隻腕の狼、続く主は道化師か   作:森本様

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【ご報告】
 やっと全ルートで隻狼クリアしました!
 でも、個人的に一番泣けたのは人返りルートでした…。

【お詫び】
 更新

【ひとこと】
 頑張って5000字くらい書きたいよね。

 毎度ながらUA、お気に入り登録、ご感想や高い評価など…ありがとうございます。
 話数が増すたびに誤字が減っているのは褒めてください。

 あと、鬼仏って「おにぼとけ」か「きぶつ」かどっちですか?


迷宮

 

腹ごしらえを済ませた狼。こちらに来てからは質素な食事、じゃが丸君、宴の際に隅に置いてあった料理を少し食べたぐらいで、自らの意思でこの土地の食べ物をしっかりと食べたのは初めてだった。

 

 

そして昼間から脂物を食べた所為か、胸の辺りがやけにムカムカとする。そのような一種の気持ち悪さを携えながらも、狼は外へと向かうのであった。

 

それから、狼が歩みを止めるのには数秒とかからなかった。外へと向かう一番大きな扉で、喉が酒で焼けているような、そんなガラガラとした声で呼び止められたからだ。

 

「オオカミよ、何処へ向かう…?」

 

「…迷宮だ」

 

そこにいたのは、大きな鉞を担ぎ、一心の鍬形をも優に超える角を被った大男だった。と言っても、縦に大きいと言う訳ではなく横にだ…。

 

「独りで行くには、些か心配じゃの…」

 

「……」

 

「まだちゃんと自己紹介しておらんかった。儂はガレス・ランドロック。好きなように呼べ」

 

「…では甲冑殿。何用か…」

 

ガレスは歯を見せて大きく笑う。

 

「がっはっは! 甲冑か…。なあに、お前の初陣を見てやろうと思ってな」

 

「………」

 

「フィンとリヴェリアの奴は幹部の仕事、他の面子は買い物に行っておる。残された儂は…まぁ、そういうことじゃ」

 

「…わかった」

 

狼が了承すると、ガレスは先に進んだ。そして狼も、それに黙って追従することにしたのだ。

 

 

武器を持っていたこと、兜を被っていたことから、元より狼に付いて行くつもりだったらしい。

門を出る前、その当番をしている者達に怪訝な目線を向けられながらも、狼たちは迷宮に向かって歩みを進めるのだった。

 

<><><><><><><><>

 

存外、迷宮には簡単に入ることが出来た。

 

鍋の中身は、蓋を開けるまでは分からないとはよく言ったものだ。バベルと言う蓋の中に、冒険者自らが入って行かなければならない。

ただの鍋と違う点は、開けても中身が分からないということだ。

 

未だに謎が多く、ダンジョンは生きている。リアルタイムで地形が変わることもあれば、突然の沈降、隆起などで階層自体がその意味を成さなくなる場合もある。

 

そして狼は、そんなダンジョンに…――足を踏み入れた。

 

初めの感想は、耳長殿に言われた通りだ。と言った所か、階層の岩壁の色、道、見えるモンスター、時間帯による冒険者の増減。

注意せよと言われたのは、他の冒険者から怪物共を擦り付けられないようにと言うことのみだ。何やら他にも言いたげだったが、「初めにこんなに詰め込んでも仕方ないか…」と言って、その場では無かった事にされたのだ。

 

歩みを進めていると、ガレスの方から話し始める。

 

「あまり緊張せんか?」

 

「…うむ」

 

「そうか…うちのレベル1の初陣なら、震えた手で常に剣を構え、気を張り巡らせていたものだ…」

 

「……」

 

「じゃが、段々と慣れてくるのよ…。ここでモンスターは湧かない、ここではモンスターが湧く。そうやって、技術を身に付け、ノウハウを身に付け……」

 

急に会話に緩急をつけるガレスに狼は疑問を浮かべる。

 

「……?」

 

「…――慣れ切った頃に死ぬ。ダンジョンとは、そういうものじゃ…。気を抜いた者から死ぬ。警戒を怠った者から死ぬ。自惚れた者から死んでいくんじゃ…」

 

「…そうか」

 

「その点、お前は大丈夫そうじゃ…。ちぃとの事では死なんじゃろ」

 

「…何故だ?」

 

「さあな。理由はいろいろあるが…ここで話すのは止そうかのう。ほれ見ろ、壁が盛り上がっとる。あそこからモンスターが出てくるぞ」

 

狼は、刀を抜いた。

 

ガレスは、ただただそれを眺める。

狼が刀を柳に構え、出てきたばかりのモンスターに歩み寄るのを、ただただ見ていたのだ。それは助太刀の要らないことが分かっていたこともそうだが…。もし昨夜話した物語が本当ならば…、ここら辺のモンスターなど、屁でもないだろうと思ったからだ。

 

姿を現したのは、緑色の肌を持つ小鬼、ゴブリンだった。幸いなことに、数は1つ。

 

何も知らないゴブリンは、目の前にいる橙の外套を纏うヒューマンに明確な敵意を持ち、短絡的にも走りかかって来た。

 

狼の間合いに入る寸で、ゴブリンは飛び上がり、狼の首を掻き切ろうと爪を立てる。

 

――が…。

 

狼はそれを刀で受けると、緑の小鬼は後ろに弾かれる。そして次に体勢を立て直そうとする時間は…――無かった。無造作に身体を地面に押し付けられ、狼の得物によってその首を斬られる。

 

「ほおう、やはり何度見ても見事な業じゃ…。只のレベル1なら…こううまくはいかんじゃろうな…」

 

ガレスの賛辞を背中で受け、黒色の塵が大気に散るのを確認する。葦名であれば死体が遺る。もしそうでなくとも、白い霧や塵となって舞っただろう…。

 

鈍い音を立てて地面に転がる石を見て、狼はそれを拾い上げる…。耳長の者から教わった“魔石”という物だ。これを集会所に持っていくと、何やら銭と換金してくれるらしい。

 

「鞄の類は持っておらんだろう。儂が預かってやる…」

 

「……」

 

「がっはっは! 怪しむことは無い。何も取りはせんわい」

 

狼は、只の石よりも質量を持っているそれをガレスに手渡し、さらに奥へと進んでいくのだった。

 

<><><><><><><><>

 

狼とガレスがバベルから出た時、既に辺りは暗くなり始めていた。橙の空は徐々に濃紺に染まり、遠くにいる人は影となっていた。

 

だが、夜に近づくその光景は、狼が見た葦名の夜とは全く異なっていた。

殺気と怨嗟の満ちる、炎燃え上がる赤ではなく。仄かな温かみを持った灯の色。

 

誰かが朽ち、何かが失われる城ではなく、何かを得て、誰かが笑顔になる街だった。少なくとも狼の目には、そう映る。

 

集会所に着いた狼は、此処に来る前に様々な商いを見た、夜になって店を閉める者は少なく、逆に夜にこそ賑わいを見せていた。銭が溜まり、許しが出れば役に立つ何かを買おうか…。

 

ギルドの中は、フィンと来た時よりも賑わっていた。それもそのはず、大体の冒険者は朝早くからダンジョンに向かい、夜になって帰ってくるからだ。

 

「ほれ、この袋を持って換金所に行ってこい」

 

「…わかった」

 

狼は、暑苦しい甲冑を着たガレスから魔石の入った袋を受け取ると、賑わった人をかき分けて換金所に並んだ。いくら戦国の生まれだからと言って、列を成している集団に割り込む狼ではない。

結局、数分待ったところで狼の番がやって来た。

 

透明の板の向こう側には、何者かは分からないが何者かがいる。そう言った影が見えた。

 

「あの…」

 

「……?」

 

「換金でしたら、魔石をここに置いてください…」

 

困惑したような声色が帳場の奥から聞こえ、袋から魔石と、運よく拾うことのできた小鬼の爪や角を落す。

珍妙な造りの机の引き出しが閉じ、次にその引き出しの中身を見た時には、結構な数のヴァリスが袋に入って出てきた。

 

「魔石十数個とドロップ品、全て合わせて1200ヴァリスです。確認は列を空けてからにしてくださいね」

 

言われた通り、狼は袋を持ってガレスの方へと向かった。

 

「どうじゃった? 」

 

「…受け取って来た」

 

狼は貰って来た袋をガレスに差し出す。しかし、ガレスはそれを拒否した。

 

「それはお前の稼ぎじゃ。お前が持っておくとよい」

 

「わかった…」

 

楔丸を帯びている左の腰とは逆の、右の腰にその袋を付けた。

 

「せいぜい、スリなどには気を付けるんじゃな」

 

「……」

 

ガレスのその言葉を聞き、狼とガレスはギルドを後にしたのだった。

 

 

 

帰り道、先に話しかけたのはガレスだった。それは、顔に出さないにはしても、ほんの少し目の泳いでいる狼を気にしてだった。

 

「どうじゃ、やはり店が気になるか…?」

 

それもそのはずだ。ここには狼の知らない物が沢山ある。食べ物、武器、道具、その他にも…だ。

ただの米、ただの刀、ただの灰や飴などであれば、忍である狼の目はこうも迷わなかっただろう。

 

狼の目に映るのは、香しい食べ物や、仙峯寺の本堂に向かう途中で見た甲冑武者の様な重鎮とした甲冑。そして眩く光る石などだ。

 

ガレスは、気を利かせて狼に言った。

 

「どうせ自分の金なんじゃ、気になる物があれば己の手で確かめてくるとよいじゃろう」

 

「……」

 

ただ、ガレスには単にそういう意味で言ったわけではない。人の言葉には裏があると言うが、彼は秘かに、狼がどのようなものに飛び付くかを見てみたかったのだ。

 

武器に飛び付くか、道具に飛び付くか、それとも食べ物か酒か…。酒なら良い友になれるだろう…と。

 

ガレスはそう言った思いを隠し、狼の後に続いた。

ただし、狼はそのような店には一度も寄らなかった、珍しいものは見る、見るには見るが、店自体に近づくことは無かった。

 

そしてそんな狼が唯一興味を示したのが、店主自ら狼に声を掛けた店だった。

 

寂れた店、と言うより構えはなかった。汚らしい布の上に、ヴァリスを入れる用の箱を乗せただけの店。いつでもどこでも移動可能な店で、特段なにか“物”を扱っているようには見えなかった。

 

「…そこの橙の旦那」

 

「……」

 

元気な店主、そういった声だった。店とは正反対の声だが、掛けられた声は無視できない。狼はその店とも言えない店に近づき、ドンと座る店主に耳を傾けた。

 

「折角来てくれた客だ、物を売りたいのは山々だが…ヴァリスが無い。ヴァリスが無いから品もない。旦那、あっしにちいとばかしヴァリスを用立てていただけやせんか?」

 

「……」

 

「なにもタダでとはいいやせん。あっしからは“とある情報”を売りやしょう。それを元手に、旦那にもきっと、役立つ品を仕入れやす」

 

「…いくらだ」

 

「じゃ、まずは10ヴァリスで情報を売りやしょう」

 

なんとも胡散臭い話だ。金がないから品物がない。だから情報を売って、それを元手に物を仕入れる。

狼はこの手口をよく知っていた。最期の最期まで商いを続けた、ある男を…。

 

しかし、この男はそれとは全く違う容姿だ。だが胡散臭さは負けていない、纏う雰囲気もだ。だからこそ、狼はヴァリスを――払った。

 

「…銭だ」

 

「へへっ、旦那、ありがてぇ」

 

「話してくれ」

 

「では、最近バベルがやたら忙しそうな訳を話しやしょう。それは…モンスターフィリア、怪物祭が控えてるからでさぁ」

 

「…怪物祭」

 

「そうでさぁ、ガネーシャのとこの子がモンスターを調教する。ファミリアの実力を見せつけて、ヴァリスもたんまり…。ありゃ、いい商売でさぁな」

 

狼が黙って話を聞くと、後ろで聞いていたガレスが口を出した。

 

「お前も…良い商売をしとるの」

 

「げげっ、重傑(エルガルム)!」

 

「なんじゃその驚きよう。後ろめたい商売でもしておるのか…?」

 

「ち、ちがいやす。ロキ・ファミリアの幹部がいきなり出てきて驚いただけでさぁ」

 

ガレスはため息をつき、狼を移動させようとする。

 

「ま、まってくだせぇ旦那。今度の情報は本物でさぁ、妙な青い炎を纏った鬼の…」

 

その話を聞き、狼の足が止まる。

 

「おいオオカミ、放っておけ、戯言じゃ」

 

ガレスの制止を無視し、狼は袋の紐を開けようとする。

 

「…いくらだ?」

 

「そうでさぁね、じゃあ20ヴァリスいただきやしょうか…」

 

「わかった…」

 

後ろで、「どうなっても知らんぞ」という声が聞こえるが、狼は言われた通り銭を渡す。

 

「ごほん、さっきもいいやしたが、これは妙な蒼い炎を纏った鬼の像の話でさぁ。噂によると、突如ダンジョンの真ん中に出てきたとかなんとか…」

 

「……」

 

「怒り狂ったような形相の鬼が、何とも妙な仕草と恰好で蒼い炎を天に掲げてるって話でっせぇ…それも3匹で一つの炎ときたもんだ。今はタケミカヅチのとこが引き取ったとか、引き取っていないとか…」

 

「…まことか」

 

「さぁね。風の噂で聞いただけの話。信じるかどうかは旦那次第ってとこでさぁ」

 

「鬼の……像」

 

「気になるなら、一度訪ねてみるといいんじゃねぇでしょうか」

 

「……」

 

狼は「うむ」と唸ると、その場を後にしようとする。

 

「じゃあな、旦那。またご贔屓に…」

 

その声を背中に受けて…。

 

――“また、ご贔屓に”

 

なぜだろうか、その言葉が頭を堂々と巡ったのだった。

 




次回 必殺、移動式鬼仏! 是非見てくれよな!(嘘)


【胡散臭い商人】
穴山その人ではないが
その人のような雰囲気を纏ったヒューマン

因果の故か
輪廻の故か

気合を入れて 赤い鉢巻を締める
また 商いが始まる


誤字ってたらすいやせん旦那


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