じじキャン△   作:足洗

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五話を跨いでやっとキャンプ要素が出せました()




8話 お焚き上げ

 

 

 

 

 

「ちっと寄りてぇところがある」

「なんだこの期に及んで」

「せっかく奴さんの御宅(やさ)にお邪魔するんだ。着の身着のままじゃあ失礼ってもんだろ? 正装してくのさ、正装」

「……また善からぬことを考えているな」

「いいから出せよ。駅からすぐだから。ほれほれ」

 

 群青の夜闇の中でさえ豁然とした漆黒の車体。投げ寄越されたメットを被り、サイドカーに飛び乗る。

 革張りのシートのスプリングが軋む。なにやらひどく、懐かしい匂いがした。

 

「またこの狭っ苦しい舟に肩身押し込む日がくるたぁな」

「文句があるなら振り落としてやる」

「へんっ、やれるもんならやってみがれ。行こうぜ」

「ああ」

 

 閑静な夜気を吹き飛ばす。鉄騎が咆哮を上げて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅アパートの扉を押し倒す勢いで、山元優樹は室内へ飛び込んだ。

 見られた知られた写真に撮られた。自分のやったこと。やってきたことを、暴くという。糾弾し、白日の下に晒すと、あの男は言った。

 あれは不断、絶対だ。

 あの恐ろしい眼は自分に言った。そして絶対にその決定を曲げはしない。やると言ったらやる。その確信、おかしな信頼感さえ抱く。

 

 どうしようどうしようどうしようどうしよう

 

 頭の中は掻き回され、混濁している。パニックだった。

 出来心、魔が差して、言い訳は湧水のように溢れてくる。けれど、それでも、どうしても。

 一目惚れだった。

 仕事帰りに出来合いの惣菜を買う為だけに立ち寄るスーパー。そこで働くあの娘を、一目見て夢中になった。

 告白は有り体に言って玉砕。無理もない。よく知りもしない相手となんて。

 理屈の上ではわかる。わかるのだ。

 でも、ああどうしても、諦められなかった。

 その可愛い顔を歪めてこちらを見る彼女に、悪し様に追い払われてしまった後もその気持ちは変わらなかった。変われなかった。

 仕方ないじゃないか。好きになってしまったんだ。

 自分が悪いのか。

 後を尾け家を突き止め帰り道を待ち伏せ、遂にはその姿を写真に収めるようになった。

 犯罪だった。悪くない筈がなかった。

 後ろめたさで背中から押し潰されそうだ。後悔が喉の奥から吐瀉物と一緒に溢れそうになる。

 止めよう。こんなことは終わりにしよう。

 少なくとも……ほとぼりが冷めるまでは。

 時間を置いて、一旦、一度、止めて。

 そして、そうしたら────

 

 ──ピンポーン

 

 心臓が跳ねた。耳馴れたその音が今は耳をつんざくように煩い。

 息を詰めて、身動ぎ一つ殺した。

 

 ──ピンポーン

 

 居留守を決め込むこちらのことなどお構いなしに来訪者は無遠慮に、呼鈴を鳴らし続けた。

 

 ──ムサシ急便です。山元さん、御在宅ですか

 

 重く低い男声がした。

 おそるおそる扉に近寄り、そっとスコープを覗き込む。青いキャップに青い作業着。いつも見る宅配業者の出で立ちだった。

 軽く安堵に息を吐き、サムターンを回す。

 そうしてノブを回した──瞬間、弾けるように扉が()()()。外開きの扉が機構通りに外へと開け放たれたのだ。

 自身の意思とは関わりなく。

 

「よう、若ぇの。また会ったな」

「ひっ」

 

 青いキャップの下から笑みが現れる。つい三十分前に見た凶相、猛禽のような凶暴さ。無遠慮に、傍若無人に、男は玄関から室内に上がり込んだ。

 扉の影からもう一人。豊かな白髪と白髭。ライダースジャケットに身を包んだ精悍な老人が同じく扉から滑り込む。

 

「ほとぼりが冷めちまえば済むとでも考えてたか? ハハハハハハハハハハッ! ……逃さんと言ったろう、若造」

 

 

 

 

 

 

 

一二三(ひふみ)コンビ?」

「そう、そういう渾名というか、いや通り名だったそうだよ」

 

 ダイニングテーブルで対面に座った父・渉がそう言って笑った。

 食後の団欒、もとい満腹の眠気でぼんやりとする時間、どういう流れか話題は祖父とその友達であるあの人の事。

 

「お義父さんの名前が(はじめ)だから、それを(はじめ)、一に。不二崎さんの名前は甚三郎だから、苗字と名前から二と三を。二人合わせて一、二、三になる。だから一二三コンビ、らしいよ」

「へぇ~」

「幼馴染で付き合いも長かったそうだけど、愛知の地元だと同じ年代の人達の間では有名なんだ。僕も向こうの御実家で話を聞いた時はびっくりしたよ。ははは、相当やんちゃだったんだってさ」

「じんじ……ふ、不二崎、さんはなんとなくイメージあるけど、おじいちゃんも?」

「そうそう。意外なことにね」

「リーン、早くお風呂入っちゃいなさい。もうあんたが最後よ」

「あ、はーい。お父さん、また後で聞かせてね」

 

 名残を惜しみながら、母と入れ替わりにダイニングを出た。

 

 

 

 

 リンが脱衣所に入ったのを見計らい、咲は溜息を吐いてから夫を睨んだ。

 渉の誤魔化しな笑顔にも取り合わない。

 

「もぉ、あの子に変なこと教えないでよー」

「ごめんごめん。リンが不二崎さんのこと聞きたがってね。昔話のついでに、つい」

「はあ……実家に帰る度に親戚皆して語り草にするんだもん。あぁ恥ずかしい」

「お酒が入ると皆やっぱり思い出話がしたくなるんだよ。でも、なかなか頓智が利いたいい名前だよね『一二三コンビ』なんて」

「こじ付けでしょ。しかも自称じゃない」

 

 肇が一で、不二崎甚三郎が二、三。二人合わせて一二三コンビ……多少捻りのあるものの、当たり障りのないただの渾名。語彙合わせの言葉遊び。実に、平和的な。

 しかしこれが、自称なのだった。建前なのだった。

 本来の意味を誤魔化す為の。

 

 一二三コンビに近寄るな。(まなこ)合わせて()()()と数えりゃ鬼も蛇もなく襲ってくる。

 一二三コンビを敵に回すな。逃さず許さず手心なく()()()を数えずあの世逝き。

 

 そんな冗談のような数え唄が地元で出回っている。音にも聞くというか目にも見よというか、

 

「でもすごいよね。まさに武勇伝って感じで、いやぁちょっと憧れちゃうな……」

「…………」

「な、なぁんて、ね? あはははは」

 

 乾いた笑声を上げながら、渉は既に空になったカップに口を付ける。

 それに半目を送り付け、そうして両肩を脱力した。鼻から吐息して、独り言ちる。

 

「……まったく、幾つになっても」

 

 男ってバカね。

 そんな風に言えば、あの人はきっと大笑いするに違いない。

 

 ──そうさそうとも。咲ちゃんの言う通り! 敵わねぇなぁ

 

 ……なんて。

 

「……もうそろそろ、許してくれるかな。お墓参り」

「そうだね……いいんじゃないかな。叱られるとしたらそれは僕だし」

「ふふ」

 

 ──墓参りぃ? 要らねぇ要らねぇ鬱陶しい。何の為に馬鹿高ぇ金払って永代供養なんぞ入ってると思ってんだ。他人(ひと)んちの墓石拝みに来る暇があんなら、女房子供連れて富士山でも眺めに行きゃがれぃ

 

 年を取ってくるとどうしたってそんな話題が増えていく。

 早くに奥様を亡くし、家族のない不二崎を慮って渉が墓守を買って出ようとしたことがある。

 あの人は乱暴にそう言ってまったく取り合ってはくれなかった。

 

「不思議ね。なんだか最近は、よくおじさんのこと思い出すの」

「僕もだよ。ついこの前が命日だったからかな。案外近くにいるのかも」

「あはは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 電灯も点けず仄暗い室内の中央で仰け反ってこちらを見上げる青年一人。先の工場での光景を焼き直している。

 理解不能を顔一面に露わとする青年へ、それを放る。

 

「そら、返すぜ」

「えっ……あっ」

 

 自分の財布をあたふた両手で受け止めて、青年はさらに驚愕した。

 

「今日の今日にまた襲われるたぁ思わなかったかぃ? 兄さんそいつぁ甘めぇぜ」

「────」

「しっかし」

 

 茫然自失する青年を見限り、それを見た。部屋の有り様。男の独り住まいにしては小綺麗に整理されている。ごく一般的な1K八畳間だが。

 右側の壁面、そこには写真が飾られていた。丁寧に神経質に、絵画を飾るかのように。

 横幅2メートルはあろう大きなコルクボードが掛けられている。賃貸の壁に直に貼付するのを厭うその気遣いが滑稽だった。

 そしてその一面に、犬山あおい。

 スーパーの接客姿、帰り路を歩く姿、駅でぼんやりと物思う姿、千明と談笑する姿、夥しいまでの犬山あおいの姿がそこには貼り付けられていた。

 

「撮りも撮ったり、よくまあここまで」

「……」

「おいおい通学路以外もあるな。いってぇ何処まで追い掛け回して────」

 

 ────その中の一枚に、目が止まる。

 期せず見付けた。行き会うた。これは、これはまさか。

 

「…………」

 

 デジタルなシャッター音が響く。己の隣で新城が、心底うんざりとした顔で携帯端末のカメラを向ける。シャッター、シャッター、またシャッター。

 もはや言い逃れの余地もない盗撮行為の物的証拠だった。

 

「と、撮らないでくれぇ!!」

「ふっ、てめぇはさんざ撮り捲っておいてそりゃねぇだろ」

「っっ、ごごごめんなさい! すすみませんでした! 俺、俺、ホント出来心で!! ただ……ただ……あの子のこと、あの子が」

「惚れてた、とでも言いてぇのかい」

「そ、そうです。本当に、俺、真剣で、こんなに人を好きになったことなくて……それで、だから……」

 

 なおも言い募ろうとする青年を、斬って捨てたのは己、ではなく傍らの老爺であった。

 

「君はあの子の気持ちを少しでも考えたのか」

「それ、は」

「軽々に好きだと君は言うが、好きな相手なら何故考えようとしない。君は自分の気持ちを押し付けて、自己満足な行為で自分の心を慰めているだけじゃないか」

「ぅ、うぅ……」

「大の大人が、子供を脅かして、怯えさせて、結果見も知らない我々のような人間を頼らざるを得なくなるまで追い詰めた。人として、恥ずかしいと思わないのか!?」

「う、ぅ、あぁっ……」

 

 青年は呻き、喘ぎ、涙と言わず洟と言わず、顔の穴という穴から液体を溢す。どうにか取り繕ってきた自尊心が今、ぽっきりと折れてしまったのだろう。

 

「うぐ、わ、ぁあ、あ……!」

「あーあー泣いちまったよ」

 

 新城は一層眼差しの厳しさを強め、青年を見下ろした。

 無理もない。道理なのだから。此度の被害者は愛しい孫娘の同級生だ。その心中、心情が穏やかでいられないのは必定。正当な怒り、義憤をこの男は燃やしている。

 人の親たる者の正常なる有様。

 それが己には少し、眩い。

 

「なあ兄さんよ。お前さん、あの子を見初めてすぐ直に気持ちを伝えに行ったそうだな」

「ぃ、ぐ、ふ……」

「いや正直な、そいつを聞いた時、この野郎いい度胸じゃあねぇかと思った。皮肉じゃあねぇぜ? 大したもんだよ実際。今時見ねぇ思い切りの良さだ。ま、当たりに行って結果砕けちまった訳だが」

「ふぐぅ……!」

「ハハハッ、しょげんなしょげんな。敗けられるってぇこたぁ一度は勝負に出た証よ。逃げずに進み、前のめりに倒れた。男じゃねぇかおい!」

「…………」

「その男気を、今一度見せちゃくれねぇかい」

 

 その場で屈み、青年を正面から見詰める。泣きべその酷い顔に笑みを送る。

 

「あの子のこと、すっぱりと諦めてやってくれ。もうつきまとわねぇ、待ち伏せねぇ、隠し撮りもしねぇ。二度と近寄らぬと約束してくれ」

「……」

「言っておくが、こいつぁ脅しじゃねぇ。約束だ。山元優樹って男に持ち掛けてる、ただの約束だ。破るなぁ簡単だぜ。全部お前さん次第。どうする?」

「………………」

 

 青年は涙目を瞬き、それでもこちらを必死に見返した。

 滲む目の奥底を覗く。黒い穴のその中身、何を想い、何を思う。その心の動き。

 これで駄目なら、いよいよと────

 

「……はい、約束、します……ず、ずびばぜんでした」

「おう、心得た」

「謝る相手が違うだろう」

「っ! はいぃ……」

「おぉ恐ぇ恐ぇ。爺さんはまだお怒りのようだ」

 

 険を孕む重低音に青年が竦み上がる。

 えいこらと立ち上がり、今一度部屋の光景を見渡した。

 

「ならばケジメを付けて、鎮まってもらおうかい。なあ優ちゃん」

「はえ……?」

 

 なにがなにやらといった呆け面に歯を見せて笑い掛け、自身の後ろ腰をまさぐる。

 その“柄”を、掴み出す。

 ざらりとした滑り止めの手触り、握り込み、横一文字に振るえば()()が飛び出す。

 

「ひぃっ!?」

 

 三段伸縮式特殊警棒。

 護身・逮捕用棍棒。つまりは凶器。

 青年は今度こそ腰を抜かして床を這った。

 ケジメという言葉に最速で最悪の想像が及んだのだろう。

 

「ハハハハハハハハッ! そう怯えんな。別にお前さんを痛め付けるつもりはねぇよ。ただ」

 

 一歩、踏み込む。フローリングに踏鳴を立て、体を前へ、全身移動力を前へ。

 そして上段から、その全てを込めて、警棒を打ち下ろす。

 警棒は過たず、コルクボードを両断した。鈍器で木材を裂くという、謂わば大道芸の手並。

 真っ二つに割れたボードが落ち、飾ってあった写真もまたばさばさと舞い散る。

 警棒を仕舞い込みながら声を張った。

 

「さあ片付けるぞぉ。写真、あるならフィルム、データまで根こそぎ全部だ。荷物まとめな。ほれ優ちゃんも立った立った。ああそれと新の字よ」

「なんだ」

「この辺に、焚火が出来る場所はあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 富士川を下流に1kmほど。広範な砂利の河原は、平素はバーベキューを楽しむ客で賑わっているという。

 日も暮れて随分と経った。時期外れも手伝って、河原に人影は皆無であった。

 実に好都合であった。

 

「そら優ちゃん、一気にやりな一気に」

「うっ、は、はい……」

 

 新聞紙で作った火口には既に火が点けられ、あとはそれを目の前で積み上がった木屑紙屑の山に放り込むだけ。

 震える手付きは未練たらたら、躊躇は湯水の如し。名残惜しみ、迷い、出して戻しを繰り返すこと数分。

 

「……あづっ!? あぁっ!?」

 

 遂に手元にまで浸食した火が青年の指先を焼いた。そしてそれに耐えかねて青年は火口を手放す。

 火は、砕いて振り撒いた着火剤を飲み、一気に燃え上がった。

 昇る昇る。火の粉が昇る。

 あらゆる意味で後ろ暗いものが、くしゃりくしゃりと焼け崩れていく。

 

「も~えろよもえろ~よ~ってか」

「あぁ……あぁぁああ……」

「ハハハッ、情けねぇ声出すんじゃねぇや」

 

 しょげ返る青年の肩を強かぶっ叩く。

 

「こいつで全部チャラ、ってぇ訳にもいかん。お前さんがてめぇのやったことで責めを取る方法は一つっきりだ。わかるな?」

「……はい」

「そうかい」

 

 燃え残りを寄せ集め、また火を掛ける。また燃え残りを集め、そして火を掛ける。

 繰り返すこと四度。もはや何もかも判別の出来ない消し炭になった頃。

 男三人、おかしなお焚き上げ(キャンプファイヤー)は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川縁(かわべり)に停めたボンネビル。己は舟に、新城はバイクのシートに腰を預け。

 (せせらぎ)と無遠慮な車の往来の二重奏を、二人して聞いている。

 

「……あれでよかったのか」

「良いも悪いもあるめぇ。事を表立てずに終わらせるにゃ、ああするのが一番だったろう」

「まあな、硬軟織り交ぜた見事な脅迫だった」

「ありゃあ真心篭った説得と言うんだよ」

 

 被害者本人が、警察にも学校にも知られてしまうことを厭うたのだ。多感な時期の娘子の心理。この粗略漢が珍しくその微妙な心情を斟酌した。それだけの話。

 

「再犯は無いと言い切れるのか」

「無い」

「……」

「信用ならんか?」

「……いや、元刑事の言葉だ。信じよう」

「先刻は散々な言い様だった癖によ」

「自業自得と言うんだ」

「けっ」

 

 吐き捨てるように鼻を鳴らす。見なくとも、厭味な笑みを傍らに感じた。

 ふと思い出して、ポケットからそれを取り出す。

 A4サイズの用紙。それは一枚の画像のコピーである。

 

「……棚から牡丹餅ってか」

「……まさかそんなものが出てくるとはな」

 

 それは高原の景観だ。広大な芝生の丘陵をその上から撮影したもの。坂の半ばには例によって、犬山あおいの姿がある。何故か転がる千明を追い掛けて坂を駆け下っているという妙な場面写。

 しかし問題はそれではない。

 その奥。坂の終わりに植えられた雑木林の傍、その立地は風を除けようとの思惑なのだろう。

 小さく写り込んだそれ。テントが一つ建っていた。薄緑をしたやや大振りの、ツールームテントと呼ばれる造り。その傍には赤い軽自動車が停まっている。

 何の変哲もない。車で乗り付けたキャンプ客。

 だが、そこは────富士宮、朝霧高原キャンプ場。日時は12月24日午後3時20分。

 第一の通り魔事件現場。その当日、発生前の光景がある。

 

「……ん?」

「どうかしたか」

「電話だ」

 

 ポケットの中で喧しくがなる携帯端末を取り出す。

 画面上に目を這わせ、思わず瞬いた。

 

「もしもし、どうしたイヌ子ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛想の良い店員とショーケースに並ぶ色とりどりのドーナツ達を横切って真っ直ぐに、飲食スペースへ歩を進める。

 一等奥、窓に向いたカウンター席に覚えのある背中を二つ、見付けた。

 忍び足で近付いて行き、直近、背後で。

 

「こぉら、不良娘共!」

「んごっ!?」

「んひゃいっ!?」

 

 ドーナツを頬張った千明と、ジュースのストローを咥えたあおいが、それぞれ目を丸くしてこちらを見上げた。

 

「まったく、こんな時間までなに油売ってやがる。とっとと帰らねぇか。家の人が心配すんだろ」

「なな、薙原! びっくりすんだろが!」

「心臓止まるかと思たわ……」

「ハハハッ」

 

 少女らの抗議を笑い飛ばし、隣の席に座る。

 帰宅を先延ばしてでもこの子らがここに居残った理由は、大凡察しが付く。というより当然の懸念であろう。

 

「電話で言った通り、きっちりと落とし前はつけさせたぜ。もう二度と近寄らねぇとさ」

「そ、そう、ですか」

「まあ、己が信用ならねぇと言われっちまえば返す言葉もねぇんだが」

「そんなことない!」

 

 椅子を蹴倒す勢いで、イヌ子ちゃんは立ち上がり頭を振った。自身の剣幕に自分で驚いたのか、イヌ子ちゃんは恥ずかしそうに肩を縮めて席に座る。

 

「な、薙原くんが信用できんとか、そんなんない。そんなん絶対思わん……」

「そう言ってくれるかい」

「うん……うんっ、ホンマにありがとう。薙原くん」

 

 固く、膝の上に両手を組む。握り合わせたその上に、一雫、二雫。滔々と零れて落ちるその涙。

 どれほどに堪え続けてきたものか。気丈を脱いで、少女は安堵に涙した。

 

「ホンマに、ありがとうっ……!」

 

 その背をそっと千明が擦った。

 

「あぁもう、ぐずぐずじゃんかイヌ子」

「だってぇ……」

 

 子供をあやすような優しさで宥め労る。その関りの深さをつくづくに見て取れた。

 不意に、それが改まって。

 

「あの、薙原」

「なんだぃ」

「その、私が言えた筋合いじゃないけどさ……私からも、ホント……本当に、ありがとう」

「かっ」

 

 席を立つ。用は済んだ。

 これ以上は尻がむず痒くっていけねぇ。

 

「じゃあな、夜道は気を付けて帰ぇるんだぜ大の字」

「ぐっ、やっぱ大の字ってなんか響きが……」

「イヌ子ちゃんも、今日はよく頑張ったな。偉いぜ」

「っ!」

 

 手を振りながらに歩き去る。去ろうとしたその時。

 

「薙原くんっ!」

「ん?」

 

 呼ばわりに足を止め、振り返る。

 律儀に席を立ったイヌ子ちゃんが、口を開き、また閉じた。発しかけた言葉を留めて、しかしやはり口にしようとする。その繰り返し。

 両手をこね繰り、下を向き上を向き目を閉じてようやくに、意を決するのが見えた。

 顔を赤らめ、上目遣いにこちらを見る。

 

「あ……あおい、でええよ」

 

 それだけ言って、また一段と顔を赤くした。

 

「……ふははは! そうかい? わかった。また明日な、あおいちゃん」

「う、うん! また明日」

「大の字もな」

「そこは私も名前で呼べ! 流れで!」

「ハハハッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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