国を無くし、護るべき者も友も亡くした一人の騎士。彼は死に場所として祖国シュレイド王国を選んだ。
これはそんな騎士の最期を書いた物語である。
故郷が滅びた。その知らせを受けて、私は任務を放棄し祖国『シュレイド王国』へと戻った。道中はそう簡単な道のりではなかった。様々な理由があるが一つは生息域が変わったのか今までいなかった場所に溢れかえるモンスター達だ。シュレイドまでの整備された道にすら居るというのだから、タチが悪い。これも全て祖国を滅ぼしたという存在の影響か。
私は道中のモンスターを狩ると約束し、シュレイドまで運んでくれる運び屋を求めた。何人にも断られたが、一人。人相の悪い運び屋の男が引き受けてくれた。相場の5倍の金が要求され、金にもはや興味などない私は全て払ってやった。
「あんた、シュレイドに何しに行くんだ?」
シュレイドに近づけば近づくほど姿を現さなくなるモンスター達。そうすれば当然、暇になり運び屋の男が私に話しかけてくる。こちらは返り血や手入れで忙しいというのに。まぁ、良い。此処で機嫌を悪くして男が私を運ばなくなるのは避けたい。
「国に何が起きたのか知りたい。だから行く」
「御伽噺の存在だが、あのミラボレアスが出たらしいぜ。モンスター共の生息域が変わっているし、シュレイドの空がおかしい。
俺は真実なんじゃないかと思ってるが、あんたはどうなんだ?」
「……関係ない。国には残してきた者たちもいるんだ。死んでいれば、私もシュレイドで死ぬさ」
「金払いが良いとは思ったが……何も死に急ぐ必要はないんじゃないのか?」
人相も悪く金にも執着しているから他人がどうなろうが知ったことがない奴だと思っていたが、どうやら存外に善人らしい。人は見かけによらないものだな。心配されるのは嬉しいが、最早私の覚悟は変わらない。
「生きている理由がないのだ。元より私は大切な者を護りたいからこそ、王国の騎士になった。
滑稽であろう?国に従って任務に出ている時にその全てを失ったのだ」
「……そうか。っと、着いたぜシュレイド王国だ」
運び屋の男に礼を言って、降りる。私の目に映った景色はかつてのシュレイド王国とは似ても似つかぬ景色だった。緑豊かで花々は咲き誇り、私の妻ともよく歩いた草原は焼き焦げ、見るも無惨な焦土と化している。そこを歩きながら、シュレイド城を目指す。私が確かめたいものがあるその場所へと。
妻と出会い、語らった花畑はただの灰へと化した。
『貴方は、本当にドジなんだから。そんなんで王国の騎士になれるの?』
『わぁ、綺麗な花束。私のために用意してくれたの?嬉しい!』
『……ねぇ、好きよ。私と一緒の時間を生きてくれるかしら?』
……あぁ、君と共に同じ時間を生きていたかったよ。辛うじて残っていた見慣れた煤へと祈る。ここまで逃げてきたのだろう。周りにもよく見れば煤が多い。城内に全ての人々を入れることは出来ない。
門番になった友と肩を並べて背中を預けた門は溶け落ちていた。
『よっ!元気か?ならよし。俺か?見ての通り元気だぜ』
『あー……頭イテェ……流石に飲みすぎたぜ……』
『酒は全てを解決する!……なんだよ、確かに俺は飲み過ぎで門番になってるけどよ。俺が一番信じてるお前が、外で戦ってんだ。俺が代わりに門くらいは守ってやんねーとな!』
……溶け落ちてるぞ馬鹿者め。あいつが愛用していた槍が溶けたものと人の形に煤となっている場所を見ながら話す。あいつは最期の時まで護ろうとしたのだ。この煤はその証だ。
シュレイド王国は滅んでいた。僅かに人が生きていたという形跡だけを残して。この国が一体、何をしたというのだ。何がかの黒龍の怒りを買ったのだ。私には分からない。何故、シュレイド王国なのだ……何故、私が居ない時に……
「……何故、私を共に死なせてくれなかった……ミラボレアス!!」
祖国を滅ぼし、もう二度と命が芽吹くことのない不毛の地へと変えて満足したのか我が物顔でシュレイド城内に佇む黒龍ミラボレアス。我が憎悪を悲しみを込めて発した言葉は届いているのか。瞳を開き私を睨み付ける。
「……なんだ?寝ていたのを起こされたのが気に障ったか?だが、私は貴様に全てを奪われた!その悲しみ…憎しみが貴様に分かるか!!」
剣を引き抜き構える。ここに来たときはミラボレアスが居ようが居なかろうが自死するつもりだった。既に私に生きる理由など無かったから。だが、いざミラボレアスを目の前にすると気が変わるものだ。私の愛するものを奪った目の前の存在が憎くて憎くて憎くて仕方ない。護る国護る者がいなくても、あの煤達を裏切ることは出来ない。
愛する者とはもう二度と同じ時間を生きれない。なら、此処でこいつに抗っても誤差だ。
信頼する者は最期まで抗い煤と化した。なら、私がむざむざ自死など選べない。
──例え、目の前の存在に勝てない事が本能で分かっていても、彼らが信じた私を裏切る事など出来ない!
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びと共にミラボレアスへと駆け出す。手に持つ剣は何の変哲もないシュレイド王国所属の騎士であれば支給される直剣だ。身に付けている鎧もただの鉄を製錬したもの。伝説の黒龍に挑むには貧弱すぎる装備だ。だが、それがどうした。今更、伝説級の装備など手に入らない。無いものを悲観しても意味はない。
黒龍の目には酷く愚かな存在に見えたであろう。兵器すら役に立たなかった己にその身一つで挑んでくるのだから。ブレスを使うまでもない。叩き潰す様に前脚を出してくる。それをかわし、その前脚を足場に勢いよく駆け上がる。やれば出来るものだな。
「ぜりゃぁぁぁ!!」
飛び降りながら、奴の頭部の角を斬りつける。古龍は角でその莫大なエネルギーを管理する。そう国研究所の文献で読んだ。だが、流石は黒龍。全く怯む様子を見せず、着地した私を尻尾で吹き飛ばす。兜の中を血で染めながら、私はまだ生きているらしい。
「たった……一撃で……これか……」
剣を杖にし私は立ち上がる。自分でも何故立てているのか分からない。黒龍は自分の角を攻撃してきた私を憎々しげに見ている。はっ、たかが角程度でそれか。器が小さいなぁ……黒龍よ。ちらっと背を見て気がつく。どうやら、此処は撃龍槍が設置されていた場所らしい。
「……そら、黒龍……こっちだ…」
右手を挑発する様にミラボレアスに向け動かす。意図が通じたのか火の玉を吐きながら此方へと向かってくる。出鱈目に吐いている様でちゃんと狙って飛んでくる火の玉を地面を這う様に避けながら一度しかないチャンスを狙う。そして、その時は来た。撃龍槍の目の前に来た瞬間、レバーを引き撃龍槍を放つ。派手な火花をあげて放たれた撃龍槍。しかし、二つあるうちの一つしか出ていない。シュレイドがこれを使わなかった訳がないのだ。二つあれば奴を殺せたかもしれない。しかし、一つでは奴を大きく怯ますだけだった。
「あぁぁぁぁ!!」
最期の力を振り絞り、レバーが設置されていた台から飛び降りる。奴が怯んだ事で、下を向いている頭部。その角へと渾身の振り下ろしを放つ。ガキンッ!という音共に剣が折れるが、残った部分を何度も何度も振り下ろす。その度に残った刃は削られていき、やがて頭を振るったミラボレアスによって私諸共地面に叩きつけられた。
「……私の大切なものを全て奪った貴様を……私は……死んでも許さぬぞ……ミラボレアス」
僅かばかりに傷ついた奴の角を眺めながら、私は数ある煤の仲間入りになった。消えゆく意識の中、見慣れぬ鎧と武器を身に纏った者が、奴の角をへし折り、奴を地に伏せる光景を見た。……あぁ、私の抵抗も無駄ではなかったのだな。
この世界のミラボレアスはほんの少しだけ部位破壊がしやすいかもしれませんね。