勇者パーティーの剣士は逃げだした   作:金木桂

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/4/決闘

 

 雇用条件が決まった。

 住み込みで三食食事つき。

 賃金は月に小銀貨8枚。800ヒーレル。

 月収としてはドンキに負けないくらい激安価格だが、衣食住の内二つを負担してもらってるから俺としても異存はない。

 それに一応、売上が改善されれば給料にも反映してくれるらしい。

 歩合みたいなもんだ。

 まあ、とは言え客入りがこんなんじゃあ労働も何もあったようなもんじゃないと思うが。

 

 雑用を熟している内にバルニコフとの約束から2日が経った。

 今日が約束していたその日である。 

 運が悪いことに本日の天気は晴れ。

 

「……なあ、テルグリット。今日は有給休暇を取る。バルニコフが来たら腹痛で戦えないって言っといてくれないか」

 

「有給休暇って何ですか? 良く分かりませんが来たら対応お願いしますね! グレイブさんは強いんだから大丈夫ですよ!」

 

 しまった、ブラック企業だったか。

 ここで働くのを決めるの早まったか?

 

 そんな僅かな後悔をしつつ、ここ2日間の業務を思い出す。

 このグリット定食屋の一日は早いが、俺の朝は遅い。

 俺は太陽が昇ると共に朝……ではなく昼に起床。

 手早く身支度を整え、誰も居ない店内を掃除する。

 それから森に入って食材を集める。この店、どうやら資金節約のために商店から食材を購入していないようだ。だからあの時テルグリットはあんな森の中にいた訳だ。

 適当に身繕った食材を持って帰ると、暇を持て余しては茶を飲みながらテルグリットと駄弁る。休憩時間だ。

 営業終了後になるとテルグリットの代わりに俺が食材を仕込む。仕込むと言っても切ったり剝いたりするだけなのだが、テルグリットがやると凄い時間が掛かるのだ。

 そうして翌日分の仕込みを終えると業務終了。

 大体9時間労働である。

 残業も無く業務中も気楽。

 有休が無いのは残念だがかなり良い職場かもしれない。有休が無いのは残念だが。

 

「そんなことより起きてきたなら掃除をお願いします!」

 

「分かった……因みに客は?」

 

「一人もいません!」

 

 そんな堂々と言うことじゃないだろうに。それも至急どうにかしないとな。俺の給料のために。

 お茶を飲みながらゆるゆるとしているテルグリットの傍らでゴミを掃いていると、来客を知らせるドアの開閉音。

 来ちゃったか。

 

「いらっしゃいませー! バルニコフさん、例の件ですよね!」

 

「こんにちわ。ああ、その通り。グレイブ君は……逃げずにちゃんといるようだね」

 

 バルニコフは店の中にずんずんと入ってくると、俺の前に立ち塞がった。

 

「準備は出来てるかい?」

 

「この姿がそう見えるんなら、そうなんだろうな」

 

 肩を竦ませて見せる。

 俺の片手には箒が握られ、髪が汚れないように三角巾を頭に巻いている。

 さらに服の上からはエプロン着用。

 ある意味では戦闘準備は万端である。ただし、ゴミとの戦いだが。

 

 バルニコフは俺の姿をマジマジと見る。

 

「……その様子、本当に店員になったんだ」

 

「まあな。これで衣食住に悩むこともなくなった訳だ」

 

「え、グレイブ君就職に悩んでたんだ。僕に言ってくれれば何かしら紹介したのに。妬ましい」

 

「本音出てるぞバルニコフ」

 

 まだ羨ましがっていたのかコイツ。

 普通に考えて領主の仕事の方が良いだろうに。

 ……あ、俺は例外ね。グレイブ家は真面目にイカレた一族だったからな。暇さえあれば日夜殴り合いだなんて冗談じゃない。

 ともかく。

 この服装から着替えるのが先決だ。

 俺は宛がわれた自室に戻ると、遅々とした動きで着替え始めた。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 バルニコフに案内されたのは広場だった。

 円状に作られており、地面には砂が敷き詰められている。

 

「ここは訓練広場って言ってね。右手に冒険者ギルドがあるだろ? ここは主に冒険者が自己鍛錬の為に使えるように整えられたんだ。勿論それ以外の人間が使うのに許可は要らない」

 

 言われてみれば冒険者ギルドがあった。

 石造りの建物だ。入り口の横にミスヒューレ王国の国旗が掲げられている。黄色の背景に赤獅子が描かれた、勇ましい旗だ。

 改めて訓練広場を見てみる。

 気のせいか閑散としている。

 

「今日は誰もいないな」

 

 俺の言葉にバルニコフは相槌を打った。

 

「まあ冒険者って朝昼はクエストで忙しいからね。夕方なら混むけど、こんな昼時間じゃ使う人も少ないよ。いても怪我からのブランク空けの冒険者くらいじゃないかな」

 

「そういうもんか」

 

「そういうもんさ」

 

 言いながらバルニコフは木剣を腰から外した。

 俺の国の貴族は儀礼的な意味もあってどれだけ才が無くとも必ず剣を握れるが、ミスヒューレ王国でもそうなのだろうか。

 そんなことを考えていると、バルニコフは細目にして俺の手元をジロリと見た。

 俺が何も準備しないのを不自然に感じたのだろう。

 何だ、分かってなかったのか。

 仕方なく俺は右拳を上げる。

 

「俺はこれで良いよ」

 

「……無手ってことかい? 僕のこと、舐めすぎじゃないか?」

 

「そういうんじゃないんだ」

 

 ほら、剣使ったらバレるかも知れないだろ?

 故郷じゃ俺は何だかんだ有名人なのだ。実感は無いが、まあ勇者と一緒に魔王を倒しちゃったからなぁ。俺の剣を知っている人間はグドライナ大陸ならそこそこ多い。

 もし俺の腕がバレたらドラゴン退治だの秘宝探しだの、無茶苦茶依頼が舞い込むのは想像に易い。それは俺の望むとこじゃないのだ。

 そういう事情もあって俺は剣を使わない。

 剣は無しだ。

 

「剣。使えないわけじゃないんだろ? 実はもう一本。こんな安物の木刀で良ければ貸してあげるけど」

 

「結構だ。それにそっちこそ舐めてるだろ」

 

「うん?」

 

「俺は日夜殴り合ってるような一家で育ったんだ。ステゴロは得意なんだよ」

 

「僕は武器使うからステゴロじゃないけどね」

 

 細かいこと気にするなって。

 こう言うのは雰囲気が大事なんだよ。

 多分。

 

「うっせ。それよりさっさと終わらせるぞ。位置につけ位置に」

 

「位置ってどこだい?」

 

「馬鹿、そこはフィーリングだフィーリング。相手の武器が届かない場所まで離れれば良いんだよ」

 

 仕方ないなあ、とでも言いたげな笑みを浮かべつつバルニコフは距離を置いた。

 俺も同じく反対側へと歩き始める。

 互いの距離が10m程まで離れると、自然と俺もバルニコフも止まる。

 相対する相手の目が良く見える。

 何時も通りの爽やかな笑みだが、目尻の獰猛さを隠せていない。

 やる気満々ってとこだろう。

 

「ルールはどうするんだ?」

 

「魔法無し、目潰し金的などの後遺症が残る攻撃も無し。有効打を一発当てるか、参ったと言ったら終了。でどうかな?」

 

「よし分かった、それで良い」

 

 ルールに瑕疵は無さそうだ。まあ、要するに模擬戦だからな。大層なルールを作る必要もない。

 バルニコフは懐からコインを出す。

 あれは、大銀貨……!?

 

「開始の合図はこれを使おう。上に弾いて、地面に落ちたら開始で」

 

「は?」

 

「ん? 何か問題が?」

 

 何が問題が、じゃねえよ。

 いやお前嘘だろ。

 たかがバトル開始の合図程度で大銀貨投げんのかよ。

 金の価値知ってるか?

 10000ヒーレルだぞ。

 俺の月収(予定)の約12倍だぞ。

 そんだけあれば一ヶ月は宿屋で食っちゃ寝が出来るんだぞ。

 クソ、貴族かよ。貴族か。俺も貴族だったのに……納得が行かねえ。

 俺が指で摘ままれる中銀貨を眺めていると、バルニコフは「ああこれね」と気付いたように話し始める。

 

「中銀貨でも良かったけど、大きい方が見やすいよね?」

 

「なら大銅貨でも良かっただろ」

 

「銅貨は中銅貨しか持ってないんだ。エアミールちゃんのスープ代を払う用のね」

 

 知らねえよ。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 バルニコフは俺の不満な視線をサラリと無視すると、軽く親指で大銀貨を弾いた。

 ジッと眺める。

 この銀貨が落ちた瞬間、俺は一気にバルニコフの間合いに踏み込むつもりだ。

 殺し合いは嫌いだが、生き死にの関わらない戦いは嫌いじゃない。強さを競い合うという行為に心を踊らされるのは男の子の宿命なのだ。

 

 だから、この勝負。勝ちに行かせてもらう。

 

 銀貨は完全な真上ではなく、放物線状に舞った。

 バルニコフは大した力を込めなかったらしい。

 すぐさま最高到達点に至ると急速に銀貨は落ちていく。

 地面まで3メートル。

 2メートル。

 1メートル。

 

 ポフ、と微かな音が砂を打った。

 

 俺が踏み込むのと同時にバルニコフも木剣を腰から引き抜き、下段で構えながら向かってくる。

 なるほど、あっちも攻撃タイプらしい。柔和な顔して良い剣威だな。

 

 さて、どうするかな。

 基本的に剣士相手に拳で戦うのは不利でしかない。

 まず拳は剣に比べて殺傷力が弱い。

 剣は身体の何処に当たっても脅威になるが、拳は違う。

 一発殴ったくらいじゃ致命傷にならない。 

 グレイブ流拳術があれば別だが魔法前提の流派なため使えない。

 また間合いが圧倒的に不利だ。

 俺の間合いは80㎝。

 しかし剣士の間合いは剣の長さ+腕の長さになる。

 見たところあの木刀は90㎝ほどだ。

 1.5mほどは最低でもあるだろう。

 一度は必ず先手を取られる。

 だが、そんなの関係ない。

 剣の間合いを搔い潜って拳を叩きこめば良いだけだ。

 拳にも一応、剣に勝る長所がある。

 剣は剣身をどう相手の身体に届かせようかと策や技を巡らせるのと違って、拳はただ思いっきり相手を殴るだけで良いんだからな。

 

 ピン、と撓んだワイヤーが一気に引き締まったみたいに脳内で危険信号が鳴る。

 バルニコフの間合いに入った!

 

「なっ……!?」

 

 俺は一気に身体を前に倒して、身体能力任せに飛ぶように加速。その真上を剣風が走る。

 右下から左中段にかけての一閃。

 中々良い腕をしているな。決闘を挑むだけあって木刀は飾りじゃないようだ。

 

 予定調和。

 先手は取られたが、その次まで取られるほど耄碌はしていない。

 一度剣を振るってしまえば隙ができる。長物である以上反動があって、即座に次撃に移ることは出来ない。

 ……まあ、魔法有りなら身体能力を底上げしてその間隔を無に等しく出来るんですけどね。三位冒険者以上の剣士なら大抵がやってることである。

 

 だが今回は魔法無し。

 バルニコフの隙は致命的だ。

 よし、取った。

 

「なんてね」

 

 ───いや!

 何でかは分からないが返す太刀が来る!

 

 思考する時間すら惜しい。

 反射的に倒れ込んで、そのまま右に転がる。

 直後、剣先が服を掠った感覚。

 

 回避は出来たが予想外の一撃だった。

 意外にバルニコフの奴、やるな。

 油断は無いらしくバルニコフは追撃に移った。

 飛び跳ねて立ち上がった反動を利用して木剣を避ける。

 そのまま俺は間合いの外に出た。

 仕切り直しだ。

 

「やるね」

 

「無手も捨てたもんじゃないだろ?」

 

 俺は息を吸った。

 バルニコフは集中するに値する相手だ。

 次は、当てる。

 

 先に動いたのは俺だった。

 駆けながら観察する。

 バルニコフは待ちに徹するようだった。

 大方、俺の動きを見極めてカウンターで切り捨てる腹積もりだろう。

 

 視線を外さず、足を止めない。

 『晴雲秋月』を意識する。

 そうだな……剣の握りが気になる。

 バルニコフは両手で木剣を持っているのだが、左手に力が入っていないのだ。さながら左手は添えるだけと言われたバスケ選手並みに脱力していて。

 ……そうか!

 あいつ、両手で振るっているように見せていたが違ったのか!

 まず初撃を左手が添えられた右手で振るう。

 次に使っていない右手をパージ。左手で力任せ振るう。

 単純だが、馬鹿みたいな力があることで初めて成立する技術だ。

 ……技術、と呼んでいいのかこれ。

 

 ともあれ見えた。

 バルニコフが動くコマが。

 袈裟切りだ。

 見えれば何てことはない、猛然と迫りつつもスルリと最低限の動きで抜ける。

 次が来る、と確信していたからこそ視線を外さず。今度は次撃も見えた。

 返す太刀での切り上げ。

 左足で地面を蹴って跳びあがり、きりもみ回転の要領で一回転することで軸をずらしてそれも避ける。

 そのまま勢いを保って、俺は右腕を振るった。

 

「うぐぁっ!?」

 

 バルニコフの左頬に拳が刺さった。

 勢い余って後方にぶっ飛ばしてしまう。……許せ、バルニコフ。徒手空拳とか最近殆どやってなかったから手加減とか出来ないんだ。

 

 まあ一撃入れたんだから勝ちは勝ちだ。

 

「参ったよ……剣の腕には多少自負があったんだけどね」

 

 吹っ飛んだ勢いで地面に打ちつけた後頭部を摩りながらバルニコフは立ち上がると、こっちへと近づいて来た。

 負けたというのに、案外悔しそうにしないんだな。

 虚勢か?

 

「ああ、俺の勝ちだ。金寄越せ」

 

「率直だね……約束は守るよ」

 

 バルニコフはそう言うと金が入った袋を投げ渡した。

 どれどれ。

 ……金貨1枚に大銀貨6枚、中銀貨5枚か。合計165000ヒーレル。

 紛うことなき大金だこりゃ。

 そんなのをぽいって。ぽいって渡したよこの人。

 金持ちって良いなぁ、全く。

 

「はい、これ。僕の持ち金。あ、銅貨だけは勘弁してくれ。これからエアミールちゃんのとこでスープ食べるからさ」

 

「……アレ、そんなに食べたいもんか?」

 

「スープだけじゃないよ! 僕はエアミールちゃんが作る料理なら何でも美味しく食べれる自信がある!」

 

 バルニコフよ。

 そんな自信、ゴミ箱にダンクシュートした方が良いぞ。

 あんなの食べまくってたら絶対病気になるから。

 ……そういやバルニコフって常連だったな。

 もう手遅れかも。

 南無阿弥陀仏。

 

 心の中で合掌しているとバルニコフはこちらに手を差し伸ばした。

 はいはい握手な、と思って握るとこの男。握る力を強めてきやがった。

 全然懲りてねえな……!

 

「僕は君の強さは認めたよ。強さはね。でも店員としては認めてないから。グレイブ君がエアミールちゃんの横で働くことについては全く認めてないからね!」

 

「は、はあ」

 

「もしグレイブ君がエアミールちゃんに何か変なことをしたら僕は容赦無く正義の鉄槌を下すよ! 具体的にはクソを塗ったくるから覚悟してくれ!」

 

 ただの鉄槌ならともかくそんな臭い正義の鉄槌はいやだ。

 というか何でクソなの?

 何でそんな爽やかに言えるの?

 もしやそういう宗教でも入ってるんですかね?

 仮にあったとしたら早急に滅べば良いと思う。

 

「というかバルニコフ、気になったんだが何で大雨の日にわざわざグリット食堂まで来たんだ?」

 

 テルグリットに肩入れしまくるバルニコフを見て、不意に口を突く。

 こいつがテルグリットのことを好きすぎるのは知っているけど、流石にあんな悪天候を搔き分けてまで来るのは少し違う気がした。

 俺の言葉にどういう理由かバルニコフは俯く。

 

「僕だって本当は毎日来たいんだけどね。仕事が本当に忙しいんだ。あの日は最高だったよ、なんせ大雨によって全ての仕事が中止だった。皺寄せは辛かったけど、完全な休日って中々僕には無いんだ。今日だって隙を見て来てるんだけど、あの日は仕事のことを考えずにただ純粋にエアミールちゃんの顔を見ることができたんだから!」

 

 すまんバルニコフ。

 お前の思考は俺の埒外だったわ。

 

「最高……だったのか」

 

「うん。幸運だったし、最高だったね」

 

 忘れていた訳じゃないが感性が違いすぎて一切共感出来ない。

 テルグリットが聞いたら満面の苦笑いを浮かべそうな話だ。

 

「ともかく納得はしたよ。グレイブ君なら僕じゃ勝てない何かに襲われてもエアミールちゃんを守れそうだしね。僕がいない間は頼んだよ」

 

「あ、ああ……努力しよう」

 

 何で用心棒みたいな扱いをされてるんだ俺。

 真剣な眼差しで俺を見据えるバルニコフに、俺は息を零した。

 

 





スランプになりかけてる…
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