森の中に子供の作った秘密基地があった。
木の棒を組み合わせて壁が造られているドーム型のものであり、屋根の代わりはブルーシートが務めている。吹けば飛ばされそうな簡素なつくり。しかし幾らぼろく見えようとも、子供にとっては大切な基地である。
中には二人の少年がいる。ワタルとコウタである。
二人は膝立ちになって、身を乗り出して、切り株の上に広げたノートを見ていた。ノートに向けられる二人の目は喜々として輝いていた
描かれているのは自分たちの街が崩壊するシナリオである。大雑把に言えば、円盤型の超巨大飛行物体が日本の上空に突如として現れて街を崩壊させる、というもの。
少年たちのよくある空想の産物である。この二人くらいの年頃の男の子はみんな架空の世界にふけるのが好きだ。ロボットに乗ったり、空を飛んだり、ドラゴンを倒したり。そのうちの一つに過ぎない。
「実際に起こったらすげーよなぁ」
「そうだね 起こらないかな~」
幼い少年たちはノートに書いた夢に胸を膨らませた。
次の日ワタルは家のベランダで目を覚ます。膝を抱えて丸くなっていたところを朝日に柔らかく包まれて起きた。
目をゆっくり開けてまず最初に感じたのは空気の違いだった。何となくいつもと違う気がする。落ち着かないというような胸騒ぎがするような。ワタルは辺りを見渡して直ぐにその正体を知る。
上空に大きな円盤状の未確認飛行物体がぷかぷかと浮いていた。
空に蓋をするような超巨大なUFO。
昨日までは無かった。それが平和な町の上に一夜にして突然現れたのである。
ワタルは目を真ん丸にして見上げる。
形は麦わら帽子に似ているかもしれない。下部は確かに平らだが上部の窓が幾らかついたコックピット部分に向かうにつれて盛り上がっている。
表面は白銀の金属でコーティングされているようで、日の光を反射していた。継ぎ目一つない美しい外装。そしてその一部分、具体的にには下部から上部へと向かってなだらかな弧を描く表面部分に、真っ赤な星のマークが付けられていた。
星は形が歪んでいて、とんがりの角度はそれぞれ微妙にずれている。
そう。
まるで子供の落書きのように。
「まじかよ・・・」
ワタルは思わずつぶやいた。
その星とは間違いなくワタルがノートのUFOに描いたものだった。いや星だけではない。UFOはよく見れば、窓の数だとか、平べったい下部に取り付けられたいくつかの透明な半円上のカプセル部分―そこはビームを放つ部分としてコウタがノートに描いた―が見られる。
特徴が一致している。
UFOはコウタとワタルが創造で描いたもので間違いなかった。
「すげえ」
ワタルは立ち上がる。ベランダとリビングの間を仕切る透明なガラス戸の取っ手に手をかけ、力を込めた。戸はキキキと甲高い耳障りな音を立てて横にスライドした。
夜中には開いていないが、朝になったらいつも開いている。家に入ることを許されている。
ワタルは裸足のままリビングに上がった。
足裏のフローリングの感覚はベランダのタイルよりも柔らかくて暖かい。
母親は洗い物をしていてワタルに気づいていないようだった。鼻唄と共に洗い場に立つ後姿が見える。父親は仕事に行ったのだろう、姿はない。
誰もいないリビング。
だがテレビは点けっぱなしだった。
ニュース番組でUFOの中継映像が流れている。UFOの周りにはいくつもの戦闘機が偵察するように飛んでいた。リポーターの声も聞こえた。普段は落ち着いた感じの声なのにこの時ばかりは興奮を隠しきれていないのが熱のある声から伝わった。
「すげぇ」
ワタルはつぶやく。
呟いてリビングを駆け抜け、玄関を飛び出した。
「すげえすげえすげえ」
マンションの長い廊下を駆け抜けて、階段を駆け下りる。
「すげえすげえすげえ」
ワタルは街中を駆け抜けた。向かう先は小山の森中の秘密基地である。
止まることなく走り続けるせいで次第に息が荒くなるが、興奮で全く気にならなかった。UFOが街にやって来たという事実がワタルの心すっかり奪っていた。
「すげえすげえすげえ」
秘密基地の場所まで近づくと、コウタが既に待っていた。落ち葉の上に立って興奮した様子で手を振っていた。
「すげーよなあれ!」
「うん すごい!」
二人は目を輝かせて言いあう。お互いがお互いに言いたくてたまらなかったのだ。少年たちはすっかりUFOに魅了されていた。
二人は二人だけの秘密基地の中へと入る。
そこでノートを開いて、自分たちの書いたUFOを見る。
「やっぱ一緒だよな!」
「うん一緒だね!」
「こんなことあるんだな!」
「ね!」
二人は声を弾ませる。
「ってことは、あいつは街をぶっ壊してくれるってことだよな!」
「そうだね!街を壊して、僕たちの親もぶっ殺してくれるはず!!」
期待に満ちた声で言った。
ワタルは親に虐待されていた。
母親はワタルの何が気に入らないのか、非常に些細なことで腹を立てた。感情的でしかもその波が非常に大きい。本人にさえ制御できていない。
切れた母親はワタルにご飯を食べさせず、寒空の下ベランダにほっぽり出して、鍵を閉めて、夜を越させる。
2月。夜は寒い。身体が凍るような寒さに襲われるも、ワタルは身を丸めて耐えるしかない。
母はこれをしつけだと言う。
明らかに常軌を逸した行為である。一歩間違えれば死ぬかもしれない事を平気で躾とのたまう母親は異常である。
では父親はと言えば。
母親のこの仕打ちについて一切の言及をしない。透明なガラス戸を通して小さくうずくまって座っているワタルの姿は当然見えているはずだが、全く何もしない。隣で凍えるワタルを横目に、暖かい室内でテレビを見ている。
子供のことはすべて妻に任せる、と言う考え。任せた後のことなど気にしてない。
子供がいくら苦しもうが知らない。
やはり異常者。鬼畜の所業である。
そしてコウタもまた、似たような境遇にある。
父子家庭。
父親は酷い酒飲みで、毎日酔っぱらっては寝静まったコウタを叩き起こし、殴りつける。
自分より弱い存在である子供を殴ることでストレスを解消しているらしい。コウタの父は上司が嫌いだ。社会が嫌いだ。それはコウタには関係が無いことだ。
ただ身体中に青々としたあざが、深い痛みを伴って残る。
コウタは逃れたい。
だから二人は描いたのだ。
UFOが攻めてきて、街をめちゃくちゃにして、親も殺して、自分たちが救われるシナリオを。
救いが欲しかった。
勿論本気では無かった。ただの気持ちの解放である、苦しみを二人で共有して少しでも楽になろうとした。
しかし実際にUFOはやって来た。
二人の望み通りやってきた。
「おおーーーすげえええ!!!」
「すごいね!」
山から町を見下ろす。
UFOの下部の平らな部分にサークル状に穴が開き、そこから真っ直ぐ伸びる緑色のレーザーが発射された。
街を撫でるようにレーザーが走る。すると追いかけるように爆発が起こり、家々が燃え、吹き飛び、街は一気に地獄の様相を呈した。町の人々の悲鳴が二人のところまで聞こえていた。
シナリオに描いた通りである。
街はUFOに燃やし尽くされる。あらゆる建物を壊して、街を崩壊させる。
「いけいけーーー!!」
「がんばれー!」
やがて町は火の海になった。
高い建物は一切なくなり、建物の残骸が地面を埋め尽くした。
これで親は死んだ。
二人は手を取り合って喜んだ。もう彼らを苦しめるものは存在しなくなった。長らく願ってきた、苦しみからの解放である。
やがてUFOが二人の元へと近づいてきた。
二人は笑顔で迎える。驚くことはしない、シナリオ通りである。
UFOは二人の頭上に浮かぶ。そして下部の中心から光の光線を二人の頭上に降らした。
二人は光に包まれる。
暖かなベールだ。救済の光。手を繋いだ二人の身体はふわりと浮かび上がり、やがてUFOに吸い込まれて行った。
彼らはこの後、いろいろな惑星を旅して幸せに暮らす。
というのが妄想だ。
ワタルはベランダに転がっていた。
身体は熱を失った。肌は青白い。動かない。
もう目を覚ますことは無い。