結婚を前提に付き合ってください!!   作:粗茶Returnees

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 これを挟んでアフトやるか、挟まずアフトやるか悩んだ結果挟むことにしました。
 


いまを生きる人と

 

 唯我尊。A級1位の座につく太刀川隊のお荷物にして、典型的なおぼっちゃま。ボーダーに資金提供するスポンサーの1つ。その息子であるという立場を利用して、強引に入隊かつA級部隊に入ったわけだが、その実態は彼の想像とは随分とかけ離れたものだろう。

 それでも隊員を続けるし、先輩後輩の立場を弁えていたりする。そこを見ると、それなりにまともな人間だとは言える。

 

「迅さんのランク戦復帰を聞いてから太刀川さん上機嫌っすね」

 

「そりゃライバルが帰ってくると嬉しいもんだろ。あいつとのランク戦は楽しいしな」

 

「太刀川さんバトル好きだもんね~」

 

 オペレーターの国近にゲームでひと捻りされても笑い流せるくらいに、太刀川は機嫌が最高潮に達している。

 そんな先輩たちの会話とゲームの様子を、唯我は一歩引いたところから見聞きしていた。観戦者が近過ぎても邪魔だろうと配慮してのことだ。

 

「それよか出水の方はどうだったんだよ。風間さんが言いうには、あの湊ってやつお前と同い年らしいぞ?」

 

 新たな好敵手(ライバル)にならないのかと、太刀川はそう聞いている。射手としての才能がずば抜けている出水は、真正面から撃ち合える相手が少ない。二宮隊がB級に行ってしまってからは尚更に。

 

「純粋な射手じゃないっすからね。メインは攻撃手っぽいし」

 

 最初の完璧万能手たる木崎とはまた違う。木崎はどっしりと構え、その場にいることで安定感と存在感を与えるという印象を出水は持っていた。

 それに比べて湊は、戦い方が前のめりだ。たしかにハンドガンも変化弾も狙撃銃も使う。全距離対応できる。けれどそれは、後から付け足したものなのだろう。

 

──全距離対応できないと、守りたいもんも守れないだろ

 

 そう言っていたように、刀では届かない距離に対応するために中距離戦を身に着けた。銃では届かない距離に対応するために、狙撃の腕を磨いた。

 湊の戦い方と言動からは、そんな経緯が推察できる。

 

「米屋は嬉しそうでしたね。やべぇ奴がいたもんだって」

 

「ほうほう。そんなにだったか」

 

「太刀川さんも楽しめると思いますよ。ひょっとしたら、負けたりして」

 

「……へぇ?」

 

 冗談を言う後輩ではあるけれど、相手の評価を間違えたりはしない。そんな出水がそう言うのだ。バトル好き人間たる太刀川が、興味を示さないわけがない。

 

「……先輩方なんの話をされてます?」

 

「…………いたのか」

 

「いましたよ!? 皆さんがここに来る前から!」

 

 全員に忘れられていたらしい。驚いた様子の太刀川と出水に、悪気はなさそうにふわふわ笑って謝る国近。唯我はやるせない気持ちにがっくりと肩を落とした。

 唯我はスポンサーの息子だ。その上に弱い。

 ボーダーは公にしていないことがちらほらある。その1つが遠征だったりする。これが知られたら世論は良い反応をしない。資金提供も減るかもしれない。その危険性があるため、「弱いから」という理由にかこつけて唯我は遠征に連れて行かれることがない。そもそも知らない。

 その流れで、先刻起きていた戦闘も知らない。

 彼からすれば、「なんか国近先輩来た。え、なんの作戦ですか? あれ、太刀川先輩が緊急脱出用のベッドにいる。え?」という展開だ。説明もされていない。日頃から雑な扱いを受けているため、唯我自身追及しないのだが。

 

「玉狛に強え奴がまだいたって話だよ」

 

「どの学校通ってるんすかね。うちの高校にはいないし、歌川たちの高校にもいないらしいっすよ」

 

「学校行ってないのかな~」

 

「あそこの支部長なら通わせそうだけどな」

 

 実家から支部に行っているのだとしても、林藤支部長なら私生活にも気を回しそうなものだ。

 

「ええっと、湊先輩でしたっけ?」

 

「そうそう。下の名前は航らしいけどなー。あ、唯我。個人情報は流すなよ」

 

「今流した出水先輩が言います?」

 

 無言で出水が唯我の脛を殴った。トリオン体だが、心が傷んだ唯我は叩かれた脛を屈んで押さえる。

 

「あの……その人たぶんうちの高校にいますよ」

 

「……まじで?」

 

「はっはっは、唯我の妄想か?」

 

「そんな妄想しませんけど!?」

 

「う~ん、情報を照らし合わせてみよっか~」

 

 国近の案に太刀川は一旦押し黙る。極秘として行っていた作戦だ。そこで出会った相手。その場にいた者たちはほぼ全員知らず、ボーダーに所属していないもののトリガーを扱う人間。これまで玉狛支部の誰もが口にしなかった存在。

 隠そうという意図があったわけではないだろう。反対に、わざわざその存在を仄めかす理由もなかっただけ。

 

「他言無用。家族にもだ。それを守れるなら話す」

 

「……わかりました」

 

 興味本位でしかないけれど、もし本当に心当たりのある人物なら。会ったときに下手に探ってしまいそうだ。それならいっそ、把握した上で黙り通すことを努力したい。

 唯我が頷き、太刀川は出水へと目で合図する。

 

「一匹狼みたいな奴だったんだよ」

 

「じゃあ違いますね。人の輪の中心にいるような人ですし」

 

「冷たい印象で、口数が少なかった」

 

「ムードメーカーなんで、会話をうまく回してる人ですよ」

 

「トリオン体とはいえ、アクロバットな動きをする」

 

「あの人たしか、右腕が肩より上に上がらないはずですよ」

 

「そこはトリオン体なら解決だね~。体の弱い那須が動き回れてるし」

 

 実際に会って得た印象と、唯我から聞く情報が一致しない。戦闘だったからという可能性も視野に入れるも、同一人物という確信はまだ得られていない。

 

「右目の視力もないらしくて、いつも眼帯してますよ」

 

「「それだ!!」」

 

「ひっ!?」

 

「どれ~?」

 

 先輩たちの飛びつくような反応に、唯我は声を引きつりながら後ずさって壁に頭をぶつける。

 それを横目に、映像があったわけじゃないために顔も知らない国近は小首を傾げた。

 

「トリオン体でも眼帯してたんすよ柚宇さん」

 

「トリオン体は幅広く設定できるもんね~。でもなんで?」

 

 失った視力を、トリオン体で取り戻せるのかは知らない。仮に取り戻せるのなら、眼帯は視野を狭めるだけのもの。敢えて自分を不利にしている。

 当人にしかわからない何かがあるのだろうか。

 

「カッコイイから」

 

「……出水くん……」

 

「いやマジでそう言ってたんすよ!!」

 

「あー、あの先輩ならそれ言いますね」

 

 冷めた目で見られ、濡れ衣だと出水が弁明する。それを証明できる人間が残念ながらこの場にいないが、事実なのは事実だ。

 

「とりあえず、ほぼ間違いないと見ていいだろ。眼帯する人間はそうそういないしな」

 

「えーっと、それで結局どうするんですか?」

 

 太刀川たちが言っている人物と、唯我が知っている人物。それが一緒だとして、何をどうするつもりなのか。唯我のその問いに、太刀川がにやりと笑う。それだけで全員が察した。

 

「もちろんバトる」

 

 

 

 

 

 

「という話になったんですけど、湊先輩予定空けてくれますか?」

 

「え、やだ」

 

「ですよね……」

 

 容赦のない一刀両断。それを予想していたようで、唯我はやれやれとため息をつく。この2人は同じ学校に通う先輩後輩だ。ちょっとしたきっかけで知り合い、唯我は最低限のことだけ知っている。

 湊がボーダーのことを好んでいないこと。詳細は聞かないでいるが、かつてボーダーにいたということ。唯我が知っているのはこの2点だ。

 人目を気にし、他に誰もいない空き教室での会話。こういった気遣いもできる唯我を、湊はそれなりに好んでいる。可愛げのある後輩だと。それはおそらく、太刀川隊の面々も少なからず思っていることだろう。

 

「断られるとは思ってましたけど、太刀川さんにどう報告しましょう……」

 

「話がしたきゃ自分から来いって言っといて。それなら最低限の仕事をしたことにはなるだろ」

 

「……すみません。そうさせてもらいます」

 

「……正直、その手の人が相手だと満足いく試合はできないと思うけどな」

 

「どういうことですか?」

 

 唯我はその目で見ていないが、彼が所属する隊はA級1位の隊だ。そこに所属する出水が、「楽しめる」と評価していたのに。当の本人はそう思っていない。謙遜なのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

「熱量に差がある相手って冷めるだろ」

 

「あ~」

 

 その理屈はお坊ちゃんの唯我でも理解できた。片側だけがやたらと熱意が高いと、冷めるか険悪になるかだ。

 湊は太刀川のようなバトルジャンキーではない。そのスタンスで言えば、どちらかと言えば風間に近い。強者との戦いを求め、楽しむという思考は持っていない。もっとも、それを理解できないわけでもない。模擬戦ならその方が楽しいというのは知っている。

 ただ、戦わなくていいならその方が良いと、今も信じているから模擬戦もあまりしたくないのだ。

 

「湊ここにいたかー」

 

「どした?」

 

 廊下を走っていたクラスメイトが、通り過ぎかけて戻ってきた。慌ただしい様子だったのに、その口調はのんびりとしている。湊を探すという理由にかこつけて、どうやら廊下を走りたかったらしい。

 この学校は所謂「良い子ちゃん」ばかりの学校だ。けれど年頃的には思春期かつ青春時代。理由さえあれば、「やっちゃいけないちょっとしたマナー違反」とかやりたくなるらしい。例えば、人がいないことを確認してから階段の手すりを滑ってみたり。箒に跨ってぴょんぴょん跳ねたりなど。

 そういうことは経験済みの湊は、基本的に黙認しているし、なんならアドバイスをする。だから今回も見なかったことにし、探された理由を聞いた。

 

「なんか正門前にお客さん来てるぞ。よその学校の女の子」

 

「……名前とかは?」

 

「聞いてない。人伝いに湊に会いに来たってのを聞いただけだからな!」

 

 それで校舎内を走り回って探したのか。相変わらず人の良い奴だなと顔を綻ばせ、湊は鞄を持った。誰にしろ、用があって来たのなら会うしかない。

 

「唯我は?」

 

「ボクも帰ります。この後ボーダーに行くつもりですし」

 

 続くように唯我も鞄を持ち、教室の外へ。

 湊を探しに来てくれたクラスメイトは、人伝いに聞いた情報が他になかったか捻り出そうとしていた。途中から、廊下を走る楽しみで頭がいっぱいだったようだ。

 

「あ! そうだそうだ。名前は聞いてないけど、特徴なら聞いたぞ!」

 

「どこの制服かとか?」

 

「いんや。可愛かったって」

 

「特徴ではあるだろうけどさ……」

 

「あとおっぱい大きかったらしい」

 

「ちょっ、先輩何を言って……!?」

 

「純情だなー後輩くん。ボーダーにはいないのかー?」

 

「ひ、秘匿事項です!」

 

「イジメてやるな。あとお前ほど大っぴらな奴この学校じゃ希少種だろ」

 

 聞いただけで顔が赤くなる唯我が揶揄われ、それをため息混じりに湊が止める。

 そんな調子で下駄箱まで移動し、靴を履き替えたら正門へ。他校の生徒が来るのはもはやイベント同然。一目見ようと野次馬が集まっていた。けれど誰もナンパはしない。ソフトなハートの持ち主しかいないから。

 

「通してほしい」

 

「おっ湊が来た」

「解散かいさーん」

 

 相手の目的たる湊が来ることで、野次馬たちは解散。人の壁が消えていくことで、向こう側にいた人物の姿が見える。そして唯我が固まる。

 

「く、国近先輩……!?」

 

「やっほ~。遊びに来ちゃった~」

 

「来ちゃったじゃないですよ……!」

 

「ま~まぁ。わたしは湊くんを見てみたかっただけだから。わたしだけ話についていけないの面白くないしね~」

 

「……おれこの後人に会うんで、悪いですけど話す時間は特にないですよ」

 

「大丈夫だよ~」

 

 本当に見るだけで満足だからだろうか。そう思った湊は、しかし続く言葉で頭を殴られる思いをした。

 

「わたしも同席させてもらうから」

 

 

 

 

 

 

「あれ? 国近先輩?」

 

「ちょっとだけお邪魔しま~す」

 

 待ち合わせ場所であるカフェ。先に来ていた綾辻は2人席に座っており、思わぬ来訪者に小さく驚いて見せた。些細なことでも表情を変える愛嬌の良さ。それが綾辻の魅力の1つである。

 予定になかった国近の登場には驚いたものの、それならと綾辻は席の移動を提案。店員に話を通して4人席へと移った。

 

「2人は知り合いだったんですか?」

 

「ううん。はじめましてだよ~。ちょっと気になったから会ってみようかなって」

 

「それはどういう意味でですか?」

 

「なんとなく?」

 

 ひょっとしたらと綾辻は踏み込んでみたが、ゲーマー女子である国近からは()()()()反応がなかった。そうだよねと内心でほっとして、向かいに座る湊へと視線を流す。

 今日待ち合わせしてまで会ったのは、先日の1件で湊が介入してきたから。知り合いだったものの、その事については聞かされていなかった。その理由がないと言われるとそうなのだが、その程度の関係だったと言われると思うところがあるのだ。

 

「湊くんはボーダーには入ってないよね」

 

「……今のボーダーには」

 

 一応周りを見渡してから応えた。このカフェを指定したのは湊だ。ここの店主は信用できると判断しているから。けれど他の客は一般人。ボーダーが明かしていない秘密はそれなりにあり、湊の素性自体そこに引っかかる。あまり聞かれていい話ではないのだ。

 

「旧ボーダー。その頃に所属してて、なんやかんやあってから今に至ってる」

 

「そのなんやかんやが知りたいんだけど……」

 

「あんま話したいことではないし、……ボーダーには派閥があるんだろ?」

 

「あるね。私は忍田本部長の派閥だよ」

 

 近界民を全て敵視するという城戸派。街の安全を最優先とする中立的立場の忍田派。そして旧ボーダーの思想を引き継ぐ玉狛派。

 どの派閥にいるからと言って日頃から衝突があるわけでもないのだが、それでも派閥ができるくらいにはスタンスの違いがある。

 それを盾にのらりくらりと躱そうと思った湊に対し、綾辻は回り込むように塞いできた。先日の1件で、玉狛支部と忍田派は手を組んだ。それはつまり、ほぼ味方に等しい状態なのだ。

 

「あ、わたしは派閥とか気にしてないから、無所属だよ~」

 

「はぁ。っていうか、そもそも嵐山さんとかに聞いてないの? 理由とかはあの場で話したんだけど」

 

「わたしは聞いてないよ~。出水くんそういうのちゃんと秘密にするから」

 

 名前は唯我に言っていたが。

 

「こっちも同じ。嵐山さんから、直接聞くといいって言われてる」

 

「良い人だなー」

 

 ヤケクソ気味に言った。

 

「綾辻が聞きたいのって、おれがあの場にいた理由だよね?」

 

「うん。いっぱい教えてくれてもいいけど?」

 

「それは話さない。……その方がいいよ」

 

「……そっか」

 

 わざわざボーダーの過去を知る必要などない。余計な情報は、人を惑わせることがある。

 湊はそれを匂わせ、綾辻もそれに納得した。

 

「おれにとってボーダー……今の玉狛支部は家で、そこにいる人は家族だ。たとえ新人だろうとそれは同じ。その家族が狙われるって話なら、防ぐしかないだろ?」

 

「ちょっと飲み込むのに時間かかるね」

 

「どうぞ」

 

 湊の話は、要は価値観の話だ。彼が何に重きを置いていて、何を優先する人で、ボーダーの起こしたアクションが何に触れたのか。

 綾辻はそれを一言一句間違えないように、その考え方を勘違いしないように咀嚼する。彼を知りたいから。

 

 綾辻と湊の繋がりは、和菓子がきっかけだ。店で会い、年が近いということで仲良くなり、ついぞ連絡先を交換するにまで至った。コミュ力お化け同士が意気投合したら、とんでもない速度で進展したらしい。

 それでも、踏み込んだ話をする関係ではなかった。仲は良いけど関係性が深いわけではない。つかず離れず、そんな距離感。それが少しずつ縮まり始めたのが最近のこと。

 その最中での一件だったから、綾辻は話を聞きたがる。

 

「ふむふむ、なるほどね~」

 

「わかってなさそうな反応」

 

「そんなことなぁいよ~」

 

 間延びした話し方が、信憑性を下げている。それでも「この人なら分かってそう」と思わせるのは、彼女の目によるものか。

 

「家族を何よりも優先してる。それはたいていの人がそうだけど、湊くんは人一倍そこを大切にしてるってことだよね~?」

 

「そういうことです」

 

「うんうん。わたしはこれで十分かな。お邪魔してごめんね~」

 

 言うやいなや、国近は鞄を持って席を立った。帰り際にしれっと連絡先を湊に渡しているのは、本当はまだ話してみたいことがあるから。

 綾辻に見えないように渡されては、湊も反応に困ったものだ。ひとまず、何事もなかったようにポケットに入れた。

 

「……湊くんが玉狛支部を大切にしてることはわかったよ。ボーダーに入りたくないのは……」

 

「今のボーダーの体制が違うから。……理想だとしても、間違いではないと思ってる」

 

 近界民とも友好的でありたい。

 その願いが崩されるのを、たとえ最悪の形で一度目の当たりにしても。

 家族を失い、残った家族の道も違え、自身の右目と右腕の機能を失っても。

 

「それは──あ」

 

「? 綾辻?」

 

 何か言おうとした綾辻が、店の外側を見て固まる。それに合わせるように湊も体を捻り、綾辻が見ている窓の外を見た。

 

「……」

 

 言葉は発せなかった。

 なんとも言えない顔で、不満そうにしているのは分かるのだが、そこには冷たく鋭い視線を向ける小南桐絵がいた。

 

 

 

 

 

 

 幼い頃のことは、どうしても記憶が曖昧になる。覚えていることは少なくて、覚えているそれも、多少なりとも装飾されてると思う。

 何が好きだったのか。何が苦手だったのか。

 変わらないものもあれば変わるものもあって、親に言われても「そうだったんだ」と思うぐらい。その頃の自分のことは、なんだか他人事にすら感じることもある。

 

 その中でも色褪せないものがある。

 幼心に抱いていた気持ちも。

 

 いつも笑顔な男の子だった。明るくて、周りのことも見えていて、困っている子がいたら声をかける。模範的な優しい子で、典型的なヒーロー像を体現してた。

 彼と私は、いわゆる幼なじみというもので。登下校も一緒にしてた。

 

 私の手を引いてくれる彼の手は、同じくらいだったはずなのに大きく感じて。

 当時は私より低い身長だったはずなのに、彼の背中は大きくて。

 

 そんな彼の隣りにいられたことが、何よりも嬉しかった。

 

 なんとなく、幸せというものを感じてた。

 

 彼の家族が事件に巻き込まれるまでは……。

 

 

 

 

 

 

 横を見ると、男女が並んで歩いているのが見える。同じ学校の制服というわけではなくて、それぞれの制服は異なる。

 

「なんであたしはついて行っちゃ駄目なの!」

 

「いや、だから……」

 

 文面だけ見れば揉めているのに、その姿を目で見ている分には、特に揉めているようには見えない。彼らの中では自然体なのかな。彼らの中では、これぐらいは揉め事にカウントされないんだろうね。

 傍から見るとお淑やかそうに見える女子と、見るからに良い人なんだと分かる男子。鞄を体の前で両手で持つ彼女は、覗き込むように彼を見て困らせていた。

 1つの絵だと感じた。それぐらい、彼女が彼の隣りにいるのが自然に見えて。

 

 なんで私じゃないの

 

「帰ったらちゃんと話すからさ」

 

 何も知らされていなかったことへの負。見える距離で広がる光景への負。

 それらを抱えて。足が前に出る。徒歩から早足に、やがては駆け足に。

 

 私だけ取り残されたような世界。

 私だけ隔離されてるような世界。

 そのことへの負も抱えて、ぶつけるように彼の胸に飛び込んだ。

 

「はっ!?」

 

「ちょっ、歌歩ちゃん!?」

 

 数歩後ろに下がったけれど、彼はしっかり受け止めた。

 声変わりしてしまったけれど、その声は間違いなく彼のもの。昔と変わらぬ呼び方をしてくれる。

 そんな彼に、込み上げて来る思いをぶつけようとして──

 

「よかっ、た……。ほんとうに。……航くんが……生きてて……!」

 

 8年間抱え続けた不安が、ようやく解けていった。

 

 




 次回はなる早で更新できたらなと思ってます。
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