感想欄について、記入の際の制限や規制などは設けていないので自由に記入されてもらって構いません。活動報告書にてお知らせさせていただきましたが、特に本編にかかわりのない質問やひとことなどを書き置いて行ってくださっても結構です。随時返信いたします故…。
葦名の底。
そこは、唯の洞窟や洞穴といった類の所ではない。毒だまりが刺客を飲み干さんとし、そこには僅かに火薬の匂いが漂っている。
ただの洞窟ではない点。ここも同じだと言えよう。
――迷宮。暗い、冷たい、奇妙。それだけであれば誰もここに訪れはしない。此処は生きている。此処には宝がある。謎がある。危険がある。だから、――浪漫がある。
迷宮の上には、モンスターたちが溢れて出てこないように蓋をするべく、バベルなるものがその役割を担っている。しかし、せっかく蓋をしているにも関わらず、わざわざその中に入っていく者どもがいる。
そして、狼もその一人だった。狼は冒険者ではない、戦士でもない、今や主の行方も不明。故に確たる任務を持った忍ですらない。しかし、その主に届かんとするため、ヒントを得るため、とある目的をもって迷宮に潜っている。
狼は昨日も迷宮に潜ったが、その日とは違う点が一つある。それは、勝手に館から出てきたためガレスがいない事であった。
だが幸か不幸か、もとより狼は一人でいい。忍びは一人でも問題ないのだ。
狼の目の前の壁が蠢く、壁が隆起し、モンスターが明確な殺意と共に飛び出してくる。
「………」
狼は静かに刀を抜いた。ダンジョンに光は少ない、しかし、壁に掛けられたランタンの光を反射させ、鋼が妖しく光る。
出てきたモンスターはゴブリン三体。狼はリヴェリアに言われたことを思い出す。上層のモンスターは弱い。だが弱いが故に、狡賢いのだ。そのことも念頭置きながら、狼は構えた。
ゴブリンは狼に向かって愚直に走りこんでくる。一体目が爪を立てて狼の首を切り裂こうとする。しかし狼はそれを躱す。体勢を崩したゴブリンの隙を見逃さず、ゴブリン自身が意識できる間も無く、狼は刀をゴブリンの首に突き刺した。
ゴブリンは塵となって霧散し、質量のある石がゴトッっという音を立てて地面に落ちた。
だが、残ったゴブリンは止まらない。一体目の反省を生かしたかのように二体同時に飛び掛かってきたのだ。
ゴブリンの攻撃が狼を捉えようとしたその時、狼は旋風のように回転した。そして、その回転の勢いをつけた刀は、ゴブリン一体のみならず、二体目をも巻き込んだのだ。ゴブリンは一体目同様霧散し、質量を感じさせる石が地面に落ちた。
狼は静かに刀を収める。
知らぬ土壌、知らぬ洞窟、知らぬ敵。しかし、そんなものでは忍の本能を惑わすことはできない。狼の意思を曲げることはできない。
「二つ。主は絶対。命を賭して守り、奪われるとも必ず取り戻せ…」
なぜなら、今の狼は為すべきことを為さねばならないからだ。
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まだ暁の頃。朝日は未だ見えない。
狼は商い屋に聞いた通り、タケミカヅチなる神を求めて館を抜け出してきた。
門には番がいたが、狼にとって気づかれずに抜け出すことは容易であった。
しかし問題は、タケミカヅチなる神の居場所がわからない事…。そんなところに、ちょうど一人、道の端で座り込んでいる老婆を見つけた。
「おい」
老婆は体を小刻みに震わせながら振り返る。よく目すれば、その老婆の髪はボサボサで、腰はエビのように丸く曲がっていた。
「………」
返事はない。狼は問うた。
「…タケミカヅチなる神を知っているか」
老婆はおもむろに口を開けた。
「タケェミカヅチィ様なら、知っている」
「ならば…」
狼が問いを発する前に、老婆の方から話し出した。
「いばぁーしょを知りたくばぁ、ヴァリスを恵んでくだされぇ」
「…なんだと」
「いばぁーしょを知りたくばぁ、ヴァリスを恵んでくだされぇ」
「………」
老婆は淡々と続けた。老婆には見えていたのだ。狼が昨晩から腰につけている銭袋が…。
狼は袋から幾ばくかのヴァリスを取り出し、老婆の手に乗せた。
「ふぇっふぇっふぇっ……ごほっ……」
気味の悪い笑いと共に咳き込む。そして続けた。
「あぁっちじゃぁ。タケ様のファミリアはあぁっちじゃぁ!」
老婆は大通りを一つ越えた先を指差した。
「ふぇっふぇっふぇっ」
狼は老婆を無視し、指の差された方角への歩みを進めた。
特段心配ということではない、だが狼は振り返った。しかし、そこに老婆の姿はもうなかった。そして改めてこの場を見てみると、昨晩通った出店通りや迷宮へと向かう大通りとは異なることに気が付いた。
この地区は寂れ、よくよく見てみれば路頭に迷っているような子どもも多数いる。…であれば、なぜ老婆があの調子であったのかを察するのには、それほど時間をかけなくてもよかった。
老婆が指さした方角に歩みを進めている頃、ちょうど朝日が昇り始め、先ほどよりも明るくなり始めていた。
狼は周囲にそれらしき場所がないかとあたりを見回していると…。
「君は…?」
声のかかった方向を見る。そしてそこには、特徴的な頭髪をした人物が立っていた。しかし、狼には瞬時に理解できた。唯の人間ではないと。
「………」
「いや済まない。ここらでは見ない顔だと思ってな」
「…誰だ」
「俺はタケミカヅチ・ファミリアの主神をしているタケミカヅチだ。君は何者だ?」
幸運にも、狼が探している人物が、逆に狼に声をかけたのだ。
「誠か…」
「もちろん真実だ…それで君は?」
「…狼」
「狼か、ただ者ではなさそうだ。ここら辺に用事か?」
「…鬼の仏について」
狼が単刀直入に聞くと、タケミカヅチと名乗る神は眉を動かした。
「……君はアレについて知っているのか?」
「………」
狼はこくりと頷いた。
「しかし残念だ。アレはここにはない、話すだけというなら喜んで情報を提供できるが…」
「…忝い」
了承とみて、タケミカヅチ話し出した。
「三体の仏が互いに背を合わせ、一つの蒼炎を掲げている。アレを見たほとんどの者は奇妙な像だなんだと言って遠ざけるだろう。だがあれは単なる像じゃない。広く東に伝わる教え、仏の一種だ。それも怒り顔の」
そう語りだす神は、話を続けた。
「と…言っても俺が直接見たわけじゃない。ダンジョンでそれを見たという
「…して、それはどこに」
「…ダンジョンの中だ。もし君がそれを求めているのなら、幸いあの仏に近づくものはほとんどいないだろう。ああいったものは気味悪がられる。いくら好奇心旺盛な冒険者といってもだ」
「………」
狼は黙って話を聞く。
「だが注意が必要だ。ダンジョンは生きている。もしかすると目撃した地点からほど遠い場所に移動しているかもしれないし、最悪地面の沈降によって下層に落ちているかもしれない。最悪の場合、何かの衝撃によって原形をとどめていないかも…」
その後、タケミカヅチは
しかし、だからこそ狼は気になった…。なぜそこまでしてくれるのか…ということに。
「不思議な顔をするな…狼よ」
「………」
「なぜここまで素直に情報を提供するか…といったところか…」
読みが当てられたことで、狼の眉が少し動く。
「なに、神に嘘は通じない。そこは素直に親切を受け取ってくれ…。だが、同郷の者を親切にしておいて損はない。そうだろう?」
タケミカヅチはつづけた。
「それに、あの仏を手に入れたところで、こちらにアレを有効活用できる術はない。ならば、何かを知っている君に譲った方がよっぽど有意義だろう」
「……忝い」
狼は礼を残し、ダンジョンに向かおうとする。しかし…。
「狼よ…最後に、君はどこから来たんだ?」
「………―葦名より、この土壌に流れ着いた」
「葦名…か。面白いことを言うもんだ」
しかし、その声は狼には届かず。彼の影は既に遠ざかっていた。
すると、ドアの内側から
「タケミカヅチ様。一体誰とお話になっていたのですか…?」
「命か…なに、葦名出身を名乗る面白い人間とな…」
「葦名といえば…あの……」
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一匹の狼は、仄かな闇の中を進む。
数回階層を下り、そろそろ話に聞いていた目的地に着くころだった。このまま穏便に鬼の仏を見つけ出すことができればよいのだが…。
そう思った矢先の事だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
ダンジョンは…―生きている。
地面が揺れ、壁が拡張される。
またモンスターが現れる。そう思い、狼は身構える。
しかし。
狼が身構えたことをあざ笑うかのように、狼の下の地面がすっぽりと抜け…落下する。
受け身を取り、落下の衝撃を殺した狼はあたりを確認する。
仄かに明るかった闇は完全な暗闇に成り代わる。これだけであれば、忍の目を持つ狼にとって何の不自由もない。しかし…、落下した地面が衝撃で砕け、あたりに砂埃を立ち込めさせる。他にも、この階層には霧が立ち込めているようだった。
それほどダメージがなかったことを考えると、そこまでは落ちていないようだ。
しかし、狼がまだリヴェリアから聞いていない形状をしているのは明らかだった。洞窟の至るところには苔が生え、地面の数か所には背の低い草などもみられる。これまでいた階層と違い、天井も高く感じられた。
そして刹那…。
狼は須臾の間に発せられた殺気を見逃さず、ソレからの攻撃を横に回避した。狼が立っていたところはソレの持つ鋼鉄のような筋肉を纏う拳に抉られていた。狼は即座に刀を抜き、柳に構える。
地面を抉った犯人は、牛の顔と猛々しい筋肉をまとった人型のモンスターだった。鼻息を蒸気のように荒げ、目は殺気をまとうかのよう緋色に染まっている。拳に乗った砂埃をパラパラと散らせ、的確な殺意で以て狼を睨みつける。
そして次の瞬間、狼に対して右手を振り下ろした。狼はそれを的確に刀で弾く。
「………」
仙峯寺に向かう折に死合った甲冑武者…。その力強さをも上回る。猛々しい筋肉から発せられるソレは、まさに一撃必殺の拳。狼はそれを的確に弾く。弾く。弾く。
だが…。一向に体勢が崩れる様子がない。それもそのはずだ、鋼のような筋肉を携えるこのモンスターは、その体を支えるために体幹も十分に鍛えられているのだろう。
「……ならば」
狼はそのモンスターから距離を取り、徐に魔石を入れていた袋に手を入れ、ゴブリンから手に入れた小さい魔石を義手にはめ込んだ。
そして、まるで手裏剣を射出するかのように、モンスターの顔をよく狙って魔石を放った。
「―――ウゴォォォ‼」
魔石は牛の顔をしたモンスターの目に命中し、その筋肉の塊のような手で目を覆う。
そしてその隙を見逃す狼ではなかった。
先ほどまで防御に専念していた姿からは予想もできないようなスピードで刀をモンスターの首に刺し込んだ。
声にならないような声が響き渡り、同時その首から血しぶきが上がる。
狼は追い打ちをかけるかのように、首に差し込んだ刀を回転させ、その首を完全に体と切り離した。そして数秒後、何も発さなくなったモンスターはゴブリンやコボルトと同じように霧散し、それらが落とす魔石よりも大きな魔石を地面に落としたのだった。
狼は他にも敵がいないか意識を集中させ、周りを確認する。そして何もないことが確認でき、刀を鞘に納めた。
そして聞き覚えのある声が響く。
「いやぁ見事じゃ…」
「………」
声のする方向を目する。そこには、立派な髭を携えたドワーフが立っていた。
「まさかレベル1でミノタウロスを撃破するとはの、追いついて来てよかったわい。いいものが見れた」
ガレスはつづける。
「蒼炎を掲げる鬼の像…それを探しに来たんじゃろ?」
「……うむ」
「安心せい、フィンやリヴェリアじゃったらまだしも、儂は怒りはせんわい。して…目的の像はあれじゃろ…?」
ガレスが指す方向を見ると、少し背の低い草に隠れた仏が見える。掲げられているその手の上には蒼炎が燃え上がり、何か儚いものを形容しているようだった。
そしてそれは、まさに狼の探していた鬼仏だった。
「儂もリヴェリアにお前さんを連れ戻せと釘を刺されておる、さっさとそいつを持って帰るぞ…」
「……忝い」
そういうと、ガレスは徐に鬼仏の方に近づき、それに手を掛けた。
「クヌヌヌ…」
そして力を入れるや否や、みるみるうちに鬼仏は宙に浮き、ガレスの肩にすっぽりと収まってしまった。
狼にとって鬼仏とは対座するものであり、持ち上げて移動させるものではなかった。冷静沈着な狼といっても、さすがにこの景色を前に唯平然としていることはできない。しかし…
「ほれ…帰るぞ」
「………」
我に返った狼は、黙ってガレスについて帰ることにした…。
ただこの時の狼は気が付いていなかった。後でリヴェリアにこっぴどく怒られることを…。
完成―移動式鬼仏
【忍具ー魔石ー】
忍義手に、魔石を仕込んだ義手忍具
形代を消費して、使用する
手裏剣車の絡繰りに奇跡的にはまり込んだ代物
打ち出された魔石を、流れるように放つ
威力は劣るものの、物音を立てたい場合や起死回生の隙を
生み出す一手に成り得る