じじキャン△   作:足洗

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アニメでも原作でもなでしこさん登場する度にいちいち可愛い。可愛い(迫真)




4話 死後の手習い

 

 

 哲也の学生証には幸いにも所属学級まできっちりと記載があった。

 

「てっちゃんおはよう!」

「おう、おはようさん」

「……」

 

 一年C組。教室に足を踏み入れるや朗らかな挨拶をしてきた男子生徒に、向き直り返事をする。

 が、相手はこちらの応えを受けると目を瞬いて押し黙ってしまった。

 

「どうした? 鳩が豆鉄砲喰らったような面ァしてよ」

「いや……どうしたってそりゃこっちのセリフなんすけど……てっちゃん?」

「そうだよ。てっちゃんだよ。今日も元気なてっちゃんだ。お前さんは元気かい?」

「う、うん。元気」

「そうかい。そりゃよかった。ところで俺の席はどれだったかねぇ。教えてくれんか?」

「え、うん」

「ありがとよ」

 

 戸惑いながらも、明るい茶髪の少年は素直に席まで案内してくれた。眉毛と色が変わらぬところを見るに、どうも地毛らしい。随所に束を持たせた髪、毛先はワックスか何かで遊んでいる。

 着崩したシャツやブレザー、如何にも今時の高校生といった風情。それと同級生面で相対する己はやはり、何やら可笑しかった。

 

「あぁどっこいしょ、っとくら。通学っつうのもなかなか手間だな。えぇ? そう思わんか」

「……てっちゃんどうしちゃったん。なんか()()()()違くない……?」

「男子三日会わざればなんとやらってぇ言うだろう」

「いやわかんないけど、先週は金曜に会ってたし、休み土日だけだったよ」

「細けぇこたぁ気にすんなって。今はちょいとこういう伝法な語りに凝ってんのさ。その内すぅぐ飽きて元に戻る。きっとな」

「ふーん……ま、いっか! りょーかいりょーかい。そういうキャラでいくんだね。任してよ。オレ合わせんの得意だから」

「ははは、そうかい。あんがとよ」

 

 下手に演じたところで襤褸が出るのは必定。要は開き直ってみた訳だが。

 思いの外、最近の子供らはその辺り柔軟であるらしい。多少心配になるほど疑いも薄く。

 茶髪の少年は髪色同様に明るく、世間話に興じ始めた。ネット動画がどうの音楽がどうのそしゃげ(?)がどうの、内容は正直幾らも理解できなかったが、若者の興味関心の向きはどうやら今も昔も大差がない。

 

「てっちゃんは最近どうよ」

「唐突だなおい」

「だってさ~、そんなキャラ変するくらいだしなんかあったんじゃないの? しんきょーの変化みたいなの」

「そうさな、まあぼちぼちだ。飴ちゃん食うか?」

「うわぁ露骨な誤魔化しじゃん。もらうー」

「くくっ」

 

 包みに入ったイチゴミルクのキャンディーを一つ、放ってやる。

 茶髪が包みを開くと、イチゴの甘ったるい香りが広がった。

 それゆえか否か。隣から突如、猫の唸り声のような低音が響いた。音に目をやればそこに。

 つい今しがた教室に入ってきたのだろう。肩に学生鞄を提げた少女が佇んでいた。分厚いマフラーの下からこちらを、いやさキャンディーの袋を見下ろして。

 淡い撫子色の髪が豊かに、小滝のようにマフラーから溢れている。

 そうしてやはりじっと、目を輝かせてキャンディーを見詰めて。

 

 ぐぅう

 

 その小さな腹の中の獣がまた低く唸った。

 

「お一つどうだい?」

「いいの!? やったー!」

 

 差し出した飴玉を、それこそ飛び付く勢いで受け取り、少女は頬張る。

 途端に、その顔は飴のように蕩け、綻んだ。

 

「ん~っ、あまぁ~」

「朝飯は食わなかったのかい? いけねぇよぅ一日の資本を抜いちゃ」

「いへへ~、ちゃんと食パン三枚食べたんだけどねぃ。学校まで歩いたらなんだかもうお腹空いてきちゃって」

「ほぉ! そいつぁ健啖。いや結構結構」

 

 恥ずかしそうに頭を掻く少女に、キャンディの袋ごと寄越す。

 

「菓子だけってなぁよろしかねぇんだがまあ、育ち盛りだ。たくさん食いな」

「え!? でもこれ、こんなにいいの?」

「いいからいいから。いやな、お前さんの食いっぷり見てると、むしろこっちの方がいい心持ちになるんだ。不思議とな」

「えー、えへへ……ありがとう!」

 

 はにかんで、少女はへにゃりと笑う。

 たかが飴玉がそうも嬉しいか、るんるんとした足取りで少女は自分の席に向かった。

 その始終を見終えた茶髪が深々と溜息を吐いて。

 

「くぁー、やっぱ各務原(かがみはら)さんいいなー」

「お、なんだぃ。気があんのかお前さん」

「や、そういうんじゃないけどさ。可愛いよねって話」

「ははっ、そうだな」

 

 仔犬がオヤツを強請(ねだ)ってくるのを邪険には出来まい。あの少女には実に、そんな愛くるしさがあった。

 我ながらしっくり来る喩えだと内心で自賛していると、おもむろに茶髪は笑みを浮かべた。ニヤニヤとした人の悪い顔だ。

 

「そうだよなー。てっちゃんは年上好きだもんなー。各務原さんは射程圏外かー」

「まあ圏外と言やぁ圏外だが」

「にしし、にしてもよかったね~。田原センセ辞めなくて」

「田原?」

 

 聞き返すこちらが、さも惚けていると言わんばかりに茶髪は笑った。

 

「物好きだよねーてっちゃん。あんな性格キツそうなのが好みって。そりゃ結婚流れちゃったのは可哀想だけどさ~、前にも増して厳しいってか、オレらのこと目のカタキ? 八つ当たり? みたいに当たり強いんだもん」

 

 田原という女教師にどうやら哲也少年はお熱だったらしい。当人の意思を確かめる術が無い今、軽々に頷くべきかどうか。

 無難に。

 

「……しょうがねぇさ。教師ってなぁ、なかなか激務だって言うぜ? 私生活と両立できねぇんじゃ、鬱憤も相応に溜まるもんだろうや」

「そうかもだけどさー。課題忘れただけでめっちゃキレるじゃん。あぁいいなーB組は! 歴史の受け持ち鳥羽センセでー! 優しいし美人だし最高じゃん! あーオレも野クル入りてー」

「しゃんと座らねぇかだらしねぇ。ほれ。んで、なんだいそりゃ。のくる?」

 

 机に突っ伏して襤褸布のようにだらける茶髪少年を起こし、席に着かせる。首の据わらぬ赤子のように、だらりと従順に少年は椅子に腰かけた。

 

「野外活動サークル。ほら、去年新しく出来たやつ。て言っても、女子しかいないっぽいから無理なんだけどさー」

「ほう」

 

 期せず、胆に据えた目的が話題に上った。

 

「鳥羽先生、ってのが、そのサークルの顧問なのかい」

「そうそう。入ってきてすぐ部活の顧問になってくれたんだって。いいなー」

「はっ、羨んでばかりいねぇで、腹据えて入部してみりゃいいじゃねぇか」

「無理無理! 自分以外女子だけとか気まずいって!」

「そうかい? ならば俺がいっちょ立候補してくるかね」

「うえぇっ!?」

 

 頓狂な声を上げて茶髪は机に乗り出した。

 教室中に響くその咆哮。教室中の視線が一瞬、窓辺のこの席に集約される。

 しかし茶髪はそんなもの意にも介さずと、被り付きで詰め寄ってきた。

 

「マジで!? ガチで野クル入んの!? て、てっちゃん勇者~!」

「馬ァ鹿。軽口だよ。座れ座れ鬱陶しい」

「なぁんだー。てっちゃん行くなら乗っかろうと思ったのに~」

 

 調子のいいことを(のたま)う少年、その額を指で弾いてやる。少年は大袈裟に痛がった後、盛大に笑った。なるほど箸が転がる程度でも、この少年ならば存分に楽しめるだろう。

 ふと、前の席に目が行く。というより、こちらに注がれる視線を気取る。

 それは先程の、撫子色の髪の娘子。そう、各務原と言ったか。

 少女は己を見て、にぱっと笑った。日輪を追う向日葵も斯くやの、朗らかな笑顔。

 手を振ってやる。すると向こうも手を振り返してきた。

 

「えへへ~」

 

 近々見ない、なんとも愛嬌に溢れた娘である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現役の高校生が受けている授業内容には、もはや懐かしさを覚える余地などなく、ただただ悪戦苦闘を強いられた。若い時分の怠慢が、まさかこの期に及んで報いを(もたら)そうとは。

 落第点だけは取らぬよう精々足掻こう。

 

「あ゛ぁ~……しかしこりゃ、ちと難行だな……」

「くたびれてるねーてっちゃん。帰りどっか寄ってく? 気晴らしに甲府まで遠征しちゃう? 月曜だけど」

「甲府ぅ!? 今からか?」

「そだよ? 大丈夫っしょ。てっちゃんちは門限緩いじゃん。おばあちゃん優しいし」

 

 茶髪少年はあっけらかんとして言った。

 なるほど若い子の遊び場なんざそこまで出張らなければ碌々ありはせんか。それにしたとてこの元気(バイタリティ)。流石は十代、恐れ入る。

 

「すまねぇが所用があってな。また今度誘ってくれや」

「あららーそっか。うん、りょーかい」

「遊ぶなとは言わねぇが、程々にして帰れよ」

「うわっ、てっちゃんうちの爺ちゃんと同じこと言ってるし」

「あ? かっかっかっ! そうかい。そりゃ奇遇だ。いやいや実に矍鑠(かくしゃく)。良いこと言う祖父君じゃあねぇか」

「いいことないってー。うちは父ちゃんが大人しい分爺ちゃんが厳しいんよ」

「そりゃいい塩梅だ」

 

 辟易と突っ伏す少年の肩を叩き、席を立つ。

 しかしそこでふと、思い立つ。

 

「ところでよ、この辺りにミリタリーショップはねぇか。防犯用品の取り扱い店でも構わねぇんだが」

「え? ミリタリー? なになにてっちゃんそういう趣味あったの? てっきりキャンプだけかと思ってた。多趣味~」

「はっ、まあそんなとこだ」

「ネットで調べたらいいじゃん」

 

 あっさり言い放つ少年に、諸手を上げて()()()()を見せる。

 

「それができりゃあ苦労はねぇ……」

「できないってなんさ」

「できねぇもんはできねぇの」

 

 今所持しているスマートホーンは哲也のものだが、それを抜きにしても無理が勝つ。己がこれで操作できるのは通話だけだ。それ以外はわからぬ。わからぬ。わからぬのだ。

 

「?? じゃあオレ調べよっか?」

「お願ぇしやす」

 

 拝み手で礼する。恥も外聞もありゃしない。

 

「って言ってもそれこそ甲府くらいしかないんじゃない?」

「近場にありゃ楽だってだけの話だ。ありそうかい?」

「うーんと……お、一件ヒット。波高島駅の方に新しいのが開店したって」

「よしよしお誂えだ。住所見せてくれぃ」

 

 向けられた画面の文字列を学生手帳に書き写す。

 

「助かったぜ。ありがとうよ」

「ぜんぜんいいけど。ははは、てっちゃんマジで爺ちゃんみたいになっちゃったね」

「うるせぇ」

 

 部活動に行く者、帰宅する者、友達同士遊びの算段やら駄弁る者、がやがやめいめいに騒がしい教室から抜け出して、向かうは一路。

 職員室。

 

 

 

 

 

 

 

 教職員にとって放課後こそは繁忙を極める。受け持ちの部活動があればそれを監督し、後日そのまた後日分の授業の準備、課題の作成、試験の採点、添削、催事行事の類が絡めばその段取りまで、仕事は多岐に亘る。

 教職とは事程左様に激務であった。

 職員室を忙しなく行き交う彼らを見て取って、そんな他人事の感慨を抱く。

 目当ての人物は室内半ば、デスクでなにやら作業の最中であった。

 頬の片側に垂らした黒髪、白いカーディガン、面差しは柔らかで細めた目は優しげ、そしてなにより端正だった。

 鳥羽美波。去年新任したばかりの歴史教師──とは同級生達の受け売りだが。

 

「どうもお疲れ様です。今ちょいとよろしいてすかな、鳥羽先生」

「えっ、あ、はい! ……って、あら?」

 

 肩を跳ねさせながらこちらに向き直った若手教員は、己の姿を見て取って小首を傾げる。

 

「おっと、驚かしちまいましたか。いやこいつぁすみませんな、背後から突然」

「あ、いえいえ! 大丈夫です。お気になさらず。ただその……今一瞬、校長先生がいらしたのかと」

「おやまあ」

 

 こんな年寄り臭い調子で話し掛けてくる心当たりが校長だけなのだろう。少なくともこの学校では。

 面白がるこちらに、しかし対手は如何にも申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい。失礼なことを……」

「かかっ、失した礼なぞありゃあしませんぜ。まさに分相応で。いや流石は教師、人を見る目が養われておいでだ」

「はあ……? 薙原くん、でしたよね。C組の。私に何か御用でしょうか」

 

 鳥羽教諭は不思議を通り越して怪訝な顔をする。

 さもありなん。不審を買う前に本題を済ませよう。

 

「実はちょいとお尋ねしたいことが……」

 

 言い掛けて、ふとデスクの脇に目が行く。床には一抱えほどの段ボール箱が三段積み重なっており、その一番上の箱だけ蓋が開いていた。

 ちらと見えた中身は、どうやらプリントの束。内容は日本史のようだ。

 

「随分な大荷物ですなぁ。今度の課題か何かで? おっと目を触れちゃ不味かったですかい」

「ああ、これは大丈夫です。もう使い終わった資料ですから。保管庫に移そうと思って箱詰めしていたんです」

「お一人でこいつを?」

「ええ、ほんの三往復」

 

 眉尻を下げ、お道化た調子で彼女は言った。

 なるほど。

 最下段の箱に両手を掛けて持ち上げる。ずしりと骨身に響く。

 

「うお、こいつぁ重てぇや!」

「あっ、そんな、いいんですよ薙原くん。日直でもないのに」

「いいからいいから。さ、行きやしょう。保管庫ってなぁどこです? いやぁ未だに校舎ン中が不案内でいけねぇや」

「あぁ持ちます! 私も持ちますから!」

 

 

 

 

 

 

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