プロローグ
芝浦真紀子という女を覚えているだろうか?
類まれ無い知識を有し、人当たりがよく、容姿にも優れた、人殺しだ。
彼女は自分の息子を死に追いやった女子中学生を殺害し、罪のない多くの子供たちを歪んだ思想をよって爆殺しようとした。だが、彼女とその夫が計画した爆破テロは右京さんやIS学園の教師たちによって阻止され、彼女たちは警察に身柄を拘束された。
しかし、彼らが司法によって裁かれることはなかった。
ISが殺人に利用される。その事実がISのイメージ悪化につながることを恐れた日本IS委員会は政治家に働きかけ、真実を闇に葬るように圧力をかけた。結果、芝浦たちは法廷に上がることはなく、真実を語る機会さえ失ってしまう。
それからの彼女が、どういった思いで日々を過ごしていたのかを誰も知らない。
もし、誰か一人でも彼女の心の真に迫り、それを世間に伝えることが出来ていたら、これから起きる悲しい物語は始まっていなかったのかもしれない。
おそらくこの物語の結末は限りなくバットエンドに近いものだろう。
それでも、今度こそ誰かが語り継がなくてはならないのだ。
ISが生み出した社会の歪み。その犠牲となった家族と、彼らに関わった人たちの物語を…
二月某日、都心の高級ホテルの中にある三ツ星レストランでは、とある会食が開かれていた。
参加しているのは全員が女性。それも、IS委員会の関係者や彼女らと親交ある女性議員などだ。彼女らの多くがIS登場以降、その恩恵に乗っかり自身の地位を高めた者たちであり、ISに対して信仰にも近い思いを抱いている。
この会食の目的はお互いの親交を深める者であると同時に、現在彼女らが関わっているIS関連の政策や政治の動きの意見交換である。話は自然とISを取り巻く近況へと移っていく。
「そうですか…警察庁は今回もIS特殊部隊の導入を見送りましたか…」
「ええ。どうやら一部上層部が強固に反対しているようです。日本警察に過剰な武装は必要ないと。」
「ああ、あの小野田とかいう男ですね。」
元IS競技者であるその若手議員はそう憎々しげに吐き捨てる。彼女は近年世界に広まっている女性至上主義者の一人である。彼女だけでなく、この会食に参加しているもののほとんどが女性至上主義、あるいは女尊男卑の思想の持主なのだ。
「全く、ISの有用性を個人の感情で否定するなど老害もいいところよ。あんなのがいまだに居座ってるから警察は前時代から抜け出せないんですよ。」
「本当にね。IS特殊部隊が導入されれば人件費の削減、犯罪の抑止力、何より隊員の身の安全が保障されるというのに。男の権力に対する執着というのは見るに堪えませんわね。」
「そう考えると、お台場連続殺人事件の失態は痛すぎましたね…あの事件のせいで警視庁内部にいた我々の賛同者がことごとく更迭されたようなものですから。」
そうしているうちに、彼女たちの会話の内容は男にも拘らず、いまだ権力者の座に居座っている者たちへの愚痴へと移っていった。彼女たちにとって、今国を動かしている男たちは能力に関わらず目の上のたん瘤でしかないのだろう。そうして暫くの間、他愛もない話を続けているとIS委員会に身を置く女性がふと思い出したように呟いた。
「そういえば、以前IS学園で起きた事件の犯人を捕まえるきっかけを作ったのが、小野田が学園に送った男達だったそうですわね。」
「ん?それは一体どういうことですか?」
春先にIS学園で起きた事件は彼女たちにとって無関係でいられるものではない。危うくIS学園を閉鎖に追いやり、日本のIS産業に重大なダメージを与えかねなかったあの事件をもみ消すように計らったのは、何を隠そう彼女たち自身なのだ。すでに事件から一年近く経っているとはいえ、この手の話を聞き逃すほど彼女たちは無神経ではない。
「なんでも今年からIS学園の教師として新たに男が二人採用されたそうじゃないですか。その二人というのが元警察官で、後ろから糸を引いているのが小野田公顕という話です。」
「なんてことなの。もしそれが本当なら、警察組織によるIS学園への内部干渉に当たるじゃない!委員会はいったい何を。」
「それが…表向きはIS学園が独自にその男たちを採用したことになっているようで…」
「なるほど…轡木の仕業ね…」
そう苦々しく呟いた女性議員の脳裏にはIS学園で用務員を務めている男の名が浮かんだ。その男が実質的にIS学園を取り仕切っていることは、この会食に参加している者たちにとって周知の事実である。彼がかつてこの国における重要な地位についていたことも…
「やはり轡木と小野田は裏で繋がっているとみてよさそうね…早急に対策をとる必要があるわ。小野田が送り込んだという男たちについてはどうしようかしら?やっぱり早いうちの取り除いていたほうが…」
「その必要はないと思います。」
そう言って割り込んできたのは今まで会話に参加せず、沈黙を保っていた女性である。彼女が突然話に入ってきたことに他の女性たちはやや驚いたように彼女を見ている。
「先生、それはいったいどういう…」
「今我々の党とあなた方はとても重要な局面を迎えようとしていますわ。今ここで不遜な動きを見せれば、後々国民の不信を呼ぶことになりかねません。国民を敵に回して立ち回れるほど、この国の政治体制は甘くありません。」
「国民など、メディアを通しさえすればどうとでも…」
「すべてのマスメディアが我々の意思を組んでくれるとは限りません。少数ながらも高尚なジャーナリズムを持った人間は必ずどこかに存在するものです。民意がとても不安定で移り気なものである以上、下手な動きは慎むべきです。」
先生と呼ばれた女性の言葉によって、場に沈黙が流れる。何とも言えない空気を打ち破ったのは上座に当たる席に着いた初老の女性であった。彼女はやや明るい口調で声を上げる。
「まあ、確かに与党との連立を控える以上、個人の動きにまで気を配るのは少々やりすぎかもしれませんね。当分は警察組織への警戒と、IS学園への牽制に終始しましょう。皆様もそれでよろしいわね?」
彼女の言葉にその場にいた者たちは一様に賛成の意思を示す。それを確認しにっこりと笑うと、初老の女性は先生と呼ばれた女性へと目を移す。
「先生、ご進言本当にありがとうございます。あなた方との連立はわが党の悲願でもあります。先生にはこれまでにも多分なご尽力をしていただいて頭が上がらぬ思いです。今後ともこの国の未来のため、我々にお力をお貸しください。」
「ええ、それはもちろん。国を正しい方向に導くのが我々政治家の仕事ですから。」
そう締めると、与党若手有力議員の第一人者である片山雛子議員は薄く笑みを浮かべた。
高層ビルの窓の外では今年度最後の雪がちらつき始めていた。
その翌日のことである。雪が舞う寒空の下、都内某所に存在する精神病院の敷地内で、芝浦真紀子の遺体が発見されたのは…
片山議員は正直作者はあまり好きに離れないキャラクターです。小野田さんに比べ、この人の正義はすごいあやふやな気がして…
でも、間違いなく政治が絡んでくる話では相棒に不可欠なキャラなんですよね。ある意味相棒で一番腹黒いレギュラーキャラと言ってもいいです。
最初の一文はシーズン4第一話「閣下の城」のオープニングより引用させていただきました。
パクリではなくリスペクトです…