勇者パーティーの剣士は逃げだした   作:金木桂

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良いタイトルが思いつくまでこのタイトルで保留します。


/3/就職

「こちらの部屋をお使いくださいグレイブさん。安心してください、最近は使ってないですけど掃除は欠かしてませんから!」

 

 テルグリットには敗北した俺が案内されたのは敗者の末路である地下牢ではなく、定食屋二階の一室だった。どうやら二階は居住部分となっているようだ。

 

「ああ、ありがとな」

 

「当然のことです! それでは明日の仕込みがあるので私はこれで。お休みなさい」

 

「忙しそうだな。お休み」

 

 パタンと扉が閉じられる。気を遣ったのか、音はほぼ立てずに。

 ……まあ、森で寝るよりかはマシだし今日は有難く休ませてもらうか。

 

 室内を見回すと、部屋の中は簡素なものだった。

 棚が1つ、ベッドが1つ、机と椅子が1つ。あとランタン。

 つい好奇心から棚の中を開けてみれば、入っていたのは男物の服だ。服装の色が全体的に地味だ……もしかしてこの部屋、テルグリットの祖父の部屋か。

 ……となると、この部屋が客室じゃないのか。視線が扉へと走る。

 

 予想通りと言うべきか何というか。 

 この部屋には内鍵が存在しないようだ。多分テルグリットの部屋にも無いだろう。

 つまり入ろうと思えば彼女の部屋にも入れてしまう訳で。

 いや、ゲスいことを考えた訳じゃないのよ?

 でも良い年齢のお兄さんとしてはついつい思っちゃうのだ。

 幾ら魔物から助けたからってちょっと俺のことを信用しすぎなのでは、と。

 

「ああいうのを純粋無垢って言うのか。……やっぱ違う気がする」

 

 さっきの一幕を思い出して即座に否定。

 あんなに力づくで恩返されたのは人生でも初めてである。未だに手首に違和感が残ってるのだ。一応は鍛えられてるこの身体よ? どんだけ強い力でやったんだ、呆れちゃうぜ。ベイベー。

 

 そんなことはさて置き。

 この世界では暗くなったら寝るのが一般的だ。灯りを取る方法が蝋燭の火か魔法くらいしかないのだから至極順当だろう。後者に至ってはあまり一般的な方法じゃないしな。

 前世では大いに夜更かししていた俺も、ネットもゲームも無いこの世界じゃやることもない。

 大人しくベッドに横たわるとするか。

 

 荷物を全て部屋の端に置くと、ベッドに身を預けて瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 翌日は雨だった。

 壁を打ち付ける水の音で目を覚ます。

 いつもならまだ夢の世界なのだが、雨が五月蠅くて起きてしまったみたいだ。 

 

 目を擦りながら欠伸を溢す。

 普段、雨程度に起こされる俺ではない。

 しかし今日は事情が違った。

 窓を開けるまでなく分かるくらいの轟々と吹き荒れる風音と水滴音。

 豪雨だった。

 

「あ、おはようございます! よく眠れましたか?」

 

 一階に降りるとテルグリットがキッチンで大きな鍋をかき混ぜていた。作っていたのは昨晩食べたのと同じスープだ。

 

「ああ。にしても早いな。昨日の夜に仕込みをするとか言ってなかったか?」

 

「私、自慢じゃないけど野菜切るの遅いんですよ! なので前日にやっておかないと間に合わないんです!」

 

 言いながらも鍋を攪拌する手を止めない。

 確かに。直接は見てないけど包丁めっちゃ遅かったな。

 一人前であのスピードなら、量を作ろうとしたらそれこそ何時間も掛かりそうだ。

 

「でも今日はこんな雨だぞ」

 

「ですねえ。凄い降ってますよね」

 

「客なんか来ないんじゃないか?」

 

「……そうかもしれません。ですが、それでもお客さんが来た時に食事の一皿も出せない方が定食屋として問題なんです!」

 

 テルグリットは力強くそう言い切る。

 料理人としてのプロ意識だろうか。とても頼もしい。

 これで味が着いて行ってれば何も言う事は無いんだが。

 でもまあ言ってること自体は間違ってないので頷いておく。

 

「それもそうだな。誰か来たら困るしな」

 

「まあお客さんなんて一昨日に一人来たっきりですけどね」

 

「……それは問題では?」

 

 想像以上にヤバい。

 赤字とかいうレベルじゃないだろそれって。企業なら即倒産案件だ。

 鼻歌交じりにスープを混ぜているテルグリットもヤバさを理解しているのだろう。

 姿勢の良い背中が一気に丸くなる。

 

「えへへ、そうですよね。……どうしましょうか」

 

 何時になく力の無い笑顔だ。

 危機意識を人並みに持っているのは良いけど部外者に頼るのはどうなんでしょうか店長さん。

 聞かれたからには答えるけどさ。

 

「俺に聞かれてもな……品目を増やすとか。せめて味を改良するとか」

 

「品目ですか……。魚介スープでも作ってみようかな……」

 

「スープから離れろよ」

 

 先に品目を挙げてしまったが、どちらかと言えば味の方が重要だったかもしれない。

 唯一作れるスープがあの味だもんな……。

 他の料理の質はもっと怖い。

 あの野菜スープの質が辛うじて食べれるといったレベルなんだ。仮に焼き魚とか作ろうものなら黒焦げにしそうだ。

 

 でも、俺には関係ないことである。

 

「じゃあ夜も明けたし俺はこれで行」

 

「恩人をこんな豪雨の中帰すわけにはいきません!」

 

「だが俺は」

 

「恩人をこんな豪雨の中帰すわけにはいきません!」

 

「でも」

 

「恩人をこんな豪雨の中帰すわけにはいきません!」

 

 お前は定型文しか言えないNPCかよ。

 何となくだが、テルグリットのことが段々分かってきた。

 この子、自分の借りが返せたと納得出来るまで俺のことを拘束する気だ。

 義理堅いというのとも違う。

 善人だが、自己中心的なのだ。

 だからもう。

 無理に行こうとするのは諦めて、テルグリットが恩返しに納得するのを待つのが吉だろう。俺ぁ疲れたよ。

 

「はぁ……。まあ豪雨に降られながら歩きたくないから助かるっちゃ助かる」

 

「良かったです!」

 

 俺が肩を落とすのとは対照的にテルグリットは笑顔を咲かせた。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 テルグリットがスープを作り終えても雨は止まない。

 寧ろ雨脚は強くなるばかりだ。それに風が荒れ狂ってギシギシと家を鳴らしている。

 もしこの世界に気象庁があったなら暴風警報と特別大雨警報を発令しているだろう。

 幸い洪水にはなっていないが、それでも外に出る気にはなれない。

 

「雨、止まないですね」

 

「そうだな。昨日とは大違いだ」

 

「空の彼方まで見えそうなくらい晴々としていましたもんね」

 

 俺とテルグリットは店内の椅子に腰を掛けながら顔を突き合わせて駄弁っていた。

 やることが無い。

 暇だ。

 

 本もゲームも無いから会話をすることでしか暇を潰す方法が無い。本は高価だし、ボードゲームはもっと高価だ。こんな貧乏食堂にある物ではない。

 当然だが客も来ないしなぁ。あ、それはいつものことなのか。失敬。

 テルグリットものほほんとお茶を啜っているし、営業中には全く見えない。

 

 俺も店主を見習ってのほほんとするか。

 喉が渇いたのでテルグリットの入れてくれたお茶を飲む。

 舌に触れた瞬間、ピリッという感覚が口内を走った。

 ……何だコレ。

 

「テルグリット。このお茶、どこで買ったんだ?」

 

「いえ、買ってないです! これは自家製のものですよ!」

 

「自家製?」

 

「森の薬草を煮詰めて作りました! 身体に良いんですよ! 多分」

 

 ねえ今多分って言った。

 多分って言っちゃったよこの子。

 毒じゃないよな? 

 信じて良いんですよねグリット食堂料理長のテルグリットさん?

 

「あの、ところでグレイブさんって何処に行くつもりだったんですか?」

 

 俺が飲んだのと同じお茶を片手にテルグリットは言った。

 

「隣国だ。えーと、オシュプル共和国だったか」

 

「それは遠いですね……! もしかしてグレイブさん、商人ですか?」 

 

「違うぞ」

 

「そっか、あれだけ強いですもんね! 冒険者でしたか!」

 

「それだけは絶対にならないと決めているんだ」

 

「あ、アレ?」

 

 危険が多い世界だ。

 自衛のための戦いなら我慢しよう。

 だが自ら血潮を浴びるような思いをしたくないのだ。

 

「じゃあどうして態々オシュプルまで?」

 

「……仕事を、な」

 

「お仕事……ですか?」

 

 テルグリットは不思議そうに首を傾げた。

 

「仕事を、探しているんだ。クソ……年下の女の子に言うの恥ずかしいな」

 

 俺は見えない場所で拳を握りしめた。

 事実上の無職宣言である。

 俺の情けない言葉に、テルグリットは呆気に取られたような表情をする。

 そりゃそうなるわな。

 逆の立場なら俺だってそうなる。

 精神年齢を含めたらもう30代中盤である。良い年して情けない限りだ。

 

「なら、ここで働けば良いじゃないですか?」

 

「へ?」

 

 今度は俺が呆気に取られる番だった。ターン制なのねこれ。

 ここ、という指示代名詞が表すのは俺の勘違いじゃなければグリット食堂のことだろう。

 で、働く?

 こんな不味いスープしか出さないこの店で?

 

「……一応俺、ちゃんと人並みに生活したいんだけど」

 

「泊まり込みで働けば何の問題も無いですよ!」

 

「あと給料とか出せるのか?」

 

「が、頑張ります!」

 

 へ、へぇ。

 頑張る……なんて言葉が出てくるという事は、要するにあまり余裕が無いのだ。知ってたけど。

 だが、正直言えば魅力的な提案だ。

 この国じゃ定職に就けないと思っていたから渡りに船。経営状態は芳しくないとはいえ、悪くはない……のか?

 

 俺が続く言葉を考えていると唐突に。

 豪ッ、と暴風が店内に流れ込んだ。

 

「な、なんですか!?」

 

 風が吹いてきたのは店の入り口からだ。

 ってことは来客か? こんな日に?

 疑問符を浮かべていると、バタンと扉が閉まる音。同時に風が止んだ。

 

 入り口には一人の男が立っている。

 金髪で、清廉そうな碧眼。端正な顔は前世で言うところのアイドル顔だ。この世界での顔の造詣への美醜の評価は前世とほぼ同じな以上、さぞ女にモテる事だろう。

 ただし、全身びしょ濡れで無ければという注釈は付くが。

 

「い、いらっしゃいませー。ご注文はお風呂でしょうか?」

 

 テルグリットは引き攣った顔でそんなことを宣った。確かに風呂は大事だな、うん。

 

「エアミールちゃん。いつものスープ、頼めるかい?」

 

「は、はい……良いですけど」

 

 ニカッと男は爽やかなスマイルで注文すると、渋々といった表情でテルグリットはキッチンへと引っ込んだ。

 完全に濡れ鼠だ。

 ほら、コイツのせいで床がびちゃびちゃじゃねえか。汚いな。

 男は笑顔でテルグリットを見送ると、そのまま無言で座る。椅子とテーブルが男から垂れる水滴でどんどん濡れること濡れること。

 そんなことを考えていれば、男は笑顔を引っ込めて急に俺のことを睨みつけてきた。

 

「やあ、奇遇だね。こんな大変な日に何でこの店に?」

 

「色々あってな。泊らせてもらったんだ」

 

「と、泊っただと!?」

 

 だと……だと……だと……。

 無駄にデカい声が室内に反響する。

 あのな、泊ったけど何さ。特に何かあったわけじゃあない。

 それともアレか?

 テルグリットに惚れてて、突然現れた俺に危機感を募らせたとか。

 いやそういう勘繰りは良くない。

 何でもかんでも恋愛に結び付けるのは思春期の青少年の特権だが、俺はもう精神おっさんだ。一々変な邪推するのは止めよう。

 

「ちょっと待ってくれ君。エアミールちゃんとどんな関係なんだ?」

 

「どんな……って言われると困るが。そうだな。具体的に言えば勝手に助かった関係だ」

 

「何だそれは。良く分からない。理解出来るように喋ってくれ」

 

「ああ。テルグリットが魔物に襲われていて、俺がその魔物を倒した」

 

 最初からそう言ってくれ、と男は頷く。そすね。俺も最初の説明は分かりにくいと思った。

 

「つまり君はエアミールちゃんのことを助けてくれたと。そっか……ありがとう。助けてくれて」

 

 男は穏やかな顔に変えると一礼した。

 ほら、やっぱ恋愛とかそういうのじゃないってこの感じ。

 この身の案じ方。

 どちらかと言うとお兄様だろうか。ほほう。

 麗しき兄妹愛って奴か。

 髪色は大きく違うし、さっきのテルグリットの反応は親しい間柄に対するそれじゃなかったけど、まあそれは些事だろう。些事……ですかね?

 

「助けたんじゃない。俺は俺のために魔物を倒しただけで、テルグリットは勝手に助かっただけだ」

 

「は、はあ。僕にはその違いが良く分からないけど、譲れないところがありそうだね。自己紹介が遅れたね。僕はデュドル・バルニコフ」

 

 お見知りおきを、と再度優雅に一礼。

 その洗練された所作を見れば、まあ貴族だろう。

 だからと言って特に態度を改めるつもりも無いが。一応俺も元だが貴族だし。

 

「ご丁寧にどうも。アルア・グレイブだ」

 

「グレイブ君と呼んでも?」

 

「呼び名に別に拘りはない。構わないぞ」

 

「それで、グレイブ君。君はエアミールちゃんを助けたお礼に宿泊させてもらった、という解釈で良いんだね」

 

「一つ訂正するなら宿泊させられたんだ。結構強引に手首掴まれてな」

 

「それは羨ましッ……なるほど。漸く全貌が分かったよ」

 

 うんうん、とかバルニコフは首を縦に振っている。

 冷静な顔で納得しているとこ悪いが俺は聞き逃さなかったからな。

 ボイスレコーダーがこの世界にあれば絶対録音してたまであるぞ。

 

「で、そういうそっちこそテルグリットとはどんな関係なんだ?」

 

 丁度良い話の流れだったので、俺は未だスマートな笑みを口筋に湛えるバルニコフに一番気になることを聞いてみることにした。

 バルニコフはその言葉を待っていたとばかりに仰々しく手を大きく開く。

 

「実を言うとね、僕とエアミールちゃんは幼馴染なんだ!」

 

「違いますよ。この人はただのお客さんです」

 

 あ、テルグリット。

 スープが乗ったトレーを持って現れた彼女は、珍しく無表情で否定した。

 

「バルニコフさんは二ヶ月前からの常連さんです。グレイブさん、この店の売上の90%はバルニコフさんが占めているんですよ」

 

 何だそれ。

 そこまで行ったら最早パトロンじゃないか。

 

「あははは……にべもないね」

 

「勘違いされたら困りますから!」

 

 テルグリットはニコリとする。

 あ、営業スマイルだ。

 これは俺にも分かる。不自然なほど目尻がピクピクしてる。

 けどバルニコフには効果覿面のようで、爽やかな笑顔がニヤついて若干気持ち悪い表情になりかけている。瀬戸際で耐えているのかギリギリまだイケメン力が残っているけど、見ていると仮面が外れるのは問題に思える。

 

 ともかく俺も事情をほぼ理解した。

 バルニコフというこの青年、この店の厄介客なのだろう。

 テルグリットに惚れたか何かは知らんが、それでこんな俺を牽制するような発言をしたと。面倒くさい。

 

 テルグリットはスープをバルニコフの斜め前に置くと、俺の方に向き直った。

 

「それより話の続きです!」

 

「話……何だったけか」

 

「店員になりませんかって話ですよ!」

 

 ああ、それか。

 バルニコフがやって来たせいで一気に脳から吹っ飛んでちた。

 

 俺も隣国まで半年掛けて職を探しに行くのと、この街で取り敢えず働いてみるの。

 どちらが良い選択肢かと問われれば、迷わず後者と答えられる。

 何せ職をこれ以上探す必要が無くなるのが良い。この世界にはハローワークも就活サイトも無いから一々出向いては確認しなきゃならないんだよな。

 デメリットと言えばこの店が経営難に直面していることだろうか。

 メニューは一種類だしスープは不味い。料理屋としては文句無しの最低ランク。ただ働くだけじゃ賃金には期待できない。

 だが、裏返せば改革する余地が大量にあるということだ。

 テルグリットは頭の固い人間では無さそうだから改革するにも反対はしないだろうし、中身と看板はともかく店の面構えは悪くない。意外に将来性はありそうだ。

 

 と、俺が受ける方向で考えると「ちょっと待ってくれ!」と悲痛な声が上がった。

 バルニコフだった。

 

「エアミールちゃん! この店、店員募集してたのかい!? それなら僕も!」

 

「ごめんなさい。経営的に二人も雇うのはちょっと……」

 

「ですよね」

 

 随分と興奮した面持ちだったのにあっさり引き下がったな。

 冷めた目で見守っていると、ずいっとテーブルから乗り出して来た。顔が近い近いから。

 

「グレイブ君、頼みがある!」

 

 おおう。

 身を引くと、バルニコフは更にガバリと跳ぶように追っかけてきた。

 だが勢いが足りず、テーブルに腹這いになるような形で落ち着く。溢すぞスープ。

 

「はぁ……何か?」

 

「僕にこの店の店員になる権利を売ってくれ! 幾らが望みなんだい!」

 

「勘違いしてるようだけどそれは俺の裁量権では出来ないぞ。雇用契約をするのはあくまでテルグリットだからな」

 

 次の瞬間にはバルニコフはテルグリットの方に視線を向けていた。

 一度瞬きすると、テルグリットはハッと気付いたみたいに凄い速度で此方に顔を傾ける。

 

『困ったからって私に押し付けましたよね!?』

 

『いやだってお前の店の問題じゃん。俺を巻き込むなって』

 

 アイコンタクトでそんなことを訴えかけられた気がしたのでそう反駁しておく。

 伝わったかは分からないが、テルグリットは仕方なさそうに曖昧な笑みを顔に張り付けた。

 

「あのーバルニコフさん」

 

「なんだいエアミールちゃん」

 

「ごめんなさい。私、店員にするならこちらのグレイブさんの方が良いんです。それに将来の領主様をこんな場所で働かせるわけにもいかないので」

 

「グ、レ、イ、ブ、君の方が良い……!?」

 

 何で予想外のことを言われたみたいな、そんな戦慄した顔をするんだ。

 己惚れる訳じゃないが当然の選択だろ。

 こんな鬱陶しい人間と働きたくないに決まってる。俺がテルグリットの立場でもそうする。

 

 ……それにしても、コイツが領主の息子、なぁ。

 貴族なのは分かっていたが嫡男か。

 にしてはちょっとばかし落ち着きがなさすぎないか?

 豪雨の日にまでこんな不味いスープしか出せない店に来るとかどういう言葉で表せば良いのか。自由闊達というか、天衣無縫というか。

 側近の苦労が浮かばれないな。

 

「なあ、グレイブ君!」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「決闘だ! 僕は納得が行かないからね!」

 

「納得が行かないから決闘って……子供じゃないんだからさ」

 

 欲しいものが手に入らないから戦う。

 まるで蛮族の思考だ。

 相手が同格ならまだしも、今の俺はただの平民だからな。ノブレス・オブリージュとか知らないんですかね。知らないだろうな。俺の国の貴族もコイツ以上に我儘で身勝手な奴は多かった。

 しかしテルグリットの意志を無視しない辺り、バルニコフは全然話が通じる方だろう。

 最低限の良識はある。

 マドーレの町の未来は明るそうだ。

 

 幾許か落ち着きを取り戻したように椅子に座り直すと、バルニコフは表面に笑顔を取り戻す。

 

「グレイブ君、安心していいよ。別に勝った負けたで何かを賭けようってわけじゃないんだ。ただ何となく、何処となく、そこはかとなく、君のことが気に食わないのさ!」

 

 それ、爽やかに言う事じゃないから。

 もっとこう、犬歯剥き出しで言う言葉だから。

 加えてテルグリットに嫌わたくないからか敷き詰めた予防線も大渋滞を起こしてるし。

 なんか調子狂うな……。

 

「あのなぁバルニコフ、そんな決闘俺が受けるわけ無いだろ? 不成立だ、馬鹿馬鹿しい」

 

「そうだね、確かに君の言う通りだグレイブ君。じゃあこうしよう」

 

 悩まし気に数秒瞼を閉じると、刮目してバルニコフは言った。

 

「もし君が決闘を受けなかったら、深夜に忍び込んで君の寝顔にクソをする!」

 

「……………………はあ?」

 

 コイツ、爽やかな顔して何言ってるんだ?

 その、どうだい受ける気になっただろう、とでも言いたげな顔付き止めろ。マジで止めろ。今、お前は貴族の面子どころか文明人としての尊厳すらも捨てるような発言をしたんだぞ……?

 い、いや待て。

 落ち着け俺。

 身に覚えはないが、もしかしたら無意識で俺はこの男を憎しと思ったのかもしれない。その感情によって生じた空耳の可能性もある。

 

「あの、もう一度聞いても……?」

 

「君の、顔面に、クソをする!」

 

 聞き取りやすいよう配慮したのか、バルニコフは大声でハキハキと言った。謎の配慮である。

 ただ今度は明確に聞き取れた。

 間違いない。

 

 ……こいつ、貴族の中でも特級にヤべえ奴だ!!

 

「どうだい。受けてもらえるだろうか?」

 

 そんなにふてぶてしく言い放つその態度が俺には信じられない。

 交渉ってそういうもんじゃないだろ。

 互いのメリットデメリットを提示すべきだ。

 顔にうんち塗られたくなきゃ戦え、とか言われて頷く奴この世界どころかどの世界見渡してもいねえから!

 

 これまで生きてきた中で五本の指に入るくらい困っていると、テルグリットが手を挙げた。

 

「あの……そういうのは良くないと思います!」

 

「そうかい?」

 

 聞き返すバルニコフの白い歯がキラリと光る。あんな宣言した癖にどうでもいいとこでイケメン力発揮しやがって、腹が立つ野郎だ。

 

 まあ良い。

 テルグリット、言ってやってくれ!

 

「グレイブさんは私の家に泊まっているんですよバルニコフさん。未来の領主様ならもし決闘が成立しなかった時に汚される私の祖父の部屋の気持ちを考えてください!」

 

「……すまない。僕が浅慮だった」

 

 そうそうテルグリットの祖父の部屋が……って俺の心配は無いのかよ!?

 バルニコフのせいで忘れてた! こっちも大概変人だった!

 

 しかし、どうあれテルグリットのおかげであのクソ宣言は霧散霧消となりそうだ。

 これで一安心……で良いのか?

 

「でも決闘は受けてもらわないと困るんだ。だから、じゃあ僕が負けたらお金でどうだい?」

 

「金って……それは助かるが。そっちが勝ったら?」

 

「エアミールちゃんの店に入らないでくれ、って言いたいけど別に何も無くて良いよ。これは僕の我儘だ。受けてさえくれれば何の問題も無い」

 

「随分と物分かりが良いな」

 

「これでも住民の為に良い貴族でありたいと思っているんだ」

 

 なら決闘なんて仕掛けるんじゃねえよ……。

 ああもう、頭が痛くなってくる。

 何故俺が痴情の縺れで戦わなきゃならないんだ! 面倒だ!

 

「あの、グレイブさん! 私、戦うところみたいです!」

 

「テルグリットさん……」

 

 テルグリットと視線がぶつかる。

 彼女は相変わらず笑顔だが、一方で唇が動いていた。

 『早く帰ってもらいましょう』と。

 報われないな、バルニコフ……。

 

「ああもう、分かった。分かったよ。いつやるんだ?」

 

 殺し合いなら違うが模擬戦は嫌いじゃない。

 俺も幼少期からステゴロばっかだったし、その後も剣の鍛錬で日々を送った。

 弱かったなら、或いは日本からそのまま来た俺ならば戦いなんて嫌いだった。

 知らず知らず倫理観が変化しているんだ。強者の倫理観へと。

 人の恋愛に巻き込まれたのは気に食わないが、こうなったならしょうがない。

 

「明日……と言いたいところだけど、この大雨できっと忙しくなるからね。3日後なんてどうだい」

 

「そうか。じゃあまた3日後に会おう」

 

「ああ、って流れに逆らうようで悪いけどまだ帰らないよ! 僕はまだ頼んだスープ飲んでいないからね?」

 

 バルニコフは手元に寄せると、深皿に入ったスープを口に運び始める。思わず俺も目を向ける。

 ……そのスープ、そんな飲みたいか?

 

 流石に美味しいとは思っていないようで、バルニコフは素早くスープを飲み干した。

 

「値段は変わってないね?」

 

「はい! 20ヒーレルです!」

 

 バルニコフは懐から中銅貨2枚を出す。

 この街での外食一回が大体50ヒーレルである。

 スープ単品なら値段相応だけどこの味じゃなぁ。

 

「今日も美味しかったよエアミールちゃん。じゃあ僕は失礼するよ」

 

「ありがとうございましたー!」

 

 再度、暴風雨が店内を荒らす。

 さっきよりは収まってる気がするな。それでも十分強いが。

 扉が閉まると、店内を濡れ鼠が移動した後だけが残る。

 

「で、どうしますグレイブさん! 話の腰が何度も折れましたが、ここで働きますか?」

 

「……取り敢えず試用期間として1ヶ月ってことなら。俺はこの店のことを良く知らないし、テルグリットも俺のことを知らないだろ? 後から『こんなはずじゃなかった』とか言い合うのはアレだからな」

 

「じゃあ契約成立ですね! ではまずは1ヶ月、よろしくお願いしますグレイブさん!」

 

「こちらこそ宜しく、テルグリット」

 

 ……よし。

 これで再び俺も有職者。

 明日の心配もしなくて良い身分だ。

 着の身着のまま来たのを後悔する日もあったが、こうやって生活出来そうなら悪くはない。

 

 テルグリットは嬉しそうに微笑むと、バルニコフがやらかした濡れ跡を指を差した。

 

「じゃあ最初の仕事です! ここを掃除してください! 道具はキッチンにありますので!」

 

「早速か……了解。客が見たら驚嘆で心臓が縮むくらい綺麗にしてやる」

 

「普通で良いですからね!」

 

 そう言ってテルグリットはお茶を再び飲み始める。

 自分が掃除する気は無いらしい。随分と人遣いが上手なようだ。

 息をつくと、俺は立ちあがった。

 

 

 




正統派を目指してる(つもり)
慣れないジャンルは難しいですね。
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