うまく特命係と絡んでくれるといいですね。
特命係の名が警視庁から消されてから数日後、杉下と亀山の二人はIS学園の受付前に立っていた。
ここに来るまでの間、杉下は引っ越しの手続き、亀山は妻である美和子の説得、とそれぞれ異動の準備に時間を取られなかなか顔を合わす機会がなかった。そして今日、いよいよ二人がIS学園に配属される日がやってきた。
「ついに来ちゃいましたね、右京さん。」
「ええ、思ってた以上に時間がなく、いささかバタバタしてしまいましたが。」
「それにしても学校だってのに身体検査があるのは驚きましたよ。まさか金属探知機をくぐる羽目になるとは。」
「IS学園はほかの学校に比べかなり特殊な部類になりますからねえ。厳重なチェックはあってしかるべきなんでしょう。」
「そういうもんすかね…。」
実のところ亀山はIS学園に配属されるのが決まってから、果たしてうまくやっていけるかどうか、かなり不安になっていた。人にものを教えるなんて警視庁の運転免許試験場で教官をしていた時以来である。ましてや、ここIS学園は女子校である。女性が苦手というわけではないが、女子高生しかいない環境はさすがに亀山でも想像しただけでげんなりした。女子校は桃源郷だというやつは現実を見てみろ。下心なんて抱きようがないじゃねえか。亀山はそう思うのだった。
そんな部下の悩みを知ってか知らずか、杉下はいつもと同じ涼しい顔をしている。
「お待たせいたしました。杉下右京警部と亀山薫巡査部長ですね。」
しばらくの間受付の前で立っていると二人組の女性が杉下たちの前に現れた。一人は眼鏡をかけた四十代くらいの女性。もう一人はとても凛々しい顔立ちをした黒髪の若い女性だ。杉下たちに声をかけたのは眼鏡をかけた女性の方だった。
「初めまして。私は芝浦真紀子と申します。1年1組の担任と1年の学年主任を担当させていただいています。こっちは織斑千冬。1年1組の副担任を務めています。」
「どうもはじめまして、織斑千冬です。」
芝浦という教師がにこやかに杉下たちに挨拶したのに対し、織斑と名乗った教師は必要最低限の挨拶で済ました。しかし、亀山は織斑の名前を聞いて驚きを隠せなかった。
「お、織斑っていうともしかして『ブリュンヒルデ』の織斑千冬選手じゃないですか?確か引退したと聞いてましたが。」
亀山は以前帝都新聞の一面にでかでかと載っていた記事を思い出しながらそう聞いた。
「ええ、そうです。織斑先生は今年からIS学園で教鞭をとることになったんです。そういう意味ではあなた方と同じですね。」
そう答えたのは芝浦だった。当の織斑はというと一切表情を変えず無言だったのだが、杉下はその顔に一瞬苦いものが写ったのを見逃さなかった。
「亀山君、今はそんなことよりまずは我々の自己紹介を済ませるのが先でしょう。質問はそのあとでもできます。」
「ああ、そうっすよね。」
続けて何か言おうとした亀山を制して杉下が言うと亀山もそれに従った。そして、二人は姿勢を正すと自己紹介を始めた。
「本日よりこちらで教鞭をとらせていただきます、杉下右京と申します。どうぞよろしくお願いします。」
「亀山薫です。えーと、学校の先生とかやったこと無いんでわかんないんすけど頑張ります。」
「こちらがあなた方の席になります。本当は職員室にあるべきなんですけど職員室の机は埋まってしまっていて。仕方なく職員室に隣接している倉庫を改造したんです。」
自己紹介を終えた後、芝浦と織斑は杉下たちを職員室の奥にある部屋へと連れてきた。
そこには真新しい二つの机とロッカー、そしてISに関する書籍が詰め込まれた本棚が鎮座している。床はきれいに磨きこまれており、部屋に備え付けてある備品もよく見ればかなり上等な品であることが見て取れた。それらがすべて国が用意したものだというのだから恐れ入る。多少狭く感じないわけでもないが、つい先日までいた特命係の部屋に比べれば雲泥の差があったといってもよかった。
「お二人は体育の教師ということですので、この部屋は体育教官室としても機能させてもらうことになります。今はまだ赴任されたばかりなので特別な仕事というのはありませんが、慣れてきたら体育館の鍵の管理や授業で使う器具の管理をやっていただくことになると思いますが大丈夫でしょうか?」
「ええ、僕は問題ありませんよ。」
「俺も大丈夫です。」
「そうですか。でしたら何か質問はありますか?私達に答えられる範囲であれば答えますが。」
芝浦がそう聞くと、では一つだけ、と杉下は前置きしたうえで質問した。
「芝浦先生と織斑先生はこの学校に来る以前からお知り合いだったんですか?」
「え?」
杉下の予想外の質問に対し芝浦は驚き呆けたような声を上げた。隣にいる織斑も怪訝そうに杉下を見ている。
それを気にせず杉下は続ける。
「お二人が右腕につけているブレスレット。見たところ同じ桜の趣向が凝らされた物のようですねえ。最初は学園内、または巷の女性たちの間で流行っているものかと思ったんですが、ここに来るまでにすれ違ったほかの先生方はつけていませんでしたし、そういったブレスレットが流行っているとのうわさは聞きません。さらに、織斑先生は今年から学園に赴任されたということでしたのでそれ以前にお二人に交流があったのではないかと思ったまでです。勿論、お二人が偶々同じブレスレットを持っていて、それを偶々今日つけてきたという可能性もありますが。」
芝浦はしばしの間呆気にとられていたがやがて苦笑をこぼすと杉下に向かって言った。
「驚きました。さすが刑事さんというのはすごく細かいところまで気が付くものなんですね。」
「いえいえ、細かいところが気になって仕方のないというのは僕の悪い癖でして。」
杉下はそう言って軽く頭を下げた。すると、今まで黙していた織斑が口を開いた。
「芝浦先生は私が競技者時代に機体の整備を担当してもらっていたんです。このブレスレットは第一回モンド・グロッソの時、日本選手団と代表の整備チームが一致団結するためにと日本政府から送られたものです。これで満足していただきましたか。」
「ええ、大変わかりやすい説明で助かりました。胸につかえていた物がとれました。」
杉下の言葉に織斑は軽く微笑んだ。
「私は大学には通ってなかったので教員免許を得る過程を受けていないんです。ここに就職できているのもISの操縦技術を買われてのことです。なので、今年一年は以前から親交のある芝浦先生のもとで勉強させていただくことになったんです。まあ、長期間の教育実習といったところですね。」
ほかに質問は、と織斑は続けたが杉下たちがこれ以上質問がないと分かると芝浦とともに部屋を出ていった。部屋にいるのは杉下と亀山の二人だけである。
亀山は自分の席に座ると背もたれに背を預け大きく息を吐いた。
「なんか強烈な人でしたね、織斑先生。威圧感というか、オーラというか。正直、あの歳であれだけの雰囲気を出せる人がいるなんて信じられませんよ。」
「彼女の場合、わずか十代でISの世界大会で優勝したことに加え、かなり過酷な生い立ちがあったようですからねえ。人より早く大人に成らざるを得なかったのかもしれません。」
そういうと杉下は鞄から私物を取り出すと自分の机に並べ始めた。亀山もそれに倣って私物の整理を始めたがもとよりあまり持ち物を持ってこなかったこともあってすぐにやることが無くなったため、仕方なく鞄からコーヒーメーカーを引っ張り出しコーヒーを作り始めた。
「それにしても、結局なんなんすかね。俺たちがこんなところに飛ばされた理由というのは。」
出来立てのコーヒーを口に含みながら亀山が杉下に聞く。杉下は先程からカバンから取り出した書類の束に目を通している。
「僕もずっとそれが気にかかっていたもので、ここに来るまでの間IS学園の周囲で何か事件が起こっていないか調べてたんです。」
「へー。それで何か見つかりましたか。この学校の周りで事件が。」
「はい、見つかりましたよ。」
「ッ!ゲホッゲホッ!」
コーヒーを吹き出しそうになったのを必死に我慢した結果、亀山は激しくむせかえってしまった。
それでも詳細を聞くべく涙目になりながらも杉下に向かって身を乗り出した。
「あったんですか!何か事件が!」
「ええ、それも殺人事件です。」
そう言って鞄から二つ目の書類の束を取り出すとそれを亀山に渡した。
慌てて亀山は渡された書類を読み始めた。そこには以下のようなことが書いてあった。三月一日、午前十時ごろ、亀山達も利用したIS学園最寄りのモノレール駅近くの路上で制服姿の少女が胸から血を流し倒れているのを現場近くにいたサラリーマンが発見。少女はすぐに病院に運ばれたが病院で死亡が確認された。胸には凶器である刃渡り15センチほどのナイフが刺さってままの状態で心臓を刺し貫いていたことからほぼ即死だったと思われる。被害者の体にはそれ以外に目立った外傷はなかった。被害者は都内の私立中学に通う高原詩織、当時15歳であることが判明。財布などが抜き取られていなかったことなどから警察は顔見知り、あるいは通り魔による犯行の可能性が高いとみて捜査を進めているが未だ犯人は不明。
そこまで読み進めて亀山はいったん顔を上げた。
「右京さん、この事件がIS学園とどう関係してるっていうんですか?確かに現場はここから近いですし、犯人がまだ逮捕されていないというのは気になりますけど…。」
「この部分を読んでみてください。おそらくこれが僕たちがIS学園に派遣された理由につながるはずです。」
杉下が指をさしたのは被害者の個人情報に関する部分だった。そこには次のようなことが書いてあった。
高原詩織は学校での成績も非常に良く、周囲にはISの操縦者になることが夢だと語っており、IS学園を受験していたことが判明している。
というわけで千冬さん登場回でした。
原作を見て思ったんですが千冬さんって山田先生や束以外と親しくしている姿ってあまり見ないですよね。
もしかして、千冬さんは友達が少ない…。