バカとテストと18禁っ! 作:てあ
今でも夢に見ることがある。
小学生の頃、放課後の学校で見た光景。
夕陽が差し込む教室で、幼馴染みの彼が僕を庇うように両手を広げて立っていた。
彼には関係ないはずなのに、足を震わせながら僕を殴った彼らを睨んでいた。
立ち向かっては殴られ、立ち向かっては殴られ。
無意味のように思えるそれを、彼は先生が止めるまでやめなかった。
その後ろ姿が、その勇敢な意思が、守ろうとしてくれた彼が、僕の心に強く印象に残った。
その瞬間からだったのだろう。
春の温かい日差しに照らされて、桜の花々が舞い散る今日。記念すべき一学期初日という日に、誰もが胸を膨らませることだろう。当然僕もその一人で、何か楽しい事が起こるのではないかと心を躍らしていた。
僕が今向かっているのは小高い丘の上にある文月学園。
試験召喚戦争と呼ばれる技術を取り入れた世界初の進学校である。二年生になると、振り分けテストを受けることになるなるのだが、その結果によって振り分けられるクラスが変わる……まあ僕は優等生が集まるAクラスだろう。ただ気がかりなのは、テスト中問題がを読むと吐き気がしてきたことかな。この前にその件で病院に行ったのだが精神科に行けと言われた。医者を殴らなかった僕を褒めて欲しい。
僕はとある友達から借りた参考書を読みながら学校に続く道を歩く。
「朝から勉強熱心じゃな」
後ろから声をかけられる。振り向くと男子の制服に身を包んだ可愛らしい女の……男の子が歩いてきていた。
その可愛らしさに、思わず頬が緩む。
「おはよう秀吉。今日も可愛いね」
「可愛いと言われてもワシは嬉しくないのじゃがのう……」
僕の幼馴染である秀吉は、困ったように笑った。
いつも思うが、彼の顔は少し……いやかなり可愛い。彼のことをよく知らない人に男か女か聞いたら、誰しもが女と答えるだろう。なんでも、初対面で男だと分かってくれたのは僕だけらしい。
話しを繋げるように秀吉に話しかける。
「クラス、一緒だといいね」
「うむ、そうじゃのう。といってもワシはFクラスじゃろうが……」
「まあそうだよね」
「そこは否定してくれんのかのう……」
だって事実だし。
「秀吉はあれだよ。勉強じゃなくて演劇じゃん」
「まあそれはそうじゃが……」
「僕なんて勉強は出来るけど他の才能は皆無、他人より上手いと誇れるのは料理ぐらいだよ」
「否定できないところが悲しいことろじゃな。勉強が出来るという点に関しては嘘じゃろう」
即行で肯定の意を示す秀吉。そこは否定してほしかったな……。
「事実じゃからな」
幼馴染だからか、僕の顔を見ただけで何を思っているのか分かったみたいだ。
「じゃが、日和の料理は上手いぞい。毎日食べたくなるくらいにはの」
「……………」
秀吉はまるで普通の会話のように呟く。
……言った意味分かってて言ってるのだろうか。これを一種のプロポーズに捉えていいのか分からないが、たぶん違うと思う。違うよね。
「む?どうしたのじゃ日和よ」
少ししゃがんで顔を覗き込んでくる秀吉。不思議そうな顔をしてるところが、言った意味を分かっていないことを裏付けている。
「はあ……だから天然は苦手なんだよなぁ……」
「何か言ったかの?」
「何でもない」
そしてまた首を傾げる秀吉。だから、ちょこちょこ動くなっつーの。自分が美少女だってこと自覚しろバカ。
「それにしても今年も男子の制服を着てるのじゃな」
「む……いいじゃないか。こっちのほうが楽だし」
「楽とかの問題じゃないと思うのじゃが……」
「そういう問題なんですぅー」
呆れたような諦められたような声を上げる秀吉に少しだけ対抗する。
男装を始めたのは五年程前だから、こっちがデフォルトになってしまっているのだ。たまに秀吉のお願いで女子の服を着ることもあるのだが、スカートが邪魔で鬱陶しかった。よくあんなの着てられるよね、女の子って。
「あら、秀吉に日和じゃない」
道路の角を曲がると、これまた可愛らしい女の子……木下優子が歩いていたらしく、僕らに声を掛けてきた。
成績優秀で品行品正な彼女だが実はBL好きで、この前僕にも勧めてきたのだが鈍器を持った主人公が好きな男の子を襲うが返り討ちに遭うという意味不明な漫画だった、僕は一生理解出来ないだろう。というか理解したくない。学園では擬態しているため皆は知らないが自宅では下着で過ごしている。よく僕のことを変態呼ばわりするが、優子のほうがよっぽど変態だと思う。
秀吉が軽く手を挙げて応える。
「さっきぶりじゃのう姉上」
あ、そっか。秀吉と優子は姉妹なんだっけ。それだったら確かに朝ぶりだね。でも二人で仲良く登校はしないのかな、昔みたいに手を繋いで。
「おはよう優子。今日もいい天気だね(優子のスカートを捲る音)」
「なんでスカートを捲りながら挨拶するのよ……」
いやー、これをしないと朝起きた気分にならないんだよね。
「ていうか、僕達は同性だから問題ないでしょ。優子も慣れちゃってきてるし良いじゃん。減るもんじゃないし」
「………………」
薄ら笑いのまま固まる優子。その隣では秀吉がわたわたと慌てている。挨拶がおかしかったのかな。でもちゃんと挨拶は優子のパンツにおはようってしたのに。
「………そう、そういうことね。つまりは甘やかしていた私が間違ってたのね」
優子は顔を俯かせて自分に言い聞かせるように何かを呟いている。なんて言ってるんだ?
「ひ、日和よ!逃げるのじゃ!」
「え?」
突然、秀吉が僕の前に立つ。
何かから守ろうとしてくれているようだ。でも周りには危険なものは見当たらないし……。
「逃げるって何から?」
「姉上に決まっておろう!」
「ははは、何を言ってるんだい秀吉。優子が僕を襲うわけが―――――」
そういわれて優子の方を向く。
ふむ、髪は逆立ち、目は怒りの影響か赤く光っていて小刻みに腕が震えている……なるほど。
「…………ダッ!(僕が逃げ出す音)」
「ガシィッ!(優子が僕の頭を掴む音)」
「ドサッ(僕が泡を吹いて倒れる音)」
「…………ガシッ、スタスタ(優子が秀吉を連れて歩いて行った音)」
「ひどい目にあった……」
溜息と共に声を吐く。
生死を彷徨った僕は、なんとか息を吹き返すことに成功した。ご先祖様が僕の罪を読み上げ始めたときは死んだかと思ったよ。
まだ頭の中でご先祖様の声が残ってる、勘弁してほしいよ本当に……。
そういえばなんで優子は怒ったのだろうか。パンツを捲ったのがいけなかったのかな、でも同性同士だし大丈夫だと思うんだけど。いや、待てよ。もしかしたら昨日優子の抱き枕(伝説の木の下でお前を待つ~~等身大バージョン)の顔に落書きしたのがまずかったのかな。そうだね、それしか思いつかないや。
そんなことを考えながら通学路を歩いていくと、校門の前に浅黒い肌のスポーツ然とした男が立っているのが見えた。
「おはーっす、鉄人」
「おはよう東雲。それと俺は鉄人じゃない、西村先生だ」
悠然とした態度で、僕の挨拶に答える西村先生。
スーツの上からでも分かるその筋肉が特徴的で、いつか触らしてほしい。なんでもトライアスロンで鍛えたらしく、アメリカのプロレスラーを倒したこともあるとか。なんで学校にいるんだろうといつも思う。
西村先生が訝しげに僕を見てくる。
「東雲、その手に持っているものはなんだ?」
「何って……参考書ですけど」
「ほう、見せてみろ」
「……………ダッ!(僕が走りだす音)」
「逃げるんじゃない東雲!」
僕の逃走を見た西村先生が追いかけてきた。その巨体で走られるとどうしても某大怪獣映画に出てくるアイツにしか見えない。まさに絶望と恐怖だ。
「なんで追いかけてくるんですか!?」
「その手にもっているものを答えてくれるならば、追いかけはせん」
そう言われて、走りながら手中にあるものを確認する。
傷一つ付いていないこの本は保健体育の参考書だ。学校の授業で補えない部分を学ぶための大事なものである。またの名をエロ本ともいうが。………そのまま言ったら没収は免れないっ!
「何って……僕の今昼のおかずですけど?」
「おい待て。なぜ今昼なんだ」
「い、言わせないでくださいよ先生のエッチ!」
「お前にだけは言われたくないわ!」
若干怒りの声音で叫ぶ西村先生。
心外だ。僕ほど純真無垢な生徒はいないだろう。
「観念しろ東雲!」
鉄人の伸ばした手が僕のシャツを掴む。
だが甘い。僕はこんなことで捕まらない。幾度となく弟と追いかけっこ(脱走した僕を弟が捕まえる我が家の伝統行事)をしてきた僕からすれば、これくらいは序の口だ。
「必殺、身代わりの術!」
目にも止まらぬ速さでシャツを脱ぐことによって、先生の手から逃れる。
「なっ!」
流石の西村先生もこれには驚いたようで足を止める。
そりゃあそうだよね、一応
西村先生の足が止まっているのを横目で確認しながら僕は更に加速する。逃げるなら今しかないっ。
「さらばだ鉄人、学校でまた会おう!」
恥も外聞も捨てて、ひたすら走り続ける。
見ていてくれ、天国にいる爺ちゃん(儂はまだ生きとるぞー)。僕はこの怪物から絶対に逃げ切ってみせる!
数分後。
僕は学校の門の前で座らされていた。怪物には勝てなかったよ……。あと、服は着た。
「ふん、このようなものは二度と持ってくるんじゃないぞ」
後ろからドスのきいた声が聞こえてくる。後ろを振り向くと、そこには西村先生が何かの燃えクズを持って立っていた。先生が持っている燃えクズが僕のエロ本の残骸ではないと僕は信じたい。まあ、僕のエロ本じゃないのでそんなに残念に思わないが。
「……もちろんです。今度はチンパンジーにバレないように持ってくるようにします」
「全然懲りていないな……。それと俺はチンパンジーじゃない、西村先生と呼べ」
「分かりました、オラウータン先生」
「違う、西村先生だ」
「分かりました、ムラムラ先生」
「お前分かってやってるだろう……」
ムラムラ先生が呆れるようにつぶやく。
「それで、僕に何か用ですか?」
「ああ……そうだ。お前に渡したかったものがあったんだ」
胸ポケットから封筒を取り出し、僕に差し出してくる。宛て名の欄には『東雲日和』と、大きく僕の名前が書いてあった。
「あ、どもっす」
一応、軽く頭を下げながら受け取る。
「それにしても東雲……よくこの一年間バレなかったな」
先生が少し関心したような声が聞こえる。むう、この封筒うまく開かないな。
「もしかして、秀吉の風呂を覗いたことですか?」
「それは後で指導室で話してもらうことにする」
思わず封筒を開ける作業を中断して先生の顔を見てしまう。
まさか先生も秀吉の裸に興味があるのか。くっ、こうなったら毎晩秀吉のお風呂に付き添って守らないといけないな。すべては秀吉の貞操のために。別に秀吉の裸を見たいわけではない。
「お前の変装についてだ」
……ああ、そっちね。確かに僕は去年は男子の制服を着て学校に登校していた。別に校則には女子が男子の制服を着てはならない、なんて書かれていないし怒られる筋合いはない。
「入学当初、女子のお前が男子の制服を着ていたことで俺に呼び出されたのは覚えているか?」
「ええ、まあ」
真剣な顔をした先生の質問に、僕も正直に答える。
あのときは怖かったなぁ。入学式も終わって帰ろうと思ったら後ろから突然追いかけられたんだ。逃げようとするも一瞬で捕まって指導室に放り込まれ、何がなんだか分かんなかったんだよね。あ、そこで
「確かに女子が男子の制服を着てはならないという校則はなかったが、女子は女子の制服を着るのが当然だと考えていた俺はお前を指導しようとした。……だが、お前には男子の制服を着続けなければならない理由があった」
西村先生が僕を見ながらその件について説明する。
確かに僕も女子である自分が男子の制服を着るのはおかしいと薄々思っている。だけど、僕には男子の制服を着続けなければいけない理由がある。
「その理由を聞いたとき、俺は後悔した。女子が男子の制服を着るのにふざけた理由などあるわけがないのに、俺は義務感に駆られてお前にひどいことを聞いてしまった」
いや、僕の友達に女装するバカが一人いるんだが。
「改めて言おう、東雲。あのときは――――すまなかった」
そう言うと先生は僕に頭を下げてきた。
……なんというか、生徒に体罰と評した暴行を加えているこの先生が訴えられていない理由がわかった気がする。先生は本当に生徒のためを思って接しているだけなんだ。体罰は良くないと思うけど。
「大丈夫ですよ、あのときは事前に説明していなかった僕にも非があると思います」
というかそもそもの原因は僕だし。
「……そうか」
ゆっくりと先生が頭を上げる。その顔は妙に男前で、どうしてもチンパンジーにしか見えなかった。前世は絶対にチンパンジーだと思う。
「そ、それじゃあ僕はもう行きますね」
動揺を感づかれないように、急いで先生との会話を切り上げる。
「おい、自分のクラスが分かるのか?」
校舎に向かおうとする僕を、先生が呼び止める。
あー……そうだった。先生の秀吉疑惑発言のせいで、中断したままだったんだ。この際、めんどくさいから先生に直接教えてもらおう。
「先生、僕のクラスはどこなんですか?」
振り返って先生に尋ねる。
あの振り分け試験ではかなり解けたからな。AクラスかBクラスだと思う。
「お前か?お前はFクラスに決まっているだろう」
驚いた顔で僕に口を開けて喋る先生。
何故だろう。僕の頭には先生の言葉がまったく理解できない。もしかして日本語じゃないのかもしれないな。でも、Fクラスって聞こえた気がするから日本語なのか。それか英語なのかもしれないね。
「先生、何を言ってるのか分からないんですけど」
どうしても理解できなかったので先生に質問する。
「分からないのも無理はない、お前はFクラスに配属されるほどのバカだからな」
さっきの走りで疲れているのかな。Fクラスという言葉しか聞き取れない。まさか僕の教室がFクラスだとでもいいたいのだろうか。
「…………?」
首を傾げる僕に、先生は驚いたように言った。
「まさかお前……学園長の手帳をエロ本にすり替え、校内放送にて自分の性癖について語り、あろうことか幼馴染のパンツを盗んだ自分がFクラスじゃないとでも思っていたのか?」
「先生それは違います。僕はただ学園長におすすめのエロ本を渡したかっただけで、自分の性癖については特に異論はありませんが、秀吉のパンツを盗んだのは気づいたら手に持っていただけなんです」
「やったことは認めるんだな?」
「ええ、僕は嘘はつきませんから」
肯定するように深く頷く。
その証拠に、校内放送で語った性癖はすべて本当だ。
「それ程の事をしていても自分がFクラスではないと信じるのならば、その封筒を開けてみればいい。そこにお前のクラスが記されている」
「はっ、いいでしょう。もし僕がFクラスだったら鼻からスパゲッティを食べてあげますよ」
さっさと教室に行きたいので、僕は封筒の上の部分を破いて中の紙を確認する。
『東雲日和……Fクラス』
「味の感想、後で聞かせてくれるか?」
―――――――――こうして僕のFクラスでの学園生活は始まった。