じじキャン△   作:足洗

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あんな可愛い子がいるスーパーそりゃ通い詰めるわ(迫真)




6話 ストーカー被害

 そこはまさしく鰻の寝床と表するがぴったりの居室であった。

 横幅一畳半ほどの長細い奥行。用具入れと呼ぶ方がまだしも適当に思える。

 そんな狭苦しい野外活動サークルの室内の只中、地べたに正座などして少女がこちらに頭を下げている。なかなかに姿の良い土下座である。

 

「すんまっせんした!」

「もっとちゃんと謝らんかい」

 

 噛み付かんばかりの犬山ちゃんに恐れ戦く眼鏡の娘っ子、大垣千明。

 

「ご、ごめんなさい……危ないことしました」

「ストーカー呼ばわりしとったな」

「ストーカーとか言ってすみません」

「お詫びに桔梗信玄餅買ってきます」

「信玄餅買って……っておい」

「あぁあぁもうよいよい。詫びはきっちり受け取ったよ」

 

 気の置けない間柄であることはすぐに見て取れた。

 こちらが宥めてやると、両者は顔を見合わせ何やら此度の許否を裁決したらしい。

 

「俺ぁ薙原哲也。(おんな)し一年の筈だが、見知ったこたぁあったかい?」

「いやぁ絡みはねぇっす。たぶん」

「左様か。ならば改めてはじめまして」

「あ、はい。はじめまして大垣っす」

「ってかアキ。なんやのん箒なんて持ち出していきなり」

「や、だって……知らない奴だったから、つい」

「同じ学校の生徒やったらそう言うとるわ。もぉ、早とちりやわぁ」

 

 背の低い長棚に腰を下ろし、大垣を見下ろしながら犬山、もといイヌ子ちゃんは溜息を吐いた。

 

「ハハハハハッ! いいじゃあねぇか。いやいや今時見ねぇ威勢と思い切りの良さだったぜ?」

「いやーそれほどでも!」

「照れんなし。恥じぃ」

「それに、友達が善からぬ輩に絡まれてると見て一も二もなく駆け付ける。そう出来るこっちゃねぇ。(てぇ)したもんだ。流石、まさしく大の字だ」

「いやーあっははは! ……大の字?」

「ぷっ、大の字」

「わ、笑うな!」

「くくく」

 

 気の置けない、気安い仲。ゆえに()()()既に通じていると見える。

 心置きなく本題へ入れる。

 

「ストーカー被害に遭ってるんだな?」

「────」

 

 じゃれ合いにお道化ていた顔に一筋、陰が差す。それはイヌ子ちゃん、そして大の字の方も同じ。

 言葉を失くし、数秒。少女らは互いに顔を見合わせ、最後にイヌ子ちゃんが頷きを返した。

 

「……気ぃ付いたんは、去年の12月くらい、やったと思う」

 

 犬山あおいは波高島駅近くにあるスーパーマーケット『ゼブラ』でスタッフとしてアルバイトをしている。

 その日、客足も落ち着く午後七時半、レジ打ちをするあおいの前に客の男が買い物カゴを持って現れた。あおいが通り一遍の接客を済ませ商品と釣銭を渡すと、男は代わりに紙片を寄越した。そこには男の名前と、携帯の番号とメールアドレスが記されていた。所謂、ナンパであった。

 

「受け取ったのかい、その連絡先を」

「ううん。その時は断って返したんよ。それまでも何回か違う人から似たような感じで連絡先もろたり、話し掛けられたりしたことあって、ああまたかー、くらいにしか思てへんかったから……」

「あたしはそんなの一回もないけどなー。このモテ女め」

「まあまあ、大の字の色気の無さ置いといてだな」

「おい」

「その後も来たんだな。同じ野郎が」

「うん……それも、レジ打ちん時やなくて、バイト終わりに、従業員用の裏口に立っとって……」

 

 あおいを待ち受けていた男は、再び同じ内容の紙片を手渡し。

 

 ──俺と付き合ってください

 

「はっ、直球というか捨て身というか」

「いきなり過ぎだよなぁ」

「うん、私もいきなり言われて困ったし、よく知らん人やし、ごめんなさい無理です言うて断ってん……そしたら」

 

 次の日から、男は毎日のようにあおいを待ち伏せるようになった。

 バイトのシフトを調べるのは然程難しくはあるまい。一週間の終日の勤退を見張れば済む。しかも学生、高校生となれば、土日を除けば出勤は必ず放課後以降。

 

「初めは偶然かと思てん。近くに住んどる人なら、あのスーパーもよく使うやろうし、こっちが自意識過剰になっとんのかなて……でもやっぱり、明らかに私のシフトの日に決まって居るなって気付いて……バイトの始めから終わりの時間までずっと居る時もあって……」

「そいつは話し掛けて来たかい?」

「一回だけ、また同じように連絡先渡してきて……でも、私……私それを……」

「それも断ったんだな。その時、お前さんから、何か言ったのかい?」

「……」

 

 イヌ子ちゃんは一瞬言葉を詰める。一呼吸の躊躇。そうして。

 

「……キショいからやめて。迷惑です。もう来んといてくださいって」

「いやそりゃ言うって! 実際めちゃキんモいし!! なんでイヌ子がそのこと気にすんだよ」

 

 大の字の感想は実に忌憚がなかった。しかしイヌ子ちゃんはその同意に首を振る。

 

「でも……それが原因かもしれへんやん……」

「さてな。どう言い方を変えようが、お前さんに気が無いのは変わらねぇんだ。きっぱりと断りを告げられただけお前さんの応対は上等さ」

「…………うん」

 

 こちらの言が果たして僅かな慰めにでもならぬものか。

 曖昧に頷く少女の目は、なお暗い。

 発端は、単純な男の側からの岡惚れ。そしてその玉砕だ。涙を飲んで終わってしまえばそれまでのことを。

 しかし、事は終局しなかった。むしろここから始まった。

 

「つきまとわれてることに気が付いたのは何時から、何処でだい?」

「……バイト中とか、裏口で待ち伏せされへんようになって、ああよかったって、思てたら……」

 

 学校からの帰り、波高島駅のホームに降り立った時、あおいはその男を見付けたそうだ。ホームのベンチに一人座り、明らかに電車ではなくあおいを待って。

 制服を見れば学校の特定など容易だろう。あおいが本栖高校最寄りの駅からこの駅で下車することを男は把握していたのだ。

 話し掛けに近寄るでもなく、あおいがホームから改札へ、改札を抜けて駅から出ると、男もそれを追ってきた。

 住宅街、商店通り、路線バスに乗って富山橋を越え富士川街道沿いにあるバイト先のスーパーまで、ぴたりと張り付いてきた。

 その間もやはり、男から話し掛けてくることはなかった。ただ黙って後を追ってくる。何をするでもなく、追ってくる。

 遂には、自宅の前まで。

 

「警察へは通報しなかったのか」

「だって、ただ後つけてくるだけで、なんかされた言う訳でもないし、そんなんで警察行ったかて……」

「何かされてからじゃ遅いだろ!?」

 

 千明は悲鳴を上げるように言った。だがまったくもってその通り。

 イヌ子ちゃんは俯き、肩身を縮める。このやり取りも、幾度となく繰り返したものなのだろう。

 そして、少女が警察への報せに二の足を踏む心理も、無理からぬ。ストーカー規制法が施行されて早二十年以上経つが、改められたりとはいえこういった事案における警察対応への不信感は根強い。民事不介入の体質未だ根深く、本格的な実働は明確な被害、実害の発生があった後だったという話も少なくなかった。

 それこそ強かに、身に詰まされる話だ。己が現役であった頃などはさらに酷かった。

 

「不甲斐ねぇ。申し訳ねぇ」

「え……」

「もしや、ご家族にもこのことは打ち明けておらんのではないかな」

「…………あかり、うちの妹な? あの子を、恐がらしたなかってん」

 

 それを軽々に不用心ななどとどうして謗れよう。

 年齢不相応なほど自立し、成熟し、他者を慮る優しい心根が、心配を掛けまいと自らの口を重くしたのだ。相談に赴く為の足取りを淀ませたのだ。

 ようやく親しい教員に、やっとの思いで決心して助けを求めに行ったというのに、この身がとんだ邪魔を働いてしまった。

 重ね重ね、申し訳が立たぬ。

 子供が一人懊悩を抱えて身動きも出来ぬまで追い詰められている。それを、何とかしてやれない大人が、その一人たる己が、情けない。

 

「今からでも遅くはない。警察が信用ならねぇんなら、それこそ先生に相談してみちゃどうだい」

「…………」

「気が進まねぇか……そうか。お前さんは優しい子だなぁ」

 

 イヌ子ちゃんは首を振った。

 

「ちゃうねん……そんな、優しなんてない……ただ、私……学校で噂されんのが嫌なだけやねん」

「噂?」

「……ストーカーにつきまとわれてるって、皆に噂されて、あることないこと言われんのが、恐いだけやねん……薙原くんが言うみたいな、えらいもんとちゃう……」

 

 恥ずかしげに、罪悪に肩を重くして少女は言った。

 そうして、顔を背ける。まるで後ろめたさを隠すように。

 

「……私、田原先生の悪口、言うてたやろ。鳥羽先生に止められたけど。私は他人のこと、他人が居らんところでボロクソ言おうとしとった……自分がそれをされんのん、いっちばん嫌がっとる癖に……」

「イヌ子……」

「アホやね、私……」

 

 打ち沈んだ声がぽつりと冷たい床面に落ちる。後悔と、自嘲、そしてどうにもならぬ今に、望みを失くして。

 事情は概ね理解した。状況もまた大凡は掴めているだろう。

 ならば。

 胡坐を掻いた膝を打つ。

 少女ら二人の瞳を見返して、頷く。

 

「相わかった! 此度の一件、この不二ぃ……薙原哲也が請け負うぜ」

「え?」

「は?」

 

 ぽかんと口を開ける少女らを一旦置いて、立ち上がる。

 

「地図が要るな。ちょいと調達してくる。待ってな」

「え、いや、ちょ、ちょっと」

「請け負うったって、どうすんだよ」

「やり様はある。なぁに、手馴れたもんさ。だが機動力が足りねぇ。助っ人が要るなこりゃ」

 

 なにがなにやらといった風情の大の字と戸惑うイヌ子ちゃんを横切り、ポケットの携帯を抜く。

 発信先はリダイヤルでいい。『新』の一字がでかでかと画面を占有する。

 

「おう俺だ。今どこにいる?」

『藪から棒になんだ。身延に着いたところだ』

「お、まだ山梨に居たのか」

『いや、今朝愛知を発ってきた。お前も知ってる“舟付き”を駆ってな』

「ハハァッ、そいつぁお誂えだ。悪ぃがひとっ走り波高島駅まで来てくれ。切り裂き魔とは別件だが、火急の案件だ」

『お前から寄越される用件で火急でなかったことがあったか?』

「うるせぇ、五時半目掛けて駅前の駐車場で落ち合うぞ」

『わかった』

 

 話も手早く通話を終える。

 ふと振り返れば、少女二人が益々もって理解不能といった顔をしている。

 それに笑って手を振った。

 

「悪いようにゃしねぇからよ。任せときな」

「なんで、なんで薙原くんが、そこまで……」

「うん? 袖振り合うも他生の縁、とよく言うだろう? (えにし)は大事にするもんさ。そうすりゃ、思わぬところでそいつが助勢に変わることもある」

「「???」」

「ハハハハハッ」

 

 疑問符を乱れ飛ばす娘子らが実に愛らしかった。

 

「なぁイヌ子ちゃん。大人ってやつぁ勝手だな。困ってるそん時に当てにできねぇ、出しゃばってくんのはいつも事が起こっちまった後だ。お前さんみてぇな気ぃ遣いの優しい子には堪ったもんじゃねぇだろうな」

「……ううん、私なんて」

「いいや。お前さんはいい子だ。我慢強い子だ。よく一人で耐えたよ。だからな、そろそろ頼って欲しいのさ。鳥羽先生もきっとそう思ったろうぜ。そして、この俺もな」

「へ……」

 

 ぽかんと、虚を衝かれたその顔に笑みを返し、扉を開く。

 さあ、犯人(ホシ)を挙げるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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