へカーティアが来てから更に50年が経った。
急に時間の流れが速くなったように思うかもしれないが、本来長命である神の時間の感じ方なんてこんなものだ。
寧ろあんな濃密な時間を過ごしていた50年前がおかしいのだ。多分。
ただ、そろそろ原作──旧作を除く、東方紅魔郷から東方鬼形獣まで──の始まりが迫ってきている。その事が手に取るように分かる。
さて、ここ最近と来たら、俺がしたことはごろごろしたり、夢子をからかったりぐらいだ。仕事らしい仕事と言えば、稀に来る侵略者を爆✩殺✩することしかしてない。しかもここ10年程は来てないので、ガチで何もしていない訳だ。
──これは由々しき事態だ!何故なら、ニートだと思われてしまうからである!
一応言い訳させて頂くと、決して働いていないということではないのだ。「君臨すれども統治せず」を目指している俺。魔界の政治は、基本的には魔界人達で行うことになっている。魔界会議とかは俺も介入できるけどな。
だから、俺が魔界のトップとして存在していること自体が仕事みたいなものなのだ。
ただ、流石にここまで何もしていないと罪悪感が凄いし、何より原作が近い。原作が始まったら、原作介入するために魔界は離れないといけないし、少しは仕事しようかな。
明日からだけどな!!
明日と言ったのは理由がある。べ、別に働くのがめんどくさいとかじゃないんだからね!勘違いしないでよね!(ツンデレ風味)
……需要無いな、やめよ。だってこれでも一応何十億年も生きている爺(婆?)だからね。
とにかく、今日は用事があるのだ。それは、アリスの魔法の鍛錬を手伝うこと。42年程前に成人した彼女は、既に俺の庇護下を離れている。
そして彼女は、成人した瞬間俺にこう言ってきたのだ。
──幻想郷に行きたい、と。
原作再現キタァァァァァァ!と荒ぶる内心を抑え、行く為に達成しなければならない条件を一つつけた。それは……とある魔界人二人を相手にして勝つこと。
その魔界人の名前はユキとマイ。そう、東方怪綺談四面ボスである魔法使い達だ。
常に強気で、仲間思い。裏表が無い金髪の少女、ユキ。
一見無口で気弱に見えるが、一人になると豹変し、口調が荒くなる。孤高を好む銀髪の少女、マイ。
彼女達は熟練の魔法使い。一人一人がかつてのアリスに匹敵する程の猛者だ。ましてや二人が連携して戦う時の手強さと言ったら、筆舌に尽くし難い。
魔界人最強である夢子であっても「油断したら負ける」と言わしめる程だ。
だから俺は、魔界人が魔界の外に出る条件を『この二人に勝つ』というものにした。
それから結構な時間が経ち、かなりの魔界人達が挑んでは敗れていった。
未だ、外に出た者は殆ど居ない。
だが、アリスならもしかしたらと思った。その目論見通り、アリスはあと一歩で倒せるという所まで行ったらしい。
俺の今日の役目は、その最後の一押しだ。
これでも、俺は一応『魔法』という概念の創造主である訳で。
『魔法』に関してはちょっぴり自信があるのだ。
「神綺様、久しぶりです」
俺にそう言ったのはアリス。悲しいことに、敬語を使うようになってしまった。育ててた子達が敬語使い始めると、何故か凄い悲しくなるの俺だけかね?
アリスは年齢こそ50を超えているが、20歳少し前辺りで種族としての魔法使いになったので、見た目はそのくらいのままだ。
これは原作設定の復習となるが、魔法使いとなるには、二つの魔法を修める必要がある。
一つ目は、不老になる魔法──捨虫の魔法。
そして二つ目に、食事・睡眠が必要無くなる魔法──捨食の魔法。
アリスは、これらを習得している。
だから、別に焦らなくてもいつか強くなればいいのだが……。
「魔法の腕前が上がらなくなってきて不安になるんです」
とのことらしい。分かるわーそれ。俺も前世でスポーツやってた時、全く成長しない自分が見てて嫌になったものだ。
と言うことで、協力することになった。
まずは、アリスの今の腕前を見せてもらうことにした。ユキとマイ、二人と戦ってもらうことにより。
「すみません、神綺様!遅れました~」
「……ごめんなさい」
お、二人も来たね。先に言葉を発したのがユキ、その後に続いて謝ったのがマイだ。
ふむふむ、二人とも概ね外見の印象通り、前見た時と変わってないね。ただ、マイとかこの儚げな見た目の癖して、「足でまといが!」とか言っちゃうからね。女子って怖ぇ……。
ヨシ!それじゃ頑張ってくれ!Ready──Fight!!
──少女観戦中──
「ハァ……ハァ……」
「ふぅ、危なかったなぁ」
「……やっぱり強い」
俺の眼前には、倒れ伏すアリスと、肩で息をしつつもしっかりと両足で身体を支えているユキとマイが居た。
彼女らの姿を見れば、勝敗は一目瞭然だろう。
「ユキ、マイ。お疲れ様。今日はもう大丈夫だぞ」
「え!?ホントにいいんですか?」
「……やった」
とりあえず俺がこの場を引き継いで、二人には帰ってもらうことにした。
だって二人とも忙しいもんね、多分夢子ちゃんと同じくらい忙しいんじゃない?
連日、外の世界に出ようと目論んでいる魔界人達の対応……文句一つ言わず(本当に文句が無いのか、それとも我慢しているだけなのかは分からないけど)行ってくれてるのは有り難いからな。
上機嫌で帰っていく二人を見送り、倒れているアリスを見る。
俺が見ているのに気づいたのか、無理して立ち上がろうとするのを制した。
「……しん、き、さま」
「あぁ、無理すんな無理すんな。──うーんと?魔力が足りないのか、少し待ってろ」
俺の中にある魔力を、アリスのそれと同質に変換する。そして変換した魔力を、アリスの体内に注入した。
「あっ、魔力が……凄い……」
凄い?そうか?確かに今のアリスじゃ出来ない芸当だが、もう50年もすればアリスでも出来るようになるレベルの技術でしかないけどな。
ま、とりあえずさっきのバトルを見てのアドバイスだな。
「よし、ある程度良くなったか?じゃあ、早速だが。……アリスは今の戦い、どうして負けたと自分で思っている?」
「それが、負けた理由が分からないんです……」
ふむ、敗北の原因が分からないのはマズイな。それを直さない限りは勝つのは難しいか。
「アリス、お前の魔法の実力は凄まじい。それこそ、あの二人を相手にしても勝ちうる程に。──だが、魔力の制御がまだまだ甘い。だから魔力が切れて二人に負けるんだ」
先程の戦いは、実力者どうしの勝負であったのでとても見応えがあった。
そのレベルたるや、身体のスペックに胡座をかき、チート俺TUEEEEをしている俺が恥ずかしくなる程だ。
ただ、魔力制御が甘いというのは致命的だ。魔力を魔法に変換する時のロスが大きくなり、魔力切れを起こしやすくなる。
「……成程。確かにそうですね」
懇切丁寧にそれを伝えれば、どうやらアリスも納得したようだ。
ただ、魔力制御は案外練習するのが難しい。魔力を操って放つ魔法は、基本的に周囲に影響を与えるものが多いからだ。
……まぁ、遣り様はあるにはあるのだが。
「
「【
そう唱えると同時、俺の手に光が収束する。眩い光が螺旋状に連なり、やがて一つになり──眩しさが消えた時、俺の手には一つの人形が握られていた。
「わぁ……」
アリスがその幻想的な光景に見蕩れている間。
俺は悶えていた。
ぐうぅぅぉぉぉ!恥ずかしい!恥ずかしすぎる!
何が【
はぁ……はぁ……ガチの黒歴史はアカンて……(絶望)
俺、昔に戻れるとしたらこの技名を無難なものに変えるんだ……だからよォ……止まるんじゃねぇぞ……(キボウノハナー)
「こ、ここれを使うといい。この人形を自由自在に操れるようになれば、まぁかなり上達したということになるだろうな」
くそ、思わず動揺しすぎて噛んじまったよ……。
ただ、俺が今言ったこと自体は多分正しいと思う。実際、人形を使うことは有効な鍛錬方法の一つなのだ。
人形を自分の思い通りに動かすには、相当緻密な魔力操作をする必要がある。両手両足を、人形が壊れないように魔力で縛り、あやつり人形の要領で動かすのだ。
当然、かかる精神への負担も莫大なものになる。
「分かりました!ありがとうございます!」
ただ、笑顔で人形を受け取るアリスは全く物怖じしていなかった。寧ろ、未知への挑戦へと心を昂らせている様にすら見えた。
これを見ると、成長しても彼女の根本的な部分──活発で、好奇心旺盛な性格──は全然変わっていないようだな。すごいな。驚きだわ。
「ん、そういえばその人形、名前つけてないな。──アリス、付けるか?」
「いえ、神綺様が創ったものなので、神綺様がつけてあげてください」
うーん、そう言われてもなぁ……あっ、閃いた(ゲスい笑み)
「じゃあ、上海なんてどうだ?」
「し、上海ですか?……いえ、いい名前ですね」
あー!折角名前つけたのになんだその微妙そうな顔は!……確かに、明らかに西洋風の人形に上海なんてつけるのはおかしいかもしれないけど。
それにしてもアリスの敬語は違和感がすごいな。他の相手だとそこまで違和感なかったのに。──前世に存在した二次創作の影響かな?まぁ考えても仕方ないけど。
「あ、あの、神綺様……そんな、急に子ども扱いしないでください。私はもう大人ですので」
はっ!?ち、違うんだ……ちょっと寂しくなってアリスの頭を撫でたくなっただけなんだ!(確信犯)
「なーに言ってんだ。私からしたらアリスも夢子も、他の魔界人達もまだまだ子どもだよ。──恥ずかしがる必要なんてないんだ。私は、お前達にあまり親らしいことをしてあげられなかったからな」
「そんなことは……」
いーや、これは間違いないね。俺はアリスや夢子、ユキやマイ、ルイズ、サラ、他の魔界人達に何も出来なかった。本当に申し訳無い。
「別に……私達は、神綺様に創られて良かったな、と思ってますよ。誰に聞いてもそう言うと思います。──ありがとうございました。それでは、早速鍛錬して参りますので」
そう言って自分の部屋へ向かう彼女を見て思った。
──俺は本当に魔界の外に出て良いのか。魔界に居て、魔界人達を見てやるべきじゃないのかと。
「……愚問だな」
彼ら彼女らは、既に俺の制御下を離れている。だからこそ、俺が居なくなってもやって行ける様にしないとならない。それが親の責任というものだろう。
それに、今更原作介入の為に生きてきた俺が、生き方を変えられるはずもないのだ。
アリスがユキ、マイの二人を倒したという報告があったのは、一連の出来事からおよそ一年後のことであった。
まさか、本当にこんな短時間で倒すとは……。
いや、確かにアリスなら行けると思ってたけどね?最低5年、長くとも15年というのが俺の見積もりだったんだよ。アリスの才能と執念には驚かされたよ。
そして今俺は、幻想郷と魔界を繋ぐ門の前に来ていた。アリスを見送るために。
「それじゃあ、神綺様……行ってきます」
「あぁ。気をつけて行ってこい」
少し寂しげに、笑顔を浮かべるアリス。……そうだな。抱きしめてやろうか。
「わふっ!?」
「ほら、よしよし。寂しくないからな。……そうだ、しばらく経ったら様子を見に行くとでもしようか」
「べ、別に寂しくないですし……でも、ありがとう。ママ」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、何も」
よし、じゃあ行ってこい!頑張れよ!
「行ってきます!」
そう言ったアリスには、既に寂しさは無かった。あるのは、未知への渇望だけ。
彼女が、かの世界で何を為すのか。それは、原作を知っている俺ですら知らないことだ。
未だ原作は始まってすらいない。
東方紅魔郷。
東方妖々夢。
東方花映塚。
東方風神録。
東方地霊殿。
東方星蓮船。
東方神霊廟。
東方輝針城。
東方紺珠伝。
東方天空璋。
東方鬼形獣。
整数作品ですらこれだけある幻想の世界の物語。それがようやく、始まりを告げた。
──CHAPTER:1 END──
★次章予告
──彼女は、幻想に居た。
彼女は青い空を見た。
彼女は美しい大地を見た。
彼女は──幻想の少女達を見た。
彼女は涙した。それは、故郷への想いか、それとも幻想への感動か。
そして、幻想に迫るは濃密な悪意。
悪意が彼女に牙を向いた時、とある少女は虚なる剣を振るう。
次章 CHAPTER:2 吸血鬼異変~幻想世界の少女達
お楽しみに。
★実績達成!
『創造』の一部情報が解禁されました!
0:魔界神とステータス的な何か。から確認可能です!
☆旧作を知らない人用解説④
ユキ……東方怪綺談4面ボス、その片割れ。常に強気でいる魔法使い。
マイ……東方怪綺談4面ボス、その片割れ。弱気なことが多い少女だが、ユキがやられると豹変し、イケイケで来る。女子って怖いね。
ちなみに強さ的にはユキの方が強い。