ギルド本部の朝は、普段以上に喧騒に包まれていた。普段は冒険者たちがせわしなく利用するその受付所。カウンター前では住民たちの怒号や不安げな声が飛び交い、まるで市場のような賑わいを見せている。
「町中にモンスターがいるぞ!冒険者たちに早く駆除させろ!」
「鳥臭くってしょうがないのよ!」
「可愛いから飼いたいってうちの主神が…いや無理ですよね。無理だと言ってくださいお願いします…」
受付嬢 エイナ・チュール は目まぐるしい忙しさの中、次々と詰め寄る住人たちに説明を続けていた。普段のギルド業務でも忙しいというのに、もはやこの忙しさは 年度末の繁忙期さながらだ。
「現在それについては対応中でして…」
もう何十回目となる言葉を繰り返す。問題は、彼女自身も その「チョコボ」と呼ばれるモンスターについてよく知らない ということだった。今日出勤した時にようやく、慌てたように語る同僚の声から初めてその存在を知ったくらいなのだから。
「なんで地上にモンスターがいるんだ!? 早く駆除しないと、危険じゃないのか!」
「で、ですが共存するようにと上から告知がありまして」
「ギルドがちゃんと管理してるんだろうな! もしも問題が起きたら、責任はどうなるんだよ!」
「現在確認対応中でして…」
「対応中って、そればっかりじゃないか!」
押し寄せる抗議の波。エイナは必死に冷静さを保ちながら、なんとか状況の鎮静化を図ろうとした。大きくため息をつきたいエイナであったが、目の前の住人たちはとても納得してくれない。カウンターに詰め寄り罵声を浴びせる彼らの声を、彼女たちは唯々受け止めるだけであった。
「ちょっと待った!うちはあのモンスターを飼いたい、どこへ行ったら手に入るのか教えてくれ」
「お前んとこ八百屋だろ。モンスターなんて危険だからやめとけよ」
「いや、お得意先への配達に使いたい。物資を軽々と運んでたから結構役に立ちそうでな」
「でも臭いぞ?」
「可愛くて賢いらしいじゃないか」
「でも臭いぞ?」
言いたい放題の住人たち。それに応対する受付嬢たちも必死だった。非難や肯定、賛否が入り混じる随分とカオスな状況がそこにはあった。
(もう何なのよ!!)
疲弊しきった体で、悲鳴をあげるエイナ。結局この騒ぎは半日以上続くのであった。
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「えー、というわけで 交流会を行う。当ギルドの職員は、可能な限り手を空け、該当のモンスターとの接触を各自行うように」
「……は?」
やっとの思いで仕事を行い、休憩時間に入ったと矢先の事であった。急に上司であるロイマンに呼び出されたと思ったらこれである。エイナ含めやっとの思いで得た休息を堪能していた同僚が、挙手してロイマンに対して声をあげた。
「質問があります」
「質問は受け付けない。以上」
ギルド長 ロイマンは書類をめくると、そのまま忙しそうに自身の部屋へと戻っていく。そんな彼の後姿を唯々見つめることしかできなかった。一人の受付嬢が彼に対して罵声を浴びせた。
「質問は受け付けないじゃないっての!!受け付けろよ!!」
真っ赤な髪色をした彼女はやってられるかとばかりに煙草を吸いに出かける。そんな中、残された数少ない受付嬢達は困惑していた。彼女たちは、まだ状況を飲み込めずにいた。
中庭にたたずむ彼女たちの視線の先には、騒動の大本であるかのモンスターが居るのであった。あくびをしてたたずむ大型の鳥型モンスターを横目に、誰かがつぶやいた。
「あの……本当にあれに触るんですか?」
「交流しろってことは触れ合って理解しておけ…って事よね」
「見た目はまぁ…可愛いと言えなくもないけど……」
ギルド職員たちは、ぎこちない表情で 中庭の一角 を見つめた。
そこには一匹のチョコボが、きょとんとした顔で佇んでいた。黄色い羽毛をまとい、透き通るような大きな瞳をぱちぱちと瞬かせている。
だがモンスターである。背丈は人間ほどもあり、その強靭な脚と鋭い爪先は、人間の体などいともたやすく引き裂いてしまうだろう。モンスターとしての危険性を感じさせるには十分だった。
正直言って怖い。地上では決して感じることのないモンスターへの恐怖。エイナは二の足を踏んでいた。モンスターと触れ合えだとか町中に放すと判断した上層部の判断はまともであると思えなかった。
誰か行ってくれないかと目と目で会話をする彼女たち。そんな中、ふと、一人の女性がそっと足を踏み出した。ミイシャ・フローレンス。ギルドの若手職員であり、少しおっとりとした性格の彼女は、興味深そうにチョコボへと近寄っていった。
「……」
周囲の視線が一斉に集まる。だが、ミイシャは怖がる様子もなく、チョコボの前で静かに立ち止まると、その背中を ぽんぽんと優しく叩いた。
チョコボの瞳がぱちっと瞬く。ほんの少しの間だけ、ミイシャと見つめあうチョコボ。次の瞬間チョコボはゆっくりと膝を折り、ゴロンと地面に寝転がった。そう、寝転んだのである。
え…と誰かが驚愕した声を漏らす。それは青空に向けておなかを差し出すその姿。俗にいうへそ天というやつであった。
自身のおなかという明らかなウィークポイントを天に向けて突き出すモンスター。その何とも言えない間の抜けた姿に、彼女たちは気が抜けた。
「可愛い…よね?可愛い…かも」
「わ、私も!」
一人、また一人、そっとチョコボへと近寄り、少しずつ触れ合う彼女たち。エイナは戸惑いながらそれを遠巻きから眺めているのであった。結局この日分かったことは、チョコボという種族が持つ、羽毛の柔らかさのみであった。