『紅海の奇跡』
物語では本編開始前の出来事として済まされている。
艦娘の存在が初めて確認された戦いでありながら、初めて深海棲艦の撃沈に成功した戦いだ。
さっきも言ったとおり本編開始前なのであっさりと、概要だけが書かれているので詳細や何をやったのか分からない。
だがこの戦いさえ切り抜ければ日本に帰れる。その後はPTSDで少しの休暇も約束されている。
「頑張りますか」
そう呟きながら病院のベットから抜け出し、情報収集の為隊に戻る。市内に基地があるのでタクシーを捕まえれば帰ることができるだろう。財布には三万入っている。
病院服から軍服に着替える。ここは軍病院だ。軍人がいても誰も不思議に思わない。だが病院関係者…特にあの眼鏡禿げの腕のいい医者と担当した看護師に見つからないよう階段から降りる。
病院を出る。夜の風が肌を撫でて寒い。
前世では一度も海外に行ったことがなかったからか、途轍もない違和感を感じる。
…違うな、きっと異世界か1世ではなくヒドルフだからか。
「自衛隊…日本軍基地まで、頼む」
タクシー運転手に行き先を告げる。
自衛隊は俺が派遣される2ヶ月前に改称された。
経緯なんかは覚えていない。その頃は自分が派遣されることを知って訓練ばかりしていた。朝起きて訓練して朝食を摂って訓練して夕食摂って訓練して風呂入って寝る。そんな生活を送っていた。苦しくはなかった。ただ死ぬのが怖くて必死に訓練をしていた。おかげで生きている。
「着きました」
「ありがとう」
代金を払ってタクシーを降りる。額が一桁可笑しかったが、払えたので無視する。こんなところで問題を起こすわけにはいかない。
基地の警備兵に通行証を見せ中に入る。そのまま上官の部屋に行き、紅海の奇跡の時期を探る。
「おっ、ロイ!!お前もう帰ってきたのか」
「はっ!!休む暇など無いと思い、抜け出して参りました」
「馬鹿、それで次の作戦でぶっ倒れたら元も子もねえだろ」
直属の上官である大石大尉が日本酒を紙コップに注ぐ。
「退院…抜け出し祝いだ、飲め」
差し出された紙コップを受け取り、飲む。
「悪いな、紙コップで。生憎ガラスのコップは運搬中に割れちまった」
「いえ…この地で日本酒を飲めるだけでも幸せです。ですがどうやって日本酒を持って来たんですか?同じガラスなのに」
「ふっふっふ、大切なもんだから懐にしまってたのさ」
大尉は酔いが回ってきたらしいので、本題に入る。
「大尉、なにか面白い噂話とかありませんか?例えば軍艦が全部沈んだとか」
「いやぁ、ないなぁ。だが次の攻略の標的だった敵さんの航空基地が一晩で消滅したらしいぞ。司令官殿やエアコン組は大騒ぎしてたな」
「へぇ~、ありがとうございます」
…直前じゃね?確か作品じゃぁ軍艦や航空機が蒸発した後、捕虜から深海棲艦の存在が仄めかされていた。もしかしてその捕虜、その航空基地の所属だったんじゃ…。
「ありがとうございました、大尉。今日はもう寝ます」
「おーう、しっかり休めよ」
自分の部屋に戻り、布団に潜る。
紅海の奇跡はいつだ?明日か?明後日か?明々後日か?
もう目前にまで迫っている。艦これのゲームでは深海棲艦の対地攻撃力は航空基地の襲撃以外なかった。だが今は違う。戦艦や重巡の艦砲射撃の威力は?長門型並?大和型並?
寒くはないのに震える。隣は同期の青松だからいいが、恐怖で叫びたくなる。
覚悟だ、覚悟がいる。このままじゃ当日に生き残れない。
取り敢えずは休むため、自分で自分を気絶させる。目覚めりゃ腹も括れるだろ。
—―
起床ラッパで目覚める。
点呼の前までに布団を畳んで、着替え等を済ます。
「大石小隊、ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフ軍曹、青松伊智雄一等兵、全員います」
朝食を食べる。
アラビア半島の先っちょだがシーレーンが確保されているからか美味い飯が食える。
「大石小隊は朝食の後司令室に集合せよ。繰り返す大石小隊は…」
—―
「大石小隊はハーミル島に行ってくれ。昨日から連絡が取れていないから、敵に占領された可能性がある。もし占領されていたら指揮所と観測所を爆破して戻ってきてくれ」
「ボートを用意した。水と食料もだ。万一占領されていたら、ヘリは目立ちすぎる。遅いが見つかりにくいボートの方がいいだろう」
「了解、出撃準備に取り掛かります」
司令室を出て、準備をする。おそらく深海棲艦を相手にするだろうから、グレネードは閃光以外なしだ。銃も一発でも多く当てれるよう機関銃。後はハーミル島にあるものでどうにかする。これ以上は持っていけない。
「大尉、準備出来ました!!」
「よし、大石小隊、出撃!!」
—―
道中は思いの外静かだった。波も穏やかで雲一つない青空。水上艦も見当たらない。
「ハーミル島を目視で確認。上陸準備」
「了解、上陸準備!!」
ボートを操縦して島の砂浜に漂着させる。そして降りたらボートを出来るだけ陸に寄せる。帰りの船がなくなったら一大事だ。
ボートを寄せた後、姿を隠すため森の中に入る。
「全員、予定通り散開していくぞ。俺と一等兵は指揮所。軍曹は観測所を制圧する。付いてこい青松!!」
「はい!!軍曹、後でまた会いましょう」
「おう、じゃあな」
そうして二人は海側の指揮所に行った。
振り返り、森の中を進む。
観測所はこの森の奥にある山の頂上近くだ。巡回がいないかを耳と感覚を頼りに確認しながら足を速める。まだ深海棲艦は見てないが来られると面倒だ。
「…いた」
前の方から足音。音からして二人、どちらも軽いがしっかりとしている。この島はスエズ戦争の影響で住民は全員大陸の方に避難した。つまりは敵。足音を殺しながら走り、見えた瞬間に刀を抜く。
「!!」
「死ね」
小銃を持った男を左胸から右脇腹にかけて斬る。そして走りの勢いを活かした蹴りをもう一人の男の股にお見舞いする。
「===!!」
すまねぇ、叫び声はさっぱりなんだ。
叫ぶ口に拳銃を突き付ける。
『英語喋れるか?』
『なんだよ、なんだよ、このクソ野郎!!』
『謎の生物兵器を見たか?』
尋問。昨晩の噂を確かめたい。
『ああ、見たよ!!あいつら陽が沈んだ頃に現れやがった。銃も爆弾も効きやしない。よくあんなの作ってくれたな、おかげでアルネアが!!』
『御苦労』
興奮する男の頭を殴って気絶させる。間違いない、深海棲艦だ。
この島も紅海にある以上、腹を括るしかない。
「大尉、聞こえますか?大尉?」
無線で大尉を呼ぶが、反応がない。あるのはザアザアというノイズだけだ。
…上を見る。木の葉が幾重にも重なりあい太陽の光が見えない。引き返しても指揮所の位置が分からない以上、ここは当初の予定通り観測所に行く。
走る。自分が出す音を気にせず観測所目掛け走る。
「goaejgbn!!」
現地語だろうか、兎に角俺を指差して叫んでいる。ナイフを投げてそのまま走り去る。今は時間が一番大切だ。
見晴らしのよい頂上近くのプレハブ小屋…観測所の扉を蹴破って中に入る。そこには二人銃を持った奴がいたがどちらも斬り捨てる。
任務を果たすため爆弾を設置したら、大尉に連絡する。
「大尉、大尉、聞こえますか!!」
しばしの沈黙。そして応答。
「こちら大石、どうしたロイ?」
「大尉、爆弾設置しました。そっちはどうです」
「こっちも終わった。これから合流地点に向かう」
「分かりました。それから、昨晩の噂話、裏が取れました。事実です」
「なんだと!!…取り敢えず、合流地点に来い。出来るだけ早くな」
「はい、では合流地点で」
無線を切り、窓に足をかける。
これが最速だ。だから覚悟を決めろ。
「やぁぁぁぁ!!」
窓から飛び、近くの木に飛び移る。そしたら麓側に移動して、また木に飛び移る。
これを繰り返していると、海が光る。
「砲撃!!やばい!!」
衝撃波で木が揺れる。おそらく戦艦級だ。
着弾場所はボートを停めた砂浜近く…合流地点!!
「大尉、大丈夫ですか!!大尉、大尉!!」
「ぐぅ…ロイ、無事か…」
明らかに負傷している声。重傷なのだろうか、怠そうに喋る。
「青柳は…無事だ。二人で脱出しろ」
「いやです!!おい青柳、聞こえるか、青柳!!」
怒鳴りつけるが、全く返事はない。
「青柳の奴は港に火放ってるから無事だよ。…だから急いでくれ」
「…ありがとうございました、大尉」
「おう、靖国でな」
無線を切る。それからも何度か砲撃音が響くが気にせず山を下り合流地点に行く。
そこには青柳がいた。
「軍曹、大尉が…」
「分かっている、急いで出るぞ」
ボートを海に押し出し、エンジンを吹かす。
尾行なんか気にせず直線で基地を目指す。
「軍曹、9時の方向になにかいます!!」
「なんだと」
青柳の叫んだ方向を見る。人だ、人が立っている。健康的とはお世辞にも言えない青白い顔で、上はセーラー服、下は水着のやべー奴。
ル級がこっちを見てほほ笑んだと思ったら、砲身が光る。
「伏せろ!!」
「えっ」
青柳の右胸が消える。爆発しなかったから徹甲弾を使ったのか。舐められてる。
「軍曹…先に…大尉の所に…靖国で待ってます」
「悪いがまだ後100年は生きていたいんだ、待たずに先逝っててくれ」
「フフッ…うっ!!」
青柳が冷たく、動かなくなる。軍学校で仲間の死を悲しみ過ぎてはいけないと習った。しかし活用はできない。怒りで機関銃を持つ手が震える。
ル級の顔がより一層笑っているように見える。
「ふざけんな、ぶっ殺してやる!!」
ル級の方にボートを向け、機関銃を連射しつつ近付く。
「地獄に落ちろや!!」
機関銃の連射を受けてはいるが、ル級は避けない。寧ろ声を出して笑っている。
だが飽きたのか、砲身が一直線にこっちを見てくる。
あっ…ふーん(諦め)