じじキャン△   作:足洗

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ゆるキャン△最カワはしまりんママ、異論は認めぬ。



21話 敵わぬ道理

 

 

 

 

 身延駅からも程近い、車で数分ばかりの距離にその店はあった。

 アウトドア用品専門店『カリブー』。

 外観は航空機のガレージを思わせる波状の金属外壁。入り口に施された装飾の趣はヴィンテージアメリカンといったところ。

 どちらかと言えば()()世代の派手派手しい古びた看板やら錆びた灰皿、私物なのか展示物なのかハーレーなんてものまで飾ってある。

 

「わっほーい! カリブーだー!」

「なんやちょっと来ぉへんかっただけやのに、えらい久しぶりに感じるわぁ」

「ぐふふふ、なんだかんだ結構ご無沙汰だったからな。使い途のなかったバイト代がたんまりあるぜぇ。豪遊……! 散財……!」

「すごーい、身延にこんなところあったんだね」

「斉藤は来るの初めてだっけ?」

 

 いの一番に車を飛び出したなでしこを先頭に面々が続く。あおいちゃんの言う通り、近頃はこうして足を伸ばして遊びに出掛ける機会さえ少なかったろう。久方振りの遊興という奴だ。千明ならずとも娘らは実に賑やかで、大層楽しげだった。

 駐車場の適当な場所に停まった青いラシーンと白のコンパクトカーから、なでしこの姉君と咲ちゃんが出てくる。彼女ら共々、姦しい娘子らの後を追う。

 

「どうもすみませんな。お二方とも、とんだご足労をお掛けして」

「えっ? いえいえ。全然そんなの気にしなくていいのよ?」

「私も。どうせ帰り道になでしこを拾うつもりだっし」

「ハハッそう言っていただけますか。いやありがとうございます」

「哲也くーん! 早く早くー!」

「あいよぅ」

 

 待ちきれぬ様子のなでしこに手を振り返す。悠長な歩みのこちらに先んじて五人は入り口を潜っていった。

 

「妙なご時世になっちまって。可哀想に、あの子らも随分と窮屈な思いをしてるだろう」

「……そうね」

「あの、リンちゃんは、もう、大丈夫ですか……?」

 

 なでしこの姉御、各務原桜はどうやら慎重に慎重に言葉を選んだ末、素朴にそう尋ねた。

 

「あ、ええ。怪我は大したことなくて済んだし、本人ももう平気だって言ってます」

「そうですか……よかった。本当に」

「ふふ、それもこれも勇敢な人が守ってくれたお陰よ。ね? 薙原くん」

「ん? いや、俺ぁ大したこたぁ何もしちゃおりませんよ」

「大したことよ。間違いなく。だって、リンが無事に帰ってきてくれたんだもの……本当にありがとう。ありがとう、ございました」

 

 咲ちゃんは立ち止まり、その場で深々とこちらに頭を下げた。

 形の良い旋毛を前に、立つ瀬がないのは誰あろう己であった。

 己の前には母がいる。子を想う。心から想い遣る。その健やかなることに感謝を捧げる、母御の姿が。

 不思議なものだ。俺は彼女が揺り籠で眠る様も、成人式の晴れ着姿も知っている。初めて手に入れた自前のバイクで山梨の拙宅を訪ねてくれたことも覚えている。

 立派になった。奴め、新城め、本当に良い子を授かりやがって。本当に良い子に、育て上げやがって。

 筋違いの感慨に、微かに、胸が詰まる。ああ、まったく分際ではない。他人様の子供に何を思う。老い耄れが、寡男が、何を。

 

「なでしこから少しだけ事情は聞いてたけど……通り魔を追い払ったって本当なのね。凄い、って言っていいのかな」

「だぁめぇよ! ホントなら絶対ダメ。本来は逃げなきゃダメだったの。犯罪者に立ち向かおうなんて真っ当な人間は考えちゃダメ。考える必要だってない。それは警察の仕事、責務なんだから……それを盗ったら可哀想でしょ」

「そいつぁ」

「昔ね。私のお父さんのお友達に言われたの。ふふっ、叱られたっていうのかな。ああその人、元は刑事さんでね。私がちょっとやんちゃしたりすると、すぐにそう言い聞かせてくるの」

 

 遠く、咲ちゃんの目は今ではないところへ向かう。昔日を見て、彼女は微笑んだ。

 僅かばかりでも良い思い出であってくれたなら、それは幸いだ。とても、とても。

 次の瞬間には母御の顔になり、咲ちゃんが己に向き合う。自然、こちらは傾聴の姿勢を取らざるを得まい。

 

「いい? 薙原くん。いくら貴方が強くても、それは危ないことをしていい理由にはならないの」

「ええ、その通りです」

「貴方が危険な目に遭えば親御さんが悲しむわ。私だって悲しい。リンだって、すごく悲しむ。ふふ、あの子、貴方にとっても懐いてるみたいだから……だから、約束してね。もう無茶なことはしない、って」

「……肝に命じましょう」

 

 約束はできない。

 傲然と、俺は欺瞞を口にした。

 危険を冒してでも果たさねばならぬことがあった。この誠実で優しい娘子の言葉に背いても、この愚かな男にはやらねばならぬ責務があった。

 すまねぇ、咲ちゃん。喉奥で詫び言を押し殺す。

 己の吐いた素直とは程遠い言葉に、対する母御はどうやら御不満だ。じと、とした疑わしげな眼差し。子供の時分とそう変わらぬ顔立ちと相俟って、湧き出る懐かさに難儀する。

 

「……ちゃんとわかってるんでしょうね」

「勿論ですとも」

「うわ、すっごい胡散臭い」

「カカッ! いやはやまったく耳が痛い。御母君には、敵わねぇなぁ」

「っ……!?」

 

 不意に、彼女は息を呑む。まるで思いがけないものを目の当たりにしたかのような。

 見開かれた両目に晒され、先程とはまた別種の居心地の悪さを覚えた。

 おもむろに手が伸びてくる。咲ちゃんは己の顔やら頭やらを両手でぺたぺたと触り捏ね繰り、どうやら検めていた。

 

「似てない……ぜんっぜん似てない……似てない筈なのに……」

「あ、あのー、し、志摩さん?」

 

 己などより、むしろ傍らで様子を見守っていた桜嬢こそ困惑していた。

 娘の友達とはいえ、成人女性がいきなり男子高校生の顔をべたべたと触り始めれば驚きもしよう。

 はっとして正気を取り戻した咲ちゃんが手を放す。

 気恥ずかしそうな娘子の姿に、己はただ曖昧に笑みを返すより他なかった。

 

「……薙原くん、私ね。実はなでしこからもう一つ面白い話を聞いてるの」

「うん?」

 

 眼鏡美人の姉君は、茜の緋色を映えさせるレンズ越しに己を見据えた。

 獲物を狙うように。

 何故か、そんな剣呑な語彙が浮かぶ。

 

「キミ、年上好きなんですってね」

「んん?」

「あらやだ」

 

 何故か、咲ちゃんは自身の頬に両手を添えて恥じらった。

 

「でもあおいちゃんともいい感じらしいじゃない」

「んんん?」

「……あら、私はてっきり、うちのリンに()()()()くれてるものかと思ってたんだけど」

 

 打って変わって冷えていく声色に肩身が縮まる。夕暮れ時の寒気(かんき)に依らぬ寒気(さむけ)。いやこれは、怖気かね。

 対して、桜嬢の変化に乏しい表情の中に、なにやら溌溂とした色が見え隠れしていた。それこそ桜色の好奇が。

 

「プレイボーイね、薙原くん」

「誠実さって大事だと思うの、ねぇ薙原くん」

「いやぁあっしにゃあ皆目」

「中に休憩スペースってあったかしら」

「そうね。アウトドアチェアでも見ながらゆっくりお話ししましょうか」

「子供らの様子も見に行かねば」

「大丈夫よ。ああそれともあおいちゃんも混ぜた方がいい?」

「リンも呼んであげた方がフェアかしら」

「最近の揺り椅子は物が良いそうですな! いや楽しみだなこん畜生!」

 

 もとより承知。既知の事実。恋に花咲き恋バナ咲かせる女性(にょしょう)に、己が弁舌で敵う道理などないと。

 刑務官に伴われる囚人の心持ちで、己はカリブーの扉を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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