ドラゴンクエストⅪ異伝「過ぎ去りし時と赤髪の射手」 作:いろはにぼうし
基本的には楽天的なお人好し。
だが故郷の話をするたびに、彼の顔には影が差す。
当然の話だが、砂漠越えは体力をひどく消耗する。
乾燥しきった砂の大地は旅人のブーツを容易に呑み込み、通常なら問題なく歩を進めるような距離でも相当な体力を要求する。
おまけに日中は輝く太陽が体を熱し、体内の水分を大地へと身勝手に還元する。
それはいかに勇者といえども例外ではない。
先頭を歩くイレブンは愛馬に持たせているどうぐぶくろから水筒を取り出し、水を一口含んだ。
王子の護衛、もとい八百長の協力者ということもあり、ファーリスから物資の支給は惜しみなく与えられている。もちろん、事情を知らぬ王の財源からおおっぴらに物資を頂戴するわけにはいかないので、すべてファーリスが自前で用意できる範囲で、ではあるが。
イレブンは、振り返り仲間たちに声をかけた。
「水、いる人?」
それに反応し手を挙げたのはベロニカだった。
魔物に魔力を奪われた影響で姿が子供になってしまっている彼女は、当然歩幅が狭く、皆についていくのが辛そうだ。
イレブンはベロニカに水筒を手渡した。
「ありがと、イレブン」
ベロニカは感謝もそこそこに何口か水に口をつけた。
ぷはっ、と感嘆の声が漏れる。
その姿をほほえましそうに眺めていた旅芸人のシルビアが、イレブンに声をかけた。
「あらぁ、女の子にちゃんと気遣いができる男の子は素敵よ、イレブンちゃん♪ まるで王子様ね」
「王子はファーリスだよ」
「やぁねぇもう! 身分じゃなくてハートの話よ、は・ぁ・と、の♪」
ウィンクを飛ばしてくるシルビア。
と、ベロニカの後ろを歩いていたセーニャが彼に声をかけた。
「そういえばシルビア様。砂漠にご用があるとお伺いしましたけれど、いったいどのようなご用事なのでしょうか?」
「ああ、その話ね。正確に言うと砂漠に用があるのはロゼちゃんの方なのよ。ね、ロゼちゃん」
シルビアの言葉に、セーニャの後ろでフードを目深にかぶった少年、ロゼが口を開いた。
「は、はい。で、でも大丈夫ですよ。み、皆さんの邪魔にならないようにしますから」
おどおどと、手を胸の前でもじもじさせながら小声で言葉を紡ぐ彼に、今度は殿を務めていたカミュが頭を掻いた。
「お前さ、もうちょっとちゃんと話せよ。力になってやれるかもしれないだろ」
「ひぃ!? ごめんなさい! 大丈夫です! 大丈夫ですから!」
オーバーなリアクションで身を引いて見せるロゼに、カミュは戸惑う。
「あんた人相が悪いのよ。ロゼみたいなタイプにはキッツいわよね」
ベロニカが憎まれ口をたたいた。
結局、この場でロゼは自分の『用事』について語ることはなかった。
数時間ほど歩いただろうか。バクラバ砂丘の番をしていた兵士に事情を説明し、一行は未踏の砂漠に足を踏み入れた。
兵の話だと、ファーリスとお付きの兵士たちは先にここを通過していったようだ。
「ったく。さっさと先に行きやがって。砂漠の殺し屋が住処から出てきてうろついてたらどうするつもりなんだよ」
カミュが悪態をついた。
「心配だけど、焦らずにいこう。この辺りはさっきまでの砂漠と魔物の種類が少し違うみたいだ」
イレブンが、地図を見ながら言う。傍らには何やら手帳を開き、熱心に書き込んでいる。
どうやら倒した魔物のことを記録しているようだ。
と、イレブンはその手を止め、前を見る。
そこには、砂丘の方向を見つめるロゼの姿があった。
シルビアが、彼のそばへと歩み寄る。
シルビアはロゼに何やら話しかけている。一方のロゼは悲し気に首を横に振った。
「…カミュ、地図の確認任せてもいい?」
「? おう」
イレブンは手帳をしまうと地図をカミュに渡し、二人のもとへと近づいた。
「…そう。でも気を落としちゃだめよ。この先に何かあるかもしれないわ」
「…ありがとうございます、シルビアさん」
二人の話が聞こえてきた。けれどもイレブンが声をかけるより早く、シルビアがはっ、と振り返った。
「あらイレブンちゃん。レディのお話を盗み聞きなんて感心しないわね」
「い、イレブンさん」
「レディ・・?」
レディが一人もいないような気もしたが、イレブンは気にしないことにした。
「ロゼ。用事はうまくいきそう?」
「ご、ごめんなさい‥それは、なんとも‥」
「そっか」
「…聞かないんですか?」
「? なにを?」
ロゼからの疑問を、イレブンは疑問で打ち返した。
「え、えと、その。僕が、なにをしに来たのか、とか…」
「? 教えてくれるの?」
「え、えっと」
ロゼは困ったように視線をさまよわせる。
「…いいよ。聞かれたくないなら、別に聞かないよ」
「…いいんですか?」
「うん。考えてみれば、僕らのことも全然話してないし」
お相子だね。そう言ってイレブンはほほ笑んだ。
「…優しいんですね、イレブンさんは」
「? そうかな?」
「は、はい。僕みたいな得体のしれない奴に、そんな言葉をかけてくださるなんて、まるで…」
ロゼがそこまで言った時だった。
「イレブンちゃん、ロゼちゃん! 青春の邪魔をするほどアタシは野暮じゃないんだけど、上を見て!」
シルビアの慌てたような声が響いた。
イレブンとロゼが空を見上げると、そこには空を舞う異形の姿があった。
頭はハゲワシ、体は大蛇。異なる生き物を魔族が外法により掛け合わせ世にはなったとされる魔物。
3体のキメラが、上空からこちらを狙って殺到していた。
完全にこちらに狙いをつけているらしく、まっすぐ群れとなって飛んでくる。
「みんな、戦闘準備! 魔物が来るよ!」
イレブンは盾と片手剣を構えながら中たちに叫ぶ。
それを受け、カミュが三人に駆け寄って短剣を構えた。隣に立つシルビアも腰から下げたレイピアを抜き放つ。
ベロニカは両手杖を手に持ち、セーニャは軽量の盾と魔力を高める効果のあるステッキを構える。
(そうだ、ロゼは!?)
イレブンはいまだ実力のしれぬロゼを見る。
すると、先ほどの位置より後方に下がる彼の姿を見つけた。
どうやら前衛で戦うわけではないらしい。
彼は緊張した面持ちで外套の中から武器を取り出した。
取り出されたのは、「弓」。
彼の体に隠れるくらいのサイズのそれはさほど大型の弓ではない。むしろ女性でも扱えるような、軽量化されたデザインのようにも見える。
木製であるがひどくぼろぼろで、魔物を相手にするには、不十分にもみえた。
彼はそれを左手に持ち、ぶつぶつと何かをつぶやき始めた。
その様子を見て、焦ったように声をかけたのはベロニカだった。
「ちょ、ちょっとロゼ!? あんたそんなおもちゃみたいな弓で戦うつもり!? それに、『矢』は!? 矢はどこにあるの!?」
「ひっ!? ご、ごめんなさい…ぼ、僕、矢は持ってなくて‥」
「はぁ!? じゃあ戦えないじゃない!!」
ベロニカがロゼに食って掛かる。が、その間にもキメラたちは一行に接近を続けている。
「おいチビ! そんな話はあとにしろ! ここからじゃ俺たちの攻撃は届かない! お前の魔法の出番だ!」
「だれがチビよ、ひよっこカミュ! ああもう! ロゼ、あんたは隠れてなさい! あんな奴ら私の炎で一発よ!」
ベロニカが杖に魔力を込める。彼女の小さな体を循環する膨大な魔力が杖先に集中し、小さな火の玉を作り出した。
「原初の炎よ、赤き光となりて我が怨敵を滅ぼしたまえ…『メラ』!!」
ベロニカの杖から小さな火の玉が発射される。
炎の初級魔法、メラ。
魔法使いの基礎呪文の一つだが、ベロニカの膨大な魔力が編み込まれたことでその炎は絶大な威力を発揮する。
しかし、相手は空を活動域とする魔物。地上から発射された火の玉を、3匹ともひらり、とかわして見せる。
「あっ、よけるなんて生意気よ!」
ベロニカの怒りの声に対し、「グエッグエッ」とキメラはあざ笑うように鳴き声を上げた。
そして、こんどはこちらの番だ、と言わんばかりにキメラのうちの一匹がすうっ、と息を吸い込み始める。
「っ、火の息がくるわ! みんな、よけるか防御して!」
攻撃を見抜いたシルビアが仲間たちに声をかける。
「ちっ、くそ!」
「きゃっ!?」
一番早くに動いたのはカミュだった。呪文を放ったばかりで最も無防備だったベロニカを抱えてその場を離れる。
イレブンはとっさに盾を構え、シルビアはカミュと同じく軽い身のこなしで距離をとった。
「ロゼ様、こちらに!」
セーニャが竪琴を構えながらロゼに声をかける。
が、ロゼはその場を動かない。
彼は黙ってそっと矢も持たず弓を構える。
「ロゼ様!? なにを…」
「だ、大丈夫ですセーニャさん。さっきベロニカさんが気を引いてくれたおかげで、準備はできましたから」
そういってロゼは静かに、弓の弦を引く。
その時、セーニャは信じられないものを見た。
先ほどまで存在しなかった矢が装填されていたのだ。
それも、ただの矢ではない。
それは赤く燃える、炎の矢。
火炎をまとった赤い矢が、上空の、まさに火を吐かんとするキメラに向かって向けられる。
そして、ロゼは言葉を紡いだ。
「…当たって! 『メラの矢』!!」
バシュ! と矢が発射される音。
先ほど放たれたベロニカのメラに比べれば、感じる魔力はさほど高くはない。
けれど、その速度は圧倒的だった。
まっすぐに飛んで行った矢が、キメラの喉を貫いた。
「ギエエッ!?」
その瞬間、キメラの体から、ボウッ、と音を立てて燃え始める。
喉を貫いた矢が炎となって、魔物の体を焼き尽くす!
自らのフィールドである空で末路を迎えることになるなど考えもしなかった哀れな魔物は、体を燃やしながら地上へと落下した。
「ッ!? グェ!」
「グァ、グァ!!」
焦ったのは残り2体のキメラたちだ。ロゼを最も危険な相手だと判断し、二匹とも急降下して彼の命を狙った。
「ひ、ひぃ! そんな一度には無理ぃ!!」
ロゼが悲鳴を上げて走り出す。
獲物が背を向けたことが愉快なのか、キメラたちはにやにやと笑いながらロゼの体に噛みつこうとする。
「やぁっと降りてきてくれたわね、ハゲタカちゃん♪」
「さんざん手間かけさせやがって、今更羽もがれても文句言うなよ!」
「…僕たちの、勝ちだ!」
しかし、その命は、レイピア、短剣、そして片手剣が振るわれたことで刈り取られることとなった。
キメラたちの敗因は2つ。
ロゼを甘く見たこと。
そして、彼が一人ではなかったことだ。
「ねぇ教えなさいよ、さっきのやつどうやったの!?」
「べ、ベロニカさん。そ、そんな大声出さないでください…怖いです…」
「大声なんて出してないわよ! あんな呪文、私知らないわ! ぜひ教えて頂戴! あんたはあれをどこで教わったの!?」
キメラを倒し、バクラバ砂丘を横断する間、ベロニカはずっとロゼを質問攻めにした。
ベロニカからすれば、自分の知らない魔法の使い方である。天才魔法使いを自称する身としては、気になって仕方がなかった。
「うう…し、シルビアさぁん…」
対してロゼは困ったようにシルビアに助けを求める。
シルビアは笑いながら、「ずいぶん仲良くなったじゃない」などと言いながら、ロゼの頭をフード越しに撫でた。
「ベロニカちゃん、あんまり人の秘密に首を突っ込むのは野暮ってものよん」
シルビアにたしなめられたベロニカは、ぐぬぬ、とうなりながら、けれどもそれ以上は追及しなかった。
ややあって、一行は魔蟲の住処の入口までたどり着いた。
そこには憔悴しきった様子のサマディー王国王子、ファーリスの姿もある。
ファーリスは息も絶え絶えにつぶやいた。
「ふう…ようやく休めそうな場所に出たな。とりあえず、ここで休んでいくとしよう。サソリを捕まえるのはまた明日、ってことで」
と、ファーリスがイレブンたちの方をみる。
そして、その中にシルビアの姿を見ると複雑そうな顔を浮かべた。
「なんだ、あなたも来てくれたのか」
「まぁね。アタシたちもこの砂漠に用があったから」
「…なんにしても、手伝ってくれるならありがたい。見ての通りだ。今日はここでキャンプを張ることにしたからな」
「ええ、それには賛成。サソリちゃんは手ごわいと噂だもの。いいでしょ、イレブンちゃん」
「うん、みんなもそれでいいなら」
イレブンが仲間たちに同意を求める。ほかの4人も賛成の意を示してうなずいた。
と、ここでファーリスがロゼに気が付いた。
「ん? 君は‥?」
「ひう! あ、あのぼぼ、僕は、いやえっとその‥」
「…君たち。その人だけならいざ知らず、そんな怪しいやつにまで今回のことをしゃべったのか」
「あら、怪しいやつとはご挨拶ね、おぼっちゃん。ロゼちゃんもあなたの力になってくれるって言ってくれているのよ」
「うん、強さは僕らが保証するよ、ファーリス王子」
「そ、そうか。まぁ君たちが、とくにイレブンさんがそういうなら」
ウマレースに協力させた負い目もあるのだろう。シルビアと、そしてイレブンの言葉をうけファーリスはしぶしぶといった形でロゼの同行を認めた。
しかし彼は、こう続けた。
「だが、さすがに顔も知れない人間に計画のことを教えるわけにはいかない。そのフードを取って見せてくれ」
「ふぇ!?」
その言葉にロゼの体がうごくせきぞうのごとく硬直した。
「当然だろう。今回のことが国民にもれたら僕の信用はおしまいだ。誰に秘密をしゃべったのかは知っておきたい」
「うう…」
酷く身勝手な理由ではあるが、もともと人に意見するのが苦手なロゼはしどろもどろになるばかりだ。
助けを求めてイレブンたちを見る。
「…なぁ。もうさっさと見せちまえって。何も問題ないだろ」
と、カミュ。
「そうね。そうしないとこのへっぽこ王子譲りそうにないし」
と、ベロニカ。
「でも、どうしてもロゼ様がお嫌でしたら、それを強要するのはよくありませんわ」
と、セーニャ。
「大丈夫よロゼちゃん。自信もって見せつけてやりなさい!」
と、シルビア。
そしていそいそと、どこか楽しそうに大きな鍛冶道具のようなものを準備し始めるイレブン。
助け舟を出してくれたのはセーニャだけだった。
「うう…じゃ、じゃあちょっとだけですよ…お、怒らないでくださいね」
「お? ああ」
仕方なしといった感じでフードに手をかけるロゼの言葉に意味が分からないといった表情のファーリス。
ロゼは恐る恐る、ゆっくりとフードを外し、その素顔をファーリスに見せた。
瞬間、おもわずといった様子でファーリスの護衛の騎士たちから「おお‥」と感嘆の声が漏れる。
赤く美しい髪の毛、緑色の澄んだ瞳。恐怖と緊張からか、目には涙がたまっている。
ファーリスはそれを見た瞬間、自分の心臓をあやしいかげがつかんでいるのではないかと錯覚した。もしくは兵士の中のだれかが自分に勝手にバイシオンをかけたのか、とも。
心臓が早鐘のようになり続ける。体から光があふれ、舞い上がるほど興奮しているのに、なぜだか体が動かない。
そうか、これがうわさに聞く、ゾーン状態。
ファーリスはそう悟った。
(実際のところそんなことはない)
ロゼは頭一つ高いファーリスの顔を、上目遣いで見上げながら、たまらずといった様子で懇願した。
「も、もういいですかぁ‥?うう…」
瞬間、ファーリスの心臓は彼の体を突き動かした。
ばっ、と体をロゼに接近させ、その両手を握る。
ロゼからは思わずひっ、と声が漏れた。
「き、きき君!! な、名前は!?」
「うぇ、うぇええ!?」
「もう。ロゼちゃんよ、ロゼちゃん。さっきからみんなそう呼んでるじゃない」
口をパクパクさせて魔物でも発しないような声を発し、明らかにメダパニ状態になっているロゼの代わりにシルビアが答えた。
ファーリスはその言葉を受け、叫んだ。
「ロ、ロゼさん! 僕と、僕と結婚してください!!」
結婚してください、結婚してください、結婚してください…。
さえぎるもののない砂漠に、その声は遠く響いた。
「け、けけけけけ、結婚!? ぼ、僕と、おお、王子様が!?」
「ああそうだ! 君の顔を見た瞬間びびっと来た! 一目ぼれだ! この先世界中を巡ったとしても、君よりも美しい令嬢に出会うことなどないだろう!! 君のような女性こそ、僕の妃にふさわしい!」
「え、ええ!? で、ででもぼ、ぼく、お、おと」
「大丈夫! 君は何も心配しなくていいんだ! 父上と母上には僕から言っておこう!!」
「う、うぇ!?」
完全にビーストモードなファーリス。
困り果てメダパニーマなロゼ。
そこに助け舟を出したのはシルビアだった。
「お待ちなさい! ロゼちゃんはアタシの大切な仲間よ! 八百長をたくらむような王子にあげられるほど安くはないわ! 出直してらっしゃい!!」
「な、なんだと!?」
ビシっ、とファーリスを指さしながら啖呵を切るシルビアに、邪魔をされ顔を赤く染めるファーリス。
その一瞬のスキをつき、ロゼはシルビアの後ろに隠れた。
感動のあまり、ロゼは涙声でシルビアに声をかける。
「し、シルビアさぁん…」
「100歩譲って、サソリちゃんをあなたの手でとらえることができたら、『ほっぺにチュー』くらいは許してあげる!!」
「シルビアさん!?」
しかし突然手のひらを返したシルビアに、今度は変わって絶望の涙声をあげることになった。
シルビアは小声でロゼに「やぁねぇ、そんなことさせるわけないでしょ。こうでもしないとこの王子はダメになるわ」とささやいた。
しかしダシにされたロゼからしたらたまったものではない。
「ほ、本当だな!」
「ええ、騎士に…じゃない。旅芸人に二言はないわ!」
「よ、よし! やってやる! やってやるぞぉ!!」
こうして、ロゼの同意もないまま、ファーリス王子は報酬を目指して一念発起する決意を固めたのであった。
「ロゼ様…」
泣きたい理由は山ほどあったが、同情するように背中をさすってくれたセーニャのやさしさに、ロゼは今日一番泣きたくなった。
時刻は移り変わり、夜。
砂漠の夜は日中と異なり一気に気温が冷え込む。仲間たちはキャンプの炎を囲み、イレブンの作ったお手製シチューを食べ終え談笑していた。
最初に口火を切ったのは、シルビアだった。
「あなたたち、男二人女二人の旅なんてロマンチックじゃない。どうして旅をしているの?」
その質問にイレブン、カミュ、ベロニカは口をつぐんだ。イレブンの抱える事情は、決して明け透けに語れることではないからだ。
しかし唯一、人を疑うことを知らないセーニャだけが、シルビアの質問に答えた。
「まだ、すべてが明らかになったわけではありませんが…勇者にまつわる伝説。そのすべての謎を解き明かすため、私たちは命の大樹を目指す旅をしているのです」
「勇者…」
ロゼがその言葉を復唱したが、だれもそれを気にはしなかった。セーニャも気にした様子もなく続ける。
「もしかしたら 世界に災厄をもたらしたという邪悪の神と戦う日が、近いのかもしれま…」
「だ、駄目よセーニャ! 見ず知らずの旅芸人たちにそんなことまで話しちゃ!!」
ベロニカが慌てて止める。このままではふわふわと「実はここにいるイレブン様がその勇者の生まれ変わりなのでございます」と口走りかねない。
それに対しシルビアは純粋に感心したようにつづけた。
「へぇー! みんなの笑顔を奪おうとする邪悪の神ちゃんって悪いやつがこれから復活するかもしれなくて、あなたたちはそれを倒すために旅してるっていうの? 面白そうじゃなーい!」
「まじかよ。こんな話鵜呑みにするなんて、あんた変わってんな」
カミュがあきれた様子で言葉をかけた。
今度はイレブンがロゼに声をかける。
「ロゼは、どうかな。勇者について、どう思う?」
「ど、どうって言われても…ごめんなさい。話のスケールが大きすぎて、僕には…」
「そっか」
「ただ…」
ロゼはおずおずと続けた。
「もしほんとに勇者さんがいらっしゃるとしたら…きっと、今頃不安だろうな、って思います」
「不安…」
イレブンはその言葉を繰り返した。
「だ、だって僕だったら勇者の生まれ変わりだ、な、なんて言われても…邪悪の神を何とかしろって言われても…いったいどうしたらいいのか‥どうして自分なのか‥って思っちゃうと思うし…」
どうして、自分なのか。
それはイレブンが、ずっと心の片隅に置いていた疑問だった。
カミュも、ベロニカも、セーニャも。自分が勇者の生まれ変わりであるということを受け入れ、それを信じている。
疑っているのは一人だけ。イレブン自身だけ。
そういう意味では自分を悪魔の子と呼んだデルカダール国王の考えの方が自分自身のことを正確に言い表せている気がする。
(そうだ…。僕がデルカダール国王にイシの村の話をしたばっかりに)
イレブンの頭に映像がフラッシュバックする。
それは大樹が見せる映像よりも鮮明で、決して消えてくれない、薄れてくれない自分の記憶だ。
破壊された家々、燃える自宅。
祖父との思い出の川、駆け回った小道。
そして——大切な人たち。
母、村長、教会の神父様に、道具屋のおばさん。みんな。
それに自分の一番大切な————。
『じゃあね…イレブン』
(‥‥エマ)
「おい、おい、イレブン!」
「えっ、な、なに」
突然肩をゆすられて、イレブンは我に返る。隣をみると、心配そうな顔をしたカミュがイレブンの肩をつかんでいた。
「大丈夫か? さっきから何度呼んでも返事もしねぇし‥」
周りを見ると、皆心配そうに自分を見ていることに気が付いた。
特にロゼの顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。
「ご、ごめんなさい。ぼ、ぼ、僕、よけいなことを…」
「‥ううん。違うよ。なれない砂漠での戦いで疲れてたみたいだ。大丈夫」
イレブンはそう言って笑った。
カミュはなおも心配するような、痛々しいような、そんな表情でイレブンを見ていた。
「ほら、カミュも。ずっと肩をつかまれてちゃ、鍋の片付けもできないよ」
「…そう、だな」
カミュは手を引く。
唯一故郷の惨状を知る相棒の気づかいに、イレブンは心の中で感謝した。
「あ、そ、そういえば」
重たい場の空気を払拭しようとするかのように、今度はベロニカが切り出した。
「シルビアとロゼはどうして旅をしているの?」
それに対してシルビアは
「ふふ。アタシたちのことはいいじゃない。それより明日はサソリちゃんと決戦よ。今日はもう休み…」
「ま、待ってください…。シルビアさん」
シルビアの言葉を切ったのはロゼだった。
何かを決心したような顔だった。
「ぼ、僕‥じ、自分のこと話します。皆さんも、話してくれたんですし」
「‥‥ロゼちゃん」
シルビアが「いいのね?」と聞いてくる。それにうなずきながら、ロゼは言葉を紡いだ。
「ぼ、僕は‥数週間前に、シルビアさんに拾われて、一緒に旅をしているんです」
「拾われてって…、じゃあ、それまではどうしてたんだよ」
カミュの言葉に、ロゼは首を振ってこたえた。
「わかりません‥僕には、シルビアさんに拾われる前の記憶がないんです」
―――――――――――――――――――――――――――
覚えているのは、冷たい感触と、誰かの声。
自分はどこか、冷たく、暗い場所に閉じ込められていた。
そこにはほとんど音が届かなかったけれど、かすかに、誰かの声が聞こえていた。
「…場所が、わかったんだな」
「ああ。間違いあるまい。奴はあの砂漠に落ちた」
「では、いよいよ」
「ああ、■■ノ■。砂漠に向かうぞ」
そして最後に聞こえたのは若い男の声。
「‥すまない、■■■。お前を連れて行くわけにはいかないんだ。だけど約束する。俺たちは必ず、みんな揃って帰ってくる。だからそれまで、ここで待っていてくれ」
「大丈夫だ。なにせ俺たちは———」
そこで、ロゼの記憶は途切れている。
そして、次に目を覚ました時、ロゼは名も知らぬ海の真ん中で、一本の弓を握りしめて遭難していた。
たまたま通りかかった旅芸人の船‥シルビアに救われなければそのまま死んでいただろう。
覚えているのは、それだけだ。あとは、弓の使い方だけ。
自分の記憶について唯一の手掛かり…それは「砂漠」という言葉。
自分を知っている人たちは、砂漠に行くと言っていた。
だからこの国に…サマディー地方に来れば何かわかるかもしれない、そう思った。
シルビアからは記憶をなくしていることは信用できる人間以外には言わない方が良い、と助言を受けた。
記憶がないことで、ロゼが不用意に利用されたり、だまされたりしないように。
そして、シルビアの巡業にお付きとしてついてきて、砂漠に足を踏み入れて。
結果、何もわからなかった。
何一つ思い出せない。
自分の本当の名前も、家族のことも。記憶の中の人物たちのことも。
ロゼには変わらず、何もなかった。
―――――――――――――――――――――
「ってことは、ロゼって名前は」
「アタシがつけたのよ。赤い髪がバラのように美しいから、『ロゼ』。いい名前でしょ?」
シルビアはそう言って炎を見つめた。
「ここに来ればロゼちゃんのことも何かわかるかと思ったけど…。残念だけど今のところは手掛かりなしね。ごめんなさいロゼちゃん。力になってあげられなくて」
「そ、そんな! シルビアさんには感謝してもしきれないんです! ぼ、僕みたいな得体のしれない奴に名前までくれて…」
「ふふ、だってあなたがあんまりかわいいんだもの。貴方の心からの笑顔のためなら、アタシなんでもしちゃうわよ!」
「じゃあほっぺにチューの件はなんだったんだよ」
「あら、カミュちゃんも本気にしちゃった? いざとなったらアタシがあの王子のほっぺにチューしてやるわよ」
「ふん! どうせ自分にもしてもらおー、とか思ってたんじゃないの? さいってー」
「んなわけねぇだろ。ったく。チビッ子はませちまって困るぜ」
「どーだか! ほんとはそわそわしてたんじゃないの!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるシルビアたち。
ロゼはその光景を見て思う。
「…僕にも、居たのかな。こんな、仲間が」
そこに、優しい音色が響いた。
ロゼと、そして仲間たちが音の方向を見る。
セーニャが竪琴を奏でていた。
美しい調べが、夜の砂漠に響く。
その調べに、ロゼは耳を傾けた。
優しく、美しく。
それでいて人の心を洗うような清廉な曲。
やがて、セーニャが口を開いた。
「私たちも仲間ですよ。ロゼ様」
「え?」
セーニャが柔らかく笑った。
「一緒に歩いて、一緒に戦って、一緒に食事をして、一緒に悩む。ほら、もう仲間です」
「そうだね」
言葉を、イレブンが引き継いだ。
「ロゼ、今日は助けてくれてありがとう」
「そ、そんな! 僕なんて何も…」
「ロゼがいなければ、誰かがケガをしたかもしれない。ロゼがいてくれたから、今日の戦いは乗り切れたんだ」
「…」
「だから、ありがとう」
ロゼは震えていた。
目からまた、しずくが落ちる。
キャンプの焚火は赤々と燃え、いまだ一行の体を温め続けていた。
ロゼのまめちしき
みりょくが上がりやすく、みのまもりが上がりにくい。
スキルパネルは、「弓術」・「短剣」・「ましょう」の三項目が存在する。
魔法の弓矢のまめちしき
ロゼの専用装備。
スキルパネルを開放するごとに種類が増えていく。
基本的にはMPを消費してつかう特技に分類されるが、中にはHPを消費してしまう
矢も存在する。