時は神代、かの賢王が治めるウルクから遠く南西の位置に属する森林のなかで一人の少女が走っていた。息が途切れ途切れになりながらも少女は足を止めることはしない。足を止めてしまうとその後の自身に降りかかる災いを知っているからだ。
「はぁはぁ......逃げ、なくちゃ......」
少女がなぜこうも走っているのかは時を数刻前にまで遡ると良いだろう。
森林から少し離れた場所で小さな村があった。いや、集落と言えば良いだろうか。ともかく人が人と手を取り合って共存している地域があった。そんな集団の中で忙しくなく走り回っている子供がいた。そんな子供の目の前には自身の帰る家があった。
「お父さんお父さん!見て見て、この石綺麗でしょ!
そう言って子供は家の主であろう妙齢の男に向かって、誉めてほしそうに自慢したいかのように左手に持った翡翠の色をした石を掲げた。
「おおう、こいつは綺麗な石だな。さぞかし良い守り石になってくれるだろうな。どこで見つけたんだい?」
妙齢の男は石を受けとると、天に掲げ石の美しさに満足したかのように目を細め、石の採掘場所を子供から聞き出そうとした。
「えっとね、えへへ。......近くの森林の中にある小さい川辺て見つけたの!」
父親に誉められたのが嬉しかったのか少女ははにかみながら上機嫌で答えた。
「そうかぁ。偉いぞ、ただ森にこわーいお化けがいるんだぞ。一人で行っちゃ駄目じゃないか。」
父親は自身の子供の功績を誉めながらも、少し叱るように少女を窘めた。
「ごめんなさーい。......でも一人じゃなかったんだよ。ケンと一緒に行ったもん。」
俯きながら少女は謝罪と共に森に一人で立ち寄ったことへの弁明を行おうとした。しかし、父親が
「それでもだよ、犬一匹と子供一人じゃ森は危険すぎるよ。」
とさらに言葉を被せた。これには少女は観念して、もう一度「ごめんなさーい。」と云い、自身の過ちを反省した。そんな少女を慈しむように眺めた父親は丁度、自身の目線が少女のものと同じ高さになるよう小さい己の子供の背にあわせて腰を下ろした。
「じゃあ、今から父さんがその場所へ一緒に行って、もっと綺麗な石を取ってあげるよ。」
「ええ!なんで?怒っていたんじゃないの?」
少女は驚愕しながらも、父親の真意を問いただそうとした。
「怒っていたよ?でもいつまでも怒っているわけにいかないし、十分反省したようだからね。それに最近長の体の調子が良くないからね。綺麗な石を取って守り石にして少しでも長生きしてほしいからね。」
そう嘆くように独白した父の言葉を聞いた少女は戸惑いながらも勇気を振り絞り父に尋ねた。
「......おじいちゃん、体が悪いの?」
「......うん。全然回復の見込みがない。今でも寝たきりの状態で村の祈祷師によれば、もう長くはないんじゃないかって...」
「そんな!......じゃあこの石おじいちゃんにあげる!そしたらおじいちゃんも元気になってもう一回ギルガメッシュ王のお話してくれるよね!?」
半狂乱になりながら駄々をこねる娘に向かって、父親は優しく諭すように言葉を紡いだ。
「ごめんね、この石はもう君のものなんだ。守り石の核となる石は自身で自身の主人となる人を選ぶ。だからこの石を長に渡しても意味が無いんだ。」
「やだやだ!おじいちゃんを助けてくれないんだったら、こんな石捨てる!」
直後に頬を叩く音が家中に響き渡る。父親が娘を叩いたのだ。
「良いかい?人に永遠の命なんて無いんだ。いつかは死ぬんだ。長にその順番が廻ってきただけなんだよ。それに守り石を捨てるなんて軽々しく云っちゃ駄目だ。この石は君のことを慕って選んでくれたんだから、そんなことを云っちゃ可哀相だよ。」
「......うん。酷いことを云っちゃってごめんなさい。だからおじいちゃんの体を治して......」
父に頬を打たれたからなのか、少女は意気消沈し守り石に謝ると共に長の体を良くするようにと守り石に願った。
「じゃあ、行こうか。長の体を良くしてくれる守り石を探すためにね。」
そう言うと父は娘に手を差し出し、繋ごうとした。少女はその手を取りながら、泣きながら「うん」と力一杯頷いた。
数刻後に目的地に着いた親子であったが、突如頭部に鋭利な角を持つ魔獣の襲撃に遭い、父親は娘を庇ったため鋭い一突きによって絶命してしまった。
時は現在に戻り、少女はあの川辺から幾分か離れている今でも走っていた。それは魔獣による生命の危機への忌避による逃走でもあったが、死に際の父の目から逃げろと自身へ訴え掛けていると理解したからでもある。しかし、いくら神秘溢れる神代を生きる人間でそれも体力の有り余る子供だったとしても、既に彼女の体には限界の2文字が浮かび上がるほど疲弊していた。しまいにはつい、躓いてしまい体が地面へと叩き付けられてしまった。力を振り絞り、体の上半身だけを持ち上げて後ろを振り替えって見ると100m先に父を殺した魔獣が悠々と立っていた。
「い、嫌.....こっち来ないで......!」
そう言いながら、後退りするも件の魔獣は一歩一歩狙いを定めるかのように近づいてくる。とうとう魔獣は後五歩と言うところにまで近づいてしまった。少女を殺すべくして振り上げられた角を見て、彼女は自身の死期を悟り、目蓋をぎゅっと閉じた。しかし一向に衝撃が来ないので、うっすらと目蓋を少しずつ開けていくとそこには細長い刀剣によって頭部を貫かれていた魔獣がいた。いったい何がと思い、周辺を見渡そうとすると。
「貴様が、わしをここへ喚んだのか?」
と言う厳かな声が聞こえてきた。それと共に後ろから誰かが自身へと近づいてくる気配がし、振り向くとそこには齢が二十を超えたか超えていないかの青年が佇んでいた。そして、自身を見下ろし
「嘘偽り無く答えよ。貴様がわしのマスターか.....?」
と不敵な笑みを浮かびながら問いかけてきた。その男の目は酷く無機質で歪んでいたかのように見えた。