夢の果て   作:焼き鯖

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ようやっと投稿出来た……

皆さん遅くなりました。焼き鯖です。

全然描写が思いつかず、ズルズルとここまで来てしまいましたが、なんとか投稿出来ました。

読んで頂けたら幸いです。


第五話:My name is

「……へぇ、それでお父さんもお母さんも酔いつぶれちゃって、結局後片付けは進藤君ひとりでやったんだ。面白いご両親だね」

 

 それから一週間後の夕方、ししどで昨日のことをマキさんに話すと、厨房にいた彼女はクスクスと笑いながらそう言った。

 

「何か想像できちゃうな。机に突っ伏してるご両親と、その横でせっせとお酒の缶とか片付けたりお皿洗ったりしてる進藤君の姿が」

 

「笑い事じゃないですよ……マキさん知らないでしょ? ウチの両親の後始末がどれだけ大変だったか……」

 

 実際、昨日の夜の後始末はマキさんの言う通りの流れになったが、体感ではその三倍大変だっだと思う。

 

 せっかく三人で飲むんだからと母が無駄に張り切って料理を作った結果、食べきれない量のおかずが机に並ぶし。

 

 父は父でいつの間に買っていたのか大量の缶チューハイを戸棚から持ち出してくるし。

 

 そんな深夜テンションみたいな状態でお酒なんか飲みだすから、二人とも飲むスピードがいつもより早いし。

 

 祝われるはずの僕には一滴のお酒もくれないし。

 

 そのせいで案の定飲み潰れて結局僕は片付けに追われる羽目になるしで、二人ともお祝いにかこつけてお酒飲みたかっただけだろ、と邪推しそうになった。

 

「僕、あの日心に誓いました。両親とのお酒は祝い事以外で二度と飲まないって」

 

「あはは、でもよかったじゃない。認められたんでしょ? 自分のやりたいこと」

 

 ニコリと微笑んで僕を見つめるマキさんの目。なんだか僕の本心まで全部見透かされているような気がして、ついそっぽを向いてしまう。

 

「まぁ……ラップしていいよって認めてくれたのは……凄い嬉しいですけど」

 

「フフフ、素直じゃないねー。そこが進藤君のいいところなんだけどさー」

 

 笑いながらうりうりとマキさんが僕の頬を弄っていると、厨房の入り口からマスターが苦笑気味に顔を出した。

 

「後藤君、盛り上がっているところ悪いけど、注文が届いているよ。ブレンドコーヒーと卵サンドね」

 

「あっ、はい! 申し訳ありません!」

 

 慌ててコーヒーを入れ始めるマキさんを眺めながら、入れ変わるようにマスターが僕に近づいてくる。

 

「話はホールから聞いていたよ。理解のあるいいご両親だね」

 

「まぁ……そうですね。ありがとうございます」

 

 どう答えたらいいか分からずに、取り敢えず頭を下げると、マスターは穏やかに笑ったまま頷いた。

 

「僕もご両親の気持ちはなんとなく分かるからね。成長した子供を社会に送り出す気分だよ」

 

「その社会でニートまっしぐらな僕は一体何なんですかね……」

 

 不意打ちを食らってどんよりしている僕を慰めるように、マスターはポンと僕の肩に手を置いた。

 

「大丈夫だよ。君はまだ若いんだから、結果は後からついてくる。焦らず今はやりたいことをやりなさい」

 

「はい……」

 

「……おっと、もうすぐ七時になるけど、この後の予定は大丈夫なのかい?」

 

「……えっ?」

 

 マスターの質問につられて腕時計を見ると、時刻は確かに七時前、正確には六時五十分を少し回っていた。

 

 その瞬間、わずかながら体の温度が下がったのを感じる。

 

「しまった! 今日もサイファーがあるんだった! マスターすみません! 先に上がらせていただきます!」

 

「うん、いいよ。でも、片付けだけはお願いね」

 

 マスターの声を背中に受けつつも、僕は挨拶もそこそこに着ていたエプロンを無造作に脱いで、一目散にバックヤードへと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

「すみませーん! 遅くなりましたー!」

 

 片付けを終え、自分史上ないってくらいに全力疾走で公園まで走ったが、結局ついたのは約束の時間から三十分もオーバーした午後七時二十分。

 

 バイトの後、しかも遅れると事前に連絡してあったとはいえ、流石にこれは遅れ過ぎた。ここまで遅れるとなると、ホワイトさんあたりが怒鳴りそうなのは予想が出来る。

 

 そう思い、息も絶え絶えながらに大きな声で呼びかけてみるが、街灯が照らす暗がりの先から返事が返ってくることはなかった。

 

「あっ……あれ……?」

 

 怪訝に思い、辺りを見渡してみるが、人影らしきものは見当たらない。

 

「おかしいな……サイファーって今日の七時からだったはずじゃ……」

 

「合ってるぞ。毎週火曜日と金曜日、午後七時から九時までだ」

 

「うひゃあ!?」

 

 背後からいきなり聞こえた野太い声が、僕の体を貫いた。

 

 驚いて振り返ると、黒いTシャツにミリタリージャケットを羽織った祝言さんが、缶コーヒーを片手に立っていた。どこで染めてきたのか、鮮やかな金色に染められたコーンロウが、街灯に照らされてギラギラと輝いている。

 

「よう、バイトお疲れさん。俺以外じゃあ、匠クンが一番乗りだ」

 

「しゅ、祝言さん! いたんですか!? 驚かさないでくださいよ!」

 

「ちょっと飲み物買いに席はずしただけだ。別に驚かそうと思ってたわけじゃねぇよ」

 

 祝言さんは苦笑しながらそう言うと、どっこいしょとベンチに腰を下ろし、缶コーヒーを豪快にのどに流しこんだ。

 

「……っと、祝言さん、遅れてしまい、申し訳ありません」

 

「ん? あぁ、いいよ。本当だったら長く出来るように時間通りに集合するけど、サイファーは来れる時間に自由に来てラップするのが基本だ。だから遅れて来ても誰も咎めたりしないよ」

 

 ひらひらと手を揺らしながら答える祝言さんに、僕は戸惑いつつも「ありがとうございます」と返す。

 

「何より、匠クンは事前に連絡してきたからね。そこは評価出来る」

 

「えっ……あの、他の方々は?」

 

「韻Rockはさっき連絡してきた。なんでも三者面談が長引いたらしい。ホワイトの方は一回連絡してみたが、未だに返信がない」

 

「えぇ……」

 

 つい、ため息交じりの呆れ声が、口から漏れ出てしまう。

 

 韻Rockはまだいいとして、ホワイトさんの方は論外だ。せめて一言だけでも返信するのが社会人として当然ではなかろうか。

 

 そう思っていると、祝言さんも察したのか、再び苦笑しながら口を開く。

 

「まぁ、勘弁してやってくれ。普段のあいつならいつもすぐに返信が来るんだ。多分、変な奴らに絡まれてんだよ」

 

「そうですか……それはそれで心配ですけどね……」

 

 つられて僕も苦笑すると、祝言さんは「ところで」と立ち上がった。

 

「匠クンは、MCネームはもう決めてあるのかな?」

 

「えっ……MCネーム?」

 

 怪訝な顔をして尋ねると、祝言さんは丁寧に説明を始めた。

 

「そう。俺なら祝言。秀幸なら韻Rockみたいに、ラッパーの多くは自分のMCネームを持ってるんだ」

 

 言われて気が付く。そういえば、この前見たラップの動画のラッパーも、個性的な名前が多かったっけ。

 

「まぁペンネームみたいなもんだよ。本名晒したら色々怖いだろ?」

 

「まぁそうですけど……申し訳ありません。全然考えてませんでした」

 

 頭を深く下げてそう言うと、祝言さんは「そうか」と頷く。

 

「まぁ、今すぐ考えろってわけじゃねぇから、今日のサイファーでゆっくり──」

 

「だから近寄ってくんじゃねぇよ!」

 

 その時、遠くから祝言さんの言葉に重なるように、中性的でハスキーな怒鳴り声が聞こえた。

 

 見ると、この前見た特徴的な白髪に大量のピアスを左耳につけたパンクファッションの女性が、派手な格好の男に付きまとわれながらこちらに向かってくるのが見えた。

 

「おっ、ホワイトの方も来たみたいだ──って、あいつは……」

 

 同じように顔を向けた祝言さんの表情が、露骨に歪む。

 

「どっ、どうしたんですか? あの男の人に何か……」

 

「……匠クン、すまんが今日はちょっと厄介なことになるかもしれん」

 

「えっ?」

 

「ホワイトに付きまとってるあの男、あいつの名前はDust shoot(ダストシュート)って言うんだが……こいつがちと面倒でな」

 

「面倒? それってどういう……」

 

「あぁくそウゼェ! いい加減に……あっ! 祝言さん!」

 

 瞬間、こちらに気づいたホワイトさんが、心底ホッとした表情で走ってきた。

 

「待ってよ〜、ホントサイファー終わったら一杯だけだからさぁ〜……って、祝言さんじゃないっすか。何してんすかこんな所で」

 

 Dust shootと呼ばれた男も負けじと走って来たが、祝言さんを見ると足を止め、あからさまに舐めた口調で尋ねてくる。

 

 見え見えの挑発を意にも介さず、さっきの僕と同じような調子で祝言さんは言葉を返した。

 

「よぉ、久しぶりだな。お前こんな所で何やってんの?」

 

「何って、見りゃ分かるでしょう。飲みの誘いですよ。飲みの誘い。近くのクラブでイベントあるんで一緒にどうかなーって」

 

 明らかに祝言さんを煽るような捻くれた言い方だが、当の本人は全く動じていない。

 

「あっそう。だから無理矢理ホワイトを連れてこうととしてた訳か? 生憎だが、今日ホワイトはサイファーなんだ。オメェに付き合ってる暇はねぇんだよ」

 

「いやいやいや、サイファーなんて時代遅れじゃないっすか。今はクラブですよクラブ。そこで色んなアーティストの音楽聴いて、リリック書く参考にするんですよ」

 

 分かるでしょ? と同意を求めて来たが、祝言さんは首を横に振ってこれを否定した。

 

「オメェさん、クラブ行ってもナンパしかしねーでライブなんてロクに聴いてねぇだろ? それにここ最近はライブはおろかバトルのイベントすら顔出してねぇじゃねぇか。よくラッパーって名乗れるな」

 

「勘弁して下さいよー。俺はこれでも結構忙しいんですからー」

 

 のらりくらりと祝言さんの言葉を躱していくこの男の姿を見て、なんとなく嫌われている理由が分かった。

 

 顔立ちは悪くないものの、鍛えていないだるだるの身体に、あからさまにヤンキーだと分かるほどこてこてだが似合っていないガルフィーのスウェット。更にはこの時間帯ではほぼ意味がないのにつけてるサングラスに、金属アレルギーの人が見たら卒倒しそうなほど大量のネックレス。

 

 清々しいほどテンプレートなラッパーの格好をしているのに、言動は言い訳がましく、カッコいいとは到底思えない。

 

 僕は初めて出会ったこの男に、ラッパーとしても、一人の人間としても嫌悪感を抱きかけていた。

 

「……あれ? ところで、そこにいるいかにも陰キャって感じの奴はなんなんですか?」

 

 そう思っていると、僕に気が付いた奴は明らかに馬鹿にした口調でそう尋ねてくる。

 

 本来なら、こんな奴に挨拶する義理もないわけだが、祝言さんの手前そんな事は出来ない。

 

 僕は祝言の横に立ち、頭を下げて挨拶をする。

 

「初めまして、この前からこのサイファーに参加させてもらってます、進藤──」

 

「あーいい、いい言わなくて。俺ダサい奴の名前覚えない主義だからさ」

 

 一瞬イラっとした気持ちを抑え、「そうですか」と引き下がる。が、相手はそれで勘違いしたのか更にこちらを煽り始めてきた

 

「それにしてもっすねー……祝言さんのサイファーの質も落ちましたねー。こーんな陰キャ君も参加するようになるなんて思ってなかったですもん」

 

「なっ……」

 

「女の子も少なくなりましたし、むさい男しかいなくなったんじゃあ、行く価値ないでしょ。それよりもクラブで色んな曲聞いて女の子と遊んだほうが有益ですからね。大体──」

 

 こちらが黙っていることをいいことに、勝手なことを好き放題言いまくるDust shootという男。

 

 なんで祝言さんが面倒と言っていたか、よく分かった。

 

 こいつは人間として出来上がっていない。

 

「……あの、お言葉ですが──」

 

「そこまで言うんならよぉ」

 

 あまりにイラついて、思わず口答えしようとしたところを、祝言さんが割って入った。

 

「勝負してみるか?」

 

「はぁ? 誰とですか?」

 

「誰って、決まってんだろ」

 

 ハッと祝言さんは鼻で笑うと、そのままニヤリと不敵な表情を浮かべて、僕の方を指さした。

 

「こいつとお前、八小節三本しょうでどっちが強えか決めようじゃねぇか」

 

「……はぁっ!?」

 

 恐らく今日一の叫び声が、僕の口から飛び出した。

 

 

 

 

 




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