表現や構成を一部変更しました。本編に影響はないので、新規の方がちょっと取っつき易くなっただけです。
【ヒトコト】
あと、狼さんとロキの関係が協力関係であることを強調させていただいてます。自分が何も考えていなかったがために、変更前の文では狼さんがロキを主にしていたかのよう表現になっていました。飽くまで、九朗様の行方が分かるまでの、協力関係です。すみません。
――鼓動。
懐かしき音なり。
――狼よ、我が血と共に生きてくれ…
いや、主の音色だったのだ。かの鼓動は…。
嗚呼、懐かしき。
「最後の不死を、成敗いたす」
これより、自らの首を絶とうという刀を、不死を絶つ刀を目する。
禍々しき緋色の気配を感じる。否、緋色には『自ら奮起して
「人として、生きてくだされ」
自らの首を、命を、不死を、竜胤を、――絶った。為すべきことを、為したのだ。
葦名の城、水手曲輪、橋の下に隠された通路の先では、最後の
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黄昏の館門前、遠征から帰ってきた団員を迎え入れた後、二人の男の話声が聞こえる。
「団長が連れ帰ったあの怪しい男、特に枷などしてなかったが、構わないのだろうか」
「大事ない。目立った武器もなく、気力すらない顔色だった。アイツはもう、ただの腑抜けだと思うが…」
「まぁ、遠征帰りとはいえ、此方には高レベルの冒険者に、リヴェリア様もいる。内部からどうこうという謀はないだろうな」
「そうだと、いいのだがな…」
館内部、主神の部屋にて、その部屋の主、団長、副団長、そして薄汚れた橙色の外套、白妙の襟巻を身に付けた男が、妙な空気の中で互いを窺い合っていた。
「はぁ、やっと遠征から帰って来た思たら…。フィン、説明聞かせてもらうで」
「さっきも言った通り、帰る途中で見つけたんだ。半ば膝立ちの様な姿で立ち尽くす彼をね。どうにも様子が変で、放っておけなかった」
「どうやらこの
「…や、そうやけど。なんか言うことあるか?」
「……」
リヴェリアの言う通り、薄汚れたヒューマンは唸るばかりだ。それを見かねたこの部屋の主、ロキは呆れて言った。
「そもそも、記憶ないからって付いてくるか普通。汚い恰好で上がり込んでくる、感謝もない、わきまえへん、神やから驕る態度で言わしてもらうけど、自分常識ないんとちゃうか?」
「…おいロキ、言い過ぎだ」
リヴェリアは自らの主神を宥めるようにして言う。
「そうだ。連れてきたのは僕なんだ、文句は僕が聞く」
「…可愛い子にそう言われると、なんも言えへんわ」
「寛大な態度に感謝するよ」
「ンにしても自分、名前ぐらいは覚えてるやろ…さすがに」
ロキは橙色の薄汚れたヒューマンに問う。
「……言えぬ」
「言えぬって…ぁあ頭おかしいんとちゃうか!」
ロキは両手をぶんぶんと振り、今にもこのヒューマンに殴り掛かりそうだった。そしてそれをリヴェリアが止める。
「な、何かワケがあるのだろう。そうカッカするな」
「ワケって、そんなもん怪しい事情に決まっとる。フィン、コイツを今すぐ追い出しぃ!」
「まぁまぁ、決断するには時期尚早じゃないかな、ロキ」
「にしても、名前が言えぬというのは些か怪しいと疑われても仕方がないことだが。どうなのだ?」
怪しい
「……狼と、そう呼ばれていた…」
「オオカミ…ねぇ。どうやら名前は覚えてるらしいな、オラリオにはいつ来たんだい?」
「……覚えておらぬ」
オオカミ、家にも狼人がいるが…全く性格が違うな。とフィンは感じる。そしてオラリオにいつ来たかも覚えていない。
フィンは、ロキに視線をやる。
「奇しくも、覚えてへんっちゅう言葉に嘘はない。ママの言うた通り、記憶がないんかもな…」
まだ深くは探っていないが、記憶がないということの確証を得たためロキは暴れるのを止めた。
「それでは、主神の名は言えるか?」
「…言えぬ」
フィンとリヴェリアは「ふむ。」と唸る。主神の名が言えないのは、何か後ろめたいことがあるからなのか、そもそも覚えていないのか、それとも別の何かがあるのだろうか。フィンは先と同様、ロキに視線をやる。
「……いや、言えぬも何も、自分ファミリアに所属してないやん」
「えっ、そうなのか」
驚くのも当たり前だ。ファミリアに所属していないということは、神の恩恵を得ていないということ。対し、ダンジョンにて立ち尽くしていたのだ。その余りにも現実離れした矛盾を、一体誰が信じられようか。
「まぁ、ダンジョンにおったことは置いとくとして…。明らかに神の恩恵が刻まれてる気配がせん。これはまぁ、そういうこっちゃな」
「驚いたな、ギルドやダンジョンの入り口で止められなかったのかい?」
「……」
狼と自称するヒューマンは唸る。答えが返ってくる前に、主神が冷たい言葉で言い放った。
「もうええよ。フィン、追い出しても」
「お、追い出すのかい?記憶が曖昧でホームの無い人を。路頭に迷うのは目に見えていることだと思うけど」
「ウチらには関係ない。只でさえ遠征終わりでクソ忙しいのに、ミノタウロスの件もある。そんな奴にかもうてられへん」
ロキには、感じ取るものがあった。それが善たるものか悪たるものかはわからないが…。
聞く話によると、このヒューマンは武器も何もなく只ダンジョンの中で立ち尽くしていたという。そしてフィンたちに拾われ今に至る。
ロキが思うに、神の恩恵を持っていない者が、ギルド職員やダンジョン入り口で人の目を抜けることはほぼ不可能に近い。軽装なり重装なり、鎧を着ているならまだ誤魔化しが利くかもしれないが、このような目立つ橙色の外套に…――この義手はなんだ。
人のそれを模した偽骨を軸に、何やら怪しい仕組みが施されている。よく見ると、血や油のようなものもこびり付いている。――怪しい…。
故に、このようなヒューマンを自分たちのホームに置けるわけがない。
「ロキ、いつからそんな保身に回るようになったんだい?」
「なんやて?」
フィンは呆れたようにロキに言う。ロキは、弁明するかのように話し出した、説得力を持って、論理的に、現状も兼ねて。
「あのなフィン。気持ちは分からんでもないけど、デリケートな問題なんや。さっきも言ったように、遠征終わりで忙しい、ミノタウロスの件もある、他ファミリーの目のことも、ギルドのことも。ほんで、こんな奴拾って一体何になんねん」
一拍空けて、冷ややかな声でロキは言った。
「……団長はフィンやけど、この意見だけは曲げられへん」
至って論理的で、至って説得力のある意見だ。そしてそれを、狼は只目を瞑り、聴いていた。
しかし、団長であるフィンは至極論理的ではない意見で突っ撥ねる。
「ロキ、キミは何故下界に降りて来たんだ。なぜ家族を創ったんだ。なぜ、力を捨ててまでも好奇心を優先したんだ」
「…そりゃ、その方が面白いから…やけど」
「僕たち子どもにはその気持ちは分からないけど。どうだい…面白いと思わないかい?このヒューマンを家族に迎え入れること…」
「なッ!? 正気かフィン!」
ロキは、その言葉がロキ・ファミリアの団長であるフィンから出たものだと信じられなかった。横目には、少し目を見開くリヴェリアの姿が映る。
そして、畳みかけるようにフィンは続けた。
「そして現状、ロキが追い出すと言った瞬間。僕の親指が酷く疼いている。彼を追い出すことは危険だと、そう言っているように感じるんだ」
「……」
「神の恩恵なしでダンジョンに居たことも気になるし、記憶が欠けていることも気になる。路頭に迷って死なせるよりか、よっぽど有意義な選択だと思わないかい?」
今度はロキが唸る。隅で何か言いたげな狼のように。
「……わかった。フィンの意見を優先する。子どもを優先すんのは、親の使命や。それに、大切なもん…思いだせたわ。せやな、好奇心も…大事やな」
「…ありがとう。ロキ」
「でも、条件がある。ちゃんと、誰かがそのオオカミっちゅうやつを監視することや。出来れば幹部、譲歩してレフィーヤとかラウルみたいなしっかりもんがええ」
「レフィーヤがしっかりしているかどうかは置いておくとして、わかった、寛大な処置に感謝するよ」
しかし、ロキは大切なことを聞いていない。それは、狼自身がどう思っているかだ。現状、ロキとフィンが勝手に話を進めただけである。
「…ちゅうことや。オオカミを家族として迎え入れるで」
ロキ・ファミリアとしての意向が決まったところで、狼は口を開く。そしては発せられた言葉は、あまりに場の空気を読まないものであった。
「……できぬ」
「はぁ!?」
ロキは驚きを隠せない様子だった。
このオオカミという
「我が主を、探さねばならぬ」
「その、主と言うのはなんだ?」
今まで黙って聞いていたリヴェリアだったが、ここで口を開いた。
「主を、探さねばならぬ」
「主て、じぶんは神の恩恵を受けてへんはずや…」
ロキは神だ。そして、神だからこそ知り得る次元の情報があり、神だからこそ使用しうる力がある。それは、神の恩恵や嘘を見抜く力だ。
だからこそ謎だった、神の恩恵を受けていないのであれば、ファミリアに所属し、神を信仰している可能性は低い。ならば、この
「……なるほど
誰にも聞こえない声、心に空いた毛程の穴から漏れたようなそんな声だったが…、それはロキが察したことを示す声でもあった。
どれだけロキ・ファミリア側の考えがあろうが、これは狼にとっての使命であった。為すべきことを、為す。そのために、九郎が人に返るために自刃したのだ。不死を絶ったのだ。もしそれが失敗し、このような訳の分からないところで家族になれというのは、狼には到底理解できない話であった。
一時は驚きを隠せない様子のロキであったが、フィンに『好奇心』をルネサンスされたロキはとある情意を感じていたのだ…、自分はこの状況をひどく楽しんでいる、震えている。地上に降りて、家族を作って、共に迷宮を攻略し、共に笑い、泣き、出会い、別れる。神にとっては一種の惰性とも思われる人間的作業の中で、これほどのイレギュラーが起こり得るものなのか…。
フィンによって呆気なく感情を動かされたその衝動の根源は、――まさに
知りたい、唯知りたい。だから、まずは本人から聞くのだ、自分の知りたいがままに。
「ま、じぶんに本当の主がいるっちゅう話に嘘はない。せやけど、ほんまに此処にじぶんの主はおるんか? 因みにやけど、此処がどこか知っとる?」
狼が目覚めた時、そこはただ真っ暗な洞窟の中であった。須臾の間、自分は葦名の底にいるのかと思ったがそうではない。本来なら感じるはずの微かな毒の気配や火薬の香りがなかったのだ。
「……わからぬ」
「ま、せやろな」
「…………」
狼は唸る。
「ええか、此処は迷宮都市
ロキは狼の反応を見て、察したことを確信に変えた。オラリオの事を知らない者など、この世界にはほとんど存在しない。もし存在するとするならば、余程学がないものか、田舎者か、或いは…。
しかし、今のロキにとって狼がオラリオの事を知っていようが知っていまいがどうでもいい。
今は、この噛めば噛むほど味の出る肴を少しでも知りたいのだ。本来ならば、全知であっても知ることのできない領域の世界を。
しかし、一つ問題点がある。それはこの事実がほかの者や神にバレてはいけないということだ。なぜなら、これはオオカミが神の恩恵なしにダンジョンで発見されたことを知っているという前提のもと、道化の勘の良さが相まって手に入れた甘味だ。他の誰かに取られるのは我慢ならん。
だから、ロキは狼に提案した。
「ん……ならわかった、こうしよや。オオカミの主っちゅうのが見つかるまでオオカミの身を預かる。それまでは…しゃあなし、こっちが調べることにしよ。それでええか?」
狼は、自分ひとりで主を見つけ出すという思いを…棄てた。それはエマ殿に助けられたように、仏師殿に助けられたように、一時、一心様に智慧を頂いたように。自分独りではどうにもならぬことも、理解していた。そしてそれは、この左腕の痛みがよく知っていることだった。
狼にとって、此処は知らない土壌。故に、確たる行き先が見つかるまでは人の知恵を借りようと思ったのだ。
「…忝い」
「なんやえらい素直やないか。ほな、オオカミの主っちゅうのが見つかるまでの協力関係や。何もウチがお前の、いやオオカミの主やとは言わへん。でも、恩恵は授けさせてもらうで、気に食わんと思うけど、家族っちゅうのはそういう決まりや。ええな。」
狼はロキに対して初めて肯定した。
「…わかった」
「ん。……ほな準備できたら呼ぶから。フィン、オオカミに部屋、適当に紹介したって」
くれぐれも怪しい動きを見逃さないように、そんな目線を送られるまま、フィンは了承した。
ステータス、武器、その他諸々気になることもあるが、ソレはまた後のことになるだろう。今はなんせ…忙しい。
フィンは適当に空いた部屋を狼に紹介すると、一緒に部屋の中に入り、しばし話した。
「ここでいいかな、住む分には不自由はないと思うけど…」
「…忝い」
「いや、いいんだよ。連れ帰った手前、雑な対応はできないからね」
「……」
口が堅いのだろうか、何か隠しているのだろうか、それとも、普段から口数が少ないのだろうか…。フィンの中で色々な考察が為されるが、全ては空論に過ぎない。これから、知ればいいのだから。
しかし、狼には言っていないことがある。それは他の家族とは離れた場所に狼を紹介したことだ。それは、狼に不要な心配をさせない意味と、メンバーに不要な混乱を招かないようにすることの、両面の意があった。
フィンは、部屋から出て行った。ロキに釘を刺され、ドアの前で聞き耳を立ててはいるが…。
そしてその気配に、狼もまた気が付いているのだった。
狼は、結跏趺坐の様で座し、半ば瞑想のような形で腰を床に落ちつけた。そして座す一瞬。
――チリン。と、どこか儚げで、それでいて温かい、そんな鈴の音色が漏れる。
腰の隙間から鈴が姿を現し、それを目す。
「……九郎様」