頭文字D_AfterStage   作:不知火新夜

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プロローグ2

同日、群馬県渋川市某所…

 

「…ふぅ。こんな感じかな」

 

比較的規模の大きめな整備工場にも引けを取らない広さのガレージの中で、1人の少女が、黒のトヨタ・セリカSS-Ⅱ(ZZT231)を相手に、スパナ片手に作業していた。

と、そこへ、

 

「…お、家主様の御帰りかな。おかえり、條治!」

「ただいま、一葉(ひとは)!」

 

少女…逢坂(おうさか)一葉(ひとは)が、外から聞こえて来たエンジン音に気付いて向かうと、そこには先程秋名にて壮絶なバトルを繰り広げた黒のロータス・エリーゼRがあり、其処から出て来たのは、黒の短髪、整ってはいるが童顔な顔立ち、青を基調とした服装に身を包んだ華奢そうな身体つき…星宮條治だった。

一葉の口振りからも分かるが、此処は條治の住居であり、先程彼女が作業していたのはその一角にあるガレージだ。

 

「随分とご機嫌だね。何か良い事あったの?」

「うん!今日初めて、公道バトルして来たんだけどさ、もう楽しくてたまらないんだ!場所は秋名ダブルスリーナインで、相手はスバルのBRZだったんだけどさ、ドライバーの人のレベルの高さが後ろから見ていて良く分かったよ!ドリフトは完璧だし、溝落としも上手い…拓海さんが乗っているんじゃないかって思った位だよ!」

 

先程のバトルの様子を、興奮さめ止まぬといった状態で話す條治と、

 

「へぇ、それは良かったね。それで勝敗は?」

「僕が後追いで仕掛けたけど、差は殆ど無いといって良い状態だったし…引き分けかな?」

「あらら、それは残念。條治の腕ならそんじょそこらの走り屋には負けないと思ったんだけど…」

「いやいや、それはサーキットでの話だよ。『公道には公道の走り方がある』…涼介さんもそう言っているじゃん。でも、初めてにしては良い線行っていたかな」

「條治がそう言うならそうだろうね。そんな條治に先行を譲らなかったなんて…凄いドライバーだね」

 

それを嬉々とした表情で聞き入り、投げ掛けた質問の答えに一喜一憂する一葉…2人とも公道の走り屋としては駆け出しながらも、相当の実力を有している事が、会話の節々から見えて来る。

 

「それで一葉、スパナ取り出してどうしたんだい?またセリカの調子が?」

「うん、そうなの…どうもエキゾーストの調子がおかしいみたいで、ブン回してからのパワーの伸びが悪いし、排気干渉したのか、変な排気音が鳴るんだよね。だからさっきまで調整していたんだよ」

 

先程整備していたセリカは、一葉の愛車の様だ。

 

「そっか。でも一葉の事だから良い感じに仕上がったんでしょ?一葉のセッティングに間違いは無いからね」

「ちょ…買い被り過ぎだよ、條治。まだ私、18の専門学校生だよ?」

「その18の専門学校生が、僕のエリーゼRを、僕の理想と言える位にまで磨き上げたんだ、誇っても良いと思うよ?NAで250PSも出るとか尋常じゃないよ、幾ら素でリッター辺り100PSを越えたトヨタ・2ZZ-GEといっても、1.8Lだよ?」

「そ、そうかな?」

 

そして條治のエリーゼRも、彼女がセッティングを手掛けている様で…一葉のメカニックとしての腕前は相当な物だと伺える。

 

「まあそれは置いて…記念すべき初バトルの後だし、その條治の理想だという愛車の点検をしておくよ」

「サンキュー、一葉」

「良いよ良いよ、家賃とセリカの立替金代わりだし」

 

星宮條治と逢坂一葉…後に関東一円の峠道においてその名が響き渡る事を、まだ2人は知らない…

 

------------

 

翌日、群馬県渋川市某ガソリンスタンド…

 

「此処に来るのも久しぶりだな。皆いるかな?」

 

昨日、條治のエリーゼRとバトルを繰り広げたBRZのドライバーはそう呟きながら、スタンドに入って行く。

 

「いらっしゃいませ…って拓海じゃないか!元気?」

「よう、樹。今日もハイオク満タンで頼む」

「あいよ!」

「ところで池谷さんは?」

「ああ、店長?店長なら」

「呼んだか、樹?って、拓海か!よう!」

「お久しぶりです、池谷さん」

 

拓海と呼ばれたBRZのドライバーと、樹と呼ばれたガソリンスタンド店員…どうやら2人は顔見知りの様だ、会話をしていると其処に、池谷と呼ばれたガソリンスタンド店長が入る。

 

「ところで池谷さんに、ある走り屋の情報を、知っていたら教えて欲しいんですが…」

「走り屋の?ああ、いいぜ。お前が気にする様な走り屋とあらば、幾らでも提供できそうだしな」

 

挨拶もそこそこに、拓海は昨日バトルしたエリーゼRの情報を池谷から聞き出そうとする。

 

「で、どんなドライバーなんだ、拓海?車は?色は?何処のコースだった?」

「今から追って話すよ、樹…実は昨日、秋名のダウンヒルで後追いからバトルを申し込まれて、料金所まで後ろをピッタリと食いついて来たんです…つまり引き分けでした。ドリフトも完璧で、溝落としまで使ってきました…かなりのテクニックを持っていると言って良いですね」

「それ、かなりどころじゃないぜ…今の拓海と引き分けるなんて、俺が知っている中でも片手の指だけでも余るぜ…」

 

拓海が話すエリーゼRのドライバーのテクニックの度合いに、茫然とした様子の樹、余程拓海の腕を買っている様子だ…それも無理は無い。

 

「それで車種なんですが…ロータス・カーズのエリーゼで、トヨタの2ZZ-GEエンジンの音がしましたから2代目のRモデルですね。色は黒でした」

「ろ、ロータス?ロータスってイギリスのメーカーだろ?日本の峠に外車なんて似合わないだろ普通」

「いや、そうとは限らないぞ樹。外車、と一纏めに言っても色々なタイプがある。エリーゼはその中でもライトウェイトスポーツというカテゴリに入る奴で、いわば日本車におけるトレノ86やロードスター、MR-Sと同様、いや、軽さで言ったらそれらをも凌駕しているぞ」

 

樹の疑問に答える池谷、かなりの車マニアの様だ、が…

 

「だけど黒のエリーゼRか…悪いけど、そんな走り屋は聞いた事が無いな。拓海の話からして有名になってもおかしくはない筈だが…まあ、新しい情報が入ったら、伝えるよ」

「そうですか…すいません、急に無理難題押し付けて」

「いやいや、構わないさ。エリーゼRというハイスペックな車を、拓海が興味を持つほどの腕前で乗り回す走り屋…俺達じゃ敵わないかも知れないが、是非会ってみたい物だ」

「店長、何弱気な発言しているんすか。俺達だって10年も前から、拓海の背中をただ見ているだけじゃ無かったでしょ」

「樹の言う通りです、池谷さん」

 

会った事が無いばかりか、今初めて知ったという様子の池谷だが、まだ見ぬ走り屋の存在に興味を沸き立たせる。

それは樹も、情報を提供した拓海も一緒だった…が、

 

「だが、嘗ては関東一円の峠にその名を轟かせ、今やプロのGTレーサーにまでなった『秋名のハチロク』拓海と引き分けたんだぞ?俺達の腕も確かに上がったが、善戦が精一杯だろう」

 

今このスタンドで談笑している3人のうち、店長と店員という立場でガソリンスタンドに勤務している池谷と樹が、秋名ダブルスリーラインを本拠とした関東有数の走り屋チーム『秋名スピードスターズ』のダブルエースで、BRZのドライバーである拓海が…あの関東最強のダウンヒラー『秋名のハチロク』として伝説にもなっている、藤原拓海…この3人が1人の駆け出しの走り屋、條治に興味を持った事で、條治の走り屋としての運命が動き出す…!


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