プロジェクトDの関東制圧、及びエースだった
一方で過熱する走り屋達のバトルは公道というステージの関係も相まって、数々の事故や違反等の迷惑行為という問題に発展し、その被害は一般ドライバーにまで波及していた。
その状況を危惧した日本政府は驚きの政策を打ち出す。
『峠道と呼ばれる公道の代替道路を早急に整備し、それが出来次第峠道を法定速度廃止、競争行為に関連する違反の廃止等の特例を適用した有料道路とする』
後に『峠道のサーキット化』と言われるこの、一般ドライバーと走り屋の隔離政策によって事故や違反は劇的に低減し、一方でレーシング業界が公道バトルを『才能あるレーサーの発掘の場』として注目、実際に公道出身のレーサーが少しずつながらも生まれて来ていた。
そして…
2013年某月某日深夜、秋名ダブルスリーライン(旧群馬県道33号線渋川松井田線)下り線…
「…ん?」
約1年前に登場したスバルの
スバル・BRZ RA(DBA-ZC6)。
トヨタと共同開発し、トヨタ側では86として販売されているこのモデル、スバルならではの水平対向4気筒にトヨタの直噴機構『D-4S』を搭載した事でリッター辺り100馬力を
そんなBRZを鋭く睨みつけて来るようなライト形状のその車は、ライトをチカチカとさせる様に上下させていた…パッシングである…此処の様な所謂『峠道』と呼ばれる法定速度無視の有料道路においてその意味は1つ。
「…煽って来る…バトルの申し込みか…車種何だ?」
バトルを申し込まれた青年は、それに応じる様にハザードランプを点灯(『峠道』においてバトルの申し込みを示すパッシングをされた時、申し込まれたドライバーは、ハザードランプを点灯させて受諾するか、路肩に寄せつつブレーキランプを点灯させて拒否するかのどちらかを行わなければならない、この場合はバトルを受けるという事だ)させつつ、背後に迫る相手の車の車種を推理する。
「吊り上がったライト…微かに聞こえて来る2ZZ-GEのエンジン音…最終型セリカのSS-Ⅱか?」
トヨタ・セリカSS-Ⅱ(ZZT231)。
トヨタのスペシャリティ・クーペとして長年販売され続けて来たセリカの七代目にして最終型となったモデルで、セリカとしては初めてのダブルウィッシュボーン式リアサスペンション、ヤマハ発動機と共同開発し所謂『トヨタ版VTEC』である可変バルブタイミングリフト機構VVTL-iを採用してリッター辺り100馬力超えをNAながら実現した2ZZ-GEエンジン、そして
だが…
「誰だか知らないけど…さっさと終わらせて貰うぜ?」
点けていたハザードランプを消灯させつつそう呟くと、先制攻撃と言わんばかりにアクセルをふかし、シフトを6速まで上げて行く。
だが先読みしていたかの様に後続車のエンジン音が同時に高く…そして近づいて来たかの様に大きくなっていた。
パワーで後れを取っているのか、或いはスリップストリーム(前の車のすぐ後ろに張りつく事で空気抵抗の影響を最小限に留め、加速力を稼ぐ戦法である)か、どちらにせよ、直線で振り切れるとは考えない方が良い、青年はそう心に決めた。
「なら…!」
直線で駄目なら、コーナーで引きはがせば良い。
そう思うと同時に青年はステアリングを逆時計回りに切ると同時にブレーキを踏み、シフトを3速まで下げて行きながら滑らせる様にコーナーを曲がって行く…所謂、ブレーキングドリフトである。
コーナーからの進入速度や脱出速度を高められるドリフト走行で突き放すと言わんばかりに青年のBRZはコーナーを高速で駆け抜けて行く…だが。
「っ!?…相手もドリフトで来ている!?」
背後から聞こえるスキール音、こちらを向きながら横に移動するライト…後続車もまたドリフト走行でコーナーを駆け抜けて来たのだ。
「馬鹿な…FFのセリカに出来る訳が…!」
青年の言葉は正しくは無いが、大体あっている。
セリカに限らず、一般的なFF車はドリフト走行に向いていない。
車体前方にエンジン、トランスミッション、ドライブシャフト等と、車の駆動の全てを積み込んだFF車は、前から車体を引っ張る関係で直進安定性こそ高いのだが、ドリフト走行を持続させる「横滑りしながら加速する」動作が出来ないからだ。
後輪駆動なら前輪という『障害物』がある為に、駆動輪の回転力が前に行こうとする力だけでなく横に行こうとする力をも生み出す為に、ドリフト走行が持続出来る(逆に言えばスピンしてしまう危険性も抱えている)が、前輪駆動の場合はその『障害物』が無い為、駆動輪の回転力が前に行こうとする力しか生まない為に、横滑りを維持できず体勢が戻ってしまう。
しかしドリフト走行が出来ないという青年の言葉は誤りで、FF車によるドリフト走行は通称『Fドリ』と呼ばれている…が、その方法は「車輪をロックさせたまま横滑りさせる」という物…後輪駆動とは違い横滑りによって失った駆動力を補助する手段が皆無な以上、レースにおける実用性は低いと言わざるを得ない。
故に、FF車はドリフト走行に向いていないのだ。
だが青年のBRZを追走する後続車はドリフト中もエンジン音が甲高い時があった…そう、ドリフト中もアクセルを踏んで駆動力を稼いでいたのだ。
それも1度や2度のまぐれじゃない…青年のドリフト走行に、同じくドリフト走行でしっかりと食いついていた。
「あの車…セリカじゃないのか…なら、何だ…?」
そう…後続の車は、FFであるセリカでは無かった…推理が外れた青年は戸惑いを隠しきれないが、直ぐに思いなおす。
「相手が誰であろうと、どんな車であろうと…この先の連続ヘアピンで決める!」
この先に迫る連続ヘアピンカーブ…其処は嘗て最強と呼ばれた走り屋に因んで『86ヘアピン』と呼ばれている所である。
「これで決める!」
青年が声を張り上げ、最初のヘアピンカーブに、シフトを
86ヘアピンの由縁となった走り屋が愛用していたテクニック『溝落とし』…側溝をレールの様に使う事で、通常より高い進入速度でもコーナーを抜けられるものの、突っ込む側のタイヤやホイール、果てはサスペンションにまで大きい負担を掛けるばかりで無く、制御を間違えれば失速はおろかスピンやクラッシュの危険性もあるテクニックである。
しかし青年は手馴れた様にヘアピンカーブを抜け、難なく側溝からタイヤを抜き、そして2つ目のヘアピンに差し掛かろうとした…が、
「な…離れない…!?」
可笑しい…こんな馬鹿な…青年がそんな違和感を覚える位、後続との距離は離れなかった。
それで正気を失いはせずに2つ目のヘアピンも溝落としで抜けるも、
「…相手も溝落としで抜けている!?」
後続を確認したのが青年にとって間違いだったのかも知れない、バックミラーに映ったその光景…それは後続車が青年と同様に溝落としで抜け、そして、
「しかも俺より速い速度で!?」
よりこちらに近づいてきた姿だった。
流石の青年も、焦りの様子を隠せないが、近づいてきた事で、暗闇で殆ど見えなかったその車体が見えて来た。
それは、
「あの車体にあのロゴ…それに2ZZ-GEエンジンの音…間違いない!ロータス・エリーゼRだ!」
ロータス・エリーゼR(ABA-1117)。
イギリスの自動車メーカー、ロータス・カーズの主力車種、ロータス・エリーゼの二代目モデルに、セリカにも積まれている2ZZ-GEエンジンを搭載したモデルだ。
エンジンこそセリカと一緒だが、
「まさか日本の峠道に外車を持ち込んでくるなんてな…相手に不足は無しだ!」
後続車の正体を知り、気を引き締めてヘアピンカーブを抜けて行く…
そして…
------------
「もう料金所か…引き分けって所かな」
全く引きはがされる事無く食いついていった後続のエリーゼを相手にしていたら、秋名ダブルスリーラインの料金所に辿り着いた青年のBRZ…これ以上のバトルは不可能だ。
「ふう…峠道でのバトルは久々だけど、あんな凄腕の走り屋がいたとは…今度池谷さんに聞いてみようかな」
青年はそう言いながら料金所を通過し、先程まで激闘を繰り広げた秋名ダブルスリーラインを後にした…
------------
「いやー、楽しかった!峠道のバトルは初めてだったけど、思った以上に楽しいね!」
一方、エリーゼ側のドライバーも料金所を通過、秋名ダブルスリーラインを後にしていた…そんな中、そんな歓喜の声を上げていた。
「あのBRZに乗っていた人、凄いテクニックの持ち主だったな~。ドリフトも上手いし、溝落としも完璧に決めて来た。何か、走り屋時代の拓海さんみたいだったね!僕も負けていられないな!」
そう振り返りながら、ドライバーは夜の公道を駆け抜けて行く…まだ見ぬライバルとの激闘を楽しみにしながら。
これが後に『秋名のブラックロータス』と呼ばれるエリーゼのドライバー、