夢の果て   作:焼き鯖

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どうも皆さんこんばんは。投稿時間を時間をミスりました。焼き鯖です。

遅くなりましたが今回はターニングポイントです。

どうぞよろしく。


第二話:YABO

 世間一般において、春は出会いと別れの季節だと定義されることが多い。

 

 何故なら三月には卒業式が、四月には入学式や入社式など、それまでいた巣から巣立って、各々の場所へ羽ばたいていくからだ。

 

 進学、進級、そして就職。様々な雛達が飛び立ち自分の巣を作り出すこの季節において……僕は逆に古巣へと戻ることになってしまった。

 

「……アキラさん、こんにちは」

 

「おぉ、いらっしゃい。待ってたよ」

 

 白髪混じりの初老の男性が、僕を見るなり笑顔で挨拶を返す。

 

 純喫茶『ししど』は、そういう意味では一番馴染んだ古巣であった。マスターのアキラさんやスタッフさんの優しい雰囲気のほか、夢がないこんな僕を受け入れてくれたということもあって、就活や受験勉強が本格化する時期までバイトを続けていたくらいだ。

 

「あーっ! 進藤くんじゃない! 久しぶりだねー!」

 

 厨房の方からマキさんがひょっこりと顔を出す。今日は栗色の髪を一本に束ねている。相変わらず元気そうで何よりだ。

 

「お久しぶりですマキさん。勉強の方は順調ですか?」

 

「勿論! あと少しで実技試験なんだ! 勉強の方もね、この間の試験でいい点取ったんだよ!」

 

 だから次も頑張らないとね! と両手をグッと握りしめてマキさんが笑う。

 

 彼女の夢は、料理人になる事だ。料理人になったら、お店を開いて自分の料理を食べて貰いたいらしい。

 

「後藤君、すまないが店の看板を準備中に変えてきてくれないか? 少々進藤君と話をしたい」

 

「はーい! かしこまりました!」

 

 元気よく手をあげて返事をしたマキさんが、そのまま玄関の方まで走っていく。彼女の髪の色も相まって、さながらちょこまかと動き回るハムスターのようである。

 

 僕はそのまま店の一角に連れられ、向かい合わせになった椅子の一つに座った。

 

「連絡を聞いた時は驚いたよ。私はてっきりもう就職活動は終わっているとばかり思っていたから」

 

 座りながらそんな事を言ったマスターに、僕は苦笑いを浮かべながら答える。

 

「はい、正直な話、僕もそう思ってました。ですが……夢がないという事がかなり足を引っ張っていまして……」

 

 僕はこれまでの就職活動の事をかいつまんでアキラさんに話した。

 

「成る程ね……そんな事が……」

 

 話を聞いたアキラさんは、うーむと顔をしかめて腕を組んだ。

 

「匠君、何故、企業や福祉法人が今後の夢、目標を尋ねるか、その真意を考えた事はあるかな?」

 

「……その夢が自分達が働いている場所で叶えられるか、見定める為だと聞いた事があります」

 

「うん、それも一つだと思うけどね、僕はそこに、匠君が今までどのような人生を歩んで来たかを知るという意味もあると思ってる」

 

 そう言うと、アキラさんはポリポリと頬を掻いた。

 

「私は君の事をバイトで働き始めた時から知っている。真面目で知識欲旺盛な良い子だということも分かっている。だが、企業は違う。初めて会う匠君という人間が、企業や施設ににどれだけの恩恵をもたらすか、どれだけ適応しているのかという所を見ているんだ」

 

「それは頭では分かってはいるんですけど……」

 

「分かっているよ。それでもやりたい事が見つからない事も、それで君が苦しんでいる事もね」

 

 にこりとアキラさんが笑う。

 

「だから、僕らにもその手伝いをさせて欲しい。君がやりたい事を見つけるまで、いつまでもここにいてもらって構わない。君が何かの夢を見つけた時は、全力で応援させて貰うからね」

 

「アキラさん……」

 

 ありがとうございます。と、僕は頭を下げた。やばい、目頭が熱くなってきた。

 

「でもマスター、口ではそうやって言いつつも、進藤くんが店を継いでくれないかなって、いつも言ってたじゃないですか」

 

 感慨に浸っていたその時、コーヒーを持ってきてくれたマキさんが悪戯っぽくそう言った。

 

「本当はマスターも寂しかったんですよね? 進藤くんが辞めちゃった時、最初は強がってましたけど、後から影でしょんぼりしてたの、私知ってますからね」

 

「えっ……それ本当ですか?」

 

 驚いてそう尋ねると、アキラさんはマキさんの方を向いてにこりと笑った。

 

「後藤君、それは分かっていても言わないのがお約束だよ。折角僕の方から言い出そうと思っていたのに」

 

「あれ!? それじゃあ私、また余計なことしちゃいましたかね!? ごめんなさい!」

 

 驚きながら慌てて謝ったマキさんを見ながら、僕とアキラさんはお互いに笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 さて、これからの未来の為にししどへ戻ったからと言って、僕のやる事の全てが好転した訳ではなかった。

 

 寧ろ僕を待っていたのは、呆れるくらい変わらない『日常』だった。

 

 相変わらず就職先は決まらないし、自分の夢なんてすぐに見つかる事もない。

 

 ししどで働きながら就活を続ける日々が、ただ滔々と流れていくだけ。

 

 抱えたままの焦燥感が大きくなるばかりで、状況は一向に良くならない。

 

 社会福祉士の国家試験に合格するなどのいい事はあったが、それも一時凌ぎにしかならず、焦燥感や焦りはどんどん募っていく。

 

 それがまた就活の足を引っ張って、面接で失敗してしまう。

 

 正しく負のスパイラルに嵌ってしまった僕の精神状態は勿論いいものなんかじゃなかった。

 

 常にイライラしてばかりで、余裕なんてあるはずもない。マキさんやアキラさんに色々教えられたり慰められたりしながらこの変わらない『日常』を生きてはいるが、このままいけば自分から命を絶つ事は簡単に想像できてしまった。

 

 そんな自分に、一つの転機が起きた。

 

「……はぁ」

 

 その転機が起こったのは、もう何度目かになるかも分からない面接の失敗を強く感じながら帰途についていた時であった。

 

「……また答えられなかったな……本当に早く就職先を見つけないと……これ以上母さんや父さんに迷惑かけられない……」

 

 実際、僕が不合格したと報告しても、二人とも最近は何も言わなくなってきている。既に心配を通り越して悟りすら開きかけてきていた両親にこれ以上ハラハラさせるような真似はさせたくない。

 

 そう思いながら夕暮れの公園近くを歩いていたその時だった。

 

「……あれ、この曲は……」

 

 耳に入ってきたのは、僕の好きな曲だった。爽やかなピアノの旋律に乗って流れるトランペットのリズミカルな音が、僕の耳に心地よく入っていく。

 

「……もしかして……」

 

 気づいた僕はあたりを見渡す。今までの就職活動は大体昼に面接をすることが多かった。加えてししどでのバイトを始めたこともあって夕方にここを通ることも殆どなくなっていた。

 

 だが、今日は久しぶりの夕方。もしかするとこの音楽を流しているのは……

 

「……やっぱりか」

 

 幸運にも、音を流していたものの正体はすぐに分かった。

 

 向かいのベンチ、その一角にたむろする服装も髪色も派手な集団。

 

 願わくば違う人が流していたらよかったなと少なからず思ってしまったが、予想というのは裏切らないらしい。

 

 僕は再び眉を顰める。

 

 彼らはいつもこんなことをしているのだろうか。だとすれば余程の暇人なのだろう。折角時間があるのだからもっと有益なことをすればいいのに。

 

 それにしても、この曲をこの集団が知っていたのは驚きだが、こんなことに使われるのは大変に不愉快だ。

 

 そう思い、すり抜けるように公園から離れようとしたその時。

 

「うぉー! 今のバースマジやべー!」

 

「……はっ?」

 

 髪型服装派手派手集団の中から上がったひと際大きな歓声。その聞き覚えのあるアホというか馬鹿みたいな声に、僕は一瞬立ち止まった。

 

「……ん? あっ! タクミじゃねーか! おーい!」

 

 どうやら知り合いの馬鹿が僕のことを目ざとく見つけたらしい。子どもみたいに無邪気に手を振ってこっちに駆けてくるのが見える。

 

 気づいたならそのままスルーしろ馬鹿。僕は今、お前に関わり合いたくないんだよ空気読め。

 

「珍しいじゃん! お前がここ通るなんてさ! なに? 今日就活してきたの?」

 

 そんな僕の願いと必死の懇願なんか当然馬鹿に届くはずもなく、固まったままの僕の肩をがっしと組んでデリカシーなくそう質問してきた。

 

「……おい、なんでお前がここにいるんだよ。お前の家ここじゃなかっただろうが」

 

「遠出してきた! 今日は週に一回の楽しみだからな!」

 

「だったら僕なんかと関わらずに楽しめばいいだろ……なんだってあんな馬鹿でかい声で俺を呼んでんだよ……」

 

 行男。

 

 僕の肩を組んだ馬鹿の名前を呟き、さっきまで奴が一緒にいた集団の方をこっそりと指さす。指さした集団は行男と僕の事情を察したのか、変わらずに音楽に乗って自分の歌詞を歌っている。

 

「そりゃ、自分の知り合いが通ったら声かけるだろ? 俺は声かけてほしいと思うし」

 

「全日本人、および全世界の人間がお前だと思うなよ。少なくとも僕はプライベートの時以外は一人でいたいんだ」

 

「まぁいいじゃん! こうやって会えたのもなにかの縁だろ? 卒業式も終わったから、こうやって話すこともなくなるだろうし」

 

「だったらラインなりツイッターなり使えばいいだろ……」

 

 バシバシと肩を叩く行男にげんなりとしたが、言ってることが言ってることだけに強く言い返せないのもまた事実であった。確かに卒業式も終わった今、こうして会える機会も少なくなるだろうし。

 

「……んで、なんだってこんな時間にこんなことしてんだよ。というか、これってなんの集まりなの?」

 

 閑話休題。

 

 気を取り直して行男に尋ねると、何故か行男は得意げに胸を張った。

 

「へっへっへっ、よくぞ聞いてくれました!」

 

「なんで上からなんだよ」

 

「この俺、尾形行男がやっているもの……それは、サイファーだ!」

 

「……サイファー?」

 

 聞きなれない言葉が行男の口から飛び出す。なんだそりゃ、アラビア語の話じゃないよな? 

 

「説明しよう! サイファーというのは……」

 

「あっ、いい。後で自分で調べるから」

 

 それじゃ、と足早に帰ろうとする僕の足を、行男が縋りつくように掴んだ。

 

「待て待て待て! まだ説明が済んでないだろ!」

 

「お前の説明で理解できる気がしないからな」

 

「今回は大丈夫だから! ちゃんとばっちり説明できるから!」

 

 ──そこまで言うなら任せてみるか。

 

 そう思いながら「じゃあ説明してみろよ」と、半ば諦め気味に促すと、調子を取り戻した行男が説明を始めた。

 

「説明しよう! サイファーというのは、公園や広場、高架下なんかに集まり、スピーカーの周りに円を作って即興でラップするというものなのだ!」

 

「ラップ……ねぇ」

 

 あいつらにあんな高尚なこと出来るのかよ……と、内心で思いながら、その先を説明を促す。

 

「ルールは簡単。自由! ただそれだけ! スピーカーやスマホからのビートに合わせてラップするのが基本だが、割り込んでも順番通りにやってもオッケー! 兎に角自由に、自分らしくラップするのがルールだ!」

 

 以上! と得意げに鼻をフンスと鳴らしながら行男は説明を終えた。

 

「なるほどね。要するに何人かで円になって自由にラップするってことか」

 

 お前にしては分かりやすい説明だな、と軽く感心してそういうと、行男はぱぁっと目を輝かせた。

 

「だろ!? これが結構おもしろくてさぁ! 良いバース思いついたらみんなすごいって言ってくれるんだぜ!?」

 

「まぁ自己顕示欲っていうか、承認欲求は満たされるかもな」

 

「それもあるかもしれないけどさぁ……」

 

 うーん……と何やら悩み始めた行男だが、やがて何か閃いたような顔つきになって僕の身体を引っ張り始めた。

 

「おい……何するんだよ」

 

「サイファーの面白さはやってみないと分かんないと思ったから、お前を参加させようかと」

 

「……はぁ!?」

 

 こいつは何を言っているんだ!?

 

「冗談じゃない! なんで僕がそんなことをしなきゃいけないんだ! 大体、僕はまだ就活中だ! そんなことに時間を使ってる暇はない!」

 

「まあまあ、固いこと言うなって。一回参加してみればお前も何か変わるかもしれないだろ?」

 

「そもそも! 僕にはあの人達が韻を踏みながら歌うなんてそんな高度なこと出来るようには到底見えないし思えない! 僕もそんな事出来ない!」

 

「心外だなー。こういうのは練習がものをいうから意外と見かけにはよらないんだぜ? それに、今は韻を無理に踏まなくてもいい時代になってるから、頭のいいお前なら初めてでもいけるって」

 

「い、嫌だあぁぁぁぁぁぁぁ! 誰かたすけてくれぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 必死の抵抗もむなしく、僕は行男に引きずられていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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