錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第19話:最も運のあるウマ娘が勝つ

 5月第4週、東京レース場。東京優駿。

 晴々とした青空が広がっている。肌を撫でる風が心地良くて、少し湿り気のある空気が気持ち良い。

 不思議と気分が高揚する。観客席に埋め尽くされた観衆の熱気に胸が高鳴った。

 トントンと軽く跳躍して脚の具合を確かめる。左脚は上々、軽く走ってみても痛みはなかった。

 調子が良かった。胸いっぱいに空気を吸い込めば、芝の香りが肺を満たす。

 私は今日もまた走る事ができる。私は今を生きている。

 

 後ろを振り返るとゲート前に続々と集まりつつあるウマ娘達。

 その中で異彩の存在感を放つのは皐月賞ウマ娘、シンボリルドルフが私の傍まで駆け寄って来る。

 

「今日こそはお互いにとって良いレースをしよう」

 

 爽やかな笑みと共に差し出される手を「今日は紳士的にお願いするよ」と私は躊躇せずに握り返せば、彼女は困ったように眉尻を下げてみせた。挨拶も程々にシンボリルドルフとは一度、距離を取る。

 

「シキ、脚の調子はどうなの?」

 

 すると今度はスズパレードが話し掛けて来た。

 さっきしたみたいに涼しい顔で軽く跳んでみせるとスズパレードは意を決するように強い表情で頷き返す。

 

「私もシキに負けないように頑張るから!」

 

 そう言って握り拳を作る彼女の姿が微笑ましかったので「頑張れ」とだけ言っておいた。

 スズマッハは遠くの方で一人、思い詰めたように佇んでいる。18人中18番目の人気に不貞腐れているのかも知れない。他にはニシノライデンを始めとした多くのウマ娘達、何度もレースに出走し続けたせいか随分と知った顔が増えたように感じられる。

 思えば、今日まで私は8戦6勝。内5戦がクラシック絡みのレースである。

 随分と走って来たようにも思えるし、まだ物足りない気もする。あっという間なようで、実に濃厚な毎日を過ごしてきた。

 悔いはある、心残りもある。

 でも、たぶん私は走り続けることでしか自分を表現できないような不器用なウマ娘だ。

 だから走る。何処までも、この脚が動く限り、走り続ける。

 言動が軽薄な私ではあるが、走る事に関してだけは真摯で在り続けたかった。

 

 他のウマ娘達がゲートに入るのを見て、私の覚悟を決めて自らのゲートに収まる。

 小さく深呼吸、幼き日から憧れた大舞台。全てを出し切ろう。

 姿勢を低くして、ゲートが開くのを今か今かと待ち侘びる。

 

 私は、走るのが、どうしようもなく好きなのだ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 最も運のあるウマ娘が勝つ。

 それはただ単に強運のことを示すのか、そのウマ娘を取り巻く運命の強さを示すのか。

 東京優駿。またの名を日本ダービー。

 

 その戦いに勝てれば、辞めてもいいと云うトレーナーがいる。

 その戦いに勝ったことで、燃え尽きてしまったウマ娘もいる。

 その戦いは、僕達を熱く滾らせ、熱く狂わせる。

 勝負の誇りの世界にようこそ。

 

 1番人気は勿論、このウマ娘。シンボリルドルフ。

 戦績は弥生賞、皐月賞を含んだ5戦5勝と此処まで無敗の王者。

 好位からの差し勝負は王者の貫禄。我が帝道を阻む者は誰も存在し得ない。

 圧倒的な実力を以て、他ウマ娘を蹴散らして来ました。

 

 弥生賞では辛酸を舐めさせられた、皐月賞ではあと少しが及ばない。

 雪辱を果たすは今、この場において他になし。

 ルドルフ対抗の急先鋒、ビゼンニシキは2番人気だ。

 戦績は前走NHKマイルCを含んだ8戦6勝。

 負けたレースは2着のみ、上に立つはルドルフただ1人。

 

 3番人気はラッシュアンドゴー。

 シンボリルドルフとビゼンニシキという2大巨頭を間に割って入ることは出来るのか。

 青葉賞を優勝歴に含めた4戦3勝、実績は充分だ。

 

 共同通信杯では4着、弥生賞でも4着。皐月賞でも4着。

 人気も4番。実力上位のウマ娘ですが、もう一歩が届かない。

 なんとか殻を破って欲しいところだ、スズパレード。

 

 他にもプリンシパルSを制したトウホーカムリなどが出走しております。

 ニシノライデン、スズマッハと準備運動を終えたウマ娘達がゲート内に収まって態勢完了。

 間もなく、世代最強ウマ娘を決めるレースが始まります。

 

 全てのウマ娘が目指す頂点、その歴史に蹄跡を残すのはどのウマ娘か。

 勝負の火蓋が今、切って落とされました。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 横一線に並んだ綺麗なスタート。

 開けた視界に鼻を切ったのはフジノフウウンとラッシュアンドゴー。私、ビゼンニシキはバ群の中腹、やや外側に付ける。斜め前にはニシノライデン、すぐ後ろにはシンボリルドルフ。第2コーナーを曲り終えた頃合いで、スズパレードが最内から上がってバ群の先頭に付ける。

 思えば、シンボリルドルフよりも先行してレースを展開するのは初めてか。

 何時も後ろから追いかける立場だったから少し新鮮だ。レース中盤の向かい直線、特に語るべきところはなく、全員が私とシンボリルドルフの出方を窺っている。そして私もまたシンボリルドルフを意識しており、シンボリルドルフもまた私のことを意識する。硬直状態のまま向かい直線の半ばを通過した。

 NHKマイルCでは、逃げで勝利することができた。なら、早めに仕掛けてみるのも悪くないかも知れない。

 直感に従って、第3コーナーに入る直前に先頭との距離を詰める。シンボリルドルフも直ぐ後ろを追い縋ってくる。他のウマ娘達も私達に釣られてペースを上げて来た。うん、行ける。今日の調子なら余裕で追い抜くことができる。

 私の相手は背後から迫る彼女に絞られそうだ。

 まあ、私は全力で前に出るだけだ。今の脚なら何処までだって駆け抜けられる。

 何処まで行けるのか試してみたくなって、更に加速させる。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 私、シンボリルドルフは最初から敵はただ1人と見定めていた。

 私が認めた好敵手、唯一私を勝ち負けに追い込んだ強敵。ビゼンニシキの斜め後ろに構えて様子を見る。

 好位置から抜け出して勝利するのが私の走りであるのなら、なればこそ最も強い相手の後ろに付けるのが最も勝算が高い。

 それにビゼンニシキが持つ武器の中で最も脅威なのが、一瞬の切れ味だ。最後の直線で先頭に立たれたまま、抑え込まれてしまうのが最も手強い。抜き返すにも二の脚を使われてしまっては、距離が足りずに差し切られる危険もあった。

 勝つ為に人事を尽くす。

 もう受けて立つなんて悠長なことを言うつもりはない。

 この脚で私が倒してやる。

 第3コーナーに差し掛かる少し前、先頭と距離を詰めるビゼンニシキの後ろを追うように速度を上げる。

 最後の直線に入ったと同時にスパートだ。

 絶対に差し切ると云う強い意志を持って、今暫く脚を溜める。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 相変わらず、本命の2人は大外回りなんて気にも留めずに先頭との距離を詰めに掛かる。

 前走と同様に私、スズパレードには二人のような伸びる脚も切れる脚もない為、内側の好位置を先行して機会を窺い続ける。

 もし仮に私が勝てるのだとすれば、それはきっと運が味方した時だ。二人を相手に正々堂々と戦うなんて敗北主義も良いところである。良い位置を取り、良い具合に隙間が空いて、最高の瞬間に飛び出すことで得られる勝利だ。

 私は二人と比べると凡夫だ、敵うわけがない。それでも二人の背中を指を咥えて見ていることなんて耐え切れなかったから必死になって手を伸ばし続けたんだ。私には才能がない、素質がない。そんな事は分かっている!

 でも、でもだ! 私だって頑張って来たんだ! 必死になって、努力を積み重ねて来たんだ! ジュニアクラスA組で初めて彼女の走りを見た瞬間から今日に至るまで、熟し続けた練習量だけは誰にも否定はさせない! 今までやり遂げて来たことにだけは私は自信が持てるんだ!

 信じるんだ、自分を! 走り込んできた距離を思い出せッ! 

 2400メートルなんのその!

 最後の直線に使える脚は残っている!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ………………。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 この時、ボクは東京レース場に足を運んでいた。

 観客席の最前列、特等席。日本でサイキョーのウマ娘を決めるレースが始まるって聞いたから飛んでやってきた。

 この日まで、ボクはこの目でレースを見たことはなかった。なけなしの小遣いを握り締めて、テレビの中でしか見たことない世界に初めて脚を踏み入れた。青々とした芝は何処までも綺麗で、トラックの横幅の広さに圧巻し、ターフビジョンの向こう側まで続く敷地の広さに圧倒された。風が気持ちよかった。周囲を大小様々な建物が取り囲む中で、風が吹き抜ける。

 思わず、唾を飲み込んだ。胸の高鳴りを抑えることはできなかった。

 もうレースは始まっている。

 入場する際にボクは――まだ有名なウマ娘を何人か知っているだけだったけど、ボクと同じように額に星を付けたシンボリルドルフに運命を感じて人気投票の一票を投じた。

 ボクはまだ本気で走るウマ娘の迫力を知らない、その蹄鉄の力強さを知らない。

 第4コーナーを回った最後の直線、一斉に地響きを上げるウマ娘達の末脚に魂が奮えた。

 すごい……凄い、凄いよッ!

 ボクの何時かあの場所に、あの舞台で、あの(ターフ)を走ってみたいッ!!

 皆がウマ娘の声を張り上げた歓声に釣られるように、ボクもまた声を張り上げた。

 

「行け、シンボリルドルフ!」

 

 ボクはトウカイテイオー!

 いつか絶対にあの場所で先頭を駆け抜けるんだ!




過去話、修正項目。
・シンボリルドルフのトレーナーの性別と性格が変わっていたので後に合わせる形で修正。
・NHK杯→プリンシパルS
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