ありふれたもうひとつの物語   作:平無門

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タイミングって、えてして意図したとおりにはならないものだよね


煩悶

 

「………とりあえず、魔物倒しとくか…」

 

 スンッと死んだ目になる浩介。

 

 なんでこんなことになったんだ、とか。原因は、とか。色々気になることや考えなきゃいけないことが多すぎる。

 

 もうわけがわからないよ!状態となった浩介はいったん思考をリセットするために、あれやそれやを頭の隅に追いやって、うじゃうじゃ湧き出るトラウムソルジャーを相手にすることにした。

 

 ひとはそれを現実逃避と呼ぶ。

 

 

 

 手始めにまず一体、すぐそばにいた骸骨の首を刎ねた。隣の骸骨が「え、何が起こったの?」みたいな雰囲気でキョロキョロするのに無性にイラッとしたので容赦なく蹴りを叩き込む。そいつは他の数体を巻き込んであっけなく橋の外に落ちていった。

 

 目の前にいる自分をスルーして他のクラスメイトを狙うことにちょっぴり傷つきつつ「はいはいどーせ俺は影薄ですよ」と八つ当たり気味に次々骸骨を倒していく。

 

 パニック状態でまともに戦えず危うい生徒や、生徒達を必死にカバーしてくれてる騎士団員達のフォローもそれとなくしてるけど、やっぱり誰にも全く気付かれてない。

 

 敵にも味方にも等しく作用する存在感のなさは流石の一言である。

 

…いいんですけどね、その方が今は考え事に集中できるし?殆どのクラスメイトがまともに戦えてないなか普通に魔物の相手してても不自然に思われなくて済むし。

 べ、別に強がってなんかないしっ。

 

 心の中で誰に対してなのか分からない言い訳しつつ、しょっぱい気持ちで無限増殖する骸骨を間引いていく。

 

 そうして一体、また一体…と無心で倒していくうちに少し頭が冷えた浩介は、魔物を狩る手は止めずに思考を巡らせ始める。

 

(夢オチとか幻術かけられた、とか。あと南雲の作ったリアルすぎるゲームって可能性も一応考えられなくもないけど……まぁ違うだろうな、絶対)

 

 こんなゲームをハジメが作る理由もなければ、わざわざ自分にやらせる意味もない。

 記憶にもテストプレイを頼まれたり自分から何か怪しいゲームをやろうとした覚えはないし、もし不具合で記憶に障害が出てるなら職人気質のヤツが放っておくはずもない。

 なにより、これがゲームなのだとしたら、“自分は今ゲームをしている“という自覚や感覚があるはずだ。それが無いのだから、どう考えてもこの線はない。

 

 だからといって、夢や幻術にしては何もかもが現実的(リアル)すぎる。 

 

 緊張感や殺気が入り混じったヒリヒリとした空気。肌を伝う汗に、少しずつ上がっていく体温と呼吸。魔物を倒すときの手応え。そして、骸骨の剣が掠った部分に感じる痛み。

 

 感じる全てが、“ここ“が現実であると突きつけてくるようだ。

 

 

 肉体スペックや技能が“この時“のものに戻っているのも確認済み。そのせいで身体が重く感じられ、頭の感覚と実際の動きに違和感があるために先程の骸骨の剣も完全に避けきれなかった。

 

 使徒よりずっと弱い筈の魔物すら一掃できず、傷を負うなんて情けない。

 

 昔の俺はこんなに弱かったんだなと、ある種の感慨すら感じる。時間的にはいうほど昔でもないけど、濃密すぎる日々のせいで気分的にはもう遠い昔同然。

 

 自他共に認める魔王の右腕とはいえど、元は普通の人の子。初めから強かったわけではないのだ。

 

 …あっ、今ちょっと深淵卿が顔出した気がする、やめろ出てくるな。

 

 「呼んだ?」と這い出てこようとする心の中の卿を全力で叩き返す。「フッ…深淵は何度でも甦る」とか言ってる気がするけど気のせい、あ〜あ〜聞こえない。てかこの時点ではまだ習得してない技能なんだからいるわけないよな、うんただの幻聴幻聴。

 

 とにもかくにも。

 

 現実味が薄いけれど、認めたくないけど、色々な可能性と現在の状況などを吟味すれば辿り着く結論はひとつしかないわけで。

 

 必死に目を逸らし続けていたその結論を、浩介はようやく受け入れた。というかもう受け入れるしかない。

 

 

 どういうわけか精神だけが過去にタイムスリップしてしまったらしい、ということを。

 いわゆるタイムリープ。逆行ともいう。

 

 

「あ゛〜〜〜ありえねぇ……ほんと、今までも色々な目に遭ってきたしそれなりに非現実的なことにも耐性出来てたつもりだったけどさぁ。まっさかこんなことまで起こるとか流石に予想できねえでしょ。

 

…しかもさあ…よりにもよって、なんっで()()()()()()()なんだよ…俺にどうしろってんだ…」

 

 頭を抱えチラリと視線を向けた先、そこにはベヒモスをたったひとりで足止めする“()()()()()()()()“の姿があった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ほんの少しだけ時を遡ってみる。

 

 ちょうど、浩介が片手間に魔物を相手しながら思考に耽ってる最中のこと。

 

 当然のことながら、時間が止まるわけもなく戦況は刻々と変化していた。……浩介の“記憶“にある流れと全く同じように。

 

 雫やメルド団長の静止も聞かず、実力を過信してベヒモスに挑んだ光輝達は返り討ちにあい満身創痍。

 

 ハジメが自分一人でベヒモスの足止めをすることを提案し、メルドはそれが最善であると判断、彼を信じてそれを了承した。そして光輝らを連れ撤退。ハジメの思いを無駄にしまいと香織がそれを魔法で回復。

 

 復活した光輝はそのカリスマで心の折れかけていた生徒達を奮い立たせ、頼れる団長の存在もあり、みんなは崩れかけた体勢を立て一気に反撃に打って出た。

 

 凄まじい速度の殲滅は魔物の増殖スピードを上回り、上層に繋がる階段への道が開ける。

 

「皆!続け!階段前を確保するぞ!」

 

 掛け声と同時に走り出した光輝に、ある程度回復した龍太郎と雫が続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

 

 そうして、遂に全員が包囲網を突破した。もちろん浩介も、考え事をしてようが流石に戦況くらいは把握してたのでちゃんと後に続いて包囲網を抜けていた。

 

 背後では、再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとしたけれど、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

 

 クラスメイトが訝しそうな表情を浮かべた。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆、待って!南雲くんを助けなきゃ!南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

 香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。なにせこのときのハジメは〝無能〟で通っていたのだから。だが困惑するクラスメイト達が数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見れば、そこには確かにハジメの姿があった。

 

 

 …と、ここらで漸く思考の海から帰ってきた浩介は、再び頭を悩ませることとなる。

 

 だって浩介は知っている。この先の展開を。これから彼がどんな目にあうのかを。

 

(檜山を止めるべきか…?いやでも、もしここでアイツが奈落に落ちるのを阻止したら――)

 

――南雲ハジメが運命に出逢うことはなく、奈落の化け物は生まれない。

 彼は“最強“にならない、なれない。

 

 ハジメが“最強”にならはいということは、神殺しの魔王が存在しなくなるということと同義。そうなれば、神を殺す兵器も、この世界の人々が救われる手段も、地球への帰還方法も作られることはない。

 

 記憶の中にある“魔王“たる彼が生み出したもの、為し得た偉業所業、その全てが“なかったこと“になるのだ。

 

 そうなればもう、自分達の末路なんて決まりきってる。故郷の地球に帰れずに、悪趣味な神の玩具として弄ばれこの異世界の地で死ぬしかない。

 この世界にも、自分たちにも、未来はない。

 

(――だから、“これから”のことを考えるなら、俺は檜山を、檜山のやることを見逃すべきなんだ)

 

 錬成でベヒモスを拘束し続けるハジメの背中を見る。元々インドアだったから仕方ないとはいえ、細く頼りないそれは魔王の彼に比べればひどく頼りない印象をうける。でも、あの背中にクラスメイト全員が救われた。

 

 あと少しすればハジメの魔力は切れるだろう。離脱しようとした彼は、助けたクラスメイトの裏切りにより、戻ることは叶わず奈落に落ちる。

 

「っ…!」

 

 胸中に溢れ出る形容し難い感情に、堪えるようにギリッと歯を軋ませる。

 

 大丈夫、見捨てるわけじゃない。奈落に落ちるのは彼の為でもあるはずだ。奈落の日々があったからこそ彼は最愛の存在とあの強さを手に入れられたのだから。

 何もせず、成り行きを見届ける。来るべき未来のためには、それが確実で、最善の筈――

 

(――本当に?)

 

 自分自身へ言い聞かせるように、心の中で並びたてた言葉に、抑えきれない懐疑の念が浮かぶ。

 

 “今回”が、記憶にある“前回”と同じ道筋を辿る保証は、確証はどこにある。既に“未来の記憶を有する自分”という異物が、”前回”とことなる事象が存在してるというのに。

 

――もし、南雲が生還できなかったら

 

 奈落に落ちても死ななかった。それは記憶の中の世界の話であって、目の前で奮闘している頼りなくも優しい“彼”が確実に生きてられるとは限らない。

 それなのに何もしないというのは、見捨てるのと何が違うというのか。

 

(でも、じゃあどうすればいいんだ)

 

 だって成り行きを見守る以外に何ができる?この場で彼を助けて、その後は?未来がないと知りながら死ぬまで素知らぬ顔で、のうのうと過ごすのか?助けるなんてのは浩介のただの自己満足にしかならないんじゃないか?

 

 不安、疑問、迷い、焦燥、混乱。

 

 浩介の頭の中はさまざまな感情でもうぐちゃぐちゃだった。もう思考も何もかも捨ててしまいたいくらいに。でもそんなことをしてはいけないと、自棄になりそうな自分を理性で繋ぎとめ必死で頭を回転させる。

 

 はやく決めなければ。悠長に考えこめるだけの時間はもうない。“その時”まであと幾許の猶予も残されていないのだから。

 

(くそっ、くそぉ…なんで俺なんだよ。なんで、よりによってこのタイミングだったんだ)

 

 たらればを語ってもしょうがないとは知りつつも考えずにはいられない。

 もし“戻る”のがもっと早かったなら、覚悟を決めるられるだけの十分な時間がとれた。もしかしたら他に打てる手だって見つけられたかもしれない。

 逆に“戻る”のがもっと遅かったなら、こんなに苦悩する必要はなかった。ただ流れに身を任せ、力を蓄えることに専念できただろうに。

 

 分からない。何が正解で、どうすべきなのか。

 

 

 

 いまだ決断を下せぬ浩介の視界に、こちらに向かって猛然と駆け出すハジメの姿がいやにハッキリと映っていた。

 




好きなキャラの思い悩んだり苦しんでたりする姿っていいよね
作者は好きなキャラほど辛い過去や苦難の過程を経てハッピーになって欲しい派閥の生き物です
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