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最後にはなりますが、いつも誤字報告をなさってくれる方々、本当に助かっております。誤字報告をするときに、どうしてこんなに間違っている箇所が多いんだと疑問に思っておりますが、皆さまのおかげでなんとか最低限見てもらえる作品になっております。感謝!
私の名はソメイ・吉野。由来は極東のとある花だと、後になって知りました。
何分、物心つく前からお母さんにそう呼ばれていたもので、自分の名前の由来なんてものは少々大きくならないと気にならないものです。
田舎の辺鄙な村で生まれました。お母さんはその辺鄙な村の、それも小さな店の薬師。お父さんは冒険者だったのですが、私が生まれる時にはもう亡くなっていました。兄弟には、上に四つ上の兄がおり、その兄が大好きでした。
私も幼い頃、自分の人生はなんとなく大好きなお母さんのお店を継いで、なんとなく大好きなお兄ちゃんと結婚するのだと思っていました。
そんな私にも、小さい頃から好きな物がありました。こんなこと、どこにでもいる女の子のありきたりな趣向だとは思いますが、私は花が大好きでした。村には四季折々の花が咲きますが、そのすべての名前を言えるぐらいには。
そしてそれは、お母さんが私にくれた財産の1つでもあります。貧乏な村の貧乏な薬師。花の図鑑を買うことなんてできませんし、辺鄙な村故に、そう言った賢い学者さん達が寄ってくださる、なんてこともありませんでした。だから私が出来る事と言えば、お母さんとお散歩をするときに、この花はなんだと質問する事だけ。
そうして過ごしていく内、すこし大きくなって、夢ができました。
「ねぇ、私が生まれた極東の国にはね、あなたの髪の色とおんなじくらい、綺麗なピンク色を咲かせる花があるの」
――桜。
私はお母さんからその話を聞き、その桜という物を見たいと思うようになりました。それが私の夢。
その話を聞いてからというもの、自分の髪が大好きになりました。綺麗な綺麗なピンク色。
寝るとき、蝋燭の明かりに揺られながら、自分の髪を捩じって遊んでいたのをよく覚えています。
そしてもう1つ、私には小さな夢ができました。
それは、お母さんの薬屋を手伝って店を大きくすること、そしてその大きな薬屋の半分を花屋にして、薬屋をお母さん、花屋を自分が営むということでした。
今考えればバカげています。皆自分の生活でギリギリなのに、わざわざ花なんて買おうとしません。
それでも、そのバカげた夢のおかげで、私は辺鄙な村の辺鄙な村娘にならずに済んだのかもしれません。
話は変わりますが、幼少期にお兄ちゃんと一緒に遊んでいたことをよく覚えています。考えてみれば、お母さんのお店を少しでも手伝ってあげればよかったのかもしれません。それでも、時間を忘れて村を駆けまわっていました。
春の暖かい風が気持ちいい日、お兄ちゃんがとある遊びを思いつきました。道の真ん中で遊んでいる時、お兄ちゃんは徐にしゃがみ込み、地面に何やら不思議な模様を描き始めます。
「俺がこの綺麗な石を村のどこかに隠す!お前はそれを見つける。いいか、宝探しだ!」
兄が地面に書き込んでいたのは村の地図でした。川、自分たちの薬屋、村の真ん中にある大きな枯れ木。拙い物ではありましたが、幼い私にとっては十分すぎる情報でした。
目を瞑り、数分待った頃でしょうか、駆け足が土を蹴る音が聞こえてきます。兄が石を隠して戻ってきました。そして私の肩を叩く。
「もういいぞ」
はぁはぁと、整い切っていない息でそう言います。
目を開けると、肩で息をする兄がニヤニヤとしながら地面に書いた拙い村の地図に星のマークを書き込みました。
「さぁ、お前に見つけられるかな」
私は立ち上がり、ワクワクしながらその地図をのぞき込み、星のマークの書き込まれた場所を見ます。
鼻息を荒げて周りの景色と地図を比較していたのでしょうか、兄はより一層ニヤニヤとしていました。
そしてようやく見つけました、星のあるところは私たちの自宅。まさか初めから自分の家には隠さないだろうと思っていました。まるでかくれんぼで鬼の後ろに隠れるような、そんな意表を突いた宝探し。
だから兄はニヤニヤしていたのでしょうか。
自宅に戻ると、その石はお母さんが持っていました。私が戻ると、お兄ちゃんがこの石を自分に渡したと、不思議そうに私に見せてくれました。
後からついて来た兄が、「隠しといてって言ったじゃんかぁ」と、お母さんに散々文句を言っていましたが、お母さんはもう晩御飯だからと軽くあしらい、私たちに手を洗わせます。
その日、私は誕生日でした。特段、晩御飯が豪華であったり、何か菓子があるわけでもありませんでしたが、お母さんは私に桜の花びらのブローチをくれました。もちろん、高価なものではなく、お母さん手作りの、布製のブローチでした。
布とはいえ、ピンク色の桜の花びらが立体的に表現されているため、私はそこで桜という物がどういった花を咲かせるのかを知り、そのブローチを宝物にしようと心に決めました。本当にうれしかったことを覚えています。
次の日、何を思ったのか、私はそのブローチを服に付けず、髪留めの様にして前髪に付けていました。見かねたお母さんはブローチとしてではなく、髪留めとして加工してくれました。今思えば、なぜそうしていたのかはわかりませんが、髪留めとしての方が、私のピンク色の髪とよくマッチしていたように思います。
そこから何年経ったでしょうか、何年経ったと言ってもまだまだ子どもでしたが、お兄ちゃんがあまり宝探しで遊んでくれなくなりました。肝心の兄は何をしていたかというと、村の同い年くらいの男の子たちと冒険者ごっこっをしていました。枝を片手にチャンバラをし、倒木や切り株をモンスターに見立てて戦っていました。
退屈になった私は、ずっとお母さんの薬屋を手伝っていました。モンスターのいない村のはずれで薬草を取ったり、それを調合したり。この時の経験は今でも役に立っていると思います。
そう考えれば、私は薬師としての母親の背中を見て育ち、兄は亡き冒険者の父の背中を追いかけていたのだと思います。
それでも、私はあの宝探しのワクワクを忘れることができませんでした。だからある日、兄が誰とも遊んでいないときにねだりました。
「…宝探しか。いいぜ、その代わり、宝はお前のその髪留めだ!」
そういうと兄はガハハと豪快に笑いながら、私の髪留めをそっと取ります。今までの宝探しでお宝を見つけられなかったことは無かったので、私には自信がありました。
また私は目を瞑り、兄が肩を叩いてくれるのを待ちます。
昔宝探しをした頃より、少し長めに感じました。どこか遠くに隠したのか、それともどこか難しいところに隠したのか、いや、それもブラフで実は近くに隠したのか、色々な考察が頭を巡ると同時に、とてもワクワクしていました。
そうこうしているうちに兄が帰ってくる音がします。
私が地図を見ると、兄が星のマークを付けた場所は川の傍でした。
そしてその日、結局桜の髪留めが見つかることはありませんでした。川に流されてしまったのでしょうか、今となってはどうしようもないことですが、私はその晩、これまでないくらいの大喧嘩を兄と繰り広げ、お母さんにも怒られてしまいました。
その大喧嘩の数年後、兄はこの村を出ていきました。
母と私は止めたのですが、やはり冒険者の夢を捨てきれないと言い、この世界の中心に旅立っていきました。
直接見送ったわけではありませんが、兄の置手紙が、定年に直卓においてあったのです。
それから、母が死んでしまうまでに、そう時間はかからなかったはずです。兄が旅立ってからは明らかに元気がなくなってしまい、薬師の仕事にも力が入っていないようでした。数年の内に白髪が増え、気が付けば年に見合わないほど老けていました。
そしてその日。母はしわがれた声で私にこう言いました。
「綺麗な花は、枯れても美しいものよ」と。
父が死んでも、兄が旅立っていなくなっても、薬屋に力が入らなくても、私をこうして育ててくれた母は、確かに美しかったのでしょう。私は涙をこらえて精いっぱい頷いて見せました。母はにっこりと笑い、お世話になっていたお医者様と私で最期を見送りました。
その時、昔に考えていた花屋と薬屋を半分半分で営むという夢を思い出し、同時にそれが叶わぬ夢になったことを実感しました。
母の死後、私はお医者様の所で見習いとして修業する予定でしたが、私にはもう1つの夢があったことを思い出しました。
それは、桜を見てみたい、という夢でした。お医者様に相談したところ、極東に行って実際に見てみるか、もしかすると、兄の向かった世界の中心、オラリオにはソレはあるかもしれない、との回答を得ました。
私は無理を承知でお医者様に頼むと、なんと、お医者様は私の夢のためにオラリオまでの路銀を渡してくれました。
極東に行くまでの路銀はないが、オラリオに行くまでの路銀くらいは渡してくれるとのことでした。それに、なんの伝手もない極東に行くよりも、兄のいるオラリオに行った方がよいとも言ってくれました。どうやら、生前の母がお医者様を良くしていたらしく、その恩返しだったようです。
数日後、私は桜を求めてオラリオに旅立ちました。
幸運にも、途中で元々冒険者だった方々とお会いすることができ、ほんの少しのヴァリスでオラリオまで護衛してくださることになりました。幸い、モンスターや野党の類と遭遇することはありませんでしたが、安全のための投資だと思うことにしました。
その時、ファミリアや神様の事を聞きました。いえ、もともと母から聞かされていたことではあるのですが、何分辺鄙な田舎に暮らし、今日明日の暮らしの事で精一杯の私には、そんなことを考えている暇はありませんでした。
しかし、そこにはとても甘美な響きがありました。私にはもう既に失われた家族。もしかしたら、兄もそのファミリアというものに入り、新しい家族と毎日ガヤガヤと過ごしているのかもしれません。
冒険者として迷宮を探検し、酒を飲み、新しい仲間と出合い、武器や防具を揃え、新たな高みを目指し、浪漫を求める。そんな冒険者。
今なら、兄が家を後にしてまでもオラリオに向かった理由がわかるような気がします。
オラリオに着くと、私は真っ先に兄を探し始め、色々なところで聞き込みをしました。
もしかしたら、血縁ということでそのファミリアに入れてもらえるかもしれない。そんな浅はかな考えだったかもしれません。
しかし、現実はそんなに優しいものではなかったのです。
「あの…、兄を知りませんか?」
私は、アポロン・ファミリアというファミリアの門前で兄の聞き込みをしました。
兄の特徴を述べている内、門番をしている二人は顔を俯かせました。
「…嬢ちゃん、気の毒だが…」
――そいつはついこの前死んだ。
「……そう、ですか」
その言葉を捻り出すのでやっとでした。
どんな状況で、何が起こって、なにに殺されたのか、それとも事故で死んでしまったのか、それとも何かの陰謀で、その後どうなったのか。そんなことはとても聞けなかった。聞きたかったが、私の体がそうしてはくれなかった。
気が付けば、私は目の前も見ないで走り出していた。
涙で視界が揺らいでいた。
足が縺れて躓いた。
それでも声を殺して走った。
どこに向かうでもなく、ただ走った。
それが、私の表現できる精一杯の行動と感情だった。
そんな時、何かにぶつかった。
申し訳ない気持ちもあったが、それ以上に哭きたかった。
私がぶつかったのはものではなく、人だった。いや、後から知ることになるが、それは神様だったのです。
「おや、済まないな…」
優しい声だった。
そして私が泣いていると知ると、しゃがんで私の顔をじっと見て、頭を撫でてくれた。
「……とにかく話を聴こうか。どれ、家まで案内してやろう」
そうして、私は私の事を拾ってくれたミアハ様の家族になり、ナァーザという姉もできた。本当の家族じゃないけれど、本当の家族のような暖かさがあった。
お父さんは死んでしまったけれど、お母さんは死んでしまったけれど、お兄ちゃんは死んでしまったけれど。
もう一度、ここで家族を得ることができた。
本当に暖かかったんだ。
時には喧嘩することもあった。
「ヨシノ、いつだってこのファミリアを出たってかまわないんだぞ。お前は薬師としての才能もある。こんなところで燻っている場合じゃ…」
「いいです!私はここがいいんです!」
私はそう言った。
ここに来る前、お母さんの薬屋の手伝いをしていたお陰か、ここに来てもその力は役に立った。ナァーザも大好きな姉だった。いつも眠たげな顔で私の髪を綺麗だと褒めてくれた。
此処も、オラリオに来る前の村のように貧乏だった。村の辺鄙な薬屋がオラリオの辺鄙な薬屋に変わっただけだった。それでも忙しかったし、その忙しさが楽しかった。
神様は無料でポーションを配り始めるし、忙しいときにナァーザがいない時もあった。
忙しくて、楽しくて、暖かくて、自分の夢を忘れていた。桜を見たいという夢を…。
私はミアハ様に助けてもらった。ナァーザに良くしてもらった。だから恩返しをしたいと思った。私が出来る恩返し、それは今も昔も変わらない。より良い薬師となり、より良いポーションを作り、より良い店にしていくことだった。
その恩返しの第一歩は、まずは良質なポーションの研究だった。しかし材料を買うお金などあるはずもない。
そんな時、ポーションの材料はどこから来るのかというのをミアハ様に聞いたことがあったのを思い出した。
その際、ポーションの材料となる薬草はオラリオの外からの輸入、またオラリオ内で栽培している物やダンジョンから得られるというのを聞いた。また高品質なポーションは薬師のスキルやそもそもの薬草の品質によるものだとも聞いた。
それら全部を鑑みても、やはり自分で薬草を手に入れるのが一番丸いと思った。幸い、薬師とはいえ冒険者登録も済んでいるし、口頭ではあるが、ダンジョンの危険性はナァーザからよく聞かされていた。
それと、神様やナァーザを驚かせたいという気持ちもあった。だから、誰にも相談せずに早朝から準備を始め、昼過ぎには独りでダンジョンに向かった。
ダンジョンに入った時、私は怖がっていたのだろう。なれない短刀を握り締め、その手は震えていた。
薄暗い洞窟のような道を、少しの明かりを頼りに進んでいった。
本当に怖かった。でも、その恐怖の裏面には、喜び、幸せそうにしている二人の姿が見えた。そしてそれが私に進み続ける勇気を与えた。
冒険者の後ろを気付かれないように進んでいたお陰か、ほとんどモンスターに会うことは無かった。
そうして数時間かけて、たどり着いた。
大きな道には薬草がなかったから、薬草のある道の方に逸れた。
そしてその甲斐あってか、私は見つけた。良質な薬草が群生しているところを。穴場だった。誰にも何にも手を付けられていない場所。幸運だと思った。
私は目を輝かせていたに違いない。想像上で喜んでいる二人が、本当に現実になるのもそう遠くない未来の話だった。
夢中になっていた。夢中になって薬草を掴み、鞄に詰め込んでいた。
そう、だから気が付かなかった。後ろから忍び寄る影に。
気が付いた時には、私は倒れていた。
何が起きているのかわからなかった。
そして何が起きているのかわからないと自覚したとき、激痛が走った。痛む箇所を手で探ると、生暖かい温度と共に、ドロっとした感触が手に伝わった。恐る恐るその手を見ると、手のひら一面が赤黒く染まっていた。
それを見てしまったことによって、さらに激痛が走る。夥しい量の血が出ていることと、肉が裂けて捲れていることが分かった。
息ができない。
怖くて後ろを見ることもできない。恐怖で堪らずに目を閉じた。でも、それでも、目を閉じても何か歪な形のナニカが私に影を落としているのがわかった。
モンスターたちは私を嬲るように殴り、突き刺し、引っ搔いた。
痛い。苦しい。もう、楽になりたい。その時、瞼の裏には喜んでいる二人の姿は無かった。
涙とも血とも鼻水ともわからない液体を飲み込む。
私はそこで初めて死を悟った。
意識が朦朧とする。痛みも感じなくなってきた。何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。目を開けている感覚はあるが、視界は真っ暗だった。
そして真っ暗闇の中、私は大好きな花を見た。
きっと、きっとこれが桜なんだ。
満開とは程遠いけど、それは私の目の前で舞っていた。
私は手を伸ばし、それを握る。
もう死んでしまったのだろうか、まだ生きているのだろうか。それともその狭間なのか。そんなことはどうでもいい。ただ、そのピンク色の花びらが舞う姿を見て、私は思った。
――綺麗だと。
自然と口はその発音をなぞっていたかもしれないし、なぞっていなかったかもしれない。
ただ綺麗だった。
きっとこの花は、お兄ちゃんが失くしてしまった私の髪留めを取り戻してくれたんだと、そう思った。
気が付けば、私はなにも考える事ができないまま、暗闇を揺蕩う花になっていた。
――私は、枯れても尚美しい花になれたのでしょうか。
今からそちらに往きます。