じじキャン△   作:足洗

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バッドエンドルート(3)

 

 

 

「えっ、じゃあキャンプの約束したの? 二人っきりで!?」

「や、や、返事はまだしてねぇんだぜ? 流石に野郎の独り趣味に娘さん付き合わせるってのも気が引けてな」

 

 薪を一本火に放り込む。火勢を増し、夜気に一筋白い煙がくゆる。

 

「学校のことでいろいろ立て込んでるってんで、まあ仕事が一段落着いたらと」

「それほとんど言質じゃん」

「やっぱりそう思うかい?」

「……」

「いや、あの子も今時分は気苦労多いようでな。勤め先の小学校の廃校が決まったそうだ」

「えっ、そうなの」

「ああ、市内校区の定住者が減り児童数は輪を掛けて減った。過疎と少子化も随分極まってきたらしいや。教育実習終えて初めて担任を持てたのがあの小学校だったんだろ? 気丈に振る舞っちゃいたが、気落ちせずにおれるかい。娘っ子一人、何か労ってやれるならしてやりてぇと、この爺めは偉そうに思ったのよ」

「……そっか」

 

 吐息するようにぽつりとリンちゃんは声を漏らす。

 少子高齢化が避けられない時流とはいえ、懸命に努力した末に立派に教師を奉職してみせた娘にそれは実に酷な仕打ちだった。

 

「おぉ、そういえば早速あおいちゃんからキャンプ地の候補が送られて来たんだが」

「あ、うん。どんなとこ」

「星のやどうこういう……グランピングっつうのか? 随分豪勢なところらしい」

 

 スマホの画面に、あおいちゃんから送られてきたアドレスを表示する。

 リンちゃんはそれを受け取って暫し見下ろし、みるみる表情を硬くしていった。

 

「……ここがっつりカップル用の高級リゾートじゃん」

「あぁまあ値段はそこそこ」

(しかもキャビン一部屋で、キ、キングサイズベッド!? ろ、露骨すぎる……!?)

「かかっ、口幅ったいのは承知だが、こいつぁもうキャンプじゃねぇな。いいとこコテージか、いや気取ったホテルだぜ」

「ソーダネー」

 

 どうしてか、娘は本栖湖の水面のように色のない目をしていた。

 

「……私の方でも良さげなキャンプ場何個かピックアップしとくよ。だから必ず、絶対、事前に声かけてね。じん爺。いい? 約束だよ?」

「お、おう。まあ、爺一人より見知った友達呼び集めて慰労会、ってな方があおいちゃんも嬉しいだろうぜ」

「ソーダネー」

 

 薪が爆ぜる。火の粉が散る。

 火のように熱く燃えるは若き血潮か。

 はてさて、この老い耄れめは何を期待され、何を勘繰られているのやら。

 

 

 

 

 

 夜も更け、寒さは一入。

 食事で身体が暖まったのを見計らい、リンちゃんはテントに入った。

 

「小父さんはまだ寝ないの?」

「火の始末したらとっとと寝るよ。そらそら、冷えねぇ内に寝袋被っちまいな」

「うん……」

 

 いそいそと寝床を調える娘を見守る。

 

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。リンちゃん」

 

 律儀に己の方を確かめて、リンちゃんはテントの口をそっと閉じた。

 

「……」

 

 飲み掛けの冷めたコーヒーを平らげる。そうして、ローチェアの傍らに置いたバッグから俺はバインダーを取り出した。

 焚火の灯りと光度を絞ったLEDランタンで十分に内容は読み取れる。というか、読むまでもない。バインダーに綴じられた記録、写真、走り書きに至るまで全て、もはや諳んじることができる。できるまでに読み込んだ。ここ九年間、毎日、毎晩、これを続けてきた。

 ページを捲る。また最初から読み返す。全てを。

 小波と微風、枝葉の樂。その中に、紙を捲る音が加わって。

 夜は深まっていった。

 

 

 

 

 

 

 テントの外から、静かに紙を捲る音がする。

 その穏やかな奏では私を微睡の奥へ誘う。夜の静寂の中、自分は一人ではないのだと安堵する。傍に、祖父が、祖父のような人が居てくれる、その事実が堪らなく心地よくて。

 同時に。

 私はその意味を知って、泣きたくなる。

 あの人が毎夜、そのバインダーを開いていることを知っている。その中に何が記されているのかも、何故それをあの人が繰り返し繰り返し確かめ続けているのかも。

 私は知っている。

 じん爺が何を、誰を探し続けているのかを。

 

「……」

 

 寝袋の中で丸くなり、胸の奥に湧いたこの感情を押し殺す。

 安堵と同じくらい強く、私は不安で、ひどく悲しくなった。

 じん爺は居なくなったその人を探して、取り戻そうとしている。この九年間ずっと、片時も忘れずに。

 本来そこに居るべき人。本物の、薙原哲也さんを。

 じん爺は正しい。すべきことをしようとしている。自分が奪ってしまったものを何としてもその人に返そうと足掻き続けてきた。

 ……でも、でもね。

 それはつまり、また、また逝ってしまうということだ。貴方は去っていくということなのだ。

 あの時のように。

 ダイニングで煙草をくゆらせる祖父の背中の向こう。葬儀は、記憶に残らないくらいしめやかで、簡素だった。あらゆる手続きは済まされていて、あの人の遺体は気付けばあっさりと荼毘にふされていた。

 

『こんなの、ないわよ……なにもさせてくれないなんて……なにも遺してくれないなんて……馬鹿じゃないの。小父さんの、馬鹿ぁ……!』

 

 その手際の良さと自分自身に対する無慈悲さに、母が随分憤っていたことを後に知った。

 ここではない何処か。手の届かない何処か。

 老いて死ぬ。そんな当たり前。粛々と自分自身を処理してしまった貴方。

 わかってるよ。わかってるの。でも!

 

「……やだよぉ」

 

 いっちゃやだ。いなくなっちゃやだよ

 

 駄々を捏ねる子供になって、私は声を殺し吐露する。

 他人の人生に再生した大切な人。その存在の、罪深さを知りながら。

 それでも私は。

 私は、じん爺に。

 生きていて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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