトリガーとなってインパクトが起きたんだろう。

ということは、それと戦闘した『ヴィレ』側の2号機、8号機は相当傷ついているはずだ。

初号機は主機に使われているというのなら、この世界のシンジ君が乗らない限り動かせる者はいないだろう。

問題は、第13号機…もしかしたらシン化して自動操縦と化しているかもしれない。それならやっかいだな。

あと、アヤナミレイが乗っていたMark9も脅威だ。

…つまり、僕らが取るべき行動は。」

 

―警戒、警戒―

Mark6内にアラートが鳴る。

銃撃されているようだ。カヲルがATフィールドを出して弾いている。

「威嚇射撃かな?どのみち、ちょうどよかった。

シンジ君。…ヴィレに投降するよ」

「え…えー!?」

「エヴァ破壊で問題となるのは、ヴィレ側ではなくてネルフ側の機体だ。

だったら、まずはヴィレと協力して共にネルフ側の機体を破壊した方がいい。

その後、ヴィレの機体を破壊しよう。

…それでどうかな?」

考えてみたけど、僕の頭より、カヲル君の方が賢いのは分かっていたから、ほぼ即答していた。

「カヲル君の作戦でいこう!」

「よし。あ、あとヴィレに君が拘束されているんだっけ。」

「うん」

「先に殺そうか。エヴァに乗られても面倒だ」

「…、う、うん」

 

(カヲル君は、『僕だけがいればいい』という。でも、そのために僕を殺すことは厭わないらしい)

ちょっと怖いな、と、思った。

でも、僕は、カヲル君についていく。カヲル君はいつも僕を救ってくれたから。

僕の代わりに…チョーカーをつけて、死んでしまった君が。

また僕と生きてくれるなら。

 

そのためなら、僕も、なんだってしなければ。

カヲル君に、覚悟の面で、負けないように、しよう。

 

「僕も、僕を殺すよ」

「…シンジ君」

「いいんだ。僕は、『この世界』が嫌いだ。この世界を、滅ぼしたいと、思った。それを、成し遂げる、だけさ」

「…強いね。シンジ君は」

「強くなんかないよ。…カヲル君がいなきゃ、何もできない。本当に、何も。

でも、そんなカヲル君でも、『だまされた』って最後に言って、死んじゃった。

…気を付けてね、カヲル君。生きて、ね」

 

そんな会話をしながら、ひらりひらりとMark6を動かして最小限のATフィールドを張りながら防御していたカヲル君だったが、

「あ、通信圏内に入ったみたいだ。じゃ、行くよ。」

「う、うん」

『あー、こちら、逃亡者のカヲルとシンジ君です。別の世界から、ガフの部屋を通って、逃げてきました。でも、逃げる先は選べなくて…なんだかすごいことになってる世界ですね。

僕らは、ネルフに襲われました。皆さんは、ネルフですか?』

『違うわ!私たちは反ネルフ組織、ヴィレよ』

『ミサト!』

「ああ、ミサトさん、単純なんだね。逆のことを言われると、カッとなって、すぐ本当のことを言ってしまう。」

カヲル君は、くくっと笑った。

『反ネルフ組織!すみません、もしよければ、僕らもネルフ組織と戦わせてもらえませんか?

この世界のことは、まだよく分からないので…そのことについても、教えてもらえると助かります」

カヲル君って、こんなに下手に出て話すようなキャラだっけ?とシンジは思った。

いつも超然としていて、「自分」と「リリン」をハッキリ分けるような発言をしているイメージなのに…。

僕の表情を見て、カヲル君は楽しそうに笑った。

「シンジ君。楽しそうな僕は、嫌いかい?」

「ううん!嫌いじゃないよ!ただ、意外だなって」

「僕は、必要であれば、どんなこともするよ。それがリリンにへりくだることでも。

シンジ君のためになるのなら、ね」

僕は顔を赤らめた。

「ねえ…どうして、そんなに、僕のことを…」

『あなたたちの言い分は分かりました。ひとまず、その機体を接収させていただきます。』

ミサトの声とともに、ヴィレの戦艦の一部が開いた。

『どうぞ』

「…シンジ君のさっきの質問には、またあとで答えるよ。さあ…もう1人のシンジ君に会いに行こうか」

 

カヲル君の操縦で、Mark6がヴィレの戦艦に収容されていく。

不安げな僕に、「大丈夫。Mark6は僕のいう事しか聞かない。拘束されても、意味がないよ。いつでも脱出することは可能さ」とささやいてくれた。

 

Mark6を降りた僕たちを迎えたのは…14年経過した、ミサトさんと、リツコさん。

「シンジ君…!?」

ミサトは驚愕して、通信機を手に取る。

「鈴原サクラ少尉、シンジ君は今どこに?」

「隔離室で眠っています。目視確認しています」

「…了解」

驚愕から恐怖の表情に変わったミサトは。

「君は…君は何物?」

「…ぼくは…」

「僕らがいた世界でインパクトが起きて。僕はシンジ君をMark6のコックピットに入れて、開いたガフの部屋に逃げ込んだんだ。

そして、光の指す方へ走ってきた。それだけだよ。

ミサトさんやリツコさんたちもいたけど。たぶん、みんな死んじゃったよ。あの世界で生き残ったのは僕とシンジ君だけじゃないかな」

カヲル君がスラスラと答える。嘘ではないが、真実ではない答えを。

 

ミサトさんは恐怖の表情のまま、「君たちには拘束具を付けます」と宣言した。

僕は嫌だったけど、カヲル君が頷いて、目で「おとなしくしていよう」と伝えてきた。

僕は、「カヲル君と離さないで欲しい」と懇願した。

ミサトさんは…最終的には折れてくれた。

 

カヲル君と2人、隔離室に入る。

「さて、と。」

カヲル君は監視カメラを見る。

すると、監視カメラはビリリと音を出して電流を発していた。たぶん、壊したのだろう。

カヲル君はパチンと手錠を外し、僕の分も外してくれた。

「こんな世界に長居する理由はない。まずは『この世界のシンジ君の排除』からいこう。

Mark6と遭遇したときに、ヴィレの2号機、8号機は現れなかった。

つまり、換装中か、もしくは故障しているか。どのみち、動かせない状況にあるんだろう。

それなら、Mark6で叩き壊せる。

それよりも、『この世界のシンジ君』がエヴァに乗る方がやっかいだ。一番の脅威になってしまうよ」

…カヲル君の言い回し的に、褒めてくれている、のだろうか。

隔離室を飛び出した僕らは、カヲル君の指示で走った。

カヲル君には、本当に僕の魂が見えているらしい。

すぐに『僕』が眠る部屋に着くことができた。

ロックを解除して部屋に入ると、鈴原サクラさんがいた。

「え、碇さんが、2人…!?」

驚きで固まっている。

その隙に、カヲル君が、サクラさんの首に手刀を入れていた。

 

「ごめんね」

カヲル君が謝りながら、サクラさんのポーチを漁っている。

「…これでいいか。」

カオル君が手にしたのは、小さな錠剤が入ったシート。

「…シンジ君を苦しめさせたくないからね。眠ったまま、お逝き」

「カヲル君!」

僕は震える手でカヲル君の袖をつかんだ。

「この『僕』が死んだら、僕まで死んじゃうってことないよね!?」

「大丈夫だよ。そもそもこの世界に来て、2人を別々に視認できた時点で、2人は別個体なのだと証明されてる。

さあ…『君の望みのために』。

ごめんね、『シンジ君』。

この世界の僕では、『君』 を幸せにすることはできなかったみたいだから。

…僕の世界のシンジ君は、必ず守ってみせる。

さよなら…」

 

カヲル君は…シートから取り出した錠剤と水とを口に含んで、『僕』にキスをした。

「!!!!??!!?!?!?!?!?」

驚いて僕は目を反らす。

 

 

たっぷり1分は立っただろうか。

「さよなら。『シンジ君』」

カヲル君が言った。

僕はカヲル君を見て、「何してるの!?!?!?!?」と問い詰めた。

「もう終わったよ。ちゃんと飲み込んでもらわないと困るわけだし…」

「そういう問題!?せめて事前に説明してよ!っていうか水で流し込むとか他にも方法あったよね!?」

「シンジ君って意外と貞操観念が固いんだね。

あ…もしかして、ファーストキスだった?」

そうだよ!でも正直に言うのが恥ずかしいよ!

「あ、ファーストキスだったんだ。ごめんね?」

バレバレだよ!

 

けたたましく警報がなる。僕らが逃げ出したことがバレたんだろう。

「Mark6まで戻ろうか。シンジ君の死は確認しておきたいんだけど…また情報を入手すればいい」

僕らはまた走ってMark6に戻った。セキュリティロックや拘束具はカヲル君のアイコンタクトですぐに突破できた。

「さてと。2号機と8号機が出てこない以上…先に初号機を潰した方が早いかもね」

「『シュキ』になってるってミサトさん言ってたけど、シュキって何?」

「主機はエンジンのことだよ。この戦艦を動かす動力にされてるってことさ」

カヲル君はやや憤慨した顔で言う。

「僕のシンジ君の機体をエンジン代わりとは…。許せないね。

正直、こっちの世界でインパクト起こした方が早い気がしてきたな。

シンジ君は殺しちゃったわけだし…僕らでインパクトを起こそうか?

いや、インパクト起きたら死んだシンジ君の魂もみんなの魂と合流して、何かのきっかけでインパクトが阻止される可能性も…?」

 

カヲル君はブツブツとつぶやく。

内容は良く分からなかった。だからだろうか。ぼんやりとしてしまう。

先ほどのカヲル君と『僕』とのキスシーンが衝撃的すぎたけど。

カヲル君、サクラさんのポーチから「毒薬」を出したんだよな。

それって、やっぱり、毒殺した方がいいと判断したら飲ませる気だったってことだよね…

 

やっぱり怖い、人が怖いと思った。

僕が信じられるのはカヲル君だけだ。

カヲル君は、いつどんなときも、僕の味方でいてくれる。

…たとえそれが『僕』を殺すことであっても。

 

 

Mark6に立てこもる僕たちだが、まだヴィレの戦艦から脱出したわけじゃない。

カヲル君いわく、内部から主機に向かった方が早いとのこと。

戦艦から外に出たら撃たれるし、内側から向かって内部で破壊した方がダメージがでかい。

それに、そこまでいけば2号機と8号機は出ざるを得ない、と。

 

 

なるほどと納得した僕はMark6で戦艦の中央部へと向かう。

細い道はプログレッシブナイフでちょちょいのちょいだ。

僕が人が死ぬところをあまり見たくないのを察してくれているのだろう、カヲル君はなるべく人を殺さないように動いてくれている。

無事戦艦中央部、エヴァ初号機がとらわれている箇所へと到達した。

 

「さて、と…。どうしようかな。

シンジ君、初号機に話しかけてみてよ。

今ならもう、初号機の中にユイさんがいることは分かってるんでしょ?」

「う、うん…。やってみる。

 

母さん、僕…この世界が嫌いなんだ。

別の世界に生きたいんだ。

だから、この世界の『僕』は…、僕が、殺した」

 

カヲル君が驚いた顔をしたけど、目で黙ってて、と伝える。

「僕は、もうエヴァに乗りたくない。だから、この世界のエヴァは全て破壊する。

手伝ってくれるなら…うれしい。

でも、僕は、そのあと、初号機の自爆プログラムで破壊する。

 

…そもそも手伝わないっていうなら、ここで、今すぐMark6に壊してもらう。

母さん。僕の望みは…

『ここじゃない世界で生きること』なんだ。

そのために、この世界の母さんの願いを踏みにじってしまうのだけど…

僕は、僕には、もうそれしか希望がないんだ。それが、希望なんだ。

…助けてよ、母さん」

 

 

初号機は突如起動した。主機として繋がれていたプラグ類をバチバチと引きちぎって体を起こし、シンジに手を差し伸べた。

「母さん、僕は、最後には初号機を壊すよ。それでもいいんだね?」

初号機は、何も応えなかった。

ただ、その沈黙は、どちらかといえば、YESだという風に、シンジには捉えられた。

そう思いたかっただけかもしれないけど。

 

「…ヴィレにはネルフのエヴァを壊すときに助けになってもらうつもりで潜入したんだけど…

主機を奪ったら彼らは何にもできないかもね。まあそれはそれでいいか…」

Mark6を降り、初号機に乗り込むシンジ。

「初号機、発進!」

ピカ!と目が光った。

「カヲル君、一応アンビリカルケーブルは接続されてるみたい、だけど…」

「この戦艦に繋がってるだろうし、この船を落としたらたぶん予備電源に切り替わって、それでおしまいだね」

そんな会話をしていると、

明らかにボロボロの…上半身を包帯で巻かれた8号機だった。

口にはプログレッシブナイフを咥えている。

そして、2号機を背負っている。2号機のほうはもっとボロボロで、頭蓋部分などしか残っていない。

「やっかいだね。2号機はまだ『爆弾』としての機能を持っているんだろう。

この船が沈むくらいなら、エヴァ全機が破壊されたほうがマシってわけか」

 

『ねえ、わんこ君とその仲間さん。どうして『碇シンジ』を殺したの?』

突如通信が入った。

Mark6はすっと初号機の前に出る。

僕が動揺して、機体が動かせなくなった場合に備えているんだろう。

…そう考えられるくらいには、僕は冷静だった。

 

「『この世界の僕』は、要らないからだよ。

インパクトを起こした僕は。本当は首に付けられたチョーカーでそもそも死ぬはずだったんだ。

それを…カヲル君が助けてくれた。でも代わりにカヲル君が死んでしまった。

そんな世界は、『要らない』。

ぜんぶぜんぶ、要らない。

僕には、僕を迎えてくれる、カヲル君がいる、綾波と…母さんもいる、世界を知ってる。

だから、この世界のエヴァは」

 

キン、と、8号機の口元のプログレッシブナイフを自分のナイフで弾き飛ばした。

 

「この世界のエヴァは、全部壊す。

さよなら。8号機パイロット。向こうの世界で会えるのを待ってるね。もしかして、もう会ってるのかな?」

 

僕は、8号機の心臓部分をナイフで貫いた。

刺しては抜き、刺しては抜き…

息絶えるまで。

 

そして、ナイフでエントリープラグをむき出しにさせ、強制射出させる。

エントリープラグをこじ開けて。

「ああ…君だったんだね」

以前、学校の屋上で出会った少女。

そして、声からして、僕が初号機を乗る事を拒否した日に、世界を見せるために持ち上げてくれた2号機のその時の操縦者。

「大丈夫。君とはまた会えるね」

 

 

カヲル君はというと、2号機に近づいていた。

近づくと、自爆装置が発動するらしい。タイミングを計っていたようだ。

「カヲル君…この子も」

「そうだね。搭乗者は処分しておかないと。乗られたらやっかいだ」

続けて、

「2号機にアクセスしてみてるんだけど、反応がない。これ、もしかして君が知ってる『2号機』じゃないのかもしれないね」

「そうなの?」

「うん。魂を感じられない…なにか作り物めいている。

ただ、自爆プログラムは設定されてるね。ただ、どうやら遠隔操作みたいだ。おそらく戦艦の艦長権限だろう。

やっかいだね。

…しょうがない、物理的に破壊しよう。」

 

カヲル君は2号機から少し離れて、僕をカヲル君の反対側に行くように指示した。

「せーの、でATフィールドを全開にしつつ2人で合わせて2号機に近づこう。」

2号機のそばに8号機パイロットを置いた。ごめんね。今から君を殺すよ。

 

「「ATフィールド、全開!」」

きん!と、初号機とMark6のATフィールドが張られる。

その状態のまま、2人で2号機と8号機の亡骸に迫っていった。

そして、ATフィールドに挟まれて、挟まれて、

僕は、目をつぶったまま、操縦桿を握り続けた。

 

…嫌な、音がした。

「シンジ君は、見なくていいよ。作業は完了した。

そのまま後退してくれるかい?」

 

僕は指示通りに目を閉じたまま機体を後退させた。

「僕のシンジ君の初号機をエンジンに使おうなんて発想…許せない。

消えちゃえ」

 

薄目を開けて見た世界で。

Mark6は、プログレッシブナイフを震わせて。

ヴィレの戦艦を、3枚卸しにしていた。

 

「…カヲル君、すごいね」

「ちょっと、怒ったからね。感情はエネルギーになる。

…さて、ネルフ本部へいこうか。まだやることがある」

 

「うん」

バラバラになった戦艦を見ながら、ミサトさんやリツコさんのことを思った。

鈴原サクラさんのことを思った。

 

でも…感覚が麻痺している。

彼女らの「死」に、何も感情が浮かばない。

 

僕の居場所は『この世界』じゃないと、思っているから、なんだろうか。

 

電池切れを起こしかけた初号機に自爆プログラムをセットして、Mark6に戻る。

初号機は制御を失って、ばたん、と倒れた。

そして、僕らは初号機を離れ…その爆発を、見送った。

 

「シンジ君の、機体だったけど。お疲れ様、といえばいいのかな」

「うん。母さんは…なんだか、納得してくれているような気がした。

声は聞こえなかったけど…初号機から出るとき、そんな感じがしたんだ。気のせいかもしれないけど、ね」

「シンジ君がそういうなら、そうなんだよ、きっと。」

僕ら2人は、Mark6の中で会話をする。

目指すのは、ネルフ本部。

 

Mark6に乗るときに、またカオル君が腕を広げていたけれど。

目覚めているので「固定」する必要はない、と固辞して、カオルの隣に座っている。

 

「ネルフ本部も、すごいことになってるね」

到着したカヲル君は驚いたように言う。

「この最奥に、13号機が封印されているんだろう。

Mark9はどう動いてくるだろうか」

「そういえば…最初にMark9に会った時、レイが操縦してたけど、頭を吹っ飛ばされても死ななかったよ。さっきの8号機のパイロットさんに『アダムスの器か!』って言われてた。

「なるほどね。厄介な敵だ…さて、さっそくお出ましだね」

『あなたたち、誰』

そう言いながら、ビームを撃つMark9。

カヲル君はひらひらと避けながら近づく。

『君の敵だよ』

『そう…なら、排除する。それが命令』

『愛想がないね。オリジナルはとっても愉快だったのに』

「また……オリジナル…」

アヤナミレイはつぶやく。

「カヲル君、カヲル君、

たしかMark9って…自爆してたはずだよ。最後にそんな通信が入ってた…気がするんだけど…」

「なるほどね。アダムスの器から作成してるなら、まあそこから再度生成したんだろうね。

ただ…死なない、ってのはやっぱり厄介だな。どうしようか…」

「初号機、自爆させないで持ってきた方が良かった?」

「いや、シンジ君。初号機はアレで良かったと思うよ。もしかしたらヴィレが何か改造していたかもしれないし。ヴィレから離れたら必ず自爆、とかね」

「その可能性も、あるね…分かった。

ごめん、僕は応援することくらいしかできなくて。」

「いいんだよ、シンジ君。僕のそばにいてくれれば。」

カヲル君はにっこりと笑う。

Mark9は攻撃手段を鎌に切り替えていた。ブースターで、Mark6に迫る。

「っと!」

ATフィールドではじき返しながら、カヲル君は悩む素振りを見せる。

「攻撃の決め手にかけるなあ…こっちは初期装備しかないし。さっきプログレッシブナイフ使っちゃったし」

…ないなら、奪いに行こうか。先に槍を抜いちゃおう」

 

Mark6は全速力で地下深くへ降りていく。

かつて、『僕』と『カヲル君』で突破した結界の先へ。

数多の骸が敷き詰められた忌まわしい地へ。

カヲル君を失った場所へ。

 

「っ…」

「シンジ君大丈夫かい!?」

「だ、い、じょうぶ…」

 

ここが嫌いなだけ。僕は途切れ途切れにそう言った。

 

「Mark6で槍は抜けるかな?試してみるか」

「僕も手伝うよ」

「じゃあ…手を添えてくれるかい?」

「うん」

すると、あっさりと、第13号機から槍が1本抜けた。

抜けたのはカシウスの槍と呼ばれている方だ、とカヲル君が説明してくれた。

 

Mark9が、後を追ってきていた。

「またインパクトを起こすつもりなの…?」

「そうだよ。」しれっとカヲル君が言う。

(嘘は言ってないなあ、確かに。すぐ閉じるつもりだけど)

 

「命令は…インパクトを…阻止する者の排除…」

アヤナミレイはつぶやく。

 

「カヲル君、またトリガーになる可能性があるから、第13号機は確実に破壊しないといけないんでしょ?」

「そうだね。シンジ君」

「槍を引き抜いてインパクトを起こしてガフの扉を開くのはいいんだけどさ…そしたら、その状態の第13号機って誰が倒すの?僕たちしか、もういないよね?Mark9を除いて」

「あ…そう、だね」

珍しく、カヲル君がうっかりした、といった表情をした。

 

「うーん。本当は破壊したかったけど、安全策で行こう。

封印を解除して、ガフの扉を開く。行きと同じく、開いたら、再度封印。その間に僕らはガフの扉から脱出。

つまり、第13号機は破壊しない。Mark6も同じく放置、だね」

「それでいいの?カヲル君」

「…実際問題、第13号機を破壊する術も、Mark9を破壊する術も、今の僕らにはないよ。

ヴィレは壊滅させちゃったし。

この世界でインパクトを起こして、そのまま立ち去るっていうのも、ありではあるけど…

僕、前にも説明したけど、それには反対なんだよね。」

カヲル君は続ける。

「そもそも全エヴァの破壊の目的は、

『再度インパクトを起こし、“僕らがすることをこの世界の住人たちが行うこと“を阻止する』ためだからね。

つまり、この世界の住人が、僕らの世界にガフの扉を通してやってきて、僕らを殺害する…あるいは、乗っ取ることを僕たちは畏れたわけだ。

でも…残りは、乗り手のいない第13号機と、心のないMark9だけ。

Mark6は使徒化していたというし…この3機の中で、意志をもってガフの扉を通って別の世界に行こうと考える機体とパイロットはいないんじゃないかな」

「確かに…」

「もちろん、破壊できるならそれに越したことはなかったけど…っと」

攻撃を避けながらカヲル君は困った表情を浮かべる。

「カシウスの槍でMark9は止められないだろうしなあ。武器としては役に立ってるけど」

カヲル君は、槍の長いリーチを活用して、Mark9に近づかれたら距離を取るのに利用していた。

「この世界のシンジ君が死んでしまったことはどうやら確実のようだし。

もう、大体の目的は果たせたから、帰ろうよ、シンジ君。」

「いいけど…弱気なカヲル君、珍しいね」

「正直ね。この世界、僕も嫌いになってきたんだ。

インパクトの影響は大きいし。

この世界のシンジ君は僕が殺してしまったし。

初号機だって自爆させてしまった。

最も大きな目的である『シンジ君の排除』に成功したんだから、もう、いいかな、って、思い始めてるんだ」

カヲル君は、やや疲れた顔をして言った。

「…うん、カヲル君がそういうなら、帰ろう。

ここに用はない。」

「じゃあ、発動しようか。」

『Mark9のパイロット。今からインパクトを起こすから、少し黙って見ていてくれないか』

『…なぜ』

「答える義理はないね」

淡々としたカヲル君の答え。

 

カヲル君は…僕や、僕が気にしている者、あるいは僕が好んでいる者については、とても優しい。

けれど、それ以外に対しては、本当に、どうでもいいという顔をする。

…前は、知らなかった。

一緒に星を見て、『この世界』の有様を見せてもらって、チョーカーを受け取って笑ったときも。

君は、いつも、優しく微笑んでいた。

 

「君は…」

シンジは言葉を飲み込んだ。

「シンジ君、槍を引き抜くよ?」

「う、うん」

「…あれ?」

カヲル君の操縦で、槍を引き抜こうとしたが、なぜか抜けなかった。

「…なるほどね。シンジ君、最初みたいに、手を添えてくれる?」

「うん、分かった」

 

僕が手を添えると、槍はあっさりと抜けた。

「やっぱり、『アダムスの魂』である僕だけでは、ダメだったんだ。リリンの王、君の父君の考えそうなことだ」

封印を解かれたエヴァは、高速で駆け上がっていく。

Mark6も全速力でそれを追いかける。

「ガフの扉が!」

「よし、行こう!」

ガフの扉にギリギリまで近づいて。

「投げるよ!」

シンジは率先して操縦桿を握って、第13号機に槍を2本、投げつけた。

遅れてきたMark9から『どうして…』と通信が入る。

その声に答える暇はなく。

閉じかけたガフの扉に、僕たちは飛び込んだ。

 

 

ガフの扉の中は真っ暗だった。

「どうして?行きはあんなに明るかったのに」

「そうか…シンジ君が死んでしまったから…『ここにいるシンジ君』の魂しか、僕には見えないんだ…」

「ええ!?じゃあ、どうするの、カヲル君」

Mark6内でわちゃわちゃと慌ててていると、

薄ぼんやりとした光が揺れて行った。

「ああ…あれは。『死んだシンジ君』の魂だね、きっと」

「死んだ、僕…」

「ガフの扉は、魂の集うところ。もう死んでしまったシンジ君の魂がここにいてもおかしくはないさ」

ふわふわと揺れる光は、蛍にも似ているが、それ以上のスピードで動いていく。

Mark6は全速力とはいかないまでも、ある程度のスピードを出してその光を追っていった。

「そういえばカヲル君、どうして最初にここに来た時全速力で駆け抜けたの?」

「それはね、シンジ君。いくら僕がアダムスの魂とはいえ、『まったく影響がない』と啖呵を切ったとは言え、さすがにこの部屋の中では何が起こるか僕にも掴めないのさ。

生まれる前の人間か、死後の人間の行きつくところだからね。情報が何もない。

なら、目的地に向かって最短距離を進むのがいいと判断しただけさ」

揺れる光を追いながら、カヲル君は説明する。

揺れる光は、大きくなった光を前にして、ふっとその姿を消した。

「輪廻の渦に行ったのかな。…案内してくれて、ありがとう」

Mark6は、大きい光の中に飛び込んだ。

 

 

…無事、サードインパクトが阻止された世界に戻ってこれたようだ。

綾波レイがにこにこと手を振っている。その隣には、なんと父さんもいた。

レイ…母さんに連れてこられたのだろう、きっと。

 

機体をネルフ本部に収容し、僕はレイ…母さんと、そして父さんと向き合う。

「母さん、あの…全部のエヴァンゲリオン、倒しきれなかった。第13号機と、Mark9」

「第13号機…ああ、なるほど。初号機が使えなくなったからリリンの結界を破るためにタンデム機でも作ったのでしょう。あなたの考えそうなことだわ。

Mark9は…量産型かしら?」

「アダムスの器だそうですよ、おかあさん」

「アダムスの器…もしかしたら、エヴァと使徒を合わせたものかしら。再生能力はあった?」

「はい、僕は確認できませんでしたが、シンジ君が見ているそうです。お義母さん」

(1回目と2回目でなんか“おかあさん”の意味が違う気がする…気のせいかな…)

 

レイはシンジをぎゅっと抱きしめた。

「お帰り、シンジ。無事に戻ってこれてよかったわ。

あ。『この人』が作った、レイのクローン体たちって、処分してきた?」

「え?」

シンジはぽかんとする。

その表情を見て、レイ…碇ユイは確信する。

「ああ、見てないなら、いいわ。うん。精神衛生上よくないし。」

「お義母さん。さすがに僕もシンジ君もちょっと疲れたので、休んできても?」

「いいわ。シンジをよろしくね。」

「はい、お義母さん」

レイ…母さんはにっこり笑った。これはもう分かってる。確実に分かってる。

「シンジ…お前は…」

「いいじゃない、あなた。いろんな恋愛のカタチがあるものよ。私たちはそれを見守るだけ。そうでしょう?」

「ああ…そ、そうだな…」

どうやら、父さんは母さんに何も言えないタイプのようだった。

 

2人に見送られ、僕たちは休憩室へと移動する。

途中の自販機で僕はお茶を、カヲル君はコーヒーを買っていた。

「眠るんじゃないの?」

僕の質問に。

「君が消えないかどうか、僕ができるだけ見張っていようと思ってね。少しでも起きていようかなって」

 

ネルフ内の個別休憩室に入ろうと扉を開けた僕だったが、すっと先にカヲル君が部屋に入った。

僕も部屋に入るところだった。そして、扉が閉まる。

「…一緒に寝ようか」

カヲル君が微笑んだ。

「…勝手にキスしたりしないよね?」

僕はちょっと怖くなって聞いた。

「しないしない、変なことを気にするね、シンジ君も」

そうして僕らは同ベッドで横になった。

 

「ねえ、カヲル君。聞きたいと思っていたんだけど…

カヲル君は、どうしてそこまで、僕に固執するの?

僕を、守りたいって、言ってくれるの?」

 

カヲル君は天井を見て、しばし考えてから言葉を紡ぐ。

「…僕はね、何度も何度も、君と出会ってきたんだ。

そのたびに、うまくいかなくて。

最初に出会ったときに、『僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない』って思った。

でもそれは、僕が使徒だったから。君に殺される運命にあったからなんだ。」

「…。」

「運命を変えたくて、もがいてきたんだ。君を幸せにしたかった。

いつも、君は、哀しい顔をしてしまう。

僕を殺したり。僕が勝手に死んだり。

でも、今回は。君に槍を刺して、サードインパクトを止めた世界で。

しかも、君にはなぜか、他の世界の記憶がある。

『僕と仲良くなった』記憶が。

…今回しか、ないと思ったんだ。君を幸せにできる世界を作るのは。

カヲル君は、僕をまっすぐ見た。

僕はね、君に会うたびに言ってきたんだ。

『僕は君が好きだ』って。

…今回は、初めて言うね。」

 

少し照れた顔をするカヲル君を見て、ようやく僕は違和感の正体に気付いた。

今のカヲル君は、あの時、一緒に星座を見たカヲル君じゃない。

一緒に連弾をしたカヲル君じゃない。

首から飛び散って…死んでしまったカヲル君じゃない。

その記憶は、今の彼にはないのだろう。

 

でも、今ここにいる『カヲル君』は、カヲル君だ。

彼が言うには、何度も僕のために奔走してくれた、カヲル君。

 

「ありがとう…僕も、カヲル君が好きだよ」

答えてから。

「いや、あの、恋とかあの、そういうんじゃなくて、あの、特別な人というか、友人の中の友人というか、その…大事だなって、あの、そういう感じであって」

「うれしいよ、シンジ君」

カヲル君は僕の手を取った。

 

「僕は、幸せだ。君も、そうであってくれたら、とても嬉しい」

「うん…僕も、その。しあわせ、だよ」

カヲル君は、花が咲くように笑った。

 

「疲れただろう?シンジ君。おやすみ。僕は君が消えないかだけ、見張っているから。」

「ねえ…カヲル君。」

「なんだい?」

「もしも僕が消えちゃったら、どうする?」

 

カヲル君は固まって。

「そうだね…。

インパクトを起こして、LCLの中の君に会いに行くかな。」

…。

どういう反応を返せばいいのか分からなかった。

 

…そんな話をしていたら、本当に眠くなってきた。

あくびをする僕に、カヲル君は微笑む。

「おやすみ、シンジ君。僕はここにいるよ。安心してね」

「うん、カヲル君…おやすみ」

 

 

そうして、僕は眠りについた。

夢は、見なかった。




ここまで読んでくださった方(いらっしゃるのかな。長いし)
本当にありがとうございました。
カヲシンはいいぞ。


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