隻腕の狼、続く主は道化師か   作:森本様

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ふぅ


天津麻羅・ファミリア

―――おまえさんの牙は折れかけておる。

 

その言葉が、狼の頭を堂々と巡る。

 

ある日の夢の中、仏師が狼に言った言葉だった。

 

短い夢だった。不快感もなく、夢であるはずなのに、まるでその日に在った現実のひとつの様にも感じられた。

 

「どうしたのだ、オオカミ」

 

リヴェリアが狼に問いかける。緑の髪を持つエルフは、涼しく、そしてさわやかな仕草で狼の前に立っている。

 

「浮かない顔をしているようだ」

 

「………」

 

「その眉間の皴を取ってやりたいものだがな…」

 

リヴェリアのさわやかな仕草は一転して、困惑の色に変わる。腰に当てていた自信に満ちた手は、困ったように垂れ下がる眉と共に顎に当てられる。

 

胸の中、建前だけの冷静さだけでは駄目なようだ、とリヴェリアは思う。ベートやレフィーヤに聞いた話によると、明らかに絶命した様子から桜と共に回生(生き返った)したそうだ。

 

本当の所、詳しい状況や今後の事について相談したいことは山ほどあった。しかし、あの事件の後、幹部でもない団員にそれを押し付けるのも良くない話だろう、とフィンとリヴェリアで話あった結果だった。

 

だから。

 

「まぁなんだ、一度外にでも出てみたらどうだ、なにかいい刺激になるやもしれん」

 

「………」

 

狼は静かに頷いた。

 

 ※ハクサ嵂ス、ア、キ、ソニ?ヒワク?※

 

日もまだ真上に昇りきっていない頃。太陽が石畳をじりじりと焼く匂いだけが、狼にとっては未だに慣れない匂いだった。

 

それ以外は、概ね慣れた、慣れてしまった刺激と言ってもいいだろう。

 

出店で大騒ぎする輩、甲冑を身に纏ってダンジョンに出向く輩、昼から飲み交わしている輩。狼には見分けはつかなかったが、どうやらこの土壌では神が歩き、神が飲み、神が人共に暮らすことはありふれていることのようだ。

 

気が付けば、狼は迷路のような所に迷い込んでいた。

 

ここは、ダイダロス通り、相次ぐ区画整理によって文字通り迷路と化してしまった通りである。昨日まであった道が今日には無くなり、昨日まで無かった道が今日には表れる。気が付けば自分の家の裏が隠し通路になっていたり、区画の角の住宅が知らぬ間に真ん中の住宅になっていたりする。

 

―ダンジョンが生きているのなら、この通りもまたダンジョンの様に意思を持った生き物のようである。

 

オラリオ、ダイダロス通り出身の詩人はこのように歌った。

 

()の詩人も、生まれ育った街の通りで幾度となく迷った経験の持ち主であり、未だに帰省するときは家族に通りの外まで迎えに来てもらうらしい。

 

此処に住み慣れた住人ですら迷うのであれば、(いわん)や狼も。

 

特に用もなく、言われるがままに外に出てきた狼もまた、この通りの構造に困惑していた。義手忍具に施されている鍵縄を使えば屋根の上に登れる。そこから辺りを見渡して帰ろう、と狼が思ったその時であった。

 

野太い、それでいて老けた声が聞こえた。

 

「これ、下品なことをするでないわ」

 

その声が聞こえた瞬間、狼は鍵縄を構えていた体勢からその声の持ち主の方へと体を向ける。

 

「やめなされ、品のない…」

 

声の主は呆れたように吐き捨てる。狼がその声の元を見ると、そこには声とおおよそ見た目が同じ老人が、腰を手で支えながら立っていた。背丈は小さく、目も細い、髭を携えてはいるが、髪と同様に真っ白で無造作に伸ばされている。無理やり表現するなら、古来よりイメージされる()()といったところか。

 

その仙人は髭を弄りながら狼に説教を垂れる。

 

「この通りは(さなが)ら迷路、迷路が故に自分を見失いやすい」

 

老人は狼に近寄りつつ続ける。

 

「じゃが…()()()()()()()()()()という考えは、些か風情に欠けるというもんだ」

 

狼はぐうの音を出したがったが、老人の勢いがそうさせなかった。

 

「………」

 

「迷いながら、遠回りしながら、時には落ち込んで、時には喜んで、そうして目的の場所に辿り着くのも、乙なもんだろ?」

 

小さき老人は狼を見上げながら、そう言った。

 

狼は、老人の言葉が()()()()()()を掛けた比喩や壮大な謎かけのように感じられた。

 

だから、狼はその老人に問うた。

 

「…例え、急ぎの任があってもか」

 

老人は少し考え、そしてまた数拍あけた。

 

「……その任とやらが、お主の眉間をそのようにさせておるのか?」

 

「………」

 

「なに、死ぬことばかりを待っておる老人の戯言だと思って聞き流せ」

 

そう言って老人は続ける。

 

「そうさな、儂なら…、例えその任が急ぎだとしても、少しくらいは遠回りするかの…」

 

「……そうか」

 

老人は、納得しきれない狼の顔を一瞥すると、まるで将来に悩む若人を見るかのように微笑み、そして狼の腰に目をやった。

 

「…ところでお主の腰に携えとるその刀……」

 

「……なんだ?」

 

「それを創ったのは――儂じゃ」

 

「…なんだと」

 

動揺や恐怖は人を容易に殺す。狼は義父である梟からそう学び、本人も生きていく上でそれを痛感している。だが、もしも今この老人が懐から短刀を抜き、狼の胸に突き刺そうとしたならば、狼はそれを防ぐ術を持たなかった。

 

それほど、狼は動揺したのだ。

 

一方老人の方は、特に何かを思うわけでもなく、狼を手招きした。

 

「ついて来なされ」

 

老人に招かれるまま、狼は黙って付いていく。

 

老人は、狼が驚くほどにすらすらと通りを進んでいく。まるで生きている通りに呼応し、その場その場で対応しているようだった。

 

先ほどの発言から、老人は遠回りして楽しみながら進んでいるのかと思いきや、迷いのないその姿を見れば、目的地にほぼ最短距離で向かっているのだと察せられた。

 

老人が「ついたぞ」というと、そこには小さなあばら家があった。

 

「さ、遠慮するでない」

 

「………」

 

狼は、言われるがままにする。

 

その家には、焼けた鉄の匂いが充満していた。狼にはおおよそこの老人が何をしているのかが分かった気がした。

 

腐りかけの木でできた椅子に座る、そこかしこからギシギシとなる家は半分が木で半分は石でできていた。歪な家だった。

 

「変わった家であろう」

 

木の方には生活を彷彿とさせるものが慎ましく置かれている。木の家具、飲み終わった茶。対照的に、石で作られた方は仕事を意識させるものであった。巨大な炉、金敷、水。それを見ただけで、狼は老人が何者であるかを理解する。

 

「ま、唯の老人の隠居生活よ…」

 

「………」

 

「おっと、自己紹介がまだじゃったな、儂は極東は鍛冶の神、天津麻羅(アマツマラ)・ファミリアの、名を平田と申す……とは言っても、今は皆()()りじゃがな…。お主は」

 

「…狼」

 

「ほぅ、狼とな…()()()

 

狼が老人の発言に対して疑問の目線を向ける。

 

「いやなに、確かに狼の様にギラついた目をしておるな、と思っただけじゃ」

 

狼は無言で返す。

 

「さて本題じゃが、その刀を寄越せ」

 

「……なぜだ」

 

警戒の目を向ける。宛ら、獲物の横取りを狙う者を警戒している狼そのものであった。

 

「儂の創った刀じゃ、儂が手入れしてやらんで誰がする?」

 

その言葉を聞き、狼は納得したように、ゆっくりと腰から刀を出し、老人に手渡した。

 

奏人はすぐさま刀身を鞘から抜き、それを吟味する。

 

「…ほう、刀身はボロボロ。これも因果か…」

 

「……?」

 

「今日、偶々お主と出合えて幸いじゃった。もし明日この刀を振るっていたなら、お主の牙、()()()()()()()()()()()

 

老人がその言葉を口にした瞬間、狼は今朝の夢を思い出した。

 

「刀は喜んでおるようにも見える。じゃが相当無茶な使い方をしたのであろう。まさか、刀に火や薬品など纏わせておらぬだろうな…?」

 

狼は黙る、そしてそれは静かなる肯定なのだ。

 

「…意地悪な質問じゃったな、どれ、鍛えなおしてやろう。案ずるでない、金などとらんよ」

 

「……忝い」

 

老人は上着を脱ぐと、その洗練された体を露出させる。外見はヒョロヒョロではあるが、その実中身は本物であった。鍛冶に必要な筋肉を携えている。

 

炉に火種をやり、熱くなるまでの間、老人はボソっと呟いた。

 

「この刀の名は楔丸…といったかの。実はこいつは二代目の楔丸じゃ」

 

「……なんだと」

 

狼は、思わず椅子から立ち上がってしまう。仕事をする老人の慎ましやかな背中を睨む。

 

「…手に馴染むじゃろ…こ奴は」

 

「………」

 

狼は静かに肯定する、それと共に、初代の楔丸はどうだったのかと問いたくなった。しかし、狼がその問いを答えにする間も無く、老人はその疑問に答える。

 

「はてさて初代の楔丸…。()()()()()()()()()()()()()()…思い出すこともできんわい、気づかぬうちに、誰かに譲ってしもうたしの…近しい親戚か、遠い親戚か…」

 

「ホッホッホ」と笑う老人、そこからは狼も良く覚えていなかった。職人、いや仙人と呼ぶにふさわしい業、妙技。素人の目から見てもこの領域に至ることは不可能であると理解せざるを得なかった。

 

まだ火照った体から熱が逃げない。額にジワリと滲む汗を拭くこともままならないまま、狼は復活した己の牙を目にする。

 

絶妙な反り、寸分狂わない一種の機械的な芸術ともとれる計算と、緻密なこれまでの試行錯誤が見て取れる。刀身に魔石のランプの光が反射すると、ギラリと刀身に滲むその光沢は、忘れてはならない一握りの慈悲と、それとは対照的な確かな殺意を彷彿とさせる。

 

これは、見事なものだ。

 

「また来なさい、この老いぼれの話し相手になってくれるなら、刀の手入れと茶くらいは出してやる」

 

壊れかけのドアを出た先、狼は老人に送り出される。

 

「…忝い」

 

「…狼よ、遠回りの件、努々忘れるでないぞ」

 

老人は、そうやって手を振り、狼を見送った。

 

しかし狼がそのことを意識するあまり、ダイダロス通りを数時間彷徨ったのだ、老人にも予想だにできない事であった。

 

 

 




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