ゴルシ「なぁマックイーン!ハリボテ記念に行こうぜ!」


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マックイーン「ハリボテエレジー?」

1.

 

燦々と温かな太陽が降り注ぐ天気のいい日。

 

少し肌寒い気温を日光が温める、昼寝やハイキング、そして特訓をするには最適解な外出日和。

 

にもかかわらず、私は虚ろな目で目の前の建物を見守っている。

 

ここは東京都府中市にある中央競馬の競馬場。通称『東京競馬場』

 

『府中競馬場』とも呼ばれるこの競馬場は今まで数々のレースが繰り広げられ、激戦の歴史と栄光の物語が語られてきたウマ娘たちの聖地。

 

ここは私、メジロマックイーンも目指す場所の一つであるのにもかかわらず、喜びも感動も覇気も感じない。

別に自分が出場するわけでは無いため、覇気がないのは納得できる。だがレースを見に来たのに喜びも期待も、なにも感情が湧かず胸中にあるのはただただ困惑だけ。

 

それもそのはずだ。

本当なら今日はトレセン学園近くのカフェでケーキを食べていたはずなのだ。

それが、今日の朝に突然誘拐され私はここにいる

 

その時点で混乱の極みなのだが、連れてこられたのが東京競馬場で行われるレースだったのなら、誘拐されたことへの怒りはするもののどんなレースが行われるかの楽しみが怒りを勝るのがウマ娘である。

 

だが、そもそも今日東京競馬場でレースが行われるなど記憶にはない。

G1だけでなくG2G3そしてopすらも頭に入れている私からしたら今日の東京競馬場は何もなく人もいないはずだったのだ。

 

 

ならば、この目の前の光景はなんなのだろう?

私の視線の先には多くの観客が歩き回り、今日のレースについての談笑をしてレースを今か今かと待ち望んでいる。

その人だかりはまるでG1とは言わないもののG2G3の時に引けを取らないほどの人間が集まっていると言っても過言ではないだろう。

 

 

 

ならば、こんなに人が集まると言うことは何かレースではない別のイベントが行われるのだろうか?

 

 

 

私は最初ここに連れてこられた時にそう思った。

 

だが聴こえてくる観客達の会話がそれを否定してきた。

 

「いやー、本当に待ちに待った大会だなぁ!」

 

「ホントそうだよな、今日は天気もいいし耳も尻尾も湿気て取れることはないだろ!」

 

「それそれ!乾燥してるしガムテープの接着も完璧だな」

 

「だとしたらついに魔の第三コーナーも曲がれるかもな」

 

「それどころかゴールするウマ娘もいるかもしれないぞ?」

 

「うっわ、楽しみだわぁ!!」

 

 

………いや、待ってほしいですわ。

 

会話の内容が明らかにおかしいとしか言いようがありません。

 

耳や尻尾が取れる?ガムテープの接着?ゴールするウマ娘がいるかもしれない?

 

会話だけでは一切予想できない混沌とした言葉達。

 

 

一体私は何を見せられるのか?どんなカオスに満ちたレースを見せられてしまうのか?

 

そんな疑念と困惑と恐怖が胸中を渦巻き私は無意識に一歩後ずさりしてしまう。

 

 

このままここにいてはいけない。

私の中のウマ娘の本能が警鐘を鳴らしているのに、私はすぐさま従おうと、すぐに後ろを振り返った。

 

だが、どうやらそれは遅かったようである。

 

「お?どうしたマックイーン!急がなくてもそろそろ入場できるぞ!」

 

目の前に私を見下ろす高身長のウマ娘がいた。

そしてそんな彼女の右手は、まるで私を逃さないように私の肩を力強く掴んでいる。

 

私を捕まえた彼女は、たなびかせた銀髪は美しく、顔は俳優を思わせるようなイケメン。そして体についた筋肉は長距離と追い込みに適した力強さを感じさせるという立派なプロポーションを持っており黙っていたら美しいウマ娘。

 

だが、イケメン女優のようなその姿は彼女の性格という一つの要因のせいで、全て台無しになっている。

しかしその実力は疑うまでもなく強者なのだ。

それを私はよく知っている。それとともに彼女の狂人っぷりも嫌という程経験している。

 

「……ゴールドシップさん、ちょっと私帰ってもよろしくて?」

 

そんな彼女、ゴールドシップに私はお願いしてみた。

頬をひくつかせ、このままここにいてはいけないと言う焦りを心に込めながら、彼女に帰らせてとお願いする。

 

するとゴールドシップさんはそんな私のお願いに満面の笑みで答えてくれた。

 

「そんなに楽しみだったのか!さぁ行こうぜマックイーン!」

 

話が通じないッッ!!!

私はすぐさま実力行使で逃げようとするが、力強いゴールドシップの腕力からは逃げることができない。

 

「まぁまぁマックイーン。このパンフレットでも読んで落ち着いてくれよぉ〜」

 

ガシャリという音がなる。

それはゴールドシップさんによって私の顔面にパンフレットを打つけられた音。

 

目の前いっぱいに広がる見たこともないレースの広告。

そこに書かれている文字が私の目にはっきりと見える。

見える…けれど理解できるとは言っていない

 

だから…

「ハリボテ記念ってなんなんですのー!!!」

 

私の声が蒼天の空に響き渡る。

すると風が吹き、私の顔面にぶつけられた広告が風に吹かれて宙を舞う。

 

 

『ハリボテ記念:GⅢ(東京競馬場/芝1400m/8頭立て)』

 

広告にはそんな文字が書き記されていたのであった。

 

 

 

 

2.

 

 

観客たちがレースは今か今かと待ち望む客席。

そんな客席の一部で私はただただポカンと空を見つめている。

 

ああ、イイ天気ですわ…

 

お天道様がニコニコと輝く空。

そんな快晴の象徴を見守る私の真横から、ゴールドシップさんのやかましい解説が私の耳に直撃していく。

 

「今日のレースは本当に最高なんだよ!あのハリボテ家の名手である手作好太郎先生の担当ウマ娘が出場するんだぜ!?それに世界各国から集まったサラブレッドのハリボテの世界的レース見逃すわけないよなぁ」

 

 

混沌に混沌をぶち込んだような日本語の羅列。

そんな暗号じみた言葉達を私はなんとか頭の中で咀嚼していく。

 

…いや…その、そもそもハリボテ家とは?

手作好太郎先生ってだれ?

サラブレッドのハリボテって矛盾してません??

 

咀嚼すれば咀嚼するほどに浮かぶ疑問は数知れず。

だがとりあえずまずは一つ一つ消化していくことにしましょうか…

 

 

「あの…ゴールドシップさん……?」

 

「なんだ?マックイーン?」

 

「そもそもハリボテ家とは…?」

 

「嘘だろマックイーン…?」

 

私がそういうとゴールドシップさんは目を見開き信じられないものを見た表情をした。

 

いや、そんな表情をされても知らないものは知りませんよ?

 

するとゴールドシップさんは続いて、ため息を吐き始める。まるで覚えの悪い子供に語りかけるかのように…ってムカつきますわね。

 

そんな内心に沸く怒りをぐっとこらえて私はゴールドシップさんの言葉を待った。

 

ゴールドシップさんは長い長いため息の後にやっと語り始めた。

 

「あのなぁ、ハリボテ家は、あのG1で華々しく活躍してきたハリボテエレジー先輩の家にきまってるじゃねぇか…」

 

…やはり最初から意味がわからない。

 

「だから誰ですの!?聞いたことありませんわよ!?ハリボテエレジーさんだなんて!?」

 

「バッキャロウ!!あのハリボテエレジー先輩だぞ!!父馬にダンボウルガクエン、母馬にガムテイプマツリをもったすげぇ血統のウマ娘だぞ!?」

 

「一体それはどんな血統ですの!?」

 

「じゃあ知らないのか…!?あの魔の第三コーナーを曲がり切ってから繰り広げられたメカハリボテ先輩と最後の直線を競った名勝負を!?」

 

「知りませんわよ!!!」

 

渾身の叫びが喉から放たれる。

 

そもそもG1に出てくるようなウマ娘達は全員網羅しているつもりだ。

そんな中にハリボテエレジーなんて名前は見たことがないし、そんな目を引く名前があったのなら忘れられるわけがない。

…というかそもそも

 

「メカハリボテって本当にウマ娘ですの!?メカじゃなくて!?」

 

「ブルボンと似たようなもんだ!」

 

「確かに、ミホノブルボンさんは確かにロボットのようですが….」

 

「あ、見ろよマックイーン!全員発バ機に入ったぞ」

 

「私の話を聞きなさい!」

 

私はそうゴールドシップさんに話しながら、スタート地点に視線を送る。

 

そして、目を凝らしてそれを見て、目を瞬かせて幻覚ではないかと確認し、目を手でこすって再確認し確認し、10秒ほど目頭を押さえてからまた再確認し、自分の頬を軽く叩いてからもう一度確認した。

 

「えぁ…?」

 

 

淑女とは思えないような声が自分の口から漏れたのがわかる。

それとともに私の意識が飛んでいきそうになるのも認識できる。

 

人はこうも理解できないものを見ると困惑し呆然するものなのだと思い知らされるには十分な光景だった。

 

確かに8人のウマ娘たちが発バ機に入ってスタートを待っていた。

スタートのために各自真剣な表情で、目の前のゲートが開くのを待っている。

その鬼気迫る様子は私が今まで出てきたレースの時と変わらないような力強く貪欲な勝利への気迫。

 

だが….だがである

問題はそこではない。

 

問題は….

 

「いやー今日のガムテープは違うねぇ。全員ハリとツヤ結構イイもの使ってるじゃねーか」

 

「お、お嬢ちゃんいいところに目をつけるね」

 

「あ?おっちゃんなんか知ってんのか?」

 

「ああ、どうも今日の朝新品のガムテープを買ってきて使ってるらしい」

 

「まじか、0歳ウマじゃん!」

 

「しかも接着剤も全部朝スーパーで買ってきたものらしい。これはかなり力を入れてるよな」

 

「ってことはやはり勝利の鍵となるのは…」

 

「ダンボールの材質だろうな…」

 

横で見知らぬ男と真剣な表情で声を交わすゴールドシップさん。

 

そう彼女達のいう通り、ダンボールとガムテープで作られたウマ娘達がスタート地点にいた。

 

ダンボールで工作された耳と尻尾。

そしてダンボールで作られた勝負服。

 

そんな明らかに走りづらそうな様子のウマ娘達がレースの開始を今か今か…って

 

「あの娘達、ウマ娘ではありませんよ!?」

 

私の絶叫が響く。

そうだ、明らかにウマ娘ではない。

 

私の視線の先、スタートラインに立っているのはダンボール工作された耳と尻尾をつけてダンボールの勝負服をつけたただの少女達だ。

というか勝負服といっても下に来ている長袖ジャージがもろに見えているせいで勝負服に一切見えないし勝負服のせいであまりにも動きづらそうである。

 

というかもはやダンボールですらなく藁をまとっている少女もいれば、頭に凄まじく長いダンボールを被っている少女、なぜか二人三脚の状態の少女達もいる。

果ては、明らかに自転車に乗って構えている少女もいた。

 

 

もはや、混沌と言うのも生ぬるい光景。

 

あまりの奇想天外な光景に頭をかかえるが、そんな私をゴールドシップさんと隣にすわっている知らない男がキョトンと見つめてくる。

 

「なに言っているんだマックイーン…ウマ娘だぞ?」

 

「じゃああの耳と尻尾はなんなのですか!!」

 

「へ?耳と尻尾?……今日もよく作れてるなぁ。なぁおっさん」

 

「そうだなぁ。ありゃあ結構頑張って作ったんじゃないか?」

 

「作ってますよね????作って装着してますよね???」

 

「あたりまえじゃないか」

 

「ならウマ娘じゃ….」

 

「ウマ娘だろ」

 

「ウマ娘だな」

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

 

 

頭をかかえる。

言葉を交わしているはずなのに分かり合えない混沌空間。

まさにゴールドシップワールドと言うような奇妙な世界に連れ去られたようなと錯覚するような現状。

 

もはや狂っているのは私なのではないだろうかと頭を抱えうずくまり自問自答する。

 

横からゴールドシップさんや他の観客が声をかけてくるが耳を塞ぎイヤイヤと首を振る。

これ以上会話をしていると、このままだと私もゴールドシップさんみたいになってしまう…

 

そう危惧しこの状況からの脱出方法を考えている時であった。

 

「うぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」

 

数多の人間達の絶叫が東京競馬場を揺らす。

耳を塞いでも体でわかるその轟音。

あたりの観客達が熱い熱意とともにスタート地点に視線を注いでいる。

 

この状態を私は知っている。

何度も見ている。そう…レースがスタートしたのだ。

 

私の視線は自ずとあのスタート地点にいた、ハリボテのダンボールでできていたウマ娘達に視線が注がれる。

 

………

……….

…………….いやまってください。

 

「なんでそのスピードで走れますの!????」

 

今日何度目かもわからない悲鳴のような声が口から漏れる。

 

ハリボテの彼女達は懸命に走っていた。

そう、私たちウマ娘には劣るがそれでも決して負けず劣らずのスピードで爆走していたのだ。

 

そう、クッソ動きにくそうなダンボールの勝負服を着たウマ娘でない少女がウマ娘に近い速度で爆進しているのだ!!

 

 

「いや、ちょ…おかしくありません!?ねぇ!ゴールドシップさん!?」

 

「え?なんだ何もおかしくねぇよマックイーン?ウマ娘なんだから」

 

「ウマ娘じゃありませんし、そんな少女達のスピードがおかしいのですよ!?」

 

「そんな事より見ろよ、あのハリボテバンチョーのランニング。直線の速さならやっぱりバンチョーだな」

 

「あの方はランニングじゃなくてサイクリングでしてよ!!!」

 

自転車で競馬場をかっ飛ばすウマ娘(仮称)を指差すゴールドシップさんに反論する。

 

だがいくら反論しようが、会話をするたびにボケが飛んでくる。

もはやツッコミも追いつかない。

 

混沌の沼へとじわじわと沈んで行くような感覚を肌で感じていると、突如観客席の轟音が種類を変えた。

 

それは観客達が次々に同じ言葉を叫び始めたのだ。

 

 

「曲がれぇえええええええええ!」

「曲がってええええええええええ」

「曲がれよおおおおおおおおおおお」

 

 

「え、な、なんですの!?」

 

私はまるで洗脳されたかのように同じことを叫び始めた他の観客を見渡す。

 

その観客達にはもちろんゴールドシップさんも…それどころか警備員も、カメラマンも含まれており、このレースを見ているすべての客が狂った目で応援している。

 

そしてそんな彼らはある一点を見つめている。

 

それは第三コーナー。

私も走ったことのある最初のコーナー。

 

と、ふとそこで先ほど聞いた単語を私は思い出した。

 

『魔の第三コーナー』

 

 

まずい…なにかこの光景を見たらまずい….

 

そんな今日最大の警鐘が私の頭を鳴り響く。

まるで私の価値観がすべて吹っ飛ぶかのような繰り広げられる予感がするのだ。

 

いま観客席にいる、ハリボテの狂信者達を置いてどこかに行かなければならない

 

だが、私は目が離せなかった。

 

ハリボテの耳をつけた彼女達の瞳が走り(一部自転車)が私の視線を捉えて離さない。

 

彼女達は必死であった。

絶対負けたくない、勝ちたいという意思が彼女達から感じることができた。

 

その気迫は私たちウマ娘が大会に臨む気迫と全く同じであり、感動すら覚える。

 

「さぁ、どうなる注目のハリボテ記念」

 

ふと、そんな声が観客達の怒号に混じって聞こえた。

 

それは私の足元。いつのまにか誰かが落としたスマートフォンからであった。

そこには生放送中のこのハリボテ記念が映し出されており、それを解説する実況者の声が聞こえる。

 

「魔の第三コーナー、曲がることができるのか…?」

 

そんな、声を聞きながら、私はハリボテのウマ娘達を見る。

見ながら、その気迫と観客の熱意によって私の口は自発的に動き始める。

 

紡ぐ言葉はもちろん…..

 

 

「曲がっ…!」

 

 

「と、転倒!転倒!転倒!転倒!ぜーんぶ転倒!!やっぱり転倒!!」

 

 

実況者の声が響く。

舞い散るダンボール片、舞い上がる砂埃、そして泥団子のように転がっていくハリボテのウマ娘達。

 

レースに臨んでいたすべてのハリボテのウマ娘達が、一瞬のウチにコーナーを曲がりきれず全員転倒して転がっている。

 

 

先ほど感じた熱意とはまったく違うまるでギャグのようなその風景。

あまりの雰囲気の落差に私の足から力が抜けて、再度うずくまってしまう。

 

「くっそ!また曲がれなかったか….」

 

ゴールドシップさんの悔しがる声が耳に入る。

….たしかに曲がれなかったが、言うべきところは別にあるでしょう

というかやっぱりって言いましたよね?実況の方...

 

そんなツッコミを思いつくがもう声も出ない。

 

もうハチャメチャだ。このハリボテ記念はゴールドシップさんのような記念だ。

このままでは、やはり心が持たない。おかしくなる。

 

今度こそ、今度こそ、この場を去ろう。

そう私が考え、立ち上がろうとした時。

 

 

今日二度目の力強い腕が私の肩にのしかかった。

 

「なぁ、マックイーン。そんなにコーナーを曲がれなかったからと言って落ち込むなよ」

 

いや、私がうなだれている主な原因はそこではなくてですね…

 

「それより見ろよ、まだレースはおわってねぇ」

 

その瞬間、体が浮くとともに視界が広がる。

先ほどよりもはるか高くに視点が上がり、競馬場を見渡せれる。

 

それもこれも、突然ゴールドシップさんが私を肩車したせいだ。

 

「ちょっと!ゴールドシップさん!?」

 

「目を背けるなマックイーン!彼女達の走りを!!」

 

「——っ!」

 

ゴールドシップさんの力のはいった声に私はたじろぐ。

こんな彼女の真剣な声を聞いたのは初めてであった。

 

 

私はその声に導かれるように視線を再びレースに戻す。

 

 

「...うそ」

 

するとそこには、あれだけ派手に転倒してダンボールもボロボロになっているのにも関わらず、未だに走っているハリボテのウマ娘達がいた。

 

雑に修復した耳や尻尾が外れかかっていますし、もはやボロボロのダンボールの勝負服が余計に走ることの障害になってもなお、彼女達は走ることをやめない。

 

それは、その走りは、なぜか私の心に訴えかけてくるような走りだった。

そうだ、こんな走りが、こんな心にくるような走りをする彼女達がハリボテなわけがない。

たとえ偽りの耳や尻尾をつけていたとしても、彼女達は…

 

 

レースは最後の直線に入る。

するとゴールドシップさんが最後尾のウマを指差し私に語りかけるように話し始めた。

 

「あれはハリボテネイチャー。ハリボテの第一人者である手作好太郎の最終ハリボテだ。藁でできていて自然に優しい」

 

ハリボテネイチャーがばさっと転倒した。

 

「あれはハリボテバンチョー。直線の王者だ」

 

そんな彼女は乗っているチャリごと再度転倒した

 

「あれはハリボテンガーZ、最新鋭のハリボテだ」

 

突然頭につけたダンボールが空に飛び立ち、そのまま落ちてきたそのダンボールに頭が当たって転倒した。

 

「あれは…」

 

ゴールドシップさんが次々に出場しているウマ娘を説明して行く。

ついでに転倒して行く。

 

 

普通ではない光景。現実は小説より奇なりを証明するかのような現実。

だがなぜか私はゆっくり語りかけてくれるゴールドシップさんの言葉と、目の前のウマ娘達の熱い戦いに魅了され、その現実に順応できていた。

 

 

レースが進んで行く、そして最後には….

 

「あれはハリボテボーイ。今日の…ハリボテ記念の優勝ハリボテだ!!」

 

そんな声とともに目の前を、欽ちゃん走りをしたウマ娘がゴールに飛び込んだ。

続いて入ってくるのは鞭を振り回すレオタードを着たウマ娘、ハリボテフェロモン。

 

ハリボテフェロモンとの距離は僅差であったが、勝ったのはハリボテボーイ。

このハリボテ記念を勝ったのは華麗な欽ちゃん走りでゴールに飛び込んだハリボテボーイ!!

ハリボテボーイが勝ったのです!!!

 

「よくやったぞー!ハリボテボーイ!!」

 

「見事な欽ちゃん走りだったー!!」

 

あたりの客達から歓声が上がる。

それは勝利したハリボテボーイを讃える喜びの言葉。

 

だがそれだけではない

「おしかったなーハリボテフェロモン!でもよくゴールできたぁ!」

「ハリボテネイチャー!次はゴールを見せてくれー!!」

「ハリボテバンチョー!!次は期待しているぞ!!」

ゴールできなかった、他のすべてのウマ娘達へ観客の暖かな言葉が降り注いで行く。

その光景を見た時、私の中からスッとこの大会への悪感情がすべて消えていった。

とても暖かで熱いウマ娘達の戦いでした。

そんな思いが私の心に満ちて行く。

私は何を勘違いしていたのでしょう。このハリボテ記念は立派なウマ娘達の大会であった。熱意を持っているウマ娘達の普通の大会だったです!!

私が感じていた嫌な予感や混沌の空間などはただの私のはずかしい勘違いだったのです!

 

「なぁ、マックイーン」

 

下からゴールドシップさんの声が聞こえる。

その声は私と同じ、レースの興奮がまだ残っている声のように思えた。

私はそんな彼女を無言で見下ろす。

 

「今度、ハリボテエレジーが出るGⅠを見に行くが。一緒に行かないか?」

 

ゴールドシップさんからの誘い。

この言葉を告げられた時、私がどう言った表情をしたかはわかりません

ですが

 

「ぜひ、喜んで」

 

笑っていたとは思います

 

 

 

 

3.

 

ある晴れた日の休日。

私は友人二人とともに東京競馬場に向けて歩いていた。

私は右端、ゴールドシップさんは左端、そしてテイオーは真ん中。

仲良く手を繋いで歩き、待ち遠しいレースに向けて歩みを進めている。

 

「ね、ねぇマックイーン?ボクもう疲れちゃった…今日は東京競馬場に行くのやめるよ」

テイオーがらしくないことを言葉にする。

まったくこの子は気分屋なのですから…

 

「そんなこと言わないで、一緒に大会を見るって約束したでしょう?」

 

「そうだけど、ボク知ってるよ!さっきカイチョーが今日東京競馬場で大会なんてないって言ってたもん!!どこに連れて行こうとしているの!?」

 

「だから、ただの東京競馬場で行われるG1ですよ…そこでハリボテエレジーさんの勇姿を見に行くのです」

 

「ハリボテエレジーってだれ!?」

 

「あら、知らないのですか?あのハリボテ家の名主ですよ?」

 

「知らないよ!訳わかんないよ!というかマックイーン目が怖いよ!というか手を離して!恥ずかしいし!怖い!」

 

「ダメですよ…逃がしません」

 

「逃がさないって言った!?助けて!ゴールドシップ!」

 

「今日のレースのハリボテエレジー先輩、ギンシャリボーイ先輩やチョクセンバンチョー先輩の走りが調子いいから結構厳しい戦いになるかもしれないな…」

 

「誰!?ギンシャリボーイ先輩やチョクセンバンチョー先輩って!?」

 

「ですがハリボテエレジーさんならやってくれますわ」

 

「マックイーン!!元に戻ってよ!」

 

耳元でテイオーのはしゃぐ声が聞こえる。

その声は初めてハリボテ記念に行った時の私に似ている声であった。

 

それなら大丈夫だ。今の私のように楽しんでくれるようになるはずである。

 

「さぁ、テイオー」

 

「じゃあ、テイオー」

 

私とゴールドシップさんはともに笑い、テイオーの瞳をじっと見つめる。

 

そしてともに同じ言葉を彼女に語りかけた。

 

「行こう。ハリボテエレジーを見に」

 

 

「うわぁあああマックイーンが狂ったぁああああ!!」

 

そんなテイオーの声が晴天の空に浮かび、水に溶けたダンボールのように消えて行った。

 



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