ドラゴンクエストⅪ異伝「過ぎ去りし時と赤髪の射手」   作:いろはにぼうし

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ロゼのまめちしき

人一倍臆病で気弱。
どのくらい気弱かというと、一人では緊張して買い物ができない。


第三話「砂漠の殺し屋」

魔蟲の住処の入口でキャンプを張った翌日。一行はファーリス王子の一団とともに魔蟲の住処に続く洞窟を進んでいた。

 中は砂漠の中とは思えぬほど幻想的な雰囲気が広がっている。

 蛍光色の植物が光り輝き、美しい水がどこからか湧き出て足元を濡らす。

 イレブンとベロニカ、セーニャ、それにシルビアもその美しい光景に目を奪われているようだ。

 唯一カミュだけは周囲を油断なく見回し、新手の魔物への警戒を怠っていない。

 

 そして最後に、ロゼ。

 彼はといえば、洞窟を進みながら非常に困惑していた。

 

「それでだね、ロゼさん。その時僕は言ってやったのさ。『仲間を捨て道を捨て、国家への忠義を捨てるなど騎士にあらず! この騎士の国の王子、ファーリスが成敗してくれる!』ってね。そしたら盗賊の頭、僕に何と言ったと思う?」

「え、ええと‥何と言ったのでしょう‥?ごめんなさい、とか」

「その通りだよロゼさん! 奴は僕の騎士道にほれ込み、王国の兵士に戻りたいと申し出てきたんだ! もちろん、僕は剣を収めました。弱きものを切るのは騎士の本懐ではないからね!」

「そ、そうなんですか。ご、ご立派ですね」

 

 ファーリスの話に適当に相槌を打つロゼ。

 

 昨日ロゼの素顔を見てから、ファーリスは完全に舞い上がり、少しでも自分をよく見せようとありもしない武勇伝をでっち上げ、ただひたすらにロゼに語って聞かせたのだ。

 さすがに非才の身を16年近く国民から隠していただけあって、昨日考えたにしては、出てくる、出てくる。本来の彼を知っていればまず嘘であるとわかるようなほら話の数々。

 ロゼだけでなく、間近でそれを聞かされ続ける兵士たちも心なしかげんなりとしているようだった。

 もともと人付き合いが苦手なロゼにとって、ファーリス王子のこの距離の詰め方は苦痛でしかない。

 好感度上昇・下降の問題ではなく、ただただ、怖い。

 

 しかし、当のファーリスは舞い上がりすぎてロゼのおびえた表情に気が付かないようだった。

 耐えかねたロゼは仲間たちの方を振り返り、目線で助けを求める。

 

その視線を受け、動いたのはイレブンだった。

彼はまっすぐファーリスのもとに歩いていき、とんとん、と肩をたたいた。

「それで僕はさっそうとサバクくじらの背中に飛び乗り…、な、なんだ。今いいところなんだ。邪魔しないでくれないか、イレブンさん」

「ごめんね、ファーリス王子。でもちょっとロゼを返してくれないかな。砂漠の殺し屋に出会った時のための相談をしたいんだ」

「む‥彼女にも戦わせる気か」

「もとは君の頼みだよね」

「うっ‥。それを言われると弱いな。わかったよ。でも危険な目には合わせないでくれ。なにせ彼女は僕の未来の妃…」

「うん、わかってるわかってる」

 イレブンもさすがに愛想が付きかけているのか、適当に返事をしながらロゼを手招きした。

 ロゼはほっ、と息をつき、イレブンとともに仲間たちのもとへと合流する。

 

「はぁ…。い、イレブンさん。ありがとうございます」

 ロゼはどっと疲れたように声を絞り出す。気にしないで、とイレブンは笑って返した。

 

「あーあ。みてよあの王子。もう完全にあんたにデレデレよ、ロゼ」

「べ、ベロニカさん‥。ぼ、ぼくはそんなつもりじゃ…」

「ああ、いいのよロゼ。変にたきつけちゃったシルビアが悪いんだから」

「そ、そうね。発破をかけるつもりが予想以上の効果だわ。ごめんなさいね、ロゼちゃん」

「うう…」

 ロゼはフードのふちをぎゅ、と握りしめ一層顔を隠してしまった。さすがにシルビアも申し訳なくなったが、それでも悪いことばかりではない、とも思う。

「で、でも、ほら。恋は男を変えるっていうし、これであのお坊ちゃんも少しは騎士の国の王子様らしいところを見せてくれるかもしれないわよ」

「まぁ! それなら嘘をほんとにできますわね!」

 シルビアとセーニャが王子の変心を期待する言葉をかける。

 それに否定的な声をあげたのはカミュとベロニカだった。

「そうか? 俺は舞い上がりすぎて周りが見えなくなった分、面倒が増えただけだと思うが」

「そうよ! 大体そんな一朝一夕で戦えるようになるんだったら苦労しないわ!」

 話のタネであるファーリスは、すこしでも勇ましく見せたいのか大げさに胸を張って洞窟を進んでいく。

 その背は確かに最初であった時に比べれば頼もしくも見えるが、いざ恐ろしい砂漠の殺し屋を前にしたとき、いまと同じでいられるだろうか。

 イレブンとロゼは、互いに顔を見合わせた。

「あ、そうだ」

 と、思い出したようにイレブンがロゼにいう。

 

「ロゼ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟を抜け、大型の魔物、ワイバーンドッグの目を覚ましてしまわないように注意して住処を抜け、一行はついに魔蟲の住処にたどり着いた。

 かなり開けた場所で、砂塵の先の切り立った崖の先からは美しい海が広がっている。

 恐ろしい魔物さえいなければ、美しい景観の場所であるとロゼは感じていた。

 

「…このあたりにいるはずなんですが」

 ファーリスの共を務める兵士の一人がいぶかし気に口を開く。

 あたりには魔物の気配は一切なく、ましてや砂漠の殺し屋などという大仰な名前を与えられるような怪物の姿もない。

「なによ。なにもいないじゃない」

「眠っているのでしょうか」

「…はぁ、よかった‥」

 ベロニカが拍子抜けだと言わんばかりにため息をつく。妹であるセーニャも、不思議そうにあたりを見回していた。

 ロゼも、恐ろしい魔物と相対さずに済んで、胸をなでおろしていた。

魔物に会わずに済むなら、その方がいい。

 そう思ったのは砂漠の真ん中でほっ、と胸をなでおろすファーリスも同じようだった。

 

「ふぅ…なんだ。どこにもいないじゃないか。よし、帰るぞお前たち! 砂漠の殺し屋は僕を恐れて逃げたと、父上には報告するとしよう!」

 そういってファーリスはマントを翻し、さっそうと魔蟲の住処をあとにしようとした。

 

 

 

 最初にその音に気が付いたのは、セーニャだった。

 ズザザザザと、何かがこすれるような音がする。

 それもかなり近くから。その音はどんどんと近づいてくる。

 

 次いで気が付いたのが、カミュ。

 盗賊としての危機察知能力の高さゆえか、彼は仲間の中では一番に迫る『危険』に気が付いた。

 彼は身構えながら叫んだ。

 

「っ、おい王子!! 下だ!!」

 

 次の瞬間、ファーリスと王国の兵士たち、そしてイレブンたちを分断するように、魔蟲の住処の中央が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 最初に現れたのは黄土色の鋭い尾。いくつもの甲殻と関節で構成された丸太のようなその尾の先端には、鋭い毒針が備え付けられている。

 巨大な尾は巣に侵入した不届きもの共の気配を感じ取ると、ゆっくりと浮上し、その恐ろしい巨大な全貌を現した。

 恐怖のあまり腰を抜かすファーリスを見下ろすのは黒い眼球に黄色の瞳。鬼のような形相で獲物を見据えるその口には、ファーリスの剣も頭蓋もたやすく砕くであろう強靭な顎と牙。一つ一つがファーリスの身の丈ほどもある鎌が、二本三対、計六本。それを振り回しながら怪物、砂漠の殺し屋はファーリスたちに迫る。

 恐怖のあまり声さえ出ないファーリスに代わって、兵士が叫んだ。

「お、王子!! さ、砂漠の殺し屋…『デスコピオン』です!!」

「キシャアアアアアアッ!!!」

 怪物、デスコピオンは高らかに叫び声をあげた。

 

 

「た、たたたいへんですぅ! こ、このままじゃ‥‥」

 突然現れたデスコピオンに、ロゼが慌てたように叫ぶ。

「大丈夫よ、ロゼちゃん」

 その震えを止めたのはシルビアだった。

 ロゼの肩に手を置いて、静かに彼に声をかける。

 そしてシルビアは仲間たちの一歩前に出て、デスコピオンの前で震えるファーリスに向かって叫んだ。

「さぁ、サソリちゃんのお出ましよ! ロゼちゃんの前で、騎士の国の王子様らしいところ、見せてあげて!」

「し、シルビアさん!?」

 危機的状況であるにもかかわらず、シルビアはファーリスに剣を取り戦えと言う。

 それを受けたファーリスは震える手で剣を取ろうとして。

 

 身をひるがえし、頭を抱えてうずくまってしまった。

 

「ちょ、なにしてるの!?」

 シルビアが叫ぶも、ファーリスは頭を抱えたまま動こうとしない。

 格好の獲物に、デスコピオンの鎌がジャリ、ジャリと音を立てる。

「ふぁ、ファーリス王子! は、ははやく逃げて!!」

 ロゼが必死に叫ぶ。苦手な相手だが、目の前で死んでほしくはない。

「ファーリス王子、は、早く‥」

「原初の炎よ、赤き光となりて我が怨敵を滅ぼしたまえ…『メラ』!!」

 ロゼの後ろから巨大な火の玉が飛び出した。

 火の玉は弧を描いて飛び、デスコピオンの背中の甲殻を焼く。

「‥‥ジャアっ!」

 デスコピオンは煩わしいものを見るかのように振り返る。

 自らの巣を土足であらし、腹に収まるだけの分際で生意気にも抵抗の意を示した羽虫6匹を、無抵抗な餌の前に始末するつもりのようだ。

 

「べ、ベロニカさん!?」

 メラを放った人物、ベロニカにロゼは驚いたように声をかける。

 ベロニカは魔力を練りながら、

「ロゼ! もう悩んでる暇なんてないわよ! こいつをおとなしくさせるの! シルビアも、いいわね!」

「…んもう! しょうがないわね!! 兵士ちゃんたち! お坊ちゃんを安全な場所へ!」

 シルビアの言葉を受け、兵士たちが慌ててファーリスを担ぎ上げ、砂漠の岩陰に身を隠す。

 デスコピオンはもはやファーリスたちには目もくれない。牙と鎌をならし、イレブンたちに迫る。

 振り下ろされた鎌を、イレブンが盾で受け止めた。

 金属のはじきあう音がして、イレブンが後ろに後退する。

「っ、うぐっ‥」

 もう一発、と言わんばかりにデスコピオンがさらに鎌を振りかぶる。

 「イレブン様!」

セーニャがイレブンの身を案じ、ステッキを振って呪文を詠唱した。

「大地の加護よ、かの者に盤石なる守りを‥‥『スカラ』!」

 セーニャの魔法力により生み出された魔法石がイレブンの周りを旋回し、彼の肉体を固くする。守りの魔法、スカラだ。

 防御力を上昇させたイレブンは鎌を難なく受け止め、ダメージを最小限に抑えることに成功した。

 彼はそのまま後ろに飛びデスコピオンと距離をとる。

「ありがとう、セーニャ」

「いえ、皆さまをお守りするのが私の役目ですから」

 

 イレブンと入れ替わるように飛び出したのは、カミュとシルビアだ。

 二人は短剣とレイピアを構え、デスコピオンの懐を狙う。

「チビッ子! 頼むぜ、外すなよ!」

「誰に言ってんのよ、あんたこそ失敗したらただじゃおかないんだから!」

「ロゼちゃん、思いっきり景気がいいの、たのむわねん!」

「は、はい!!」

 カミュはベロニカに、シルビアはロゼに援護射撃を要求する。

 助けを求められた二人は、魔力を練り、援護の体制に入った。

「精霊よ、邪なるものの衣をはぎ取り給え…『ルカニ!』」

 先に動いたのはベロニカ。杖先が青白い光を放ち、デスコピオンへその光が照射される。

 光を浴びたデスコピオンは筋肉が弛緩し、自らの体に力が入らなくなったようだ。

「キシッ!? キシャシャ!?」

 足に力を入れるもうまく立てず、砂の上に胴を鎮める。

 防御することもままならない。守備力減少の魔法、『ルカニ』が効いているようだ。

 それでもなお、デスコピオンは向かってくる二人に対して鎌を振るう。

 その内の一本が、シルビアの胴を狙った。

「当たって! 『メラの矢』!」

 その鎌に、赤い弓矢が直撃する。ロゼが放った魔法の矢が鎌をはじき、シルビアの体を外して砂に突き刺さる。

 その隙を見逃す二人ではない。

「いい夢見ろよ…『スリープダガー』!!」

「さぁ、覚悟しなさいサソリちゃん!」

 カミュの短剣がゆめみの花から抽出した睡眠毒をおび、デスコピオンの左側面の甲殻に突き立てられる。シルビアのレイピアも、ひゅんとうねりをあげ、胴を切り裂いた。

 

 二人の武器は、デスコピオンの黄土色の甲殻に傷をつけた。

「ギシャアア!」

 怒ったデスコピオンが鎌をでたらめに振り回し攻撃を仕掛ける。カミュとシルビアは得意とする身のこなしで回避しながら後退する。

「ッ!?」

 しかし相手も砂漠の殺し屋と恐れられる魔物。めちゃくちゃに振り回しているように見えて、狙いは正確だ。

 鎌の一本がカミュの二の腕を切り裂いた。

「カミュ!?」

「カミュちゃん!」

「ちッ、問題ねぇ、かすり傷だ!」

 ベロニカとシルビアが声をかける。敗れた服の隙間から赤い血を砂に落としながら、それでもカミュは傷つけられた右腕を振って見せる。

「カミュ、僕が前に出る。セーニャのところで治療を」

「ああ、交代だな。相棒!」

 カミュがセーニャの前まで下がり、変わるようにイレブンが油断なく盾を構えながらデスコピオンの前に躍り出た。

 ロゼはカミュとセーニャのそばまでかける。カミュの傷が心配だった。

「せ、セーニャさん! カミュさんは」

「ったく、どいつもこいつも心配性だな。セーニャ、頼む」

「はい! 精霊よ、わが友の傷に癒しの風を‥『ホイミ』!」

 セーニャが呪文を唱えると、ステッキから緑色の光がカミュの腕に降り注ぐ。

 カミュの傷口がみるみる癒えていく。傷はあっという間にふさがった。

「っし。サンキュー」

「すごい‥‥」

 ロゼは感嘆した。サマディー王国に来るまでにシルビアと訪れた町でも回復呪文を使う僧侶はいたが、ここまで傷の治りが早いわけではなかった。

 セーニャの回復の力が、それほどまでに高いということだろう。

 

 呪文の力は、使用者の魔力の高さに比例する。

 同じホイミの呪文でも、修練を積んだ高僧と一介の旅人が使ったのでは治癒力に大きく差が出るのだ。

 

 一方、戦闘はイレブンとシルビア、そしてベロニカがデスコピオンを追い詰めていた。

 デスコピオンはシルビアのトリッキーな動きに翻弄されて狙いが定められず、シルビアに気を取られているうちにイレブンの片手剣の一撃が甲殻を砕く。

 怒ってイレブンに攻撃しようとすると、ベロニカの火炎が顔を焼いた。

 かといって、ベロニカを狙えば今度はシルビアが足を切り裂き、デスコピオンの気を引く。

 見事な連携に砂漠の殺し屋は追い詰められていく。

「ぼ、僕もできることを・・・!」

 ロゼは弓を構え、魔力を込めてメラの矢を作り出そうとする。

「おい、ロゼ」

 それに待ったをかけたのはカミュだった。

「は、はい! な、なんですか‥」

「…ちょっと作戦がある。うまくいくかはわからねぇが‥‥耳を貸せ」

 カミュはロゼに素早く耳打ちした。

 

 

 

「…ご、ごめんなさい。よく聞こえませんでしたぁ…」

「フード外せ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝てる!

 ベロニカは勝利を確信していた。

 デスコピオンはこちらの連携に翻弄されて、持ち前の攻撃力を生かせていない。

 本来なら簡単に殺せるはずの人間にてこずっているのも怒りのボルテージを高めているのかもしれない。

 ベロニカはちらりと後ろを振り返る。なにやらカミュがロゼに耳打ちしているのが見えた。なんどもうなずくロゼのリアクションを確認するその顔には、ケガによる苦痛は見受けられない。

(なによ。全然平気そうじゃない)

 ほっ、と胸をなでおろす。

 ベロニカは、新たに杖に魔力を込め始める。杖先に集められた冷気は、氷の結晶を生成し始める。

 ベロニカにとってカミュは決して馬の合う相手ではない。

 けれど、カミュが傷つけられたとき。

 

 ベロニカは確かに、心の中に言い知れぬ不安と、自分の血がかっと沸騰するのを感じたのだ。

 

「たとえ、あんな奴でも…、仲間を傷つけられると、腹が立つのよ!」

 

 ベロニカの杖に込められた魔力が、一層強く練り上げられる。

 その量は本来ベロニカが意図して込めた量を大きく上回る。明らかに魔力が暴走していた。

 けれど、ベロニカはそれを無理に押しとどめはしない。

 もっと強く、もっと強く。

 いっそ杖を壊すほどの魔力をベロニカは練り上げる!

 

「凍てつく凍土よ、我が難敵に凍える恐怖を…、食らいなさい!『ヒャド』!!」

 ベロニカの杖から巨大な氷塊が山なりの軌道で発射される。

 氷塊はイレブンとシルビアの間をぬってデスコピオンの顔面に激突した。

「ギシャアアアッ!?」

 デスコピオンは砂漠に生きる魔物。氷で殴られた経験などない。

 未感覚の冷たさ、そして痛み。

 デスコピオンは攻撃を中止し、慌てたように背を向けて砂を掻き始めた。

「あらま、すんごい威力…。ベロニカちゃん、愛しのカミュちゃんが傷付けられて怒っちゃったのね、愛の力をかんじるわん!」

「ばッ、バカなこと言ってないで早く追ってよシルビア、イレブン! あいつに逃げられたら虹色の枝が手に入らないんだから!」

「あ、そうだった」

「そうだった、じゃ、なぁーい!!」

 シルビアのにやけ顔とイレブンの天然発言に顔を真っ赤にして起こるベロニカの言葉を受け、二人は剣を手に走り出した。

 デスコピオンは背を向け、一心不乱に砂を掻いているが、なかなか逃げられないのかてこずっているようだった。

 

 

 

「…てこずってる? サソリちゃんが?」

 シルビアが覚えたのは小さな違和感。

 目の前にいるのは砂漠の殺し屋とまで言われた魔物だ。

 砂漠の上なら、屈強な兵士も精強な騎士も屠ってきた怪物。

 

 そんな魔物が、逃げ出そうとしている?

 それも、砂に潜るのに苦戦している?

 

 

 表情のないはずのデスコピオンの顔が、にやりと笑ったような気がした。

 

「ッ、イレブンちゃん!! 離れて!!」

「え?」

 

 瞬間、デスコピオンの背中の文様が怪しく輝いた。

 

 

 

 

 魔蟲の住処が怪しい光に包まれた。

 カミュ、セーニャ、ロゼは距離があったこともありとっさに目をそらすことができた。

 光は一瞬で収束し、砂漠には元の明るさが戻る。

「くそッ、なんだってんだ!」

 カミュが目を凝らし、状況を確認する。

「…カミュ様、ロゼ様! あれを!!」

 セーニャが同じように目を開き、砂漠を指さした。

「‥そんな! イレブンさん、ベロニカさん!」

 ロゼが悲鳴を上げた。

 

 戦場に立つのは二人。

 目を抑え、ふらつきながらも頭を振りレイピアを構えるシルビア。

 そして、先ほどまでの逃げ腰が嘘のように勝利の雄たけびを上げるデスコピオン。

「キシャアアアアアアッ!!」

「…うう…。イレブンちゃん、ベロニカちゃん!?」

 デスコピオンの雄たけびは、目の前に転がる獲物二匹に向けてのものだ。

 すなわち、砂漠に倒れ頭を抱えながら転げまわる、イレブンとベロニカ。

 二人は武器さえ手放し、ぶつぶつと何かつぶやいている。

 どう見ても正気ではない。

 

「くそ、さっきの光のせいか…! ロゼ、俺が前に出る!例のやつ、頼むぞ!」

「…は、はい!」

 カミュが短剣を抜き放ち、デスコピオンの前まで走り出る。

 彼はかろうじて意識のはっきりしていたシルビアの肩をたたき、デスコピオンの攻撃からベロニカとイレブンを守り始める。

 すぐにシルビアも加勢したが、先ほどまでの善戦が嘘のように、デスコピオンは二人を追い詰め始めた。

 明らかに先ほどよりも鎌の速度が上がっている。

「くそッ! さっきまでは遊んでやがったのか!!おっさん!」

「おっさんって言わないで! わかってるわ、イレブンちゃんとベロニカちゃんからサソリちゃんを引き離すのね!」

 悪態をつくカミュが少しでも攻撃できるよう、シルビアはレイピアを振ってデスコピオンの攻撃をいなし続ける。

 シルビアは二人を治療するすべを持つが、いかんせん距離が近すぎるし、カミュ一人にこの猛攻を任せるのも危険だ。

 状況はゆっくりと、確実に悪化して始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロゼはデスコピオンから離れた位置から震える手を弓に添えていた。

 魔力を流して矢を生成しようとする…が、先ほどからうまくいっていない。

「…ロゼ様?」

 傍らのセーニャが心配そうにロゼを見る。

 ロゼはその視線を受け、さらに手を震わせる。

「っ、はぁ、はぁ!」

  魔力がかろうじて矢の形をとる。けれどそれはびりびり、と時折その像をゆがませる。

 セーニャはその弓矢から、ひどく不安定な魔力の流れを感じていた。

「あ、あ・・当てなきゃ…、僕が当てなきゃ…!」

 標的はデスコピオン。

 狙うのは左側面、カミュが最初に傷をつけた甲殻。

 

 けれど、デスコピオンがカミュとシルビアの武器を弾き、攻撃をかすらせるたびに、ロゼの心臓は恐怖にわしづかみにされる。

 指が震え、狙いがぶれる。

 それでも、カミュから…事前にイレブンが確認した、ロゼの『矢の種類』を把握していたカミュから授けられた作戦を成功させなくては。

 

 成功しなかったら?

 

 ロゼは頭を振ってその考えを振り払う。そんなこと、考えるべきではない。

 ロゼは必死に魔力を保ち、弓を引く。

 

「あ・・当たれ・・!ね、『眠りの矢』!」

 

 

 そして、引き絞られた矢が、射出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外せば、みんな死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロゼは弓を離した瞬間、そんな声を聴いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 カミュは鎌をよけながら遠くから風を切って飛んでくる矢の音を聞いた。

 矢は正確にデスコピオンの左側面に飛んでいく。

「よし! あとは目論見通りいけば‥」

 デスコピオンの左側面。そこには、カミュが特技『スリープダガー』でつけた傷がある。

 さすがに体がでかいだけあって、すぐには睡眠毒が回らないようだが、そこにもう一刺し、眠りの魔力で形成された矢が刺さればどうだろう。

 もちろん、確証はない。

 デスコピオンにもともと睡眠毒が効かなければそれまでだ。

 だが、かける価値はあるとカミュは思っていた。

 

 そして、狙い通り、ロゼの矢がデスコピオンの体に向かい、そして…。

 

 

 

 

 デスコピオンの目の前で、塵になって消えた。

 

「えっ!?」

「はぁっ!?」

「‥シャア?」

 シルビア、カミュ、そしてデスコピオンでさえも不思議そうな声をだして驚く。

 カミュは思わずロゼのいる場所を振り返る。

 そこには顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうなロゼの姿が。

「くそッ、どうなってんだ!?」

 カミュは思わず悪態をついた。

 しかし、最悪の状況は続く。

「? っ、シャアアア!」

 デスコピオンが突然巨大な口で砂を吸い上げ始める。

 巻き上げられた砂が怪物の口に吸いこまれ、そして。

 

「ジャアアアアッ!!」

 巨大なサンドブレスとなって、カミュたちを襲った。

「ッ、うぐあ!」

「きゃッ!?」

 カミュとシルビアはもろに砂塵にさらされ、吹き飛ばされる。倒れていたイレブンとベロニカも同様だ。四つの体が砂に巻き込まれて飛んでいく。

 遠くからロゼとセーニャの悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

「う、うわああ! み、皆さん!?」

 ロゼは悲鳴を上げた。

 デスコピオンが巻き上げた砂塵のせいで状況がわからない。

 これでは矢で狙うことも難しい。

「ど、どうすれば…ッ!」

 ロゼはもう一度、弓に手をかける。

「ま、魔力を。魔力をちゃんと練るんだ。さ、さっきはそれができてなかったから・・!」

 

 ロゼは必死に魔力を流す。

 けれど、今度は矢さえ形成されない。

 ただただ、ロゼから流れ出た魔力が霞となって消えていく。

 

「そんな、そんなぁ!?」

 何度も何度も、繰り返し繰り返し。

 けれど、矢は形成されない。

「ど、どうして! どうして!」

 弓は、ロゼに応えない。

 

「…ダメなんだ‥。やっぱり。僕なんかには、なにも…」

 ロゼはついに、その場に膝をついた。

 深い絶望感が、ロゼの心を包み込む。

 

 誰も救えない。

 誰の助けにも慣れない。

 カミュも、イレブンも、ベロニカも。

 自分に名前をくれたシルビアも。

 

 

 死ぬ。

 

 

 ロゼの緑色の瞳から、涙がこぼれた。

 しずくは砂に吸い込まれ、あっという間に消えていく。

 

 

 

 

 

 ロゼの耳に、優しい調べが聞こえた。

 聞いたことがある。昨晩、キャンプの炎の前で。

 

 思わず振り返る。

 そこには、竪琴を演奏するセーニャがいた。

 優しい調べが、ロゼの心を包み込む。

 

 セーニャは、この緊迫した状況にはいっそ不釣り合いなほど、柔らかくほほ笑んだ。

 

 

「大丈夫。ロゼ様ならできますわ」

「…どうして」

 ロゼは口に出さずにはいられない。

 なぜそう言い切れるのか。

 昨日会ったばかりのセーニャが、どうしてそこまで。

「確証なんてありませんわ。でも」

 

「私はあなたを信じています、ロゼ様。記憶がなくても、誰かのために頑張る、あなたの背中を」

「で、でも‥‥僕には‥‥」

 

「一人でできないのなら」

 セーニャの調べが、ロゼの中に、心の中に小さな波を立てさせる。

 それはいままで仲間の記憶がないロゼが感じたことのない高鳴り。

 誰かに託され、誰かを信じる、仲間の絆。

 

「二人で頑張りましょう」

 ロゼの中に、異質な魔力が流れ込む。

 ロゼのものではない。

 癒しの力を持った、セーニャの魔力。

 

 それが今、ロゼの中に———。

 

「さぁ、ロゼ様! 私と一緒に、大切な人を守りましょう!」

「‥はい!」

 ロゼは立ち上がり、自分と、セーニャの魔力を練り上げる。

 体が青い光に包まれる。ロゼとセーニャの魔力が、二人の体を輝かせる。

 

 集中は最大まで高まり、ロゼはもう震えていない手で一本の矢を作り出す。

 先ほどとは違う、淡く緑色に輝く、風をまとった特別な矢。

 

 構えた弓で狙うのは、砂塵にかくれたデスコピオン、ではなく。

 

 その奥にいる、倒れた仲間たち。

 

 恐怖は依然ある。

 この弓矢が外れれば、皆無事では済まないだろう。

 状況は先ほどよりも悪く、ロゼ一人ではどうしようもない、絶望的状況。

 

 けれど、ロゼはもう、一人ではない。

 竪琴の調べが、赤髪の射手に勇気と優しさを分け与える。

 

 

 今度は、外さない。

 

 ロゼは確信をもって叫んだ。

 

 

「みんなを守れ! 『精霊風の矢』!!」

 

 バシュッ!と鋭い音が響き、風をまとった矢が、上空に発射される。

 

 

 その音に砂塵の中のデスコピオンが反応し、鎌を鳴らし警戒を強める。

 けれど、弓矢はデスコピオンを避け、後方へと飛んで行った。

 

 また外したのか。

 

 デスコピオンは愚かな獲物の浅知恵に、牙を鳴らし笑う。

 目の前の痛めつけた獲物たちを食ったら、すぐにでもあそこの二匹も食ってやる。

 サソリの魔物であるデスコピオンは多量の栄養を必要とするわけではない。

 だがこの獲物たちはデスコピオンをさんざん怒らせた。

 この食事は罰であり、デスコピオンの怒りをいやす娯楽だ。

 その光景を夢想し、デスコピオンは鎌を鳴らし砂塵の中の獲物を狙う。

 

 

「さぁ、ここからフィナーレよん! ロゼちゃんとセーニャちゃんの力、しかと受け取ったわ!」

 

 突然砂漠に場違いな叫びがとどろいた。

 デスコピオンは声の出ところに顔を向ける。

 

 

 そこには、デスコピオンがさっきまで痛めつけていたはずの獲物たちが立っていた。

 イレブン、カミュ、ベロニカ。そしてシルビア。

 4人の胸には、先ほど発射された緑色の矢が刺さっている。

 だが血など流れていない。

 それどころか、先ほどまでデスコピオンが与えていた傷も、混乱の症状も、果ては魔力さえも回復しているように見える。

 

「おいおい…どうなってんだ、こりゃ」

「暖かい‥セーニャの魔力で編まれた矢だわ。癒しの魔力でつくられているから、私たちにはダメージがないのね」

「ありがとう、ロゼ、セーニャ!」

 

 困惑するデスコピオン。けれど、目の前の獲物たちを今度こそしとめようと、最強の武器である尾を振り上げる。

 ギチギチ、と絞られた尾が、毒針とともに巨大な槍となってイレブンたちに迫る。

 

 とっさに前に出たのはイレブンだ。

 走りながら片手剣を振りかぶり、剣に魔力で炎をまとわせる。

 

「さぁ、これで最後よ、イレブンちゃん、受け取って!!」

 さらにシルビアが旅芸人として磨いた芸の一つ、『火吹き芸』を使い、イレブンの剣を火炎で包む。

 突然の行動にベロニカが驚きの声をあげるが、炎はイレブンを燃やすことはない。

 それどころか、炎はイレブンの魔力の炎と合わさり、火炎をさらに強化する。

 イレブンは笑って、シルビアに叫んだ。

「最高だよ、シルビア!」

「そうでしょう! さぁ、最高のパフォーマンスを見せて頂戴、イレブンちゃん!!」

 

 デスコピオンの尾がイレブンに迫る。

 イレブンは体をひねり、剣の軌道を尾に沿わせた。

 刃と毒針がぶつかり、そして。

 

 

「キシャアアアアッ!?」

 

 毒針が赤く燃える剣によって砕かれ、デスコピオンが悲鳴を上げる。

 あまりのことに鎌をくねらせるデスコピオンの懐は完全に無防備となった。

 イレブンはそこに飛び込み、剣を上段に構え、そのまま胴に向かって振り下ろした。

 

「『爆炎斬り!!』」

 

 イレブンとシルビアの大技が、デスコピオンを切り裂く。

「ギィイィィシャアアアアア!!」

 

 デスコピオンは今まで最も大きな声で叫び声を、悲鳴を上げる。

 鎌を振り上げ、自分の体を切り裂いた獲物に最後の一太刀を浴びせようとしたところで。

 

 砂漠の殺し屋はその巨体を砂丘に沈めた。

 

 

 

 

 

 イレブンは背中の鞘に片手剣をしまい、仲間たちを振り返る。

 やったな、とハイタッチを求めるカミュ。

 まったくてこずったわね、と不機嫌そうに言うベロニカ。

 すごいわぁ! と叫びながら体をくねらせるシルビア。

 

 そして、すこし遠く。砂丘の入口近く。

「きゅう…」

「あわわ、ロゼ様! しっかり!」

 そこには緊張の糸が切れたのか、目を回して倒れるロゼと、その小柄な体を懸命に支えるセーニャの姿があった。

 

 

 勇者イレブンは仲間たちと、胸の中にある暖かさを抱えて笑いあった。

 




 魔法の弓のまめちしき

 ロゼの専用装備。彼がずっと持っていた、古めかしい木製の中型弓。
 使用者の魔力を矢に変換するが、使用者が緊張していたり極度の恐慌状態にあるとただしく魔力を矢に変換できず、発射できなかったり霧散したりしてしまう、扱いの難しい弓。





 『れんけい技解放』
 ロゼ×セーニャ
 『精霊風の矢』
 ロゼとセーニャがゾーンで使える。
 ロゼとセーニャ以外の仲間の傷と魔力を中回復(150~)、悪い効果を打ち消し、こうげきとぼうぎょを一段階上げる。
 
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