夢の果て   作:焼き鯖

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こんばんは、焼き鯖と申します。

この度、新しく小説を始めました。

暫くこちらに専念しようと思います。


第一話:人間失格

 試験が終わって初めて見た空は、冬の日らしい澄み切ったものだった。まるで自分の今の気持ちとリンクしているかのような錯覚を起こしてしまうほど、外の空気は清々しかった。

 

「ふぅ……漸く、全部終わった」

 

 解放された気分を押し殺しながら、呟きをため息と共に吐き出す。

 

 そう、終わったのだ。

 

 大学生活四年の集大成が、今日、この日を以て完成したのである。やるべき事をやって、為すべき事を為した。後は天運に身を任せて結果を待つだけである。

 

 だと言うのに、この気持ちはなんだろう。解放感の片隅に潜む、この空虚な気持ちは。

 

「……ダメだダメだ。この後にも色々準備しなきゃいけない事があるんだ」

 

 気をしっかり持て、と弱音を吐いた自分を正すようにペチペチ頬を叩き、僕はイヤホンを耳に入れて音楽をかける。すぐにさわやかで心地よい音が、疲れ切った頭に流れ込んでくる。

 

「お、これはいいね」

 

 歌い出したくなる衝動を頭を振る事で誤魔化しながら、僕は駅へと歩き出そうとした。すると、いきなり肩を組まされ、歌い始めたイヤホンが取られた。

 

「よっ! タクミ、お疲れ様!」

 

 親しき中にも礼儀ありという言葉を理解していないような馴れ馴れしすぎる声と行動。僕はこの人物を嫌という程知っている。

 

「……行男、お前いきなりこんな事するのは失礼だって分かってるか? びっくりしたんだけど」

 

「あははは、悪い悪い。漸く試験が終わったっていうこの晴れやかな気持ちをお前と一緒に味わいたくて」

 

「全く……」

 

 呆れるようにため息を吐くも、当の行夫は自分の気持ちを押し殺す事なくウキウキとした表情である。

 

「で、どうだった?」

 

「まぁ、ぼちぼちだと思うよ。家帰ったら自己採点するけど、そんな悪い点は取ってない筈だし」

 

「そうかー、祐馬もおんなじ事言ってるんだよなぁ、俺だけだよ、自信ないの」

 

 にこやかな表情から一転してどんよりと見えてもいない先の事を考えて勝手にネガティブになる行男。笑ったり泣いたり、本当に忙しい奴である。

 

「大丈夫だよ。行男だって、今日の為にちゃんと勉強したんでしょ? なら問題ないって」

 

「そうかなぁ……」

 

「それに、今から落ちた事を考えても仕方ないでしょ、もう終わったんだからさ、楽しい事考えたら?」

 

 この一言を聞いた行男は、「それもそうだよな!」といつもの調子を取り戻し、「何して遊ぼっかな〜」と遊びの計画を立て始めた。何処までも呑気な奴である。

 

「まぁ、俺の事はいいとして……だよ」

 

「さっきまで元気付けられてた奴が言う事じゃない」

 

「いや、それもそうだけどさぁ……お前、就職先どうするんだよ」

 

「…………」

 

 僕は何も言えなくなって、再びイヤホンを耳に入れて音楽をかける。丁度一曲目が終わって、僕が一番好きな曲が流れ始めた所だった。

 

「おい、そうやって話を終わらそうとするんじゃねぇよ。お前の悪い癖だぞ?」

 

「うるさい、放っておいてくれ。僕の事は僕が決める」

 

 ひょいと勝手知ったる様子で片方のイヤホンを取りながら覗き込む行男に対し、僕は突き放すように言った。だが、行男の方は引く気はないのか更に詰め寄って来る。

 

「だってよぉ、みんな就職先決まってるって言うのにさ、お前だけじゃん、決まってないの。友達として心配だから言ってるんだぜ?」

 

「余計なお世話だよ。僕なりに探してるところだから、変な心配しないでくれ」

 

「まぁ……お前がそう言うんなら俺はなんも言わねぇけどさ……あ、じゃあこれだけは教えてくれよ」

 

 ──お前の夢は一体何? 

 

 行男の言葉が歌詞と重なり合ったのは、きっと偶然だと思う。そうでないなら……こんな風に動揺して、黙る事なんてない筈だから。

 

「……ほら、黙ったまんまって事は、そういう事なんじゃないの?」

 

「う、うるさい……ぎゃ、逆にお前はあるって言うのかよ」

 

「俺? 俺はそうだなぁ……」

 

 負け惜しみのように聞き返すと、行男は少し考えた後、こう答えた。

 

「俺がさ、前々から子どもの事やりたいって言ってたのは知ってるよな」

 

「うん、それは知ってる。だから児童養護施設に行ったんでしょ?」

 

「そうそう。あれ、俺が子ども好きって事もあるんだけど……子ども達の力になりたいなって思ってさ」

 

 考えを纏めるようにゆっくりと、行男は僕に答えていく。

 

「俺、馬鹿だからさぁ、難しい事なんて何一つ分かんねぇけど、親がいないって事がどれだけ辛いかは、何となく分かるんだ。それで、そんな子ども達の拠り所になれたらいいなって思って、色々調べたら児童養護施設が一番やりたい事に近かった。だから決めたんだ、今は無理だけど、経験を沢山積んで、いつか全ての子どものお父さんみたいな感じで守ってやるって。それが俺の……今の夢かな」

 

 ちょっとだけ偉そうな感じがするけどな。と、行男は鼻を擦りながら笑う。普段のやんちゃで明るい性格からは考えつかない、だけど聞いたら妙に納得が行く、行男の夢。

 

 その答えに、僕は静かに愕然とした。

 

「……キツそうだなって思った事はないの?」

 

「そりゃ、キツイ事もあるだろ。色んな子ども達を守るんだから。でもほら、俺は行男って名前だろ? 夢に向かって真っ直ぐ『行く男』だから、そんなもん楽勝で乗り越えられるさ」

 

 へへへと照れ臭そうに笑う行男が、とても眩しく見えた。そして、今の自分がとても小さく、惨めに思えてきた。

 

 だから、僕は「……そうか」と一言だけ残して、足早に行男と別れようとした。

 

「おい! 俺を置いて行くなよ! 一緒に帰ろうぜー!」

 

「うるさい! 今日は一人で帰るつもりなんだ!」

 

 そう言い捨てると、僕は今度こそ外されないようにイヤホンをぎゅっと耳の奥に押し付け、逃げるように駅に向かった。

 

 丁度、好きな曲が全部終わった後であった。

 

 

 

 

 

 


 

 僕には、進藤匠(しんどうたくみ)には夢がない。

 

 何故なら、夢というものが分からないし、生きていく上で必要なものじゃないと考えているから。

 

 物心ついた頃から、特にやりたい事も、興味がある物にも出会う事がなかった僕には、本を読む事しか楽しい事がなかった。

 

 両親は僕に色々な事をさせたけど、そのどれもが長続きしなかった。けれど、僕は特に何も思うことはなかった。

 

 小学生になってからは、ひたすら勉強した。先生に言われた通りに、予習も復習もやって、テストではいつも満点。それは中学、高校と進学しても変わる事はなかった。

 

 夢がなくても勉強が出来ればそれで良かった。

 

 実際、両親は頭のいい僕の事を褒めてくれたし、県内でも有数の進学校への入学が決まった時は泣いて喜んでくれた。

 

 けれど、夢がなく、これといった特技も資格もない僕を心配したのだろう。大学は安定した保障が受けられる福祉大学への進学を提案してくれた。

 

 軽い気持ちで入学し、社会福祉の道へ進んで、様々な事を学んだ。座学はいつも真面目に受けていたし、友達も何人かできた。家が近いという理由で始めた喫茶店のアルバイトも、持ち前の真面目さでお客さんや店長からの信頼も得た。実習だって、最初はぎこちなかったけど、それなりに上手く出来たと思ってる。

 

 けれど、相変わらず興味を惹かれるものに出会うことはなかった。色んなことを経験したはずなのに、その全てがピンとくることはなかった。

 

 そして、四年生の今、勉強しか取り柄のない僕は、就活という、人生で初めての壁にぶつかっていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

「……ふーむ、成る程ねぇ……」

 

 送付した履歴書を見ながら、佐藤さんが対面から声を漏らす。

 

 志望先の福祉法人の理事長という大きな肩書きを持つこの人は、丸い禿頭をポリポリと搔くと、顔を上げて僕の方を見つめた。

 

「タクミくん……だったね。君は……履歴書を見る限りだと、とても優秀な方だと私は思う。成績や進学校は申し分ないし、聡明で謙虚なのは姿勢からも見て取れる」

 

「ありがとうございます」

 

「ただ……ねぇ」

 

 そこで言葉を濁した佐藤さんは、言いにくそうに左右にいる二人の面接官に目を向ける。二人とも考えてる事は同じなのか、佐藤さんと同じ表情をしている。

 

「君の語る夢や目標って言うのは……少し、薄いものだと感じてしまう」

 

「……どういう事でしょうか?」

 

「いや、私は君の事を貶そうとは思っていないんだ。けどね、履歴書に書かれている事と、君の語る言葉に……温度差、というのかな。どうしても熱がないように感じてしまうんだ。つかぬ事を聞くが……君は、これまでに何か夢や目標、自分がこうなりたいと思うようなイメージを持った事はあるかな?」

 

「……それは……」

 

 まただ。

 

 またこの質問だ。

 

 頭が真っ白になる。口の中が乾いて、何か言おうにも言葉が出てこない。

 

「……その様子だと、やはり君にはそう言った物を持った事がないみたいだね」

 

「いえ、違います! ただ、私は……」

 

「そうは言ってもねぇ、答えられなかった事は確かだったし」

 

 苦笑しながら佐藤さんが言う。

 

 駄目だ。このままでは確実に落ちる。

 

 早く、早く何か言わなければ……

 

「そ、それでも私は……」

 

「もういいよ。君がどう言った人間であるかは、なんとなく予想がついたからね」

 

 終わった。

 

 この後出てくる言葉が予想できる。きっと、その場で不採用通告をされて、次の所で頑張って下さいと、他人事のように言うのだろう。

 

「残念だけど、今回の採用は見送らせて貰うね。次の面接が上手くいくように祈ってるよ」

 

 そして、その予想は殆どその通りとなって僕の耳に冷たく届いた。

 

 

 

 

 

 

 


 

「はぁ……」

 

 もうすっかり日が沈んだ公園。

 

 その片隅のベンチで、僕は溜め息を吐く。

 

「また失敗か……母さん達になんて言えば……」

 

 一体、何度この言葉を呟いたのだろう? 

 

 ここまで親に心配されて、お金まで負担してもらっているのに、一向に就職できる気配がない。

 

 一般企業への就職も考えたけど、この時期に一般企業へ乗り換えるのは遅すぎる。

 

 なにより、今の自分が仮に一般企業を志望しても、同じ轍を踏むことは目に見えて分かる。

 

 誰だよ、社会福祉法人なら引く手数多だって言った人は。ここまで落ちるなんて思ってもみなかったぞ。

 

「取り敢えず帰るか……うん?」

 

 くよくよしても仕方ない。今日は帰ってゆっくり休もう。

 

 そう思い、立ち上がった時だった。

 

 どこかから音が聞こえる。

 

 同時に、歓声のような声も聞こえてきた。

 

 あたりを見渡すと、少し離れた反対側のベンチで、何人かのグループが円になって何かやっているのが見えた。音に乗りながら体を揺らし、時折手や腕を動かしながら、何かしきりに声を上げている。

 

 その様子を見て、僕は眉を顰める。

 

 金や紫などの派手な髪色の人が多いのもそうだし、自分と違って自由な時間が多い人がこんな事をして貴重な時間を潰しているのが気に食わなかった。何せこっちは就活が失敗続きで苛立っているのに、奴らは呑気な顔をしてあんな下らないことをしているのだ。もっと本を読むなりなんなりすればいいのにと感じてしまう。

 

 僕はああいった人種にはならないぞ。

 

 そう思いながら、僕は公園を後にした。

 

 同じ穴の狢にならないよう、固く心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ、小説家になろうも始めました。そちらも宜しくお願いします。
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