「週末戦士!」
11月も終わりの見え始めた頃。
寂れ草臥れ廃墟同然の自然公園に五人の娘っ子達が大見得切って居並んだ。
『作業着レンジャー!』
作業着姿が様になるやらならぬやら。可愛らしいレンジャー隊員達に拍手を送り、冬晴れの薄い青空を仰いだ。気温は例年に比べてやや高く、予報によれば雨も降らない。屋外作業をするには良い日和だ。
「さて! 県庁会議室でのアイデア出しを受けて、今日は現場検証兼清掃と草刈りを行う!」
「わかってるじゃねぇか大の字。新米だろうが古株だろうが現場百遍巡ってようやく半人前よ」
「いや刑事じゃないんだから……刑事だったね、そういえば……」
「元な。元」
リンちゃんの耳打ちにこそっと付け足す。
ふと、崖際から広場を見下ろして恵那ちゃんが感嘆する。
「おー、思ってたよりずっと広いねぇ」
「中段下段とテントサイトにスペースを割いても十分余る。いやドッグランってぇのは本当に良い思い付きだったなぁ」
「ふふふ~、もっと褒めてくれてもいいんだよー? まあでも、私がちくわとそういうキャンプ場に行きたかっただけなんだけど」
「なんの。それこそが肝要よ。好きこそもののなんとやらってな。ちくわは元気してるかい?」
「うん! いっぱい食べていっぱいお昼寝してる」
恵那ちゃんの飼っているチワワとは己もよく遊んでもらったものだ。
最初に会ったのは、波木井川の土手で彼女らが散歩中のこと。すばしっこく、懐っこいあの可愛らしいワン公も今は随分年を取ったろう。
「よけりゃあまた顔見させてくれな。土産はササミソーセージでいいかい?」
「あ! それなら、作業が一段落着いたらここに連れて来てもいいかな」
「おぉ、そいつぁ楽しみが一つ増えたな」
「哲也くんもすっかりちくわファンだねぃ」
「私も、ワンコの癒しがあれば作業が捗る」
着手もせぬ内から、文字通り毛むくじゃらの皮算用を弾く。
煩悩でも目的に据えればそれは確かな原動力だ。などと、偉そうに考えていたその時。
背後に、そろりと。
「ワンちゃん相手だと甲斐甲斐しいんですね」
「うおっ」
耳元に囁かれ、思わず半歩身を躱す。
振り返ればそこに縁なしの眼鏡が光沢を纏って己を見ていた。長い髪を束ねて後頭に結い上げ、それはワークキャップの中に仕舞われている。頬に一筋ゆらりと髪を垂らすのは、娘子なりの洒落っ気なのだろう。
作業着というなかなか珍しい出で立ちの、鳥羽美波教諭であった。
「私もペット、飼おうかしら。そうしたら誰かさんが足繫く通ってくれるんでしょう」
「動物を迎えようってのに、そりゃ不純な動機だな」
「もちろん責任を持って最期まで面倒看ますよ。ただ、多少なりと責任の一端を感じてくれればそれで」
ちくりちくりと、柔らかな声で尖った言葉が刺さる。
県庁で集合した時はまだしも和やかだったのだが。
「いやしかし鳥羽先生、すっかり無沙汰しておりやした」
「ええ本当に。でも、警察の方ってお忙しいでしょうから無理もないですよ。メールの返信も儘ならないくらいですもの」
「は、はははっ、まったく! 公務員の辛い所ですな。おまけに年末ともなりゃ上は当直だ交代勤務だと気安く宣いやがるもんだから」
「そうなんですか。ってことは、お正月が明けたら時間が取れるんですね。私の地元ってね、酒蔵が多いんです。良い酒米が育つので。前々からずっと狙ってた超稀少な純米大吟醸を伝手を手繰って手繰ってようやく一瓶譲っていただけたんです。よければ飲みに来られませんか?」
「お、もしやそいつぁあの無濾過生の」
「そうです! 個人での入手はほぼ無理と言われるあの!」
「おぉっ! そりゃ是非に一献ご相伴してぇところだなぁ」
「こらこらこら」
ネックウォーマーを後ろから引っ張られ、潰れた蛙のような呻きを吹く。
にっこりと迫力のある笑顔。あおいちゃんだった。
「……ペットとお酒で釣り出したら、もう終わりなんちゃいますか、先生」
「そうですか? 誘い込む方法なんてどうでもいいでしょう。一度居着かせれば私の勝ち、ですから」
「束縛する女は嫌われまっせー」
「それはお互い様じゃないですか」
「……」
「……」
娘ら二人は暫し、無言で見詰め合った。
遠くで鷺が鳴いている。嗤っているのか、怯えているのか。それはおそらく聞き手各々の心情に依るのだろう。
「集合! 鳥羽先生とイヌ子以外!」
千明が叫び、五人で寄り集まる。
「初日から空気が最悪です。どうしてくれんだ薙原この野郎」
「案の定だったね……」
「ご、ごめんね。私が考え無しにキャンプ場のこと報告しちゃったから……」
「なでしこちゃんは悪くないよ~。悪いのはこのプレイボーイさん」
誰一人とも
それはまあ人として当然の話ではあるが、だからとて公然と口にするのはあまりにも品性に欠けた。娘子らを前にしては尚の事。
「何はともあれ作業をしねぇことには始まらん。今一時ばかりは、お二人には重労働に就いていろいろと忘れていただこう」
「本当にその場凌ぎだな」
「うるせぇ」
千明の言は甚く尤もだ。尤も過ぎてその内に耳が千切れそうだ。
「具体的な方針を固めつつ並行して整備をやり、作業員達のメンタルケアにまで配慮する。両方やらなくっちゃあならないってのが公益法人の辛いところだぜ」
「阿呆なこと言ってねぇで手ぇ貸してくれ。作業に使えそうな道具は一通り揃えたが、これがなかなか嵩張るのなんの」
草刈り鎌、草刈り機、鋸、電動ノコギリ、スコップ、鍬、鋤、熊手、猫車、工具類一式、補修用の部材等々。軽トラックに積めるだけ持ってきたが、はてさてどれほど活用できるか。
「お、おぉ……すんげぇ気合入ってるなぁ、薙原」
「毎度全員が集まれる訳じゃあねぇんだ。進められる時進めちまうのが良かろうさ」
「これってチェーンソー? ど、どうやって使うの……?」
「なぁに覚えちまえば簡単だ。ただちゃんと保護具は着けるんだよ。慌てるこたぁねぇから、慎重に、ゆっくりな」
おっかなびっくり道具に触れるリンちゃんの姿に思わず笑む。
「……やーっぱりリンちゃん相手やと」
「顔つきが変わるんですよねー」
「さあ仕事に掛かるぞー!」
おかしな話だが。
まるで競うように親の仇の如く草を刈り尽くす二人と、追われるようにえっちらおっちら働く己と、引き摺られるように続く四人の、尽力というか心理的強制労働によって。
当初は一日がかりと思われた作業は、半日を要さず完了したのだった。