じじキャン△   作:足洗

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これぞまさしく箸休めの回。
おじいちゃん同士の会話ならなんぼでも書けるのに女の子の会話が五時間悩んでも一向に書けないバグ。
ワイかてもっとキャッキャウフフしたやつ書きたいんや! 書きたいんや……。




13話 徒惚れの話

 

 

 先頭を駆けてきた撫子色の髪の少女は、一も二もなくリンちゃんに飛び付いた。

 

「リンちゃんリンちゃんリぃンちゃん!」

「うわ、わ、わ、ちょ、な、なでしこ!?」

「リンちゃぁぁあん!!」

 

 その身を固く抱き締めて、涙声で少女はリンちゃんを繰り返した。ぐずくずと(はな)を啜り、わなわなと声は震え、なんと言ったものか、えらく水っぽい有り様で。

 

「うえぇ! ひぐ、ぐすっ、リンぢゃんが、どおりま゙にあったっで……! 怪我したっでぎいでぇぇぇ……!!」

「う、うん、うん。大丈夫だよ。私はこの通り大丈夫。心配かけてごめん、なでしこ」

「ふぎゅっ、うぅ、う、リンちゃん、会えてよかった……! また会えたっ……!」

「うん、私も嬉しいよ」

「よがったぁ……!」

「あぁ、だからもうっ……っ! 泣くなったらぁ……!」

「よ゙がったよぉ~!!」

 

 穏やかだった話し振りも、相好も脆く崩れる。泣きじゃくる娘っ子にリンちゃんは根負けしたらしい。

 それは見事な貰い泣きであった。

 

「リンッ!」

「リンちゃん!」

「リン!」

 

 するとそこへまたしても、今度は三者三様に呼ばわる声。

 千明にあおいちゃん、そしてもう一人。こざっぱりとした黒髪の少女は初顔だ。

 駆け寄ってきた三人もまた、その勢いでリンちゃんを取り囲む。今まさにその安否を確かめるかのように。確かめずには置けない。そんな焦燥。

 

「大丈夫なのか!? 怪我ってどんな具合なんだ!?」

「リンちゃんっ、あぁもぉ恐かったやろ……ホンマ、大変やったねぇ……!」

「っ……ぅ、っ、ぁ……! リンっ……!」

 

 黒髪の少女は声を詰まらせ、撫子髪の子と共にリンちゃんに縋り付いた。喜び、悲しみ、同情、恐れ、暗雲のような不安が今ようやくに晴れ間を見せた。その安堵。どれほどに深く、重かろう。

 リンちゃんは自身を取り巻いた泣き顔の友人らをその涙目で順に見返し、笑みを浮かべた。唇の震えを堪え、しゃくる喉を叱咤して。

 

「心配かけてごめん。怪我は大したことないし、本当にもう大丈夫。みんな……ありがとう」

 

 娘子のその気丈さに己は瞑目する。

 また一つ、暖かなものを見られた。一時の、此度の神憑りの我が転生(てんしょう)は傍迷惑この上ないが、土産にだけは事欠かぬ。

 良き友人に囲まれたリンちゃんの姿を、胸奥深くの魂とやらに焼き付けた。

 これで十分。いやさ十二分よ。

 

「あんっ、待ってぇな薙原くん!」

 

 そそくさ歩き出した己の背に声を掛けたのはあおいちゃんだった。それだけに留まらず、腕を掴みその場に引き留める念の入れよう。

 制止というより、逃がしてなるものか! といった風情を覚えた。

 

「もぉ、なんで行ってまうのん」

「おいおい堪忍しとくれ。場違い者ぁとっとと退散させていただきますからよぅ」

「えぇなんでぇな。場違いなんかやあらへんよぉ」

「いや、最初に話聞いたときからなんかそんな気はしてたけどさ……やっぱ薙原かーい!」

 

 こちらの鼻面に指を差して千明が大仰な見栄を切る。

 

「人に指を差すんじゃあねぇよ行儀の悪ぃ」

「あ、すんません」

「とはいえ、勘働きは冴えてたな。大の字」

「じゃあやっぱり薙原くんがリンちゃんのこと助けてくれたんや」

「んな恩着せがましいこっちゃねぇさ。偶々通り掛かった己に、泡食った下手人が尻尾巻いて逃げてったってだけの話だ。なぁリンちゃん?」

「……」

「えっ、えっと……」

 

 己がそのように呼ばわり見やれば自然、千明らもリンちゃんを見る。

 片目を瞑った己の笑みに、娘は逡巡もそこそこに頷いた。実に物分かりの良いこと。

 

「うん……そんな感じ」

「……」

「なーんだ。あたしはてっきり薙原が前のストーカーの時みたいに通り魔まで追っ払ったかと思ったぜー」

「ぐすんっ、ストーカー……?」

「え、なになに。なんかあったのアキちゃん」

「あっ」

 

 撫子髪ちゃんと黒髪ちゃんが泣き腫らしの目できょとんと千明を見上げる。

 あおいちゃんは無言で千明の首に腕を絡め、裸絞め(チョーク)を極めた。二秒を待たずタップが入るが、あおいちゃんは聞く耳を持たなかった。

 

「ぶへはぁっっ!! はぁっ、ひぃ、ふぅ、はぁ……!」

「なにはともあれ、リンちゃんが無事でよかったわぁ!」

「お、おう」

 

 息も絶え絶えの千明を放り捨てて、あおいちゃんは晴れやかに笑った。

 ふと気付けば、撫子髪ちゃんがなにやらじっとこちらを見詰めている。

 それに小首を傾げて笑い掛けると、ぱっと灯りが点るような笑顔が返ってきた。

 

「あー! イチゴミルクの人だー!」

「そうだよ。飴ちゃんのおいちゃんだよ」

「イチゴ?」

「ミルク?」

「??」

 

 たったっと、軽やかに駆け寄ってきた娘子の大きな瞳が己を見上げてくる。新鮮な驚きと、意外な出来事に喜ぶ弾むような好奇心。懐っこい仔犬のようだ。その姿の後ろに、見えぬ筈の尻尾が左右に振れて見える気がする。

 

「お前さんもリンちゃんの友達だったんだなぁ。いやはや合縁奇縁。間違いなく良縁だ」

「えへへ~……各務原なでしこです! 同じC組、よろしくね!」

「あはは、じゃあ私も。斉藤恵那です。よろしくね、薙原くん」

「こちらこそ。薙原哲也、よろしくしてやってくれぃ」

「ごっほごほっ……は、はぁ、お、おし、お前ら、経緯はどうあれ、リンを助けてくれたことに変わりないんだ。薙原さんにちゃんとお礼言っとけ!」

 

 いやに鷹揚な言い様の千明にしかし三人は即応して、その場で御辞儀をした。

 

「「「「あぁりがとぉーございました~!」」」」

「小学生か」

「幼稚園生ってぇとこじゃねぇかな、ははは」

 

 賑々しいこと頑是無いほど。子らのはしゃぐ様ひたすらに快く。

 リンちゃんが今、幸せであることを重ね重ねに知った。

 そうして知らず、笑みなど浮かべている。

 

「……」

「……ん? なんだい、あおいちゃん」

 

 それを繁々と見られていた。あおいちゃんは実に注意深く、己の顔をつぶさに観察し、吟味している。

 はて、なにゆえにか。

 

「……リンちゃんと、薙原くんて、もしかして前から知り合いやったんかな?」

「え、それは……」

「いいや、今回の件が初対面だ」

 

 少なくとも()()()がこの娘と対面して言葉を交わしたのは、あの折が初。穏当な出会いとはお世辞にも言えまいが。

 小賢しい詭弁をさらりと吐いた己をしかし、偽りなく賢いあおいちゃんは信用しなかった。疑わしげな上目が己の顔を覗き込む。

 

「……ホンマに?」

「本当だとも。な? リンちゃん」

「うん、薙原くんとはクラスも違うし」

「ほら、また」

「?」

「“リンちゃん”て呼んどるもん!」

 

 重箱の隅に張り付いた胡麻でもほじり出すような、そうした目敏さがあった。

 きゅっと引き結んだ唇、頬を膨らませないのは年頃の少女なりの抵抗か羞恥か。さりとてその様は十分に幼気(いたいけ)だ。

 

「ハハハッ、俺ぁ誰彼構わず馴れ馴れしくっていけねぇや」

「そうだぞ。あたしなんて大の字だぞ」

「ビッグセンテンスちゃんはどうでもええねん」

「ビッグセンテンス!? また別の渾名が派生してんじゃねぇか! 微妙に長いし!」

「私ん時はイヌ子ちゃんやったのに……」

 

 ぽつりと呟きを一つ、あおいちゃんは俯いて床に落とす。やけに切なげな響きで。

 それを見て取って千明はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「オホホ、ご覧になって恵那さん。この子ったらヤキモチ焼いますわよヤキモチ」

「まあまあ本当ですわ。可愛いですねービッグセンテンスさん」

「あわわ、リ、リンちゃんどうしよう!? なんだかあおいちゃんがおこだよ!?」

「えぇっ!? わ、私に言われても」

 

 めいめい好き勝手に囃すやら慌てるやら。

 笑い掛けても、あおいちゃんのむくれ面は変わらない。誤魔化しは許さないとばかり。

 浮気の証拠を女房殿に掴まれた心境だ。

 

「己が勝手に呼んだのをこの子が許してくれたのさ。あおいちゃんがそうしてくれたのと同じだよぅ」

「さっき……」

「んん?」

「……リンちゃんの頭撫でとったやん」

 

 嘗て実際にそんな確証を突き付けられた経験は、幸いにしてないのだが。

 なるほど生きた心地はしない。

 特にこんな、灯火の如き純心は、枯れた老木には熱すぎる。

 

「あー、その、さ。ここって向こうの校舎からだと窓から丸見えでさ」

「うん、丸見えだったー」

「えへへ、リンちゃん、なんだか小っちゃい子みたいで可愛かったねぃ」

「ななななななっ!?」

 

 即座慌てふためいたのは己ではなくリンちゃんの方だった。

 

「ちがっ、別に、そんなっ、私と薙原くんは、そんなんじゃ!」

「いやこの粗忽者がな、ついつい気安くそういうことをやっちまう。いけねぇいけねぇ。女の子の御髪(おぐし)になんてまあ大それたこと。まさに打ち首獄門の科よ。やぁおそろしい! すまん、リンちゃん。御一同にもこの通り、お詫びいたすゆえ、お許しくだされ。平に平に」

 

 拝み手にへこへこと何度も頭を下げる。緋色法衣に大袈裟を着けたかの物言いを、胡散臭いと取るか不真面目と取るか。

 なでしこが不思議そうに唇に指を当てた。

 

「んー、そんなにダメかな。頭ぽんぽんするの」

「いやまー、人によるだろ」

「そうだねー。仲の良い男の子でも私はちょっとヤかな」

「ん~?」

「あ、なでしこ、もしかして薙原で想像してるか?」

「え、うん」

「そうじゃなくて、もっと別のやつ、クラスのよく知らない男子にやられたと思ってみ」

「…………あー、うーん、それはちょっと、イヤかなー。あははは……」

 

 女心の精妙微細なこと、うっかり手先を誤れば大火傷必定のおそるべきものよ。

 

「いやはや撫子髪ちゃんはお心が広くてらっしゃる」

「でへへ~、そうかな~」

「優しい子には飴ちゃんを進ぜよう」

「わーい!」

 

 少女は包みを開き、ころんころん口の中で転がす。

 一袋幾らのフルーツキャンディーをこうも旨そうに、幸せそうに頬張ってくれるとあらば、なるほど寄進のし甲斐というもの。

 

「私は、イヤちゃうよ……? 薙原くんやったら……」

「うん?」

「おぉーっとイヌ子選手ここで話題のインターセプトだ! どうですか今のボール確保は。解説の斉藤さん」

「そうですね。まず最初に頭撫でぇ……という流れを作った上で、自分にそれを引き戻すとても巧みな展開操作です。実況のビッグセンテンス・アキさん」

「んま~、んむ、薙原くん大人気だねぃ、リンちゃん」

「だ、だから私に言うなってば!」

 

 乱暴に言ってリンちゃんは赤くなった顔を逸らす。そうした機微に、恥ずかしさを覚える齢になったのだ。その相手役が己なのがなかなか奇々怪々ではあるが。

 不意に、手を取られた。あおいちゃんが、その両手で己のそれを引き寄せている。

 

「こっち、見てぇな」

「おぉ……」

「わぁ……」

「ふわぁ……あおいちゃん大胆だぁ」

「…………」

 

 ひしとこの手を包む柔手、その小ささに驚くことはない。その縋るような瞳に、おかしなところは何もない。

 己に取り、その幼さは当然の自然の、労しき感慨。厭う心持ちは微塵もありはしない。ただ愛らしいと思う。()()、愛らしいと思う。

 そこに宿るものがたとえなんであっても、たとえどんなに繊細で、必死な、乞い願いであっても、変わらない。変えられない。

 

「お?」

「っ!」

 

 それは、あおいちゃんに握られた左手ではなくもう片方の。

 右手をそっと握られた。

 リンちゃんが己の手を、人差し指を取って、きゅっと包む。

 

「な、なんとぉ」

「あはっ、そうきちゃうかー」

「リンちゃん……」

 

 娘子はむしろ、自分自身の行動に驚いているようだった。ただでさえ赤い顔が沸騰した土瓶のように蒸気を吹く。

 それを、ひどく懐かしく思う。背は伸びてこんなに大きくなったのに……手の握り方はあの頃のままだ。

 

「……」

「……」

 

 娘子二人、視線が交錯する。針の穴に糸を通すかの緊張感。

 軽口を吐いていた三人すら黙り込み、廊下には今や静謐が我が物顔で横たわる。

 一吹き、息を吐いた。

 

「お二人さん、こりゃまるで大岡裁きだ。放してくれねぇと己が越前守に叱られっちまうよぅ。な? いい子だから」

「……」

「……」

 

 あおいちゃんは依然として変わらず、むむむと真剣面で放してなるものかといった様子。

 リンちゃんは黙ったまま、表情も一見して平常に、ただ人差し指を握る手に力が篭った。

 龍虎譲らず。その真ん中に屹立した老樹はただただ途方に暮れるばかり。

 

「貴方達!」

 

 そこへ降り来った天の助けは、誰あろう鳥羽教諭であった。廊下の先から小走りに来やる。

 

「そらそら南町奉行様の御成りだぜ」

「誰が大岡忠相ですか!? って……どうしたんですか。えっ、子争い?」

 

 両の手をそれぞれ二人に引っ張られ往生する様はまさしくそれであろう。

 困惑もそこそこに、鳥羽教諭はきりりと表情を改める。

 

「皆さん、もうとっくに授業は始まっています。早く教室に戻りなさい」

「うぇ!? マジか!」

「あははは、来る途中に予鈴鳴ってたしそりゃそっかー」

「いやいやならそん時に言えよ! うわぁ焦っててまったく気付かなかった!」

「あおいちゃん、リンちゃんもだ。さあ、さあ、もう行かねぇと」

 

 納得とは言えぬ顔。いや、程遠いことは目を見ればわかる。

 それでも順繰り、娘らを見詰めて笑ってやる。

 そうしてようやく、す、す、するりと、惜しむ名残の多いこと多いこと。それでも手は離れ、暫時の間を置き、少女ら五人は連れ立って教室へ歩き始めた。まあ、先生の前で走る訳にもいくまい。

 その背を、鳥羽教諭と共々に追う。

 

「……薙原くん」

「なんですかい」

「差し出口というか、いえ、こういうことはきちんとしないと、やっぱり……」

「?」

「その、あの、ふ……不純異性交遊は、先生、その、感心できないです」

「……」

「二股とか……よくないです、よ……?」

「あんたは可愛い子だよ」

「はいっ?」

 

 あるいは前を歩く娘ら以上に、幼気で。乙女らしく恥じらう様が実に愛くるしいのだ。この娘は。

 溜息交じりに、悩みの種の芽吹きを覚えた。こんな老い耄れが、こんな身の上で、この期に及んで、と。

 ちらとこちらに振り返る横顔。その切なさが、ひどく悩ましい。

 

「どうしたもんかねぇ」

「……悩み事なら相談に乗りますよ。普段から……今回のことだって、私は貴方に助けられてばかりですから」

「そいつぁ、有り難ぇお申し出だ」

 

 皮肉の色を乗せぬよう、目礼気味にそう応える。事実、愚痴の一つ二つ垂れたい心持ちだった。

 それを遠慮なく吐ける相手は……今ばかりは、絶無なのだから。

 

「一献ぐれぇはお許しいただけませんかぃ。よよよ、憐れと思ってお恵みを~」

「っ、ぜ、絶対ダメです!」

「ハハハッ、こりゃ手厳しい。(すこぶ)る燗に合う、天麩羅の旨い良いぃ店を知ってんですがねぇ」

「もぉ! 薙原くん!」

 

 ぷんぷんと細目を吊り上げ、上気して鳥羽先生がお叱りくださる。

 己は不謹慎に笑った。笑う笑う。笑うしかあるまい。

 老い耄れが徒惚れに行き合った。それも、孫ほどの娘から。それが笑い話でなくてなんだという。

 笑うしか、ねぇだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

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