じじキャン△   作:足洗

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やんちゃで片付かないことをしていますが御愛嬌で。



7話 目には目を歯には歯を

 波高島駅の周囲は田畑と住宅。長閑と言えば聞こえはいいが、空疎な感は否めない。

 とはいえ、時刻は五時半を回り、放課後、退勤後の学生や社会人が帰宅の途につく頃合い。無人駅にも相応に人通りがあった。

 

「しかし学校の後にアルバイトってな、学生もなかなか大変だな」

「まあ、うちは活動内容的に予算が嵩むからなぁ」

「いやはや立派じゃあねぇかよ」

「へへへ、そりゃどーも」

 

 駅舎から出てすぐの広場。はにかんで、大垣は歯を見せて笑う。

 大垣のアルバイト先は酒類販売店。イヌ子ちゃんの通うスーパーとは隣接している。今日も出勤日であるこの娘子は、念の為にここで一旦別れて行く。

 

「薙原……」

「ん?」

 

 大通りへ向かって先に駅前に出たイヌ子ちゃんを見送りながら、大垣は突然こちらに頭を下げた。

 

「イヌ子のこと、頼む!」

「おう、(しか)と承った」

 

 その肩を軽く叩き、笑みを向ける。少女のその必死を、幾分かでも労わってやれればいいが。

 

 

 

 駐車場に赴くと、そこには既にその黒い車体が鎮座していた。

 丸い一つ目のヘッドライト、野太いサスペンション、重厚極まるあらゆる機関が臓器のように(ひし)めくボディ。五年ぶりになるか。流線形をした大きな(サイドカー)を横付けしたその姿を見るのは。

 ボンネビルから降り立って、新城がヘルメットを脱ぎながらこちらに歩み寄ってくる。

 

「よう」

「ああ」

「かかっ、まだ持ってやがったのか。そのデカ物」

「倉庫の肥やしだよ。引っ張り出すのに苦労した」

「愛知までわざわざ乗り換えに帰ったってか」

「どうせお前のことだ。足が要るだのなんだの、気安く注文をつけてくるだろうと見越した」

「そいつぁ御明察だこって」

 

 嫌味ったらしく言ってやると、勝ち誇った笑みが返ってくる。それを鼻で笑い返し、携帯を抜いた。

 

「事のあらましはさっき電話で言った通りだ。今その子は通りのバス停で待機してる。一先ずゼブラ手前までバスで移動して、そっからは徒歩でその後ろを張るぜ」

 

 駅のホームで待ち伏せていたのは最初の一度だけ。それ以後は道を歩いている最中に、気付けば背後をストーキングされているという。さしもの岡惚れ野郎も一つ処に留まることの通報のリスクに想像が及んだらしい。

 

「ストーカーか。存外身近に居るものだな」

「犯罪を起こすなぁいつだって人間だ。見な、人間なんざそこいら中に居るじゃあねぇか」

「ふ、そうだな」

 

 笑えぬ皮肉を笑って飛ばす。

 それで今、子供が一人泣かされている。こんな蹴った糞悪いことはない。

 真新しい番号を呼び出す。呼び出し音もそこそこにイヌ子ちゃんはすぐ電話に出た。

 少女の潜めた声音には、隠し切れない緊張を孕んでいる。

 

『も、もしもし』

「薙原だ。今駐車場から出てそっちに向かってる。そろそろ動いてくれるかい」

『わ、わかりました』

「通話は切らずに、このままだ。行くぜ」

「ああ」

 

 手筈は至極単純。

 まず、イヌ子ちゃんを普段の帰り路で先行させ、それを尾行しに現れたストーカーを後方からさらに我々が尾行する。二重尾行、というより少女を囮にしての釣り込みだ。

 確実性を求めるならもっと良い方法が幾らでもあったろう。それこそイヌ子ちゃんの自宅前で張り込みをすればいい。奴がそこまで突き止めてストーキングを行っていることは既に知れている。

 

「連絡先を手渡されたと言っていなかったか。そこから呼び出して捕まえられないのか」

「恐くて捨てちまったんだとよ」

「そうか……ああ、無理もない」

「それもあってな。とっとと動いてやりたかったのさ。今までさんざ恐い思いさせられて、一人で不安だったろうに」

 

 この上悠長な手段を用いて無駄にその不安を長引かせてしまうくらいなら、足を使って派手に動き、早期決着を図る方が幾分マシだ。

 

「己の気性にも合うしな」

「確かに、慎重丁寧などお前には合わんな」

「けっ、改めて言うんじゃねぇや」

 

 イヌ子ちゃんには予め、地図を引っ張り出して進行ルートを指示してある。

 富士川街道をさらに上った先、河原を望む交差点にはドーナツ屋があるので、彼女にはそこを目指して歩いてもらう。

 その間、この道程で、犯人が網に掛かればよいのだが。

 

「とはいえだ、そうそう上手くは行くまい。ここから奴さんがのこのこ現れてくれるかどうかは賭けに近ぇや。この先は、長丁場を覚悟せねばならんぞ」

「そうだろうな。精々付き合ってやる」

「そいつぁどうも。有り難や有り難や」

 

 バスで富山橋を越える。

 幅云百メートル近い河川は空の色を大映しにした茜。そろりと青黒い夜闇が湧いて出ようという時刻。

 逢魔ヶ刻の字義に倣って、出てはくれぬか後追い魔。などと、下らぬ思惑を弄んでいた。

 橋の終わり、商店建ち並ぶ街道で下車し、バス停からイヌ子ちゃんが離れていくのを見送る。

 ちらりと振り返った少女に笑みを向け頷いて見せた。

 距離にして100メートル前後。夕刻の繁盛な車の往来を横目に、少女の華奢な背中を追う。

 歩くこと暫し。日暮れは加速する。暗闇は刻一刻とその勢力を拡大する。

 そうして目にも眩いほどに煌々としたコンビニの灯りを通り過ぎた時だった──そこで、見計らっていたのだろう。

 つい、と。その背はコンビニの建屋の影から現れた。

 

「……」

「……」

 

 黒いブルゾン。青いジーンズ。背格好は長身とは言わぬまでも低くはない。170の半ばかもっとか。

 髪はやや明るい。無精に見られぬ程度に整えられている。靴も洗い晒しのように真新しいスニーカー。

 一見してただの通行人だが。

 違和。

 その足取りに常ならぬものが見える。歩みの速度が歩幅に合わぬ。まるでそれ以上進みたくない、いや距離を縮めることを厭うかのような。

 ラーメン屋の立て看板に共々身を隠す。

 己の様子を見た新城が訝った。

 

「まさか……あれなのか」

「そうらしい」

「動き出してから10分も経っていないぞ」

「一本釣りってぇやつかねぇ。こうも早々姿見せるたぁな。よっぽどあの娘に首っ丈らしい。呆れるやら感心するやら」

 

 新城の顔には呆ればかりが湛えられた。

 その心持ちは解るが。

 それは捨て置く。まず先にすべきは被害者の安否確認。

 

「イヌ子ちゃん」

『薙原くん薙原くん薙原くん! おる! 後ろにもうおるよぉ……!』

 

 繋ぎっぱなしの携帯を耳に当てるや否や、その焦燥に焼かれた声が響く。既にして尾行者に気が付いたのは、この少女が自身の背後の気配にすっかりと敏感になってしまっているからだろう。

 

「ああこっちからも見えてる。ちゃんと見てるぜ」

『う、ぅ……っ……』

「気を確かに持ちな。振り返っちゃいけねぇよ。前だけ見て、歩き続けるんだぜ」

『うん……わかった。わかっとるよ……あぁ、でも恐いっ、やっぱり恐いよぉ、薙原くん、こわいぃ……!』

 

 気丈であれたのもほんの僅か、途端に怯え切った震え声が己の耳孔を揺さぶった。それは耳に入り、血管を通って心の臓腑の、その奥さえ揺さぶった。

 それは義憤に近しい炎であった。

 頼れる者がない折は、否が応でも耐え、忍ばねばならなかったのだろう。恐怖を噛み殺し、怯えを踏み散らし。

 それがようやくに許されたのだ。少女は遂に、素直に怯え竦み、嫌々と恐怖を訴えることができた。

 

「大丈夫。心配ねぇよぅ。俺達がついてる。すぐそこにいるからな。何が起きたってすぅぐ駆け付けっちまえるくらい近くにだ。いや、何も起こさせねぇよ。あの野郎にゃ何もさせねぇ。イヌ子ちゃんに指一本触れさせやしねぇからよ。だから歩くんだ。真っ直ぐ、歩き続けな。いいかい?」

『うんっ……うん!』

「よし、いい子だ」

 

 一旦通話を終える。

 マル被、もといストーカー男は依然として速度を抑えた不揃いな足運びで、少女の後を追い続ける。

 すると、不意に。奴はブルゾンのポケットから携帯端末を取り出し構えた。一見、画面内にメールだかゲームだかの所用があるような素振りだが、あれは。

 

「新の字、あれを撮れるか」

「よし」

 

 そもそもこちらが言うより前から、新城は自身の携帯でカメラを呼び出していた。まったく周到。

 シャッター音が鳴る。それは横合いを通り過ぎるトラックのエンジン音で塵も残さず搔き消えた。

 

「……盗撮の証拠写真、というには無理があるか」

「いいや上等だ」

 

 画面上の光景は、男が端末を持ち、前方の女子生徒を狙っている……ように見えなくもないという程度。決定的瞬間の切り写しと呼ぶには少々弱かろう。法的に視てもおそらく証拠能力は無い。

 が、今この時においてこの写真には実に良い使い途がある。

 

「あの倉庫」

「うん?」

「無人みてぇだな」

 

 道の前方に町工場の跡地と思しい古びた建屋が見える。進入禁止の鉄柵は錆びて半ばから折れ、まるでそこだけ人の出入りの為に誂えたような有様だ。

 本当に、お誂えな。

 

「三つ数えたら仕掛けるぜ」

「まったく……手早くやれ」

 

 深々と溜息を吐いて新城は端末を仕舞い、次いで周囲に視線を這わせる。人気といえば車道の車通りばかり、人通りはほとんどない。無いが、目撃者は少ないに越したこともないのだ。

 

「三、二、一……」

 

 瞬発する。蹴り脚は発条(バネ)仕掛けのように跳ね返り、身体を風と為す。疾駆する。

 50メートルほどの距離、舗装の甘さを差し引いてもこの脚ならば6秒少々といったところ。

 黒い背中は既に眼前。

 

「よう!」

「は?」

 

 呼び掛けに対して男の反応は鈍重を極めた。

 その腕を取り、背中に捻り上げるだけの暇をたっぷりと与えてくれた。

 

「いっ……!?」

 

 痛い。そのように叫ぼうとしたのかもしれない。しかし結局それは叶わなかった。

 遅れて現れた新城の両腕が、男の顔面をロックして、今まさに引き摺り込んだのだ。

 鉄柵を通り抜け、工場の半開きの扉へ三人で雪崩れ込む。電灯など無論点いていない工場内は、しかし存外に明るかった。

 トタン屋根に空いた大穴が、夕空の残り日をここまで降らせてくれている。

 コンクリートの床へ男を放った。腕と顔面、そして尻餅を突いた痛みすら忘れたか、奴は目と顔色を白黒させながら我々を見上げた。

 それを見下し、笑む。

 

「よう兄さん。精が出るな」

「な、なんなんだあんたら……なんでっ、こんな、俺に何の用だよ!? くっそ、痛ぇ! ぼ、暴行だぞ。警察を呼ぶぞ!」

 

 思ったより若い。顔立ちや声質から見て二十代半ばか、三十には届くまい。

 先程背中に捻り上げた方の肩を抑えながら、男、いや青年はなおも警察だ暴力だと至極真っ当そうなことを喚く。叫ぶ。

 それを無視して、新城に視線を送る。

 奴は反問もなくポケットから取り出した端末を操作し、先程の写真を映し出した。見易いようにと、画面をまるで印籠の如くに突き出してやる親切ぶり。

 きゃんきゃんとした鳴き声が止んだ。

 

「警察ぅ? いいねぇ呼んでみな。てめぇの囀った通り、俺達ゃ立派な暴行傷害犯。起訴され刑事罰を受けるだろうな。で? てめぇはどうなると思う?」

「…………」

「ストーカー規制法、聞いたことくれぇあるだろ? つきまとい、待ち伏せ、押し掛け、うろつき諸々の迷惑行為に対しては一年以下の懲役または100万円以下の罰金に処す、と。まあ初犯で自首扱いとして、執行猶予くれぇは付くかもしれん。傷害なんかとは比べものにならねぇ微罪だ。割に合わねぇなぁ。なぁ?」

 

 新城に水を向ける。しかし男はただ黙して、蹲った青年を真っ直ぐ見据えていた。

 肩を竦め、再び青年に向き直る。

 

「帳尻が合わねぇから、この写真は方々にばら撒くことに決めた」

「はぁッ!?!?」

「てめぇの家族、勤務先、旧新の友人知人これからなるかもしれねぇ友人知人。これからてめぇが赴くありとあらゆる場所に、盗撮の証拠写真とてめぇのストーカー行為の全容事細かく紙に認めて配り捲ってやらぁ」

 

 赤く昂っていた顔から血の気が引き、土気色がそのまま青白く色を失くしていく。実にわかりやすい絶望彩色。

 

「お、そうだそうだ。今はあれだろ。エスエヌエスとか言う便利なもんがあったな。そいつを使えば全世界にてめぇがやった行為を発信できるって寸法だ。いい時代になったもんだなぁおい」

「け、警察……いや、いや、べ、べ、弁護士を呼ぶ! あんたらの言ったこと、あ、あんたらの脅迫も全部告発してやる! そうしたら」

 

 息を吹き返したというより、精一杯の健気な虚勢を張り直して、泣き顔を怒り顔に見せ掛けながら、青年は杓子定規な論理を口にした。法律、法理、常識、条理。

 それは至極真っ当な論法だ。脅迫などは犯罪以外のなにものでもない。

 どんな理由があろうとも遵法の精神忘るるべからざり。

 己がまだ────警察手帳を持っていたなら、それを守っていたのだろうか。

 なお言い募ろうと口を開いた青年が、一声発するその前に、その明ら髪を引っ掴む。顔を上げさせ、眼を見下ろす。

 

「ガタガタ抜かすんじゃあねぇ若造ォッッ!!」

「ひぃっ」

「てめぇがどうしようが知るか。てめぇが何をしようがてめぇの所業は全て暴き立ててくれるわ。何処に逃げようが、何に守られようが関りねぇ。てめぇが、その罪咎を悔い、改め、戒めるまで絶対に逃がさん」

 

 涙が滂沱される。鼻水が顎まで伝っている。それでも放さず、眼を開けさせその奥に突き刺す。

 

「────絶対に許さん」

「ひ、ぁ」

 

 髪ごと頭を放り投げる。地面に倒れ込んだのも一瞬、青年は仰け反り、後退り、這うようにしてその場を逃げ去った。

 それを見送ること数秒。

 

「うし、こんなもんか」

「未だにお前がどうして警察官になれたのか、私には皆目わからん」

 

 嫌味を無視して、端末を取り出す。

 咳払いで喉に蟠った()()を出来るだけ取り除いておく。この上娘子を恐がらせては意味が無いのだ。

 

『薙原くん!? だ、大丈夫なん!? なんか突然、ストーカーも薙原くん達もいなくなってもうて』

「おっと驚かしちまったか。いやそいつぁすまんかったな。ともあれ、無事済んだぜ」

『えっ、済んだ、て』

「ああ、丸く収まった。もう心配要らねぇよ」

 

 受話口から固唾を呑むような、感極まるような息遣いを聞く。

 それは安堵と呼ばれる吐息だった。深く、それは深く。

 

「ドーナツ屋で集合の予定だったが、今日はもう遅い。イヌ子ちゃんはこのまま家帰んな」

『で、でも……ええんかな。こんな、あっさり。私、なんもしとらんよ?』

「いいんだよぅ」

『だって、お礼。お礼もちゃんと、できとらんのに……』

「ハハハッ、それでいいんだよ。さ、早く帰んな。ああすまねぇが大の字にゃイヌ子ちゃんから一報入れてやってくれるかい? あいつも随分心配してるだろう」

『うん……わかった』

「おう、そいじゃあな」

 

 まだ何か言葉を詰まらせる少女の声に取り合わず、通話を終える。

 傍らで腕を組んだ新城が己を見る。

 

「で? これからどうする」

「無論、こっからが大詰めよ」

 

 そう笑い掛けて、ポケットの中からそれを取り出した。

 灰色の長財布。それは哲也のものでもなければ、勿論新城のものでもない。

 

「お前……スリ盗ったのか! なんて手癖の悪い奴だ」

「へっ、器用だって素直に誉めやがれぃ」

 

 してやったり。新城は今度こそ呆れと感心をない交ぜに噴き出し、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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