結婚を前提に付き合ってください!! 作:粗茶Returnees
少数精鋭を誇る玉狛支部だが、所属している隊員の学校は基本的にバラけている。新人たる玉狛第二のメンバーこそ3人とも同じ中学校なのだが、その先輩たちは違っている。木崎は大学に通い、迅は実力派無職。小南はお嬢様学校こと星輪女学院。烏丸は三門市立の第一高校。そしてオペレーターの宇佐美は、進学校である六頴館高校と見事にバラバラである。
しかし学校が違ったとしても隊員同士の仲は良く、支部独立前は皆本部にいた事から、本部の隊員とも良好な関係を持っている。
「宇佐美ちょっといいか?」
「あれ奈良坂くんだ。珍しいね。どしたの?」
その宇佐美に奈良坂は声をかけた。時刻は放課後。場所は六頴館の校舎内。クラスこそ違えど、同じ学校で同じ学年。ボーダー隊員同士ともなれば珍しい光景ではない。ただ、奈良坂が宇佐美に声をかけるのは、本人の言葉から分かるように珍しいことだ。
「用があるのは正確には俺じゃないんだが……。三輪がコンタクトを取りたいようでな」
「橋渡し役か。ご苦労さまだね」
「言いにくいことだが……宇佐美にもその橋渡し役をしてもらいたい」
「ふむ? 別にいいけど。三輪くんが
「俺も同感なんだが。先日の一件が関係しているらしい」
「先日の一件……あ〜、なんかやってたやつか。うん。話が見えてきた。今日でも大丈夫だけど、三輪くん本人の予定は?」
「今確認する。コンタクトを取ってくれとしか頼まれなかったからな」
「おっけ〜。じゃあ待つね。それにしても、三輪くんのとこにも、とりまるくんいるんだけどね」
「バイトで忙しいだろうから、だそうだ」
「なるほど。三輪くんらしいや」
奈良坂から連絡を受けた三輪も今日は予定がない。防衛任務のシフトも今日は入っていない。早く済ませられるのならば願ってもないことで、三輪は宇佐美と合流してから玉狛支部へと向かう。
「いや〜まさか三輪くんを玉狛支部に招待する日が来るとはね〜。人生わからないものだ」
「話をするだけだ。馴れ合うつもりはない」
「だろうね。でも
「そこまで攻撃的に思われているのか」
「ほら、ご存知の通りうちには
「……」
三輪が近界民を憎んでいることは、仲間内でよく知られていることだ。それに空閑とも一度交戦している。宇佐美は努めて軽い調子で話しているが、無警戒というわけでもない。玉狛の先輩としても、性格からしても、後輩に危害が及ぶことは避けたい。
その考えに三輪は理解を示した。対象が近界民でなければ、それを三輪も受け止められることだ。それ故、宇佐美の意見を完全に理解するのではなく、全てを受け入れるのでもなく、淡々と受け止めるのみ。
とはいえ、それはいらぬ苦労だ。私情はともかく、上が決めたことならば三輪も従う。危害を加えるつもりもないし、何より今回は空閑に会うわけでもない。
「用があるのは玉狛の隠しゴマだ」
「湊くんか。だろうなとは思うけど、それでも意外だね。湊くんと三輪くんって、タイプが違うし気が合わなさそう。あーでも、そこそこの付き合いはできなくもない、かな」
「友達になる気もそこそこの付き合いになる気もない。聞きたいことがあるだけだ」
「バッサリいくね。街を守るって面では、仲間意識があってもいいのに」
「ボーダーに所属していないんだろう? 本来ならそのトリガーも取り上げられるべきだが」
「今のボーダーのトリガーってわけでもないからね。旧ボーダーのトリガーと近界のトリガーを混ぜ合わせたワンオフ。小南たちが使ってるワンオフの先駆けだし、司令でも取り上げるってのは無理じゃないかな」
そもそも"ボーダーに所属していない人間が持つトリガー"だ。取り上げるというのもまたおかしな話。それでも回収しようとするものなら、玉狛支部との激突になる。大きな侵攻を乗り越えたばかりの今、それは起こしたくないシチュエーションの1つと言えるだろう。
「湊くんと話したいってことだけど、シリアスな内容だよね。本人も相応の対応はするだろうけど、がっかりはしないでね」
「どういうことだ」
「うーん、それはまぁ……百聞は一見に如かずってことで。支部ももうすぐだし」
気になる発言ではあったが、実際に目の当たりにしたほうが分かりやすいのも確かだ。あと5分も歩けば玉狛支部にも着く。三輪はそれ以上掘り下げることもせず、宇佐美の話に適当に耳を傾けた。
川の上に建設されている旧ボーダーこと玉狛支部。三輪がここに訪れるのは初めてのことであり、本人も決して訪れることはないと思っていた場所だ。しかし未来というのは分からないもので、嫌っている支部に今確かに足を運んでいる。それも自らの意思で。
「ただいま〜。お、小南の靴と、これは湊くんの靴だね。2人とも早いね」
(小南はともかく、湊のも靴で分かるものなのか)
玉狛支部は少人数であり、かつ女性となるとさらに少ない。スカウト旅に出ている林藤ゆりと、この場にいる宇佐美本人を除けば、小南と新人の雨取千佳だけ。ここはまだ三輪でも絞り込んで考えれば分かる。
しかし男性陣はそうも行かない。中学生2人を除いても5人いる。いくら見知った相手だとしても、靴だけで判断できるものだろうか。
「ん? あぁ、制靴なのは修くん遊真くん、とりまるくんと湊くんの4人だけだからね。で、この制靴のデザインは湊くんのとこだけだから、案外分かるものだよ。みんなの予定をだいたい把握してたらよりね」
その理屈であれば、なるほど分かりやすい。靴での特定も可能か。
宇佐美に促され、三輪も靴を脱いで支部へと上がる。建物の作りとしては、大きな家というのがイメージに近い。この構造自体が、玉狛支部の仲の良さに一役買っているのかもしれない。
「2人ともただい──」
「ピーマン食べなさいよピーマン!」
「──ま?」
「嫌だピーマンってめっちゃ苦いんだぞ!? ピーマン食べなくたって死なないんだからいーじゃんか!」
「食べたって死なないわよ! 毒があるわけでもないんだから」
「お弁当は美味しかったよありがとう! でもピーマンは食べられませんでした!」
「……なによ。航が食べられるように工夫して味付けしたのに」
「いただきます!!」
弁当箱に残っているピーマンに小南が視線を落とした瞬間、湊が駆け寄ってピーマンを口に放り込む。気合で表情は保ち、咀嚼し、嚥下した時には目尻に涙の粒が溜まっている。
「ど、どう?」
「泣くほど美味しい」
((泣くほど苦かったか))
「ほんと? 気を遣って嘘ついてるとかじゃない?」
「小南のことは愛してるけど、小南の努力にはちゃんと誠実に向き合うぞ」
「そう……。うん、なら良かった。今度からも時おり入れるわね」
「じゃあ次入れる時はハンバーグとかに混ぜてほしい」
「それいいわね! 来週にでも作ってみようかしら」
((リクエストして回避した))
「って宇佐美帰ってたの!? 三輪もいるし!」
「やっぱり気づいてなかったか〜」
「……見てた?」
「ピーマンのくだりから」
「ほぼ全部ってわけね……」
顔を逸らす小南は、気持ちを紛らわすために人数分のコーヒーを淹れ始める。宇佐美と湊はそれに苦笑し、三輪をテーブルへと促す。
「俺に用があるんだろ?」
「湊くん、格好つけてもさっきのせいで台無しだよ」
「まじか」
じゃあ気を抜いてもいいかと、湊は見るからに肩の力を抜いてリラックスする。それを通り越してだらけているようにも見えるが、話をする態勢を崩しているわけでもない。宇佐美が「がっかりしないでね」と言ったのも、こういうことなのだろう。
「なんとなく内容には予想つくけど、宇佐美たちがいても大丈夫か?」
「聞かれて困るものでもない。気遣いは無用だ」
「神経が図太いんだか敏感なんだか」
「お前も似たようなものじゃないのか?」
湊航にとって何よりも大切なものは"家族"だ。個人を挙げろと言われれば迷いなく小南桐絵と答えるが、枠組みが少しでも大きくされるのなら必ず"家族"だと答える。その証拠にこれまで沈黙を貫いてきた湊が、空閑遊真の黒トリガーに関する衝突に顔を出し、先日の侵攻でも大々的に立ち回っている。
それもこれも、彼の大切なものを守るために。厳密には黒トリガーの1件は「迅に手を貸した方が良さそうだとなんとなく思ったから」なのだが、他者視点ではそこまでは分からない。
なんにせよ、湊航という人間は、こと"家族"に関係するものには敏感に反応にする。それは紛れもない事実だ。
湊はうっすらと笑い、三輪のその発言を肯定した。
「まぁな。そこは似てるかもな三輪秀次くん」
「……知って──」
「似てないでしょ」
「小南?」
「三輪と航は全然似てない。共通点があるだけよ」
「そうなの?」
「そうよ」
全員分のコーヒーをお盆に乗せて運んできた小南は、それをテーブルに置いて湊の隣に座ってその頬を軽く引っ張る。
「航より繊細な人間なんて、あたし会ったことないもの」
「俺ってそんな繊細かな」
「図太く見せようとしてるだけの嘘つきでしょ。あたしが分からないとでも思ってるの?」
「あはは」と乾いた声で笑って誤魔化す。それも小南に通じるわけがなく、さらに頬を引っ張られてから解放された。
「それで、三輪は俺に何を聞きたいわけ? 近界の情報なら、本部が持ってる情報の方が多いはずだけど?」
「こちらの内情は筒抜けというわけか」
「なんなら最近はランク戦の映像だってたまに見るぞ」
「ふん。……お前は、どう折り合いをつけた?」
「あー、そういう話か。三輪と俺じゃ前提条件も違うけど」
「承知している」
近界という存在を知っていた湊。第一次侵攻が起きるその日まで1ミリも知らなかった三輪。
知識という前提条件。その日への心構え。そして結末。
これらの違いを考慮した上で、三輪はそのことを聞いた。自分なりの考えはもちろん持っている。だが、聞ける話を聞くのも悪くはない。なにせ三輪からすれば、湊は他の玉狛支部の面々ともズレている存在だ。
小南や迅たちと違い、湊は根底に近界民への憎悪の念を抱いている。
「俺の話をするとなると、過去のボーダーのことに少し触れるんだけど……」
「大丈夫よ」
話してもいいのかと小南に視線を向けるとあっさり許可が出た。どうやらA級隊員が持つ情報は多いようで、その分守秘義務もより重たくなるらしい。
「そういうことなら」
そう言って湊が取り出したのは、過去のボーダーのメンバーで撮った集合写真。湊にとってかけがえのない
「これがかつてのボーダーのメンバー。この写真に写ってない人もいるから全員じゃないけど、ほぼ全員は揃ってる」
現隊員で言えば、迅、木崎、小南。上層部なら城戸、林藤、忍田。現玉狛支部に所属する林藤ゆりと湊もその中にいる。そして、それ以外のメンバーのほとんどが、とある日に命を落とした。
「絶望的だったよ。同盟国だった国は数人を残して滅んだし、俺もこの目と腕をやられた」
その日のことを意識するとかつて負った傷が疼く。その痛みに汗が流れ、いの一番に気づいた小南がテーブルの下で湊の手を握る。それで痛みも和らぎ、湊はゆっくりと呼吸を繰り返して自身を落ち着かせた。
「俺はたしかにあの日の敵を憎んでる。それが近界民であるのは事実だけど、一部にしか過ぎないのも分かってる。何より、俺が一番憎たらしく思ってるのは、弱かった自分にだ」
「……戦ったんだな?」
戦場に出たからこその負傷。考えれば分かることだが、もしかしたら後方支援をしていて、その時に負傷したのかもしれないと可能性が過ぎったようだ。
湊は三輪の言葉に頷くことで、三輪が考えたその可能性を否定する。
「単純に力不足だった。……目の前で大切な人を奪われる痛みは、三輪も知ってるだろうけど、自分が起点になるのはキツイ。……俺を生かすために囮になった人も、目の前で黒トリガーになった人だっている」
なまじ戦う力を持っていた。戦えてしまった。
トリオン兵には遅れを取らなかったが、近界民相手にはそうもいかない。明確な経験の差。実力差によって敗れ、そこから崩された。
「自分のせいだ」と自責の念に押しつぶされていた時期もあった。死にたくなるほど精神は崩れていた。
それでもその一線を超えなかったのは、湊航を繋ぎ止められる人物がいたからだ。
「小南がいなかったら俺は死んでる。もしくはこっちに帰ってこずに向こうで復讐の機会を待って無気力に生きていたかだな」
「死」というワードに小南が反応し、今はその気はないぞと湊は繋いでいる手に力を込めて安心させる。
湊にとって今、最も大切な目標は小南桐絵を幸せにすることだ。泣かせることはしないし、どんな存在にもさせない。
「どうやって折り合いをつけたかって質問には……そうだな。時間もあったし、視野を広げられたからって答えになるな。近界民の師がいて、連れ回されて鍛え上げられた。そのおかげだな」
多くの国を渡り歩いた。近界民と肩を並べて戦場を走り、他国の近界民と戦い続けた。そうやって生きていたら、嫌でも「全ての近界民を殺したい」とはならない。
すべての近界民を憎もうと思っても、そうなり切ることはできなかった。近界民だって同じ人間だと元から分かっていたのもある。
何よりも近界民をすべて憎むことは、旧ボーダーの理念「近界民とも仲良く」と真逆の行為だ。
「旧ボーダー、今の玉狛の理念があったし。感情と理性の板挟みになって苦しみもした。……解決のきっかけは、結局戦場だったよ」
皮肉な話だ。
戦場で家族を喪い、その解決を戦場で行った。小南たちのことを想い、死ぬわけにはいかないと、戦いに思考を染め切った。そうしてしまえば自責の暇もなく、強引に時間を過ぎさせ憎しみを薄めさせた。
そして捨てきれなかった憎悪は、その矛先を当事者にだけ向けようと抑えたことで、普段は平常心を保てている。
「近界民の戦友もできた。対話すれば気持ちの整理もつく。まあ、要は話し合いだな。こっちの人間も向こうの人間も変わらない。今の俺からしたら、外国人と同じカテゴリだ」
異なる文化。異なる生活習慣。
大雑把とも言えるくくりだったが、湊の言葉には説得力があった。
湊の話をひと通り聞いた三輪は、「そうか」と小さく呟くと椅子から立ち上がった。聞きたいことは十分聞けたということだろう。
「話はこれでよかったか?」
「ああ。十分だ。あの時、お前がなぜ立ち塞がったのかも、ようやく理解できた」
湊のことを何も聞かなかったわけじゃない。情報は後から入った。だが、本人と直接話すまでは納得しきれていなかった。
それも今は違う。湊航という男を知っている者たちが口を揃えて「
ボーダーの規則の外にいながら、ボーダーと関わりのあるイレギュラー。そんな湊航を三輪は内心で認めた。
「……今後もボーダーの作戦に首を突っ込むのか?」
「んー。なんとなく、必要そうだと思ったらそうする」
「そうか。ならば、そんな日は来ないと思っていろ」
「頼もしい限りだ」
三輪を玄関まで見送ると、ドアが閉まってから湊は隣に立っている小南に目を向ける。何を言いたいのか察した小南は、返答の準備をして湊を待つ。
「友だちが増えた」
「よかったじゃない。三輪は、なんだかんだまあまあ良い奴よ」
「うん。そんな感じがした」
「ま、航ほどじゃないけどね」
「ありがとう小南」
友だちのハードルの低さは、どうやら昔から一切変わっていないようだ。