じじキャン△   作:足洗

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ただただ鳥羽先生が可愛いだけの話。



15話 不貞の兇気

 

 

 

 日が没してより幾らも経ったか。街灯が照らす歩道、行き交う車を横目にして真実宛て処なく彷徨い歩む。

 

「ええ、今晩は外で済ませます……いやこちらこそ申し訳ない。ええ、では」

 

 言って、通話を終える。

 哲也の祖母君はこちらの都合に反問もせず、ただ穏やかに許しをくれた。他人様の孫を好き勝手に連れ回しているような心地だ。

 それでも独り思索の時間が欲しかった。手掛かり、手繰れる緒の端を摘まみはしたものの、当の本人に直接当たることが叶うのは明日以後。学校に田原が来なければどうしようもない。

 まさか調べる手立てもない自宅の住所を突き止め、直接乗り込むという訳にもいくまい。校内の更衣室で荷物を漁る……盗人よりある種質が悪かろう。

 いよいよ万策が尽きた時、その狂った手段を取るやも知れぬが。

 それまではせめて、真人間らしく在ろうや。

 真人間なればこそ一丁前に腹も減る。

 

「お」

 

 道の先に看板を認めた。

 手打ち蕎麦屋。今の気分にぴったり嵌まる。

 逡巡もなく店の暖簾を潜った。

 

 

 

 平日とはいえ夕飯時だが、それにしては客入りはやや大人しい。流行っておらぬと言うよりは、偶さか閑古な狭間に訪れたのだろう。

 落ち着いて飯にありつけるならそれに越したこともない。

 暖かな店内に踏み入る。するとすぐそこに、店員と思しい後ろ姿を認めた。

 しかし、どうしたことか入店した人間に応対するでもなく店員はその場を動かず。なんとなれば屈み込み、レジスターの載るテーブルの影に身を潜ませていた。

 一体なにを。

 

「お嬢さん、入れるかい?」

「はいぃ!?」

 

 なるべく穏やかに声を掛けたつもりだったが、その細い背中がびくりと跳ねる。

 

「すすすみません! いらっしゃいませ! お一人様で……あれ」

「おぉ」

 

 振り返った店員の女性、少女は見覚えも新しい。あの健啖家の撫子髪ちゃんであった。

 

「わぁ! 哲也くんだぁ! こんばんは~」

「おう、こんばんは。今日はよくよく縁があるなぁ」

 

 にぱっと晴れやかに少女の笑顔が咲いたのも束の間のこと。

 撫子髪ちゃんははっとして、またレジカウンターの影に引っ込んだ。

 少女がこちらを手招く。

 それに倣って己も屈む。依然として意味は不明であるが。

 

「んで、どうしたんだい」

「あれあれ」

 

 両手の人差し指で少女が指し示すものを見る。

 そこには然して不可思議な光景はなかった。店の端、窓辺の席に一人客がある。卓には天麩羅の盛合せと出汁巻き卵とたっぷりの大根おろし。燗を合わせればさぞ具合が好かろうや。

 異なる、というか奇なるのはその人物であった。

 二合瓶を手酌で傾ける。注ぐ先はしかし猪口ではなく透明なコップ。とくとくならぬどぷどぷと中身を浪々と注ぎ込んだ。風情もへったくれもない。飲兵衛ならではな大雑把で、その女はカップをあおった。あたかも運動の後の水分補給と言わんばかり。

 

「ん、ん、ん……ぶっはぁ!! キクわぁ!」

 

 鳥羽教諭……と思わしき女が酒をかっ喰らっていた。

 威勢も良く景気もなお宜しく、吐く息は如何にも酒臭そうだ。

 間違っても教職員が生徒に晒してよい姿ではなかった。

 

「なるほど、ああも飲んだくれられちゃあ出難かろうな」

「あはは~、そうなんだー。バイトのことはちゃんと学校に言ってあるし、なんにも悪いことしてる訳じゃないんだけど、こう、反射的にしゅばば! って。それに……」

「ん?」

「最近は先生、見回りの仕事とかで忙しいし、せっかく好きなお酒飲める時間だもん。邪魔したら可哀想だよ」

 

 なにやら神妙に少女は言う。

 胸奥に陽気を覚えた。木漏れ日の柔らに似てそれは毒気だの険だのを溶かし解く。やにわに牧歌的な心持ちにさせられる。

 

「ふははっ、いい子だなぁお前さんは」

「へ? んへへ、またまた~。そんなことありゃしませんよぅ。照れるじゃないさお前さん」

「誰の芝居なんだぃそりゃ」

「田舎のおばあちゃん、あと哲也くんの真似~」

「あぁん? こいつめ」

「えへへ」

 

 軽く娘子の額を小突いてやり、立ち上がる。

 

「とりあえず相席で頼む。いいかい、店員さん」

「えっ」

 

 返事は待たずに奥の席へ向かう。

 鳥羽の娘子は瓶を振って中身の滴をコップに落とす作業で忙しいらしく、こちらに気付いた様子はない。麗峰とロゴの貼られたフロストボトルの空瓶が五本。なんとまあ、噂に違わぬ蟒蛇っぷり。

 

「蕎麦屋で一人飲みってなぁなかなか風流だがよ、ちょいと節操がねぇな。肝臓と財布に悪ぃぞ」

「あによー、私の勝手でしょー」

「まあまあそう邪険にしなさんな。ほんの老婆心だ。お冷だったらお酌しますぜ、お嬢さん」

「うっさい! ナンパなら他所でやっ……て……」

 

 思いの外時間を掛けて、対手はようやく対面に座った己を認めたようだ。

 酒精も香る赤ら顔が別の風合いで色味を増していく。

 

「こんばんは、先生」

「薙原くん!? なんで!?」

 

 まさかこんなところで生徒に出くわすなどと思いもせなんだといった様相である。

 

「激務を終えた帰りの一杯だ。いやさぞ格別と存ずる。それを水差しにごちゃごちゃとケチを付けたかねぇんだが、バイトの子がすっかり困ってるんでな。ほれ」

「ぁ……か、各務原さん……そっか、バイト先の飲食店ってここ……」

 

 こちらの視線に少女がはっとする。暫時迷ってから、少女はそっとこちらに手を振った。

 手を振り返して卓に向き直る。

 鳥羽教諭はひどく気まずそうにその黒い(びん)を掻き上げた。

 

「うぅ……そうよね、身延だし、そりゃあ鉢合わせちゃうか……でも、あぁうわぁ油断したぁ……」

 

 わっと頭を抱えて卓上に突っ伏す鳥羽嬢の様に、申し訳ないが笑みを堪えた。

 

「きっちり仕事をこなした後に稼いだ身銭でお(まんま)食らって何をか咎めることあらんや……と、俺共なんぞは思っちまうんですがね。そうも行きませんかい」

「……私だって、自由にお酒くらい飲みに行きたいわよ。生徒と、なにより親御さんの手前もあるし。教師はいつでもどこでも素行を見張られてるんだから。学区のお店で外食なんて滅多にできるもんじゃないし、誰かと街を歩いてるだけでもすぐ噂されるし……」

 

 すっかり不貞腐れて娘は独り言ちた。気苦労さぞ多かろうとは感じられたものだが、どうやら累積した鬱憤は己の想像以上らしい。

 

「校長も教頭もお小言ばっっかり。そりゃ勤務態度とかカリキュラムの進捗とかに注意してくださるのは当然だし有り難いことだけどさ、どーして私生活にまで口出しされなきゃいけないわけぇ!? 彼氏の有無ってそんなに大事!? 彼氏いたら男子生徒の扱い方に活かせるでしょ、だって……馬っ鹿じゃないの!? ってかこれフツーにセクハラじゃない? セクハラよね直球の!?」

「ああ違ぇねぇ。そいつぁセクハラだ」

「でっしょー!」

 

 卓上に乗り出して娘は吠えた。

 

「あぁー! 思い出したらまたムカついてきた。仕事と関係ない話すんじゃねぇよおっさん共! こっちにはまだまだやらなきゃなんないこと山積みなんだってぇの!」

「おぉまったく迷惑千万だな」

「ホントよ。世間話に時間取るならその分時給寄越しなさいよ」

「サービス残業ってやつか。いやぁ世知辛いねぇ」

「今日も無給で頑張っております! 泣きそう! うえーん!!」

「あぁあぁ」

 

 娘子は宣言通りわっと泣き喚き始めた。鬱々と塞ぐよりはまだマシと思うべきか。

 元気よく泣きべそを晒す鳥羽教諭を宥めながら、片手で店員の少女を手招く。

 先刻から心配そうにこちらの様子を窺っていた撫子髪ちゃんが、こそこそと近寄ってくる。

 

()()を一枚、それにしし唐の天麩羅と……お、生姜のかき揚げか。いいね。こいつも一皿」

「あ、はい。えーっともりそばとしし唐、生姜かき揚げ、と」

「それとすまねぇが一本浸けてくれるかい」

「え? でも、えっと、お酒でいいの?」

「ああ、ぬる燗くれぇでよかろう。ちょっとした労いにな」

 

 腕に顔を埋めてぐずぐずと呻く鳥羽教諭に目をやる。撫子髪ちゃんは困り顔に微笑を浮かべた。

 

「しょーがないな~」

「いやはやありがてぇ。ありがたついでに、器を二ついただけるとおいちゃん嬉しいんだが」

「ふえ!? だ、ダメだよ! 哲也くんまだ高校生でしょ!」

「そこをなんとか」

「めっ!」

 

 子供でも叱るように言い置いて、少女は厨房へ行ってしまった。

 

「ありゃりゃ怒られっちまったよ」

「あったりまえです~。お子ちゃまにポン酒なんて贅沢なんだから」

「そういう話かね」

「大人になったら嫌でも飲めるわよ。飲まなきゃやってらんなくなるのよ~だ」

「かかっ、そうだな。いやまったく、その通り」

 

 大根おろしに醤油を垂らし、娘はそれをちびちびと箸で摘まむ。とっくに空になったコップを一嘗め、それがなにやら無性に寂し気であった。

 

「お酒は大好きだけど、付き合わされるお酒ってなーんであんなに不味いのかなぁ。大学の頃もさ、友達とする宅飲みってすっごい楽しいけど、ゼミのよく知らない人とする飲み会ってお店がどんなに豪勢でもぜんっぜん美味しくないの。わかる? これ。このジレンマ」

「おうおう、わかるわかる」

 

 酔っ払いらしく話し振りは実に唐突で取り留めもない。

 思い出話かと思えば、身を乗り出してこちらに細い指を突き付ける。

 

「言っとくけど、そうそこな男子! 薙原くんもよく聞きなさい! 酔わせてお持ち帰りしてやろうとかそういう魂胆はお店に集合した時点から女子達(こっち)には筒抜けだということをね!」

「ハハハッ、男の下心か。そりゃあ見え透いてるだろうなぁ」

「もうがっつがつよ。鼻息荒いっちゅうの。こっちがお酒好きなの分かった途端どんどん飲ませようとするの」

「そりゃあ不届きな野郎だ」

「それ! めっちゃフトドキでしょ。だからそういう奴は逆に酔い潰してやんのよ」

「ほぉ! かかかっ、そいつぁ大したもんだ」

「ふふーん無敗よ無敗。何人を地べたに這いつくばらせたことか」

 

 得意げに鼻を高くしたのも束の間、教諭は椅子の背もたれにぐでんと寄りかかる。上体が傾き、視線は天井の吊り行灯をぼんやりと撫でる。

 

「男なんてどーせ顔か体しか見てないもんね」

「そんな手合いも多かろうな」

「みーんなそうよ。どいつもこいつもそんなんばっか……田原先生だってその被害者よ」

「……ほう、田原先生が」

「美人でスタイルいいからすごくモテたんだって。でもそんな浅い評価なんて歯牙にもかけない人だからねあの人。仕事人間! っていうか。完璧主義! っていうか。とにかく出来る女って感じ。厳しいけど、めっちゃくちゃ厳しいけど、優秀な人なんだから。すごい人なんだから! それを……それなのに、婚約した相手が」

「お相手が、なんぞよろしからん男だったかい」

「……浮気だって」

「……」

「婚約して結納まで済ませて、それでもへーきで他の女に手ぇ出すとか……最低」

「ああ、まったくだ」

 

 切なげに、娘は呟く。行灯の光の中に浮かべた誰かを、憐れんで。

 くた、と娘が再び卓に突っ伏す。上目遣いの視線が己を見る。

 

「薙原くんはそんな大人になっちゃダメだからね。絶対。絶対よ?」

「相承った。努々肝に銘じやしょう」

「よろしい! ふへへぇ」

 

 にへらと満足そうな笑みを浮かべる。この娘子が益々幼気に見える。

 

「お待ち遠さまでっす!」

 

 そこへ早くも注文の品が届いた。遅まきの夕食に細やかな酒肴を添えて。

 猪口を娘の前に置き、暖かな徳利の口を向けた。

 ややも丸まった目が己を見返して来る。

 

「何はともあれ今日も骨折りだ。先生は、よく頑張っておいでだよ。不肖の身から一献、貰ってやってくれますか」

「ぁ……い、いただきます」

 

 やにわに居住まいを正して、猪口を両手に戴く。その神妙さがなんとも可笑しい。

 注がれたぬる燗に娘はそっと口付ける。目を閉じ、酒精を口に含む。そうすればなるほど、味も一入染み入ろう。

 

「……ほぅ」

 

 吐息は柔らかな熱を帯び、五臓六腑の酒気を今少し和らげるだろう。温めの燗は水より体に良い……とは流石に酔漢の戯言だが。

 娘ははにかんで、下を向いた。

 

「生徒にお酌されちゃった」

「偶にはよかろうさ。さ、もう一杯」

「あ、はい」

「生姜は悪酔いを防ぐそうだ。ま、焼石に水だろうが燗には合うだろう。やりなやりな」

「ん、じゃあもらう」

 

 妙に舌ったらずにそう言って、娘子は生姜のかき揚げを熱々と頬張った。

 

「旨いかい」

「……うん」

「そうかい。もっと食いなよ。空きっ腹に冷酒なんざ毒にしかならんぜ。飲兵衛はこれだからいけねぇや」

「い、いつもはちゃんと食べてから飲むもん。チェイサー挟め……って(りょうこ)が怒るから」

「ほほう、妹御か。いやはやその子は姉君に似ずしっかりとしとるようだのう」

「むー……私だって普段しっかりやってるからいいでしょー」

「ふっ、そうだな。偉い偉い」

「あー褒め方がテキトー。ダメですやり直し」

「あぁん?」

「もっと心を込めて、優しーく労ってくださーい」

「酔っ払いめ」

「酔ってないもん。ほぉらぁ、ほーめーてー」

「先生はよっく頑張ってるよぅ。偉い子だ。いぃい子だなぁ」

「先生じゃなーくーて、美波ぃ」

「へいへい。美波ちゃんはいい子だよ。頑張り屋でしっかり者で、本当は可愛い子だよぅ」

「ふへへへへ~」

 

 とろりと瞳を蕩かせて、娘は卓上の腕に頬を乗せる。

 

「ん~、なんか気持ちよくなってきたぁ」

「ははぁ、眠いんだろ」

「違うもん。楽しいだけだもん。久しぶりに……楽しいお酒だから。えへへ。薙原くんも早く大人になってよー。そうしたら一緒に飲もう! うんにゃ! 今飲もう! 各務原さーん! 熱燗お代わりー!」

「こら、もう止せ止せ」

「えぇ~やぁだぁ。薙原くんと飲むのぉ」

「また今度な。いい子だから、な?」

「むぇー……約束だかんねぇ……指切り……げんまん……」

 

 譫言が寝言に変わり、娘は静かな寝息を立て始めた。

 さっさともり蕎麦やら天麩羅やらを片付け、再三に撫子髪ちゃんを呼び付ける。

 

「わ、先生寝ちゃったの?」

「ああ、すまねぇが勘定と、タクシーを一台呼んでくれるかい」

「あ、哲也くんちょっと待ってて」

「?」

 

 言うや、少女は踵を返し、店の扉を潜って表に出て行ってしまった。

 そうして程なく、少女が戻ってくる。眉尻を下げた困り顔で。

 

「ど、どうしよう。先生、車で来てたみたい」

「あん? うむ、ならそうすっと、代行か」

「そ、それがね。身延って運転代行あんまりないみたいで。呼ぶとしたら甲府からになっちゃうんだって」

「ありゃま」

 

 少女はわざわざスマートホーンで調べてくれた検索結果の画面をこちらに示す。

 なるほど、確かに。デジタルの地図には点在する運転代行サービスの位置を鋲のポンチ絵で表記されてあるのだが、甲府周辺の賑わいとは打って変わって身延近郊にはさっぱりとそれが見当たらない。

 

「妙なところで不便だな、ここいらは。まあ仕方ねぇ。車は置いて先生はタクシーで帰そう。店長さんには俺からナシ付けさせて」

「あ! そうだ!」

「おぉどした」

 

 突如、電球を点灯させたかのように少女はなにやら思い付いたようだ。

 少女は背もたれに掛けられた鳥羽教諭のコートをまさぐり、何かを探る。

 

「あった!」

 

 取り出したのはスマートホーンであった。

 少女は手際よくボタンを押し、画面に指を滑らせる。

 

「えとえと……あっ、ど、どうしよう。ロック掛かってるよ!?」

「うん? こいつぁなんだ。ぱすわーどとかいうのを打ち込むのか」

「ううん、たぶん顔認証じゃないかな……あ」

 

 己が寝こける教諭を背後から抱き起し、少女はスマホを教諭の面前に翳した。

 

「やったー! ついた!」

「防犯効果は絶無だな」

 

 教諭のセキュリティ意識の低さは今後お身内方に議論を尽くしていただくとして。

 少女はどうやら連絡先一覧から誰かの宛名を探している。

 

「り、り、り、あった。涼子さん!」

 

 

 

 

 

 此方の事情は実に淀みなく彼方へと伝わった。なるほどこの娘のこうした始末は今晩が初めてではないのだろう。いとも容易に想像が及ぶ。

 店内の席で、鳥羽教諭の寝顔を眺めていること暫し。緩み切った赤ら顔が涎を垂らしそうになった頃、妹御・鳥羽涼子が現れた。短く切り揃えた黒髪にダウンコートの前を空けている。

 駅から徒歩で、いやさ走って来たのだろう。息せき切らせながら開口一番、妹御は頭を垂れて。

 

「うちのバカ姉がほんっとーにすみません!」

「いやいや滅相もない。こちらこそ呼び付けるような真似をして」

「い、いえいえいえ! 100パーセントで悪いのはそこの酔っ払いですから! そこの……ああもう! いい加減起きてよ! 起きろ! お姉ちゃん!?」

「うぅ~ん……次はぁ、お湯割りでぇ……あん肝ぉ……んへへ」

「お姉ちゃんっ!!」

「ハハハハハッ、疲れておいでなんだろうよ。どら、車まで送ろう」

 

 一向起きる様子もない。起きたところで一人で歩けるかも怪しいが。

 背負って行こうと傍に屈んだところで、撫子髪ちゃんの待ったが掛かる。

 

「あ、あ、哲也くん、先生スカートだよ」

「おっと? そうかい」

「いやもう丸見えでも全然いいですよ。酔っ払いに相応しい末路で」

「妹さん!?」

 

 何やら歪んだ笑みで投げやりに言い放つ妹御の申し出はさて置いて。

 ならばここは一つ。鳥羽教諭の背と両膝の裏に腕を入れ、後方へ一気に引き上げる。

 一度ぐらりと揺れたことで、反射的に娘の方も自らこちらの首に掴まってくれた。よしよし。

 

「そ、そこまでしてくれなくても……」

「いいからいいから。ああすまねぇが扉開けてくれるかい」

「あ、はい! すみません」

「わぁー! お姫様抱っこだー!」

 

 なにやら目を輝かせてはしゃぐ撫子髪ちゃんに付き添われながら、駐車場の小型SUVに向かう。

 後部座席に大荷物よろしく積み込んで出ようとする己を、しかし娘子の腕は放さなかった。己の首にぶら下がるようにして嫌々をする。まるで赤子か幼児の有様。

 

「やぁだぁ。薙原くんもぉ。うん! 二次会いこ二次会っ! カラオケバーがいい!」

「ちょっとマジでいい加減にしなよお姉ちゃん!?」

「おいおい先生。もう家帰るんだぜ。明日もあるんだから」

「むぅー!」

 

 眼下で駄々を捏ねる娘子に、呆れるやら和むやら。宥めるように、そして労うように、頭をくしゃくしゃと撫で回す。

 

「んにゃにゃにゃ」

「ゆっくり休みなよ、美波ちゃん。また明日、ちゃんと学校来るんだぜ?」

「……はーい」

「よし、いい子だ」

 

 不承不承、それでも腕を解いて、教諭は席に座り直ししっかりとシートベルトまで締めた。

 扉を静かに閉めてから後ろを振り返ると、妹御がぽかんと目を瞬いていた。

 

「おぅい、どうかしたかい」

「え!? あ、いや、な、なんでもないです! あ、今日は本当にすみませんでした! じ、じゃあ私はこれで」

「ああ、ご足労お掛けした。道中気を付けて」

「は、はい。どうも……」

 

 そそくさと逃げるように鳥羽涼子は運転席に乗り込む。

 滑るように静かに車は駐車場を出、極めて安全運転で遠ざかって行った。

 律儀なこと。撫子髪ちゃんは最後まで手を振ってそれを見送っていた。

 

「さてさて、己もそろそろ帰るとしよう。何かと騒がせて悪かったな」

「ううん! 私はぜんっぜん大丈夫だよー。えへへ、なんならちょっと面白かったしねぃ」

 

 にまにま含んだ笑みを湛えてこちらを見上げてくる。なんとも、企て顔の似合わぬ娘だ。

 

「哲也くんは女()()()だねぃ」

「誑しか? まったく、人聞きの悪ぃこと言いやがるなぁこの口か」

「んへへ」

 

 軽く頬を抓ると、どうしてか娘子は嬉しそうに綻んだ。しかしまたその頬の柔いこと柔いこと。

 

「あ、ほうは!」

「今度はなんだい」

 

 頬を抓られながら娘が手を打つ。

 取って置きの思い付きとばかり、晴れやかに笑って。

 

「今日この後、お姉ちゃんが迎えに来てくれるんだ」

「へぇそうかい……まあこんな御時勢だ」

 

 むしろこの娘一人、この時刻からどのように帰宅するのかと要らぬ節介が湧いたものだが。

 それを聞いて筋違いな安堵など噛んでいる。近く危うい事態を痛感したばかり。その点ではある種、臆病にもなろうか。

 すると、娘は思いも寄らぬことを言い出した。

 

「哲也くんも一緒に帰ろうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

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