隻腕の狼、続く主は道化師か   作:森本様

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【変更報告 10/21】
表現や構成を一部変更しました。



宴と兎

紙の面々が高く積まれている。

 

仄かに香るのは、インクの匂い、そして古びた木の匂い、埃の塵臭い匂い。

 

面々の内容は様々なものが見受けられる。簡単な物では食料、武器整備、団員からの細々とした報告書など…。難しい物では、ギルドからの書類、他ファミリアからの文、主神が買い漁った酒の領収書など…。

 

金髪の小人族は、椅子に座れば足が床に届かない。自分用の小さいデスクなどを使用すれば、それはそれで恰好がつかないものである。だから渋々足を宙に浮かせ、こうして仕方なく執務をしているのだ。

……ティオネから逃れ。

 

 

丁度、昨日提出されたレベル3冒険者の武器破損報告に目を通している時だった。

木製の扉が丁寧に叩かれ、それに応答する。

 

「フィン、すまないな…任せてしまって」

 

「リヴェリアか、その後どうなったんだい?」

 

「私がオオカミの監視を任され、モンスターや階層についての教育を…な」

 

「…で、もうすぐ出発するから呼びに来たと」

 

「そういうことだ」

 

フィンは慣れた様子で椅子を引き、小さく跳ねるように床に足を着けた。

 

「オオカミの様子はどうだったか、聴かせてもらってもいいかな?」

 

「ああ。たった数時間程度のお試し授業だったが…存外に悪くない」

 

「…というのは?」

 

「筋が良いということだ。覚えも早く、ただ聞き流しているようには見えん。それに、他の団員のように血涙を流して喚く事もない、ただ……」

 

「ただ…?」

 

「あ奴は文字が読めん」

 

「…あはは、それは困ったものだね」

 

「覚えが早いことと文字が読めないこと。足し引きして丁度ゼロと言った所か…」

 

「つまり、通常運転ってことだね」

 

「工夫はせねばならんし、文字は覚えて貰わねば奴も困るであろう」

 

「申し訳ないけど専門外だ…。任せてもいいかな?」

 

「ああ。血が滾るというものだ」

 

「血が滾る…ね」

 

いったい、いつからエルフは魔法や弓特化の種族から教育専門の種族に変わったのだろうか…。まぁ、オラリオに来てしまえば、弓も王族という地位もあまり意味をなさないが。

 

「それで、オオカミはいったいどこに?」

 

「それなら、私たちがすぐ向かうように伝えてある。門で待っているはずだが…」

 

「一人で待たせているのかい?」

 

「心配ない。奴は疑う様な賊ではない」

 

「彼の入団には、君が最後まで反対すると思っていたんだけどね」

 

「…何故だ、私は優秀な者は嫌わない」

 

「……変わったね、君も、僕らも」

 

「そうだな…」

 

すこし、昔の思い出の片鱗が脳裏に過る。しかし、そんな時間はない。主神が扉を勢いよく開けたからだ。

 

「そろそろ行くで~」

 

両者とも「わかった」と、そう言って門に向かうのだった。

 

 <><><><><><><><><>

 

喧騒とは違う。雑音とも違う。どこか明るさ、温かさ、平和を孕んだ騒がしさだ。

 

エルフは繊細な動きで野菜を食し、獣人は肉に齧り付く。ドワーフは酒を呑み干し、白いような黄色いような歯を見せて豪快に笑う。

種族の垣根のない平等。しかし、強き者がのし上がり、弱きものは底辺で這いつくばる。そのような、一種の残酷さを含んだ平等。

 

そんな逆転の不平等を一時でも忘れようとたくさんの者が集う。飯を食い、酒を呑み、駄弁る。

団員の愚痴や主神の愚痴、最近の稼ぎはどうだとか、あそこのファミリアの道具がどうだとか…。

 

それでも何だ彼んだで忘れる。酒がそうさせるからだ…。

 

静かに飯を食う、小さな小競り合い、それでいて平和。それが――豊穣の女主人だ。

そしてこの場所は…ロキ・ファミリアの宴の会場でもあった。

 

幹部と主神、レフィーヤ、そして狼は同じ卓を囲み、付いて来た他の家族は周りの適当な卓に座り、各々が主神の“ある言葉”を待った。

 

主神は「思う存分呑ぉめぇ~ッ!!」と放ち。それに合わせて皆が仰ぐようにして酒を流し込んだ。

一応同じ物を渡された狼であったが、異国の作法に則り切ることはできず。独り置き去りになっていた。

 

そしてその姿を見たティオナが狼に呑むことを促す。

 

「さぁ、オオカミも呑みなよぉ」

 

「……」

 

狼は黙って従い、酒を含んだ。

 

 

 

 

そして暫しの時間が経ち、皆の頬が仄かに赤く浸食された頃…。

視線があやふやになり、気分がよくなる。口は軽くなり、簡単に言葉が吐ける。もちろん、食も進む。

 

饒舌になる故、思ってもいないことを口走ったり、秘めている袋の紐が簡単に解けてしまう。

 

――彼の狼人もその一人だった。

 

「アイズ、そろそろ例のあの話――ッ」

 

「そんなのはいつでも聞けるじゃんかぁ、今はオオカミの話が聞きたい!」

 

なんと…ティオナがベートの口を無造作に塞ぎ、顔面を押しのけて狼に前のめりになる。

 

「ほら、ちょっと頬も赤くなってるしさ~、少しくらい昔の話聞かせてよ!」

 

「…ッテメェ何しやがる!」

 

ベートは怒りを露わにする。いつも毒を吐いているが、酔っている所為で余計に言葉に棘が含まれていた。少しの大声なら辺りの喧騒に因って掻き消えるだろうが、ロキ・ファミリアが居るということに加え、ベートの常ならぬ大声が辺りに静寂をもたらす。少しの静寂だ。

 

すると、カウンターの中からドワーフの女性がベートを睨む。この店の女店主だ。

 

立ち上がったベートは思わぬ殺気にしゅんとなり、耳を垂れさせて静かに椅子に座った。そして、店内は何もなかったかのように空間を再構築するのだった。

 

「確かに僕も気になるね…オオカミがここに来るまでの冒険のこと」

 

「話しておいて損はないと思うぞ、話したくないのであれば別だが…」

 

「冒険の話は良い肴になる…儂は聞くぞ、オオカミ」

 

「…私も、聞きたい……」

 

と、幹部の面々も狼が話し出すことに期待し、耳を傾け身体を前に向ける。

 

期待に応えたいというのが真摯な態度か…狼は酒を含むと堅い口を開き、昔の思い出話をするのだった。

 

常事から外れている狼の口調、服装、仕草、義手、それから連想させられるのは――壮大な異国の物語…。

 

「…主の為に、仕えていた」

 

その言葉から始まった狼の話。狼は葦名であったことを、話がうまくないながらにも、事の顛末を掻い摘んで話した。といっても、他の面々からするとただのおとぎ話だ。丁度、酒の肴にするくらいの…。まさか、この話を最初から最後まで真実だと思って話を聞いた者はいまい。

 

しかし、狼からすれば斯様な安易な物語ではなかった。それは、狼の記憶の片鱗を辿る葦名という国が舞台の“英雄譚”。主の為に己が首を絶った、悲しくも忠義に胸熱くなる物語なのだ。

 

話している最中、狼の左腕と額の白い痣は酷く疼いた。

 

「そして、己の首を…断った」その言葉で締めくくられた時、今まで周りの面々は目を輝かせていたが、急に表情が暗くなる。

 

「オオカミは、自刃…したのかい?」

 

「…そのはずだった」

 

「だったってことは…夢かもしれないってことだよね? だって今こうして私たちの前にいるわけだし…」

 

色々な疑い、そして質問が投げかけられる。だが、たった一人怪訝でないロキは…。

 

「ま、まぁまぁ。そんくらいにしときぃや、世の中には全知であるはずの神も知らんことがぎょうさんある! オオカミも話疲れたやろ? ん?」

 

「…ロキ、なんか変だよぉ」

 

突然態度の変わったロキに、ティオナは怪しむ目線を向ける。

 

「せ、せやせや! そういうティオナはどうやったん? オオカミのどの話が好きやった?」

 

「…えぇ。私はそうだなぁ、やっぱり大きな猿の話かなぁ…首を斬っても動き出すなんて、不思議だよね~。ガレスはどうだったの…?」

 

幹部の面々は狼の話を聞いて、互いにどの話が気に入ったかを共有し始める。

 

「儂は…やはり隻腕のオーガの話かの。炎を纏うオーガ、是非会ってみたいものじゃが…、フィンはどうじゃ?」

 

「全部興味深かったけど、そうだな…僕は物語の全体を通して狼の本当の主に興味があるかな…」

 

「…何故?」

 

フィンの言葉に、狼が直接問うた。

 

「君の言った竜の血がどうだとかはよく分からなかったけど…。小さいながらに自分の使命を全うしようとし、首を絶たせるほどの主としての資質に興味があってね…。まぁ、そんなところさ。アイズはどう思ったのかな?」

 

「…私は最後の剣聖の話…是非戦ってみたい」

 

周りは苦笑いする。

 

 

そして、そんな狼の話に聞き耳を立てていた者がもう一人。豊穣の女主人、その店の入り口付近に座っていた、小さくてか弱い兎。

狼の物語、いや英雄譚を聞き入れ、兎は自らを鼓舞した。強くならなければ…と。そうでないと、彼の【剣姫】には及ばない…と。

 

兎は…傍から話しかけてくるヒューマンの店員と少しだけ話し、後はカウンターに硬貨を置いてすぐにある場所に向かった。

帰るのではない。届くために、強くなるために、憧れの為に…――迷宮に向かおうというのだ。

  




ベートで雰囲気が悪くなるのは嫌なんじゃぁ!
いつもとは違うルートで進めてみたいんじゃぁ!!

これで、兎は狼を一方的に知ることが出来ました。
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