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あと、日間一位ありがとうございます。
今回は次回までの導入です。短いです。ごめんなさい。特に物語も動かず、狼さんしゃべりません。
【変更報告 10/21】
表現や構成を一部変更しました。
未だ興奮冷めやらぬ頃、フィンの胸懐には確かに騒めく感情が存在し、また親指を疼かせるヒューマンの存在があった。
疼きの原因は分からない。が、負の感情で無いことは確かだった。
此れは恐らく、彼の成長への期待であり、希望だ。
金髪の小人、そして大きな髭を携えたドワーフが居るところに、主神がやって来る。
「どうだいロキ、彼の実力は…」
「正直…思っとった以上や。一見、『何も考えずに剣を受けとったら、幸いにも相手が体勢崩しました。』みたいな戦い方しとったけど…。その実戦術に溢れとる」
「そうだね…攻撃が来るという前提の動き、突きや下段が来ても切り返すことのできる汎用性の高い構え、これじゃまるで……」
「人を殺す為の剣だ…」とは言い切ることが出来なかった。それは自分が狼を殺人鬼のように思いたくないという感情と、もう一つは単純にロキが会話を遮ったからだ。
「おーいオオカミ!そんなとこ突っ立っとらんで、はよぉこっち来いや」
「……」
狼は何も言わず、ただ一時の主の命に従う。昨日、狼を初見したロキの陰は何処にも見当たらない。あの表情を鑑みるに、「良いものを拾った」という感情が透けて見えた。
橙の外套をほんの小さく揺らし、一時の主の前に立つ。
「そんなに畏まらんでいい。恩恵は授けても、ウチらは飽くまで協力関係や。他の家族みたいに楽にしとったらええ」
「……忝い」
主の命は絶対。それは、如何に自分の忠義を考慮しないものであっても…だ。自分の為に腹を切れと命ぜられれば腹を切る。刀を受け取り、自分の為に命を賭して仕えよと命ぜられればそのようにする。おはぎを受け取り、目の前で食せと命ぜられれば、さあれと動くのだ。
しかし狼は、自ら仕える主人に一つずつ掟を破った。
義父には、御子を捨てよという命に逆らい。
御子には、不死断ちの命に逆らった。主を縛らぬために、
はて、これほど掟を破った後の此度の生、如何にして命を無下に出来ようか…
忠義、忠誠、その何方も感じ取ることのできる表情。相変わらずの仏頂面、固く閉ざした口、異様な仕草…。しかしそれでも、ロキは狼の変化に気が付く、全知たる神だからか、それとも人としての心を宿してから長い月日を過ごしたからか…。
「でもまぁ、眉間の皺はちょっと無くなったんとちゃうか、オオカミ?」
「………」
「フィンが何か言うたんとちゃうか。ん、どや、当たっとる?」
「ロキよ、その態度はちと絡み辛いじゃろ…」
ロキは道化師だ。どんな些細な出来事でも、ここぞとばかりに大々的に取り上げて神々を困らせてきた。あまつさえ世界を終焉に導く戦争の火種を作ったとされているのは、紛れもなくこのロキだと言われている…。
だから、神としての威厳はないと思われがちだ。
しかし、事実は違う。誰よりも人の心を察し、どうすれば楽しく、面白く、そして幸福になることが出来るのかということを考えている。
そうでなければ、只の迷惑な神はここまで大きなファミリアを創り上げ、人望に溢れる主神足り得ていないだろう。秀逸な言論、キレる思考、強運。自分にはあり、他の神には無い長所を自覚し、得意なやり口でここまで来た。
だから、おちゃらけて狼の皺をどうこう言っているのではない。狼が来た時、フィンの紹介した部屋に向かうとき、神の恩恵を授けた時、冒険者になって帰って来た時、そのすべての表情を観察し、何かがあったことを見事察して見せたのだ。
狼の表情からは様々なことが察せられる。神でなくとも…だ。
困惑、焦燥、不安。それらが皺を作らせ、無造作にも狼の眉間に張り付いているのだろう。だが同時に悟った、不安の元、焦りの元、それらが解決するまで、彼は笑わないだろう…と。
色々と考える事の多いロキだが…。門を潜る四つの影が見えた。
「…っと、帰って来よった帰って来よった」
耳の長い種族、体の中に眠る力は強大だ…しかしどこか幼げで危なっかしい。
そして肌の露出が多い姉妹が、仲良く金髪の女性を囲んで帰って来た。
門を潜り中庭に足を入れると、肌の露出の多い姉妹、その片方が駆けよって来た。
「なになに~? …っあ! 昨日ダンジョンで腑抜けてた
天真爛漫、そんな雰囲気を纏った声が中庭に響いた。
「ティオナ、今朝から見えなかったけど、武器の件はもういいのかい?」
遠征から撤退するハメになった元凶、岩壁から高価な武器まで尽く溶かす液体、それによって己の得物を破壊されたメンバーは新たな武器を探しに街に出たのだった。
「ここの四人はもう終わったよ~」
「そうか、整備が終わっても、今夜の宴には直接合流すると思ってたんだけどね…。意外だよ」
「早く帰ろうって話になったんだよね、アイズ」
濃い黄色を基調とした布を巻いた少女は、長い金色の髪の毛を携えた女性に話を振った。
「うん」
「へぇ~、それはまた何故?」
フィンの問いに、アイズと呼ばれた女性が話そうとした時だった。ティオナの後ろにいた、その姉であるティオネがフィンにすり寄る。
「まぁまぁ、そんなことはどうでもいいじゃないですか団長ぉ?」
「なにかなティオネ? すこし近い気がするんだけど…」
フィンはティオネと呼ばれる女性から離れる。
「逃げないでくださいよ団長ぉ?」
「べ、別に逃げてなんかないさ」
ティオネはまたフィンに近づき、フィンは遠ざかる。それを繰り返しているうち、金髪の小人族とアマゾネスの姉の方は皆の視界からいなくなっていた…。
館の中から「逃げないでくださいよぉ」という声が聞こえるが、ロキの家族は皆聞こえないフリをするのだった。
「ありゃもうちょいやな…」
そしてフィンの“宴”と言う言葉を聞いたロキは思いだした。
「せやせや、オオカミにはまだ話してへんかったな。宴のコト…」
「…宴」
「そうだよ~。遠征の疲れを癒すために…ね」
ティオナはジョッキをクイッとする仕草を狼に見せるが、狼は理解しきれていないようだ。何やら煩悩の詰まった返答であるということ以外は…。
「ま、知らんくて当然やけどな。日ぃ暮れる前に出発するし、準備しときや~」
「……行かねばならぬか?」
どうも、狼は賑やかな雰囲気を好かぬようであった。衆と大きな卓を囲んで酒飲み、旨い飯を食う。戦後、平和が訪れた一時、位の高い侍はそうした時間を過ごしただろう。しかし、狼にそのような生活を味わう位もなければ、資格もない。
一心に主の為に仕え、その命を守らんとしていたのだ。
だからただ嫌いなのではなく、経験したことのない未知だった。しかし、主神は別の口で反論する。
「アホいいな、置いていけるわけないやろ」
その言葉には、疑いや不安などの全てが詰まっていた。しかし全面において疑いきれない、仮とは言え家族なのだから。ロキは言葉を濁す。
「ま、まぁ酒呑んだらその仏頂面もちったぁマシになるんちゃうか?」
「そうじゃな、記憶の無くなる前の話にも…興味ある」
「なにそれ~、面白そぉ!」
英雄譚や御伽噺が好きなティオナも、やはり狼に興味があるようだ。
「……ならば」
ならば、行く。ということだろう。
「…フィンはおらんくなってもうたし、それまでオオカミの面倒見るもんは…っと」
ロキはここに集まる面々を舐めるように見る。
「はいは~い! 私宴まで一緒にいる~」
「……ティオナ以外はおらんか?」
「なんでぇッ!」
「儂は…」
「アカン、面倒見は良さそうやけど勝手に酒呑ましそうやしな…」
「珍しくロキが常識人ぶってるよ…」
「…私が」
アイズがそう名乗りを上げようとした瞬間。ロキは遠くで手合わせの後始末をしていたリヴェリアに手を振った。
「ママ~。オオカミの面倒見たってぇ!」
呼ばれた彼女はコチラに向かって歩いてくる。
「なぜ私なのだ。此方はまだ忙しいのだぞ」
「大丈夫や。ママの代わりにフィンが仕事するやろ」
ママと言うあだ名に面倒を見るという行為。いよいよ誰も“ママ”だということを疑わなくなってしまうのではないか。そんな疑問の代わりに、大きなため息を吐く。
「……はぁ。わかった、私が見よう」
アイズは力なく挙がりかけの手を下ろし、ティオナとレフィーヤはそれを不思議そうに見る。そしてそれに、ロキが気が付いていないはずがなかった。
敢えてアイズではなく、リヴェリアを指名したのだ。
それは男女間の問題でもなく、狼に問題があるわけでもない。寧ろアイズに問題があるからだ。ステイタスに伸び悩んでいるアイズは、この異様なヒューマンの異様な強さを吸収しようと無茶をするに違いない。だから、ロキは敢えてリヴェリアを指名したのだ。
「つまんないの~」と、ティオナが吐いた。そしてそれを機に、幹部や主神も散る。ここに残ったのは、リヴェリアと狼だけ。
「…ではオオカミよ」
「……」
「昨日から変わらず口が堅いのだな。 ……まぁいい、冒険者になったのであれば、ギルドでモンスターや階層ごとの説明は受けたのか?」
「…いや」
「ならば丁度良い機会だ、日が暮れる少し前までその辺をミッチリ話させてもらう」
リヴェリアが開いている部屋に向かって移動を初め、狼はそれに黙って付いて行く。
そして、宴までの数時間。リヴェリアの授業、いや、広義的な“教育”が始まったのだった。
【リヴェリアの授業】
冒険者の組合で施される授業より高等で厳しいもの
怪物の弱点や階層の特徴などを知ることが出来る
自分の命の為ならば
一時の苦痛など 易いものである