隻腕の狼、続く主は道化師か   作:森本様

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 残影で奈落に落ちていく奴。俺は許さねぇぞ、絶対にだ。


 誤字報告助かりました、ありがとうございます!!

【変更報告 10/21】
表現や構成を一部変更しました。


出立つ慈悲

 

何とも形容できぬ。狼が思うのは、そのような感情だった。

 

形は違えど、思いは違えど、主従の契りは違えど再び刀を振るう。それが意味するのは、まだ責務を全うしきれていないという成り行きである。

 

もし全うすることが叶っていたなら、もし九郎様を人に返すことが出来ていたなら、此度の生の意は如何に…

 

迷う。

 

狼は、帯刀しているそれを握る力が強くなる。

 

「……オオカミ」

 

「…なんだ」

 

「まだ考える事はたくさんあると思う。でも、目先のことに集中すればいいよ」

 

「…目先のこと」

 

「そうだ。君の主はロキが探すと約束した、神は嘘を吐かない。だから、君は君が言ったように――為すべきことを為せばいい」

 

「……」

 

「まあ、勝手に連れ帰って命令されるのは癪かもしれないけど。どうかロキのために、ファミリアのために少しでも力を貸してほしい」

 

別段、ロキ・ファミリアは零細と言う訳ではなく、生活に困窮しているわけでもない。寧ろその逆だ、潤乾度合で言えば潤っているだろう。

 

しかし、この状況で『部屋に籠って吉報を待てばいい』なんて言ってしまうと、狼はいったい何のために生きればいいのだ。高レベル冒険者のような働きをする期待をしているわけではないが、少しでも力になってくれるように目標を持って人として生きてほしい、それがフィンの団長としての思いであり、連れ帰った責任でもあった。

 

だから狼は。

 

「……承知」

 

フィンの思いを受け取った。

 

気が付けば太陽は頭上にあった。葦名の城では見たことのない、様々な種の陰が映る。裕福に見える石造りの家、水生の村で見た様な半壊の家は何処にも見当たらない。規模の大きな商い、鴉が寄り付く死体の匂いを一切感じない。人も活気に満ち溢れている、盲目に手を合わせたり、渇望したり、はたまた無に浸る人間はいない。

 

それは狼の知らない世界だ。

 

希望に満ち、夢に満ち、幸福で満ちている。だからこそ、狼にとって未知だった。右が分からなければ、左も分からないのが道理。しかし、フィンの言葉を受け取った狼には、もう迷いはなかった。

 

それは、この世界に賭けてみるなんて傲慢な感情ではなく。九郎が見つかるまでは、一時の主に従い、為すべきことを為す。そういった、一種の開き直りだった。

 

そんな狼の感情を知ってか知らずか、フィンは口を開いた。

 

「そろそろ昼時だけどお腹は空いているかい、オオカミ」

 

「…僅かに」

 

「僅かに…ね。小腹を満たせるような所……そう言えばあったな」

 

フィンは街の真ん中であるバベルから、方向を一つに絞って歩みを進める。狼は、黙ってそれに追従した。

しばらく進むと、心地の良い香りと音が二人を刺激する。

 

“じゃが丸くん”、ロキ・ファミリア所属のアイズ・ヴァレンシュタインが好んで食す、少し変わった種類のあるジャンクだ。

 

片手で食べられる、腹に溜まる、安い…と、他にも良いところを挙げれば数多とあるだろう。

しかし、そんなじゃが丸くんの欠点は、趣向の変わった味が多いため、冒険したくない人には実質的なメニューが限られているということだ。

 

例えば『小豆クリーム』、歯が融け出しそうだ。『抹茶唐辛子』、混ぜるな、罪だ。『酒粕ペッパー』、発案者をノータイムで殴る。と、このように趣向の変わった味も多い。対し、一部のファンが熱烈に求めるため利益が出る。だから質が悪いのだ。そして売れるから他の店も真似をする。競争の為に変りダネが増える。利益が出る…、つまり負のスパイラルだということだ。

 

神の見えざる手というのは、需要と供給のバランスを一部の消費者の熱意によって捻じ曲げることが出来るということを暗に示していたのだろうか。

即ち、見えざる手は何者かによって手を引かれている…。見えないはずの手は、見える誰かによって引っ張られているのだ。

 

…と、一つの考察が出来上がったところで、フィンはメニューを眺める。が…

 

「いらっしゃい!」

 

快活な売り子、いや女神が顔を出した。

 

「何にするか決まったかい?」

 

「…えぇっと。」

 

メニューの豊富さ、唐突な女神、様々なことが相まって言葉に詰まる。しかしここでオオカミに聞いても…

 

「…オオカミは何がいい?」

 

「…読めぬ故、任せる。」

 

と、予想通りの返しだ。

 

「じゃ、じゃあオススメは…?」

 

「オススメ?どれも一押しだけど、ボクがいいと思うのはこの小豆クリームかな…」

 

「…えぇ」

 

思わぬ甘ったるさに、フィンは息をのむ。

 

「プ、プレーンでお願いするよ…」

 

「でもオススメは小豆k…」

 

「プレーンでいいです」

 

「…わ、わかったよ強情な小人族(パルゥム)君。プレーン二つだね?……ったく、なんで聞いたんだよ」

 

「余りにも予想と違う答えが返ってきたからね…」

 

「まぁいいけどね。じゃあ、プレーン二つで200ヴァリスだよ」

 

フィンは、ロキからもらった恵の袋から硬貨を取り出した。

狼が買った刀は、レベル1が使うにしては上等な物にしても、ヘファイストスのブランド名が付かなかった商品。相場の幾らかの割安で譲ってもらった。所謂訳あり商品ってやつだ。そのため、未だ銭袋は重い…。

 

じゃが丸くんを求めた出店から離れ、館に向かう。狼を連れて帰るためだ。一人で帰ることは可能だろうが、如何せん“信用”の問題がある。

 

フィンが片手でじゃが丸くんを口に入れるのを目にし、狼も一口食べる。

 

「…美味い」

 

「そう、ならよかったよ」 

 

形こそ、梟や九郎より頂いたおはぎに似ているが、予想より全く異なった物であった。

甘美な味わいではなく、刺激的な塩加減、満足感。どれも、戦では感じ得なかった幸福感…。

 

狼は、静かに平らげた。

 

 

 <><><><><><><><>

 

門前より怪しい者を見る目線を受けるが、フィンは狼を庇う様な素振りは見せず、堂々と館へと入った。

 

「おいおい、昨日は腑抜けと言ったが、武器を持って帰って来たぞ…」

 

「俺に言うなよ。それに団長がいるから大丈夫だ」

 

「……だといいのだが」

 

「噂によれば、団長はあ奴をファミリアに入れるよう、ロキ様に進言したようだ」

 

「誠か、あんな腑抜けにいったい何が出来るというのだ…。」

 

「同感だな…」

 

 <><><><><><><><>

 

狼とフィンは、ロキに恵を返却するのと、狼のことを報告すべく部屋に向かった。

 

昨日と同じく、「入ってええで。」と声が聞こえ、フィンはノブを回した。そこにいるのは、燃え上がるように真っ赤な髪をした主神、そして隣には、リヴェリアが立っていた。大方、遠征の報告書などをまとめていたのだろう…。

 

「おぉ、おかえりフィン。どうやった?」

 

「どうもこうも、特段変わったことは無かった。無事に冒険者登録も済んだし、彼の武器も手に入った。準備をすれば、今からでもダンジョンに行ける」

 

「アホいいな。遠征から帰ってきてまだ一日と経っとらん。ダンジョンに行く許可は出来ん」

 

「まあ、わかっていたけどね。言ってみただけさ」

 

「珍しいな。普段の慎重さは何処に行ったのだ?」

 

フィンは、ロキ・ファミリアの団長を任されている身だ。自身の目的と家族を守る義務がある、死ねない理由があり、死なせられない責任があるのだ。故に、今からダンジョンに行くという発言は、まったくもってそれを感じられなかった…ということだろう。

 

ならば普段慎重なフィンを、冗談とは言えそのような発言に誘った感情とはいったいなんだろうか…。

 

「…好奇心、か」

 

「冒険者が本来持っているべき感情、最近は立場上忘れつつあったんだけどね。幸か不幸か、それを思い出したんだ、彼をダンジョンで見た時にね」

 

その言葉に何か感じることがあったのだろうか。リヴェリアはフィン寄りの言葉を吐いた。

 

「ダンジョンには行けずとも、誰かと手合わせ…という形なら。認めても良いのではないか、ロキ」

 

「なんや~ママまで。そんな気になるんか?」

 

「気にならない…と言うと嘘をつくことになる。それに、どれほどのものか見ておいて損はないだろう」

 

「モノは言いよう…やな」

 

「そのようなつもりはない…ただ」

 

「わかっとる。その通りや…でも手合わせとなると…」

 

「レベル1の者、それと場所の確保だね」

 

リヴェリアの案に便乗し、早くもフィンは実行しようとする。

 

「わかった、なら其方は任せろ。私がどうにかする」

 

「さっすがママや!」

 

「ママと呼ぶな…」

 

 

 

「……で、オオカミはどうするんや、半ば話は決まったようなもんやけど」

 

「…御意にまかせる」

 

ロキは、不敵な笑みを浮かべる。

 

「御意ね……。オオカミ、あんたんとこの主も苦労したんとちゃうか…クロウだけに。なんつって!」

 

「ロキ…」

 

「なんでや!なんでそんな可哀そうなもん見る目ぇすんねん!?」

 

 

ロキの悲痛な叫び声が館に響く。フィンとリヴェリアは、ただ呆れるばかりであった。

 

 

 <><><><><><><><>

 

 

 

中庭には、ほんの少しの人が集まっていた。いや、集まると言うには些か規模が小さい。

 

ロキ、フィン、リヴェリア、そしてガレス。後は、珍しいモノ見たさで近寄って来たファミリアの人間数人。場所が場所故に、館の中から覗いている者もいるだろう。

 

そして彼らの視界の先には、狼と、それと相対する男がいた。

 

「ガレス。君はどちらが勝つように見える」

 

「さぁな、あの橙色の方は拾ってきたヒューマンじゃろ」

 

「そうだ」

 

「それに今朝冒険者になったばかり…。ステイタスからすれば、同じレベル1とはいえ、力のあるあ奴に軍配があがるじゃろうな」

 

そう言うと、ガレスは狼ではない方の男を指す…。

 

「じゃが……」

 

「じゃが…?」

 

「橙色の方、名はオオカミと言ったか。何とも言えない歪な空気を纏うておる。肌がヒリつくような……つかめん男じゃ」

 

結局、どちらに予想するかを聞きそびれたまま、両者の中に立つリヴェリアが手を挙げた。

 

「両者とも準備はいいな。真剣を用いるため、首や腹、動脈は寸止めだ。多少の怪我ならポーションで治癒できる。全力で臨んでくれ。」

 

そして、リヴェリアが…―――合図を出した。

 

 

 

一方のヒューマンは背中の鞘から大ぶりな剣を抜いた。両手で構え、狼に向ける。

 

他方の狼は、帯刀している刀をゆっくりと抜き、柳のように構える。鋼が太陽の光を反射させ、その光は明確な死を意識させる。

 

「覚悟しろ…今朝冒険者になったばかりの奴に、舐められてたまるものかッ!」

 

両手で支えている武器をそのままに、狼に向かって走り込む。

 

「…参る」と、狼はそう小さく呟いた。果たしてどれだけの者が聞き取れただろうか。

 

甲高い金属音が響き、特有の火花が散った。その様を見て、ガレスは目を見開いたのだった。

 

「鋼とはいえ、あの細い刀身で大剣を受けるか…。ただのレベル1であれば…」

 

「今ので折れていただろうね」

 

フィンは付け足す。

 

続き、金属音が響く。

 

「どうした!受けてばかりではジリ貧だぞ新人!」

 

狼は、ただ短絡的な軌道を描く剣を真面目に受けていた。いや、“受けている”と思っているのは、この中でオオカミと相対している者と、死合いの何たるかを知らぬ者だけだったろう。

 

そしてそのことに…数人は気が付いていた。

 

「いや、あれは受けているのではない。“弾いている”のだ。」

 

「次に来る剣撃を正確に見抜き、弾いている。相手の目、筋肉、表情、その些細な動きを観察し、僅かな殺気を汲み取って行動している」

 

「ならば、ならばどうして攻撃に転じないのだ…。いくらでも隙がある…」

 

ガレスの疑問に、フィンは恐らくと枕に置き話し始めた。

 

「ガレス、君の様な破壊力と自分の耐久力を生かした戦い方ではそのように考えるだろう。全てが一撃必殺なんだから…。でも彼は、オオカミは違う。必ず殺せる確かな隙を窺っている。いや、隙を作り出そうとしている…!」

 

剣撃が迫る、弾く、火花が散る。また剣撃が迫る、弾く、火花が散る…。

早く構えてはいけない、なぜなら対処できてしまうから。遅く構えてはいけない、なぜなら手遅れになるから。適切な機に、適切な力で、場所で受ける。さすれば自然と弾かれるものなのだ。

 

狼は…――見事隙を作り出した。

 

大剣を振るう男は、実に十数撃目の攻撃で…姿勢を崩した。体の軸が、ブレたのだ。

 

己が得物に振り回され…仰け反った。身体よりも得物の切先の方が後ろにある。それが意味するのは、この機で相手に攻撃を仕掛けられれば、自分の身を守る物は何もないということ。

大きく振り回される大剣から手を離し、身体を横に転がせばまだ助かったかもしれない。しかし、レベル1にそんな芸当が出来るわけもなく…。

 

「勝負あり!」

 

楔丸の切先は相手の喉笛を貫かんとする位置にあった。鋼が受ける日光が妖しく反射し、不気味さを増幅させる。そしてその不気味な光は…確かな殺意を思わせ、同時に一振りで逝かせてやるという“慈悲”を感じさせた。

 

数秒遅れて、己がどのような立場にあるかということを理解する。相手の意志で、自分が生きるか死ぬかという瀬戸際に居るということを…。

 

「ひぃッ!ま、参った。早くソレを下ろしてくれ!」

 

リヴェリアの抑止の声、そして男のひ弱な声を聞き、狼は刀を下ろす。

 

「…見事、と言わざるを得ないね」

 

「…まことに今朝冒険者になった者か」

 

それは経験もそうだが、オラリオにおいては神の恩恵で得られる力の数値、即ちステイタスが絶対だ。なぜなら、その者の強さを嘘偽りなく数値化した物だからだ。それを覆す実力があるということは、多少の期待を寄せても罰が当たらないというもの…。

 

フィンとガレスはロキを見る。すると、目は変わらなかった。いつもと同じ糸の様な目。しかし、その下。口部がやけに吊っていた。

 

「あれは、何か企んでおるな…」

 

「やっぱりやめといたほうがよかったかな…」

 

口軽くも「手合わせ」なんて言ったことが悔やまれる…。

 

 

 

気が付けば、周りから人が消えていた。静寂により、中庭の芝生に趣きがあった。

狼は既に刀を鞘に戻し、どこに向かうでもなく、ただ次の指示を待った。

 

 




【黄昏の館】
主神ロキが構える城の様な姿の館
ロキ・ファミリアの冒険者が住み 道化に気に入られた美男美女が集う

名前の通り、黄昏時にポツポツと光だす生活灯が
冒険者の生と盛を語っている

神は 館から迷宮に向かう者の顔を覚えている
命の灯が絶えた時 その顔を忘れぬように
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