ところでみなさん。料理の"つなぎ"ってご存じでしょうか。そうです。ハンバーグやつくねをまとめたりするためのアレです。つなぎ自体、パン粉や卵を使いますが、それがないと材料が纏まらなかったりして具がポロポロと落ちたりしてしまい、完成品の品質が著しく落ちてしまいます。
何が言いたいかというと、まぁ"つなぎ"よろしく、"繋ぎ"も大事だということです。
前回の誤字報告、感想、ありがとうございました。感想も適宜返していくのでよろしくお願いします。
【ご報告】
お世話になっております作者です。お気に入り登録、高評価、感想など、ほんっとうにありがとうございます!
白く、幼い兎は逃げる。
対し、追いかけるは獅子のような大猿。
両者共々、双眸を紅にして街中を駆けた。違いがあるとすれば、片方は必死で逃奔する目であり、もう片方はどこか興奮したような目で明らかな殺意を纏っていた。
兎が逃げ延びた先、そこは一段低い窪地になっており、半ば行き止まりのようになっていた。
大猿は何処かから逃げてきたのだろうか、手には千切れた鎖、顔面には口と目を覆うように轡が装着されていた。しかし不幸にも、その大猿は千切れた鎖さえも己の武器とした。普段の拳よりも射程の長い鎖を巧みに扱い、兎を弄ぶかのように、逃げ道を無くすかのようにして鎖を叩きつけた。
鎖の攻撃が兎の眼前に繰り出される、衝撃を受けた地面は崩れ、地面を構成していた岩が細かくなって飛び散ちり、その衝撃で兎は尻もちをついた。
追い詰めたとばかりに、大猿はその大きな影を小さな兎に被せる。その巨大な顔を兎の顔に近づけた。その大猿の顔は、ちょうどその兎の全長と同じくらいの大きさだった。そして、これで終わりだ、これでとどめを刺すというかのように、兎に向かって吠える。
しかし、兎の顔は怖気づいてはいなかった。寧ろ安心していたのだ。なぜなら、兎には守るべき
「…うまく、逃げてくれたかな」
兎は、そう呟いた。
そうして大猿は拳を振りかぶり、とどめを刺さんとするするのその直前。
兎には、眼前の大猿がかの大牛に重ねられたのだった。そして、大牛を思い出すと、いつも連動して思い出されるのはかの剣姫の影だった。兎は同時に思う、今回は、その憧れの存在も守ってくれはしないだろうと。
まだ憧れに届いてはいない。まだちゃんと話したこともない。まだ生きたい。はたして確かにそう思ったのかどうかは定かではないが、そんなことはどうでもい良いのだ、そう思うことで、兎の足が動けば。
尻もちをついている体勢から立ち上がろうとしたその時、目の端に見慣れた神の姿があった。
「ベル君!」
その声に反応した大猿は、兎に拳を振り下ろすのを止め、神の方を睨み、何やら興奮したような姿で口をパクパクとさせている。大猿は神のほうに向き直り、そちらに向かおうとした。
その時ばかりは、兎の足も動いたのだった。
「神様!どうして…」
神を助けんと、窪地のほぼ対角線の位置にありながらも、懸命に駆けた。
「ッ!?」
しかし、先ほど抉れた地面の破片だろうか。不幸にも、少し大きな石に躓いてしまう。まだ足は強張っていた。だがそんなことは構いもしない。大猿は神に向かって走り出す。ついには拳を振り上げた。
兎が躓かなければ、今頃は神を間一髪のところで押し出し、運がよければ二人共助かっていたかもしれない。
拳が振り下ろされるその時、甲高い金属音と共に火花が散った。
誰かが、誰かが神の前に立っている。どうやら彼が助けてくれたのだろう。細い刀身を柳に構え、大猿の鎖を弾いたのだった。
汚らしい橙の外套、濁った白妙の首巻。狼だった。
兎の、もう一人の憧れ。
「…あなたは!!」
兎は双眸を広げ、ただ時間が止まったように感じていた。
しかし、その間にも攻撃は止まらない。
大猿はもう少しの所で邪魔をされ、怒っている。拳をもう一度振り上げ、叩き落す。しかし、また火花を散らして弾かれる。大猿は少し仰け反った。その間に、狼は左手を大猿の目に向け、なにやら魔石のようなものを発射した。
魔石はあわや眼球にというところで、目と口を覆う轡によって防がれてしまう。魔石は轡の金属の部分に弾かれ、甲高い音を立てる。この距離からの攻撃は意外だったのか、大猿は少し怯んだ。
狼の重々しい口が開く。
「……今だ」
風に流されてしまいそうな小さな声、それでも兎には
兎は立ち上がり、地面を蹴って駆けた。
呆然としている神を抱え、路地の向こうへと逃げたのだった。
獲物に逃げられた大猿はさらに怒り、力任せに暴れる。鎖などの副次的な武器なぞ気にも留めぬ、己の拳と足、そしてその巨体を使って縦横無尽に暴れた。
狼は自分の脳裏にとある情景を思い出した。
鉄砲砦の奥、土着の神によって崩された橋下の湖を越えれば、そこには大きな大きな谷がある。その谷の両方の岩壁には、見上げてもその全貌が見えないくらい巨大な仏が立っている。それもたったの一尊だけでなく、谷の端から端までズラッと並んでいるのだ。
ただし注意が必要なのは、その仏を拝もうとして足を滑らすと、谷の底まで真っ逆さまに落ちてしまう。また、運良く生きていたとしても、その真下は毒沼である。さらに運のいいことに生きていたとしても、そこには山賊のような猿共が群れを成して生息しているのだ。
その谷の名は菩薩谷。文字通り、菩薩が並んでいる谷であるから菩薩谷である。しかし、その菩薩谷を抜けても安心してはならない。その先には、獅子のような猿の水飲み場がある。運が悪ければ獅子猿に遭遇し、食い殺されてしまうだろう。
狼は目の前の大猿を見て、獅子猿を思い出していたのだ。
大猿は暴れる。地面に腕を叩きつけ、足で空を薙ぎ、駄々をこねる子どものように暴れているのだ。そして、確実に狼を殺しにかからんとする攻撃だけ、狼は弾いて見せた。そうして狼自身が目標だと思った瞬間のことだった。
「……!」
大猿は軽々と狼の頭上を飛び越え、逃げた兎と神を追いかけて行ってしまったのだ。狼は小さく困ったように唸り、また鍵縄を屋根に引っ掛けてその猿を追った。次に狼が大猿を発見したとき、大猿は家や廃れた出店を破壊しながら進んでいた。路地を雑に縫うようにして進み、洗濯のために家から家へと這わしてあるロープを千切りながら、逃げる兎の影を追っていたのだ。
一方、追いかけられていたはずの兎とその神は、度重なる区画整理で迷宮のようになっているダイダロス通り、その隠された道の奥に居た。そして神が自分の子どもを思って作られたとあるナイフを受け渡していたところだったのだ。
「…これは?」
兎は驚いた顔でそのナイフを眺めていたのだ。しかし、眺めるその目には、確かな輝きがあった。
「これは君の、いや。僕らの武器だ。名付けて、――ヘスティア・ナイフ!」
神は続ける。
「僕が君を勝たせてやる。勝たせて見せる!」
兎は、神がこんなにも自分を思ってくれていることに対し、涙がこぼれた。
曰く、漆黒のナイフは成長する。使用者と共に成長するのだ。
故に、ステイタスの更新が必要不可欠。今のままではこの漆黒のナイフはただの鈍同然。
「ベル君よく聞いてくれ。そのナイフにはステイタスの更新が必要で――ッ!」
その瞬間。地面が揺れる。あの大猿がやってくる。
そしてその後ろから、屋根を飛び越えて追ってきてくれた者の姿も見える。
神は呟く。
「さっきの…オレンジのコートに、白いマフラー、やっぱり…君がロキの所の……」
兎はまた神を抱えて、通りの奥に向かって走った。
そして大猿もそれを追いかける。
神は兎に抱えられながら話す。
「今のままじゃこのナイフは使い物にならない。ステイタスの更新が必要なんだ!」
「でも神様、そんな時間はどこにもないじゃないですか!」
兎の言う通りである。大猿はすぐ後ろまで迫ってきているのだ。
そして大猿はまた拳を振り下ろす。すると、拳についている鎖が兎たちを捉えんと振り下ろされる。
カンッ!と、金属と金属がぶつかる音がした。何とか追いついた狼がその攻撃を防いだのだった。
神は兎から降り、口を開けた。
「…君がロキの所のオオカミ君だね」
「………」
狼は大猿の方を向いている。故に、神には背中を見せているが、頷いているのがわかった。
すると、神は地面に頭をぶつけるようにこすりつけた。この姿に、狼も少し困惑する。
「かっ神様ッ!?」
「頼む!オオカミ君!、僕がベル君のステイタスを更新するまでの時間を稼いでほしい!君もレベル1だ。なにも倒せとは言わないし言えない!だけどどうか、逃げ回っているだけでもいい!どうか時間を稼いでほしい」
これは、とても傲慢な願いだった。別のファミリアの神がほかのファミリアの団員に、それもレベル1の団員にアレを相手してほしいと願っているのだから。それは、運が悪ければ自分の願いが彼を殺してしまうことになるかもしれないという危険性を孕んでいた。
しかし、神ヘスティアにも希望はあった。あの攻撃を何回も防ぎ、此処まで追いかけてくれた狼には、レベル1とはいえ賭けれる何かがあった。また、逃げ回っているだけでもいい、時間を稼ぐだけでもいいという言葉は、最低限狼を生かすための、神の配慮でもあったのだ。
そして、そんなことは知ってか知らずか…。
「……承った」
その瞬間、神の顔を花が咲くように晴れた。
「あ、ありがとう。このお礼はちゃんとするから!……ベル君、急ぐよ!」
「は、はい!」
そう言って二人は狼の後ろでステイタスの更新を始める。
狼はこの土地の者が土下座をしているのを見て少し困惑した。そして今、後ろで鬼仏に祈っているときのような蒼白とした光が広がり、二人を包み込んでいた。
あの時、豊饒の女主人という居酒屋で、壮大な異国の冒険譚を聞いた。そしてそんな冒険をしたとある人に、密かに憧れを寄せていた。
――自分もそんな冒険がしたい、と。
ベルの憧れの存在はこの時二人になった。でも、だからこそ。だからこそだった。
自然に、かの剣姫の後ろ姿が脳裏を過る。そしてすこし横を見やれば、また自分のために憧れの存在が猛攻を防いでくれている姿が見えるのだった。
「神様…僕、このままじゃダメなんです」
神は、兎のこぼれ出したような言葉を聞いて静かに頷いた。
ミノタウロスに襲われたとき、剣姫に助けられ、憧れの存在になった。豊饒の女主人で異国の壮大な冒険譚を聞き、その語り手が憧れの存在になり、今はまたその憧れの存在に命を助けられようとしている。
そんな気持ちを察してか、神は兎に返す。
「だから言っただろ、ベル君。僕が君を勝たせてやる。憧れの存在の隣で戦えるくらい。いいや、彼らを追い越してしまうくらい強くしてやる。このナイフと君には、その力がある‼」
神は続ける。
「信じてくれ、このナイフを!信じてくれ、この僕を!さぁ行け、ベル君!」
神は自分の子どもを鼓舞するように、その背中を強く叩いた。
「…はい!」
力強く押し出された兎は、鼓舞してくれた気持ちを力に変えて地面を強く蹴る。
そして狼の隣に並び立った。
「オオカミさん、お待たせしました!」
「………」
狼は静かに頷く。しかし、その間も獲物から視線は離さない。
大猿は兎に向かって鎖を放つ。……しかし。
狼と同様、そのナイフによって鎖は弾かれてしまった。
兎は驚く、そのナイフの力に。
「…これは」
「それが今の君の力だ。ベル君!」
遠くの影から、自分の神の声が聞こえる。
そんなことは知らないとばかりに、大猿は次の攻撃を繰り出す。しかし、紙一重のところで兎は避け、その腕を足掛かりに大猿の顔へと攻撃を繰り出した。
すると、大猿の目を覆う轡がとれた。大猿も煩わしいと思っていたのか、口から轡を吐き出し、兎と狼に向かって吠える。
そんな中、狼は静かに口を開く。
「……飛べ」
兎はその言葉を聞いた瞬間、無意識に飛んでいた。
下を見ると、兎と狼がいたはずの場所に、大猿の大きな腕が地面を薙いでいた。あのまま飛んでいなかったら、半ば視界外からの攻撃にやられていただろう。今頃は壁に体を叩きつけられ、内臓をやられていた。
また狼が口を開く。
「…胸に突き刺せ」
兎は一瞬、何を言っているのか理解ができなかったが、このナイフをあの大猿の胸に突き立てろと言うことなのだろうと理解した。
しかし。
「…あの胸の防具が邪魔で――」
そう言い切る直前。
「……信じろ」
狼は、小さくそういった。
――信じる。
このナイフを、神を、己自身を、そして狼を信じる。
兎は、自然と力が湧いた。そして、その大猿の胸めがけて駆けたのだった。
駆ける兎の左から拳が飛んでくる、しかしその拳が届く直前、何か魔石のようなものが大猿の目を直撃した。当然、拳が兎を襲うことは無く、その手は猿自身の目を覆っていたのだった。
しかし、大猿の胸につけられているチェストプレートが邪魔で、今このナイフを突き刺したところで到底致命傷にはなりえない。
そんな心配も束の間だった。
兎が大猿の胸を突き刺す直前、魔石ではない何かがベルの横を通り過ぎ、大猿のチェストプレートを斬りつける。すると、その装備は縦に割れて落ちる、大猿の胸は無防備となった。
「…秘伝、竜閃」
だが、その声は誰にも届かない。
兎は無我夢中に駆け、その胸に漆黒のナイフを突き立てた。神のために、思いを乗せて。
しばらく、虚無の時間が過ぎた。それは一瞬の事ではあったが、確かな手応えを感じて振り返ると、獲物は苦悶の表情を浮かべ、黒い霧となって霧散した。
そしてそれを確認した兎の神は、先ほどまで隠れてた岩の影から出てきたのだった。
「ベル君!」
そういって我が子に抱き着く。どこから見られていたのだろうか、路地や家の窓から、ここらに住んでいる人たちが顔を出して拍手を送ってくれる。
小さな兎はすこし照れ、こんなことをしている場合ではないと我に返る。
「お、オオカミさん!あ、ありがとうございました……あれ?」
そう言って狼を探した時には、もう既に彼はいなかった。
とある路地裏。
金髪の彼女は一仕事終えた狼と話していた。
「ティオナたちが探してた。独りじゃ危ない」
「……忍びなれば」
狼はそう返す
「…?」
アイズはその言葉が理解できなかった。そしてもう一つ、気になったことを静かに聞いた。
「斬撃、どうやって飛ばしたの?」
「………」
納刀した構えから、何よりも早く抜刀し、高速で斬り下ろして真空波を繰り出す技。
――秘伝・竜閃
剣聖の葦名一心と最後の戦いを繰り広げ見事勝利したとき、幾度も見た技は自然と狼に引き継がれていた。まだそれそのままとは言い難いが、いずれはあのように斬撃を飛ばせるようになるだろう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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